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貨幣経済史黒書(連載第2回)

2017-10-29 | 〆貨幣経済史黒書

File1:リュディア貨幣王国の運命

 経済学上、貨幣は機能別に理解されており、①支払②価値尺度③蓄蔵④交換手段のいずれか一つの機能を有する共通物であれば、貨幣とみなす。このような特定の目的のみを有する貨幣は先史時代からあったとされるが、四つの機能すべてを備え、かつ貨幣による取引が社会的な慣習化する貨幣経済となると、歴史時代の産物である。そのため、貨幣経済は文明の証とみなされやすい。
 貨幣経済が開始されるためには、貨幣の統一的かつ反復的・大量的な鋳造が必要要件である。そのような鋳造貨幣のシステムを最初に発明したのは、アナトリア半島に所在したリュディア王国と目されている。リュディアはアナトリアの古代帝国ヒッタイトが滅亡した後に出現した都市国家群の一つに始まり、紀元前12世紀から同6世紀半ばまで続いた国である。
 比較的長期間存続したわけだが、リュディアを特に有名にしたのは、晩期の紀元前7世紀に発明した現時点で世界最古と目される鋳造貨幣であった。ギリシャ語で琥珀を意味するエレクトロンと呼ばれる貨幣がそれである。この国でなぜ鋳造貨幣が誕生したと言えば、まずその原料となる砂金の産地であったこと、その都であったサルディス(現トルコ領サルト)は東西交易ルートの要衝であり、国際商取引が極めて活発であり、取引の安全・敏速の要請が強かったことにある。
 当初は砂金をそのまま価値尺度として用いたが、より敏速な計算を可能とするべく、溶解加工して重量を均一化した硬貨という物品が改めて発明されたと見られる。リュディアの貨幣は紀元前6世紀半ばに出たクロイソス王の通貨改革によって、金貨と銀貨に整理統一され、国家が保証する国定通貨制度が初めて導入された。
 クロイソス王は、個人としても当時世界一の富豪となった。これは、硬貨の発明により貨幣の蓄蔵機能が最大限に発揮された最初の例もある。半ば伝説であるが、同時代ギリシャのアテナイの政治改革家ソロンと謁見した際、最も幸福なのは富豪の自分であると自慢し、ソロンから金より価値の高いものもあると反駁されたという。
 富者の代名詞にもなったクロイソスは世界で初めて貨幣の蓄蔵に至福を見出す貨幣愛を実践した人物であったかもしれない。彼の貨幣への信念は、ギリシャ人でないにもかかわらず、ギリシャの聖地デルポイ神殿に高価な奉納を捧げ、当時東に興隆していたペルシャと戦う上での同盟国の伺いを立てた事にも現れている。おそらくデルポイの巫女を買収しようとしたのだろう。
 ところが、彼は神託の解釈を取り違え、同盟国をスパルタと誤解してしまった。結果、ギリシャ諸都市を次々攻略して帝国化の兆しを見せていたリュディアはペルシャとの戦争に敗れ、クロイソスは捕虜となり、リュディアはペルシャに併合されてしまうのである。クロイソスはペルシャのキュロス2世によって恩赦され、処刑は免れたが、世界一の富豪王はあえなく転落したのであった。
 陥落した王都サルディスがペルシャ軍に略奪蹂躙されても「我が財産でないから構わぬ」と無関心だったというエピソードもあるクロイソスは、世界初の利己主義的な私有財産家でもあったかもしれない。こうして、世界で初めて鋳造貨幣を発明した栄誉ある国は、為政者としては無責任な金満王のために、発明から一世紀ほどで滅びてしまったのである。

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