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貨幣経済史黒書(連載第35回)

2020-04-26 | 〆貨幣経済史黒書

File34:世界大不況―住宅ローン地獄

 21世紀の世界経済は、インターネット・バブルの崩壊で始まった。NASDAQ市場は暴落し、その影響から米国GDPも連続のマイナス成長となり、情報産業を中心に失業率も増加した。これは、アメリカ経済にとっては、20世紀最後の繁栄期となった1990年代の総決算でもあった。
 アメリカにとって、1990年代は冷戦終結と長年のライバル・ソ連の解体を受けて、一人勝ちの様相を呈する繁栄期であり、その状況は、やはり繁栄の時代であった1920年代と類似していた。90年代中間期の96年末には、当時のグリーンスパン連邦準備制度理事会議長が株価の異様な投機を指して「根拠なき熱狂」と警戒感を示すも、対策は取らず、漫然と金融緩和を進めた。
 この時代の熱狂を支えた一つの慣習的制度が、いわゆるシャドウ・バンキング・システム(影の銀行システム)である。これは厳格な監督規制下にある銀行以外のヘッジファンドや投資会社のような機関投資家が実質的な与信仲介を行うシステムであり、2008年にアメリカ史上最大級の経営破綻を来たし、世界大不況の引き金となる投資銀行リーマン・ブラザーズも、そうしたシャドウ・バンキング・システムの一翼を担う存在であった。
 これとも深く関連するもう一つの慣習的制度は、サブプライム・ローンと呼ばれる一種の住宅ローンであった。貨幣経済の恐怖という点では、こちらのほうがシャドウ・バンキングより深刻である。というのも、これは普通の人の暮らしを直撃する問題だからである。
 サブプライム・ローンはその名の通り、上層中産階級を含む裕福で与信力の高いプライム層の下に位置する下層中産階級、すなわちサブプライム層に向けた住宅ローンの一種である。そのメリットは、伝統的な住宅ローンでは与信力審査にパスしないレベルの人でも、簡単な審査で住宅ローンを受けられ、住宅を購入できる点である。
 これだけですでにハイリスクであることが見て取れる仕組みであるが、そのうえにサブプライム・ローンは担保証券、さらには債務担保証券として証券化され、投資家向けに販売されることで、単なるローンから金融商品に変身する。
 希望的観測としては、住宅価格の上昇局面では住宅を転売することによってローンを返済し、お釣りとして差益を得ることさえ可能となるので、ハイリスクとはいえ、住宅購入者にとっても旨味のある一種の金融商品となる。
 しかし、これはまさに希望的観測であり、住宅価格が永久に上昇を続けることはあり得ない。アメリカでは、2001年から06年にかけてのバブル的な住宅価格上昇局面が07年夏には終了し、下降局面に入った。これにより、サブプライム・ローンは一気に不良債権化した。当然、サブプライム・ローンを組み込んだ金融商品も連動して低価値化し、投資家による投げ売り、暴落現象が発生した。
 その過程で、サブプライム・ローン証券の販売を大々的に行っていたリーマン・ブラザースの損失が大きく、急速に経営状態が悪化、最終的には負債総額6000億ドル(約60兆円)という史上最大規模の倒産に至ったのであった。
 このリーマン・ショックを引き金としてグローバルな金融危機が招来され、ひいてはサブプライム・ローンのようなハイリスクなローンが認可されていない日本のような国にも波及する同時多発的な世界大不況に至ったことは、十年余りを経た現在でも記憶に新しく、各国とも未だその後遺症を抱えている状態である。
 サブプライム・ローンの発祥地アメリカでは、返済不能に陥り、住宅を差し押さえられ、住居を喪失してホームレスに転落するような人も相次ぎ、現在でもその状態から抜け出せていない人もいるほどである。波及的な不況で失業した人も同様である。
 そもそも住宅ローン破綻は、日本のように与信審査が比較的厳格な国でも発生しており、ここでは差し押さえにより年金頼みの老後生活が崩壊するという深刻な問題を生じさせている。
 元来、借金は、貨幣が見せる変幻自在の形態の中でも最も恐ろしく、富裕層をも破滅に追い込む形態であるが、与信力の低い人にも借金を抱えさせるサブプライム・ローンは、早晩破綻することが必然の安易な商品であった。しかし、その安易さゆえに時代のヒット商品にもなったという皮肉なパラドックスがある。
 なお、ここでは詳論しないが、世界大不況は世界恐慌に発展せずに収束したその過程で、各国は金融システム安定化のためになりふり構わぬ財政出動により債務を拡大させ、財政赤字を助長、間接的には引き続いて欧州債務危機のような新たな危機を招いた。今度は、言わば国庫のローン地獄である。

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