私と妻と息子(高校三年生)と娘(中学三年生)、いつもの四人で食卓を囲んでいたとき、思った。
「しゃべることがない、口をはさめない」
息子も、娘もいつの間にか自分たちのことを、自分たちの言葉で語っている。
私はと言えば、口をついて出るのは小言だけ。
「居場所がない」
これが子供の『親離れ』というものか。子供たちは放っておいても、親から離れていく。
親の方は、子供はいつまでも”自分の子供”のつもりでいる。
サザエさんの家では、カツオもワカメも成長しない。波平は彼らに対して永遠の庇護者である。したがって、マンガの中で波平はつねに家族の中心に居座り続ける。
だが、現実は違う。
時間は常に進んでいく。
子供は成長して、親は彼らに対する絶対的な庇護者ではなくなっていく。
父親(おそらく母親も)の役割というもの、年と共に変化していくことを自覚していなければならない。
私自身はどうであったか、父とどう接してきたか。
どんなふうに、親から離れてきたのか。
そして、父はどうやって私から離れていったのだろう。
今夜は、父の喜寿のお祝い。
拙宅で行うささやかなものだが、みんなで父を囲み、楽しい会にしたい。
「しゃべることがない、口をはさめない」
息子も、娘もいつの間にか自分たちのことを、自分たちの言葉で語っている。
私はと言えば、口をついて出るのは小言だけ。
「居場所がない」
これが子供の『親離れ』というものか。子供たちは放っておいても、親から離れていく。
親の方は、子供はいつまでも”自分の子供”のつもりでいる。
サザエさんの家では、カツオもワカメも成長しない。波平は彼らに対して永遠の庇護者である。したがって、マンガの中で波平はつねに家族の中心に居座り続ける。
だが、現実は違う。
時間は常に進んでいく。
子供は成長して、親は彼らに対する絶対的な庇護者ではなくなっていく。
父親(おそらく母親も)の役割というもの、年と共に変化していくことを自覚していなければならない。
私自身はどうであったか、父とどう接してきたか。
どんなふうに、親から離れてきたのか。
そして、父はどうやって私から離れていったのだろう。
今夜は、父の喜寿のお祝い。
拙宅で行うささやかなものだが、みんなで父を囲み、楽しい会にしたい。