こんな気持ちでいられたら

生き方、世の中、家族、医療。
日々あれこれ考えたことを書いています。

あきれるほど自分勝手で冷たい私

2020年08月13日 | 生き方について考える
スマホやテレビでニュースを見たり聞いたりするたび、その話題について様々な感情が芽生える。それを言語化してしまうことも少なくない。そしてそのほとんどは自分勝手で他者に対して冷たく優しさに欠けている。今朝も、そんな調子であれやこれやと不親切で底意地の悪いことをいちいち考えている自分に気がついてしまい、呆れて、薄ら笑いまで起きてしまった。漫才に置き換えてみれば、テレビがボケで、それに私がツッコんで、それを第三者的に見る観客としての自分が別にいるという図式。でもそれは、演芸場ではあってもいいが、現実社会では褒められたものではないし、そんな自分が嫌になる。

ブログを書くことで、他者に対し優しい自分、他人の心を思いやる自分になりたいと思って何年もやってきたが、いまだにそんな自分にはなれない。妻(=善人)と話していると、私のそんな意地の悪い考え方・発想そのものの存在が信じられないらしく、どうしてそんなことをおもいつくのかと真顔で訊かれるもある。

過去と他人は変えられないとはいうが、私自身を変えることすら難しく、そんなことこの先もずっと変更不能のように思えてしまう。普段の生活ではそんな自分を隠すことが多少できるようになったかもしれないが、それは社会環境の変化のせいでしかない。喫煙環境、ジェンダー論争、LGBT、各種のハラスメント、その他もろもろの変化が身の上に降りかかってきたら、その都度考え、受け入れる努力をしてきただけだ。でも、すべてを受け入れることができているかというとそんなことはない。

私の抱える諸問題は硬くて黒くてものすごく重い塊というか芯のような存在として、胸のあたりにある。それは容易に取り除けるものではなく、おそらく一生私の胸のあたりにあり続けるだろう。その塊がほんの針先ほどの大きさだったとしても、それはブラックホールのような質量を持ち、その闇に飲み込まれたら決して出てくることはできない。それでも、よりよく生きて行きたいと思っているのも本心なので、毎日、瞬間瞬間、その塊の存在を注意深く意識し、足を取られないように生きていく必要がある。
せめてふやかせないものか

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暑い日は頭もクールダウン

2020年08月12日 | gooトラックバック/今週のお題
ひとつなにかことを成そうというのであるなら、それには継続性が必要。
ある一時期、誰にも到達できないような絶頂にあるということは、それはそれで偉大なことで、その後の時代を変えてしまう人もいるが、それはほんの一握りの"Gifgted"の人たちにだけ許されたこと。でも、そういう人にしても、才能を開花させるだけの努力があってのことであり、ローマが1日にして成ることはない。

自分自身がサステイナブル(sustainable)すなわち持続可能な存在でなければ、なにかをなすことはできない。ここ数日、(また例によってだが)独り相撲というような状態になって、近視眼的な状態に陥っている気がする。こういう時は、気分転換が必要。

gooブログのお題(?)が#写真、ということらしいのと、昨日今日とちょっと良さげなものが撮れたのでそれを掲載することにします。

1.トップの画像は、医局の私の机から遠望できる富士山。ちなみに、昨日のは大船からの富士山。この時期、夏の富士山を拝めるというのは嬉しいことだ。どちらも昨日撮った写真で、今日はもう見えない。
2.朝の水やり。葉裏に水をかけていたら、虹が出た。あたりまえのことなのだけど、美しかったので。
帰ってきたら、民放のクイズ番組で虹という字が龍を表しているということをやっていた。
3.ほとんど鬱になりそうだった梅雨が明けて、プランター栽培の野菜も元気を取り戻してきた。腐ってしまったのもあったが、トマト、ナス、ピーマン、キュウリは乗り越えてくれた。今日のトマトは真っ赤で甘かった。
4.駐車場の横のフラワーポッド。ごっそり枯れてしまったところに妻がハゲイトウなど夏の植物を植えた。この先の酷暑も乗り切ってくれるだろう。
5.今日も、暑くなりそう。
昨晩は10分ほどで探すのを諦めてしまったが、今夜22時ごろにペルセウス座流星群の活動が極大を迎えるそうだ。願い事はたくさんあるので、今夜は少し頑張ってみようと思う。
午後から大雨が降って空模様が怪しいのが心配。土砂降り前の黒い空の写真を撮ったが、あまり良くなかったので載せなかった。
ちなみに、大雨のおかげで、私の置き傘問題は解消された。
夢で逢えたら

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自由と平和が何かを考え守っていく

2020年08月11日 | こんきも
インターネットのおかげで大量の情報が世界中を行き交うようになって、すべてを隠せるわけでもないのに、国や地域によっては圧政としか言いようのないことが相変わらず起こっているのが恐ろしい。それぞれの情報の信憑性がどれほどのものか、どの程度の客観性が担保されているかまでは、発信しているマスメディアの立場もあるので厳密な判断は難しい。ただ、それぞれの事例について(NHKが報道している内容を鵜呑みして)思いを馳せると、地獄のような現実に、暗澹たる気持ちになる。

議会制民主主義制度が担保されている国というのが少ないのかと考えると、日本という国はつくづく自由で平和な国だ。どれだけ政権批判の悪口を言ったところで罰せられることはない。現政権が長期政権となってやりたい放題となっているのも、そもそもは政権初期の段階で確立された人気のせいだし、総選挙はちゃんとやっているし、それに野党の離合集散が塩を送っただけのことだ。そうこうするうち、モリカケをはじめとする諸問題の温床ができてしまったが、国民一人一人が政治に関心を持って、政治家に緊張感をあたえていたらこれほどのことにはならなかっただろう。

8月15日が近づいてきて、テレビでは戦争関連の番組が増えてきた。毎年こうして悲惨な戦争の記憶を残そうというのはいいことだ。戦争記憶が、敗戦の記憶となってしまわないかが心配だ。空襲、沖縄戦、原爆、それらを招いたのが、この国の事情だけではないとしても開戦以外に道はなかったのかという検証番組がもっとあっていいように思う。なぜ、日中戦争を行なったのか、太平洋戦争がなぜ起きたのかを、私は戦争に負けたという事実ほどはよくわかっていない。そもそも戦争に勝ち負けなどない。勝とうが負けようが、双方に戦没者は出るし、その人には家族がいる。どちらにいようが、ひとたび戦争が起こったらその被害者はあっという間に莫大な数となる。
圧政により自由を失うこと、戦争に駆り出され殺し合いをすること。何がそうさせるのか、ということを考えなくてはいけない。圧政は必ず悪いことなのか、戦争の大義とは何か。自由とか平和とか、当たり前のようにしてあることだけど守っていかなくてはいけない。そして、そんなことエライ人に任せておけばいいという問題でもない。そして未だ誰も答えは持っていないのだから、そのことを考えるのにプロも素人もない。ただ、ぼんやりしてなにも考えないということがよくないことは確かだ。
お盆にすべきこと

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知的作業の課題

2020年08月10日 | こんきも
猛暑。
朝起きたらすでに30度。暑すぎて蚊も出てこない。
まずは昨日発見した水につかったものを始末し、あとは花木への水やり。この時期朝晩水をやっても気がつけば鉢植えのものの多くは萎れている。地植えのものにしても、植えたばかりの夏の花はやっぱり弱ってしまって、こまめな水分補給は植物にしても同じ。熱中症にはご注意を。

3連休といってもどこかに出かけるわけではない。観光地に住んでいるので、観光なら近所を歩けば済むが、観光客とすれ違うのもためらわれ、結局のところ閉門蟄居、ステイホーム。まあ、これほど暑いとほんの10分でも出歩く気にならない。今日敷地外に出るのは朝のゴミ出しだけになるような気がする。
こんな日は、冷房を入れた部屋で本を読んだり、勉強したり、それこそブログの整理をしたりすればいいのだろうが、なかなか書く気、読む気が起きてこない。せめて考えようと思っても、難しいことだとなかなか気力が続かない。
腹に落ちる役立つエントリーが多く、ほぼ毎日読ませていただいているブログがある。その方が先日、コロナ感染拡大の中での長距離移動ーーーお盆の帰省やGoToのことーーーの是非について投げかけた。これまでのその方のエントリーから、長距離移動なんてもってのほか、そんなことをする人間なんてどうかしているーーー実際のところはもっと過激な表現だがーーーというような展開になるのかと思って読み進めていたら、「どっちを選択しても、人それぞれだからいいけれども、けっこう大変な知的作業になることだけは、確かだ。」と。

頭をガツンとやられた。すぐにコメントを入れようかと思ったのだが、そういうやり取りを読者に求めているのではないだろう。あくまでも私たち読者への投げかけだ。
それも、妥協点もしくは落しどころのようなところを見つけて手打ちで済ませようとするそこいらへんの政治家・官僚のような手法ではなく、ちゃんと考えてね、ということだ。

新型コロナウイルス感染症というものがさらに明確にした社会の分断。今まで見えていなかったものが露わとなって、今は価値観がリセットされている局面というのはその方のエントリーから学ばせてもらったこと。だが、感染症はあくまでもきっかけだ。

難問だけど、哲学かぶれの私には格好の思考トレーニングとなりそうだ。私も知的作業の課題を与えられたつもりになって、自分の”オンボロ頭”を叩いて知恵を絞りたい。
大変そうだが、わくわくする作業にならだろう
アクセス数は気にしない

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梅雨の置きみやげ

2020年08月09日 | ガーデニング
少し前からベランダに出ると時々奇妙なにおいのすることがあったが、その出どころが何処かなどということはまるで考えないでいた。
そのベランダの下には園芸用品をいれたコンテナボックスがある。妻にハンギングを作るので、椰子ファイバーがどこにあるかを聞いたら、そのコンテナボックスに入れてあるというので取りに行った。幸い目的のものは一番上にあったのでそれをとって戻ってきたのだが、取り出す時になんだかおかしな匂いがした。

フタがしてあるのに、匂いがするなどおかしいと思ってよくよく見たら、フタがズレていて中に水が溜まっていた。それもなみなみと。

その後は・・・もう大変だった。中で腐りかけたような匂いを発しているものーーーひとりがけのちいさな折り畳み椅子とか、妻のテニスラケットとかボールーーーを取りだしては乾かしてということをして1日過ごした。

梅雨の長雨のせいだとは思うが、どういうタイミングで水が入ったのだろう。梅雨のとんだ置きみやげ。水害というほどではないが、そんなことがあったときにはこういう匂いがするのだろうかと思った。
もうヘトヘト

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今日はホントの蝉の声

2020年08月08日 | こんきも
昨日から真っ赤なミニトマトが採れるようになった。これもお日様のおかげ。野菜の値段も来週あたりからは安くなっていくのではないか。
今日からのお盆休みのところも多いようだ。
私も三連休。穏やかな心になる音楽と蝉時雨でも聴きながら、本を読んでゆっくり休みたい。
家にこもっていたら、コロナとは無縁だ。
出なければ安全だし、人様に迷惑をかけることもない。

ブログはすこし短めに。
気楽に

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何処からかのセミの声

2020年08月07日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
もう立秋。
外出制限のため、職場との往復とプラスα程度の毎日だから、時間の経つのが猛烈に早い。私の場合、父の葬儀やら納骨があったので、区切りのようなものはあったが、それでも(まだ慣れない)感染防止対策を行いながらだったから、慌ただしくすぎた。この夏、Stay homeキャンペーンからGo toキャンペーンに舵が切られ、思い出を作ることができるようになったので時間の経過は少しゆっくりになるかもしれないが、引き換えに感染のコントロールはつかなくなった。各人は自己防衛するしかない。

長かった梅雨のせいで咲く時期を逸していた百日紅が、突然やってきた猛暑に腰を抜かして慌てて咲き出している。人間も同じで、熱中症で運ばれている人がずいぶん増えている。前門の虎後門の狼。天気予報でもこれからお彼岸までは暑い日が続くとのこと。水分補給は欠かせない。少し早めに目が覚めたので窓を開けると蝉時雨。秋の虫の大合唱も加わって大変な騒ぎで、鳥たちの朝の会話もかき消されるほどで可笑しくなる。短い夏、彼らもここを先途と必死に頑張っているのに違いない。
この2ヶ月、夕焼けを見ることがほとんどなく、日が短くなるのを実感することがなかったせいもあるからか、日が暮れるのがいつのまにか早くなっているのにも驚く。病理診断科の部屋は行燈部屋で窓がないから、一旦部屋にこもってしまうと何か用があって医局に行く時に窓越しに空の明るさを見る以外に、時間の変化を体感することもできないので余計にそうなのだろう。

ところで、そんな病理診断科の部屋にこもって独り顕微鏡をのぞいていると何処からともなくセミの声が聞こえてくる。いったいどうしたことだろうと周りを探しても、もちろんセミはいない。声の聞こえ方も多数のセミがひっきりなしにかわるがわる鳴いている感じで、1匹2匹が部屋に飛び込んできてびっくりするほど大きな声で鳴いているというようなものではもちろんない。そもそも蝉時雨とはいえ、何重もの扉を突破してその声を私に届けてくれるようなことはありえない。一体どこから聞こえてくるのだろう。

マイナス80度のディープフリーザーとか、自動免疫染色装置の音が重なってそんなふうに聞こえているのだろうと思うし、まあ単なる耳鳴りかもしれない。朝から晩まで一人で仕事をしているからおかしな音が聞こえてくるのかもしれないので、こまめに休憩をとってーーー1時間に1度は立ち上がって伸びをするとかーーー煮詰まることのないよう気をつけたい。

今年の百日紅は長そう

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今日はちぢめて

2020年08月06日 | こんきも
最近、それぞれのエントリーが冗長で、いくら頑張ってもスッキリした文章とならない。限られた時間で推敲しても今ひとつで、今日は思い切って”つづめ”て書こうと思った。

ところで、この”つづめて”という言葉、これまで”縮めて”の発音違いか、それともどこかの方言なのかと思っていたがきちんと調べることもなく、うやむやにしてきていた。どちらも同じような意味だということは自明だが、”つづめる”、のほうが使われる頻度は低く、私には耳慣れない。それだけにかえって、そんな言葉をタイトルに使ったらカッコイイのではないかと、”今日はつづめて(約めて)”としてみた。
なにはともあれ、”つづめる”という言葉、よく知らないで使うのはよくない。とにかく調べようと、病院に置いてある広辞苑(第六版)で調べてみたのだが、書き写すのを忘れて帰ってきてしまった。
こんなことで引き延ばしていては当初(この場合頭書でもいいか?)の目的を達することができないので、ネットの辞書から引くことにした。出典は敬意を表してgoo辞書。

つづ・める【▽約める】  [動マ下一][文]つづ・む[マ下二]
  1. 1 短くする。ちぢめる。「着物のたけを―・める」
  2. 2 簡単にまとめる。要約する。「―・めて言えば」
  3. 3 倹約する。節約する。「支出を―・める」
いっぽうの、 ちぢ・める【縮める】   [動マ下一][文]ちぢ・む[マ下二]
  1. 1 長さを短くしたり、広がり・分量を小さくしたりする。「着物の丈を―・める」「文章を―・める」
  2. 2 期間・時間・隔たりなどを短くする。「記録を二秒―・める」「命を―・める」「格差を―・める」
  3. 3 からだを丸めるようにして小さくする。「寒さに身を―・める」「首を―・める」
  4. 4 布にしわを寄せる。「絞り染めをして―・めた布地」
どうやら、文章を短くするというような場合は縮めるの方がいいようだ。というのも、つづめるは、字も要約の約の字を使っているわけで、私の当初(頭書?)の目的は、今日のエントリーは短いものにするということで、一旦何か書いたものを要約するというわけではない。そんなわけで、今日のタイトル、つづめて(約めて)はよしてちぢめて(縮めて)にした。下手に使って、知ったかぶりを露呈することにならなくてよかった。

そのうち学会(が開かれるようなことがあったらだが)でもで、私が司会のセッションで発表時間を超過して延々と話している人がいたら、「先生、もうちょっとつづめて話していただけませんか」とでも言ってみようとは思う。

考えてみると、そもそも”(最近長めなので)今日は手短に”、とか、”短めのエントリー”とかいうタイトルの方が良かったような気がする。どうしても”つづめて”という言葉を使いたかっただけだったようだ。それならそれでズバリ、”つづめるとちぢめる”でもよかった。

また長くなった

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置き傘問題

2020年08月05日 | 通勤・交通
今年の梅雨は本当によく降ったという感じがする。カラ梅雨という言葉が世の中に存在すること自体が信じられないほどほぼ毎日降ったから、朝晩の天気予報は欠かさず見て傘を持って出るか否かを日々決めていた。傘を持って出るのはもちろん通勤のためであって、通勤時の雨はまあ困る。電車に乗る前降りた後に歩く距離は決して長くはないというか、ほんの少しなのだが、傘なしではやっぱり濡れてしまうので、”雨の日は雨の日らしく”と傘を持って出かけた。それに梅雨時、雨に濡れるとわかっているのに傘を持っていないことは間抜けな感じすらする。せっかく傘を持って出たのに、往復ほとんど降らないこともあったし、朝はよく降っていたので、帰りも念のためと傘を持って出たのに、降られなかったということもあった。でも、うっすらと夕日がさして、明らかに降りそうにない日は朝持ってきた傘を置き傘にして帰った。

定番の置き傘はいまのところ2本。折りたたみ1本と、ビニール傘1本。いずれもほんの少し曲がったところはあるものの、立派に使うことができる。家にある普段使いの傘は2本。どちらも10年以上使っているのだが、このうち1本は以前長距離を歩いて通っていた頃に妻が買ってくれたのだが、とても大きく、すごい大雨でない限りは持ち運びが面倒で使い勝手はあまり良くない(傘をさして歩くのは難しい - 2014年09月03日 )。もう1本は、木製の傘の3代目(1本目は20年以上前に傘立てにさしていたものを盗まれ、2本目は骨が曲がってしまったが後生大事に持ってはいる)。時代を下るほどに愛着が薄れているのだが、新しいほど調子はいいので、この7、8年はこれを主に使っている。

先週の金曜日、7月31日の朝も雨模様だったので木製の傘を持って出たのだが、帰りには青空に可愛い雲が浮いていた(ブログのパニック値 - 2020年07月31日 )。そんな梅雨明けの予感のせいで傘を病院に置いて帰ったのだ。これで、置き傘は都合3本となってしまった。梅雨の間は折りたたみ1本となることもあったので、多い分には差し支えないし、置き場に困るというわけではないのだが、置き傘であることが本来の役目ではない1本が目的外に存在しているということ自体が気になる。

今朝は4日ぶりの曇天。このままの空模様だったら木製の傘を持って帰ってもいいのだが、それこそ降ってもにわか雨だろうから、実質1分の距離のために傘を持って帰るのは馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、それどころか綺麗な夕焼け空となった。梅雨の間は傘を持つ姿も似合うが、それを過ぎてしまうとかえってそぐわない。梅雨が明けてしまうとむしろ雨に降られた方が季節感があるようでいい感じとなるのだから不思議なものだ。
明日もいい天気

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大学生はリモート学習でしっかりと

2020年08月04日 | 日本の将来・世界の未来
もう、すっかり夏の空。あの息苦しいほどだった梅雨にはもう戻らなくていいのかと思うとうれしくなる。梅雨入りは6月10日頃にだったから40日もの間だいたい雨でたまに曇り。青空を見たのは2、3度あったかどうか(あの花、この花 - 2020年6月13日)。わが家の庭ももちろん、町中の植物たちが青息吐息だったが、いきなりの晴天、少し手入れをしてあげただけでみなあっという間に元気になった。太平洋高気圧に覆われる、というのがいかに安定した状態であるのかが良くわかる。
8月に入りいよいよ短い夏休みが始まって、朝夕の電車から学生の姿がだいぶ減り、通勤はずいぶん楽になった。お盆明けあたりには彼らが戻ってくるだろうと思うが束の間でも助かる。でも、大人としてはそんなことを言っていてはいけない。学生が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のために勉強する機会を逸しているというのはとても心配なことだ。このことは国家にとって重大な損失であるということを忘れてはいけない。若い人には大いに勉学に励んでもらい、国家の将来を担ってもらうべく多くの知識を蓄積し、実践に励んでもらいたい。近年、ずいぶん多くの大学が設立され、これだけ多くの人が大学に進むようになったのは、まあ、喜ばしいことだろう。大切なのは、それぞれの大学の教育の仕方であって、たとえ入学が容易なところでも、しっかりとした教育を学生に対して行なったらそれなりのスキルを持った人間を育てることはできるはずだ。
何のために入ってきたかよくわからない大学生を教育するということは簡単でないだろうが、コロナ禍を奇貨として新しい教育システムを積極的に活用したらいいのではないか。新型コロナウイルス感染拡大の温床とされる大学生を相手に対面講義を行うのは恐ろしいからと、大学教員のなかには感染を恐れてリモート講義を行なっている人が少なくないそうだ。ならば、この機会に中学校の英語、数学ができないような大学生に、1日1時間づつの英語、数学リモート学習を義務付けるとかして、個別のきめ細かな教育を行うことはできないだろうか。
学生のほうも、リモート授業ばかりで学費は正規と一緒ということに大変不満を持っているようだ。ならば、どんどん勉強してもらったらいい。学生側からスキルアップのためにリモート授業を大いに利用してほしいものだ。教官にしてみたら、パワポのスライドを新たに作るのは面倒もしくは使い方が実はわからないのでサボりたい人もいるかもしれない。せっかくだから、文科省も入試制度に手をつけることばかりしていないで、大学教育の中身をもう少し吟味、というか、学生と教官が馴れ合いではなく、ちゃんとした教育をしているかを確認したらどうだろう。

教育改革元年

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夏はやっぱり花火

2020年08月03日 | 鎌倉
昨晩、ちょうど記事を書き上げ、手直ししていたら娘が、「花火!」と言いながらベランダの方に向かっていった。
「ドーン、ドーン」という音が海の方から聞こえてくる。
おお、うわさのゲリラ花火かと私も後に続いたが、残念ながら最後の数発の音しか聞くことはできなかった。
空には金星を伴った大きな月がみえただけだった。
facebookで誰かこのことこ書いていないかと思って探したら、あった。どうやら逗子の方で上がったらしい。
それにしても、1年ぶりの花火の音。泣けてくるほどいい音だった。
今年はもう、花火を見ることも音を聞くこともできないだろう。でも、来年は何らかの形(例えばクラウドファンディング)で観ることはできないだろうか。

海岸は無観客で

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2020年7月の読書記録・・・何度めかの哲学かぶれ

2020年08月02日 | 読書・映画・テレビ・美術
梅雨明け。例年より11日遅いそうだ。空気がガラッと変わってし、ただただ驚くばかり。ダメ押しの11日間のおかげでぼうぼうとなった草木の手入れをしたら思っていたより日焼けしてしまい、身体が火照って、昨晩はなかなか夜寝付けなかった。
今日も草花の手入れ。あれこれ考えながらやっていたらあっという間に1日経ってしまった。

先月読んだのは哲学の入門書。7年ぶりの再読(2013年11月の読書記録・・・哲学かぶれ - 2013年12月2日)。娘の大学に哲学科があるのを思い出して、だれか知っている人はいるかと尋ねたら、「部活の後輩にいたわ。考えるのが好きそうな子だった。」ということだった。世の中には哲学の勉強をしたことのある人がたくさんいる。いまさら系統だった勉強はできないし、それほどの感受性も思考力も独創性もないが、これまでの人生と照らし合わせて細々と考えていきたい。

読んだ本の数:1
読んだページ数:162
ナイス数:20

2013年以来7年ぶりの再読。読み進めるうち、内容を思い出した。古代からこれまでの総覧的な作品で、わかりやすく書かれた教科書という感じ。結論の「哲学と叡智」は感動。良書。
読了日:07月31日 著者:アンドレ コント=スポンヴィル

読むのも遅くなった

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あせらず、ビビらず、基本に忠実に!”新しい生活様式がもたらす新しい時代”(4)

2020年08月01日 | 自然災害・事故・感染症
”食事中、会話してしまう環境を作らないためにも、原則、孤食をお願いします。同じ部屋、食堂で一緒に食べる場合は、距離をとることも大事です。マスクをしないで会話をすることがリスクです。休憩時間に会話ができないわけではありません。マスクを着用して会話をしていただくのは、問題がありません。”

これは当院で職員に送られてきたメールです。双方がマスクを着用していたら、昼食時間程度であれば問題ありません。おわかりいただけるでしょうか、やっていることは医療者でも同じなのです。

すでに、パンデミック状態となっているので、これからは自分が新型コロナウイルス(COVID-19)に感染しないようにするしかありません。食事とそれにともなう会話が感染経路の第1です。次が感染している人がノーマスクで咳をすることですので、ノーマスクの人を見つけたら、咳の有無にかかわらずさっさと逃げましょう。目には粘膜があるので、目からも感染します。とにかく逃げましょう。
むやみに、不安になったりあせったりせず、基本に忠実にしていたら大丈夫です!

ところで例のアベノマスク、余ったから8000万枚を施設などに配布するって、聞こえはいいが押し付けられる方にしてみたら複雑な心境でしょう。この人たちは困っているに違いないから配ってやる、みたいな健常者目線の施策。
厚労省がしなくてはいけないのは勝手に弱者をでっち上げるのではなく、まずはマスクを何枚注文して、全戸配布で何枚配ったのか、それで何枚余ったのかを明らかにすることだと思います。給付金と違って"全員配布"ではなかったから、余るのは仕方ないにしても、8000”万”枚って、4000万戸分でしょう。最初から、各戸4枚配っていたらよかったのに。税金って、無駄遣いしてもらうために払っているのではないのですよ!
騒がない

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ブログのパニック値

2020年07月31日 | こんきも
今日も朝から雨模様。ただ、少しだけ日差しがあったりして、厚い雲の絨毯も擦り切れてきたのかもしれない。先週末の予報通り、関東地方の梅雨明けは明後日らしい。雨ばかりで庭は草ぼうぼうで苔だか藻だらけ、おかしなキノコも生えている。花たちも野菜も元気が無くて、ついに今日は写真に撮れるのも尽きたので、差し込む写真はなし。病院の前庭やエントランスにも往復の通勤路にも元気な花がほとんどないのだから仕方ない。窓から見える高木はもりもりと生い茂っているが曇り空の下では緑もかすんでしまう。

そんなどんよりした風景ばかりを見ていたからなのかわからないが、やたらと色鮮やかな夢に驚いて明け方ごろに目が覚めた。一瞬しか覚えていなかったが、確かに色まで覚えていた。もう一度見たかったが駄目で、あきらめて何時かとスマホを開けた。ついでにこのブログを開いて、”お知らせ”とか”アクセス解析”をポチポチした後、”読む”を開いてブロ友さんの記事のタイトルをざっと眺めた。そして面白そうなタイトルーーータイトルそのものが興味深いのではなく、ブロ主さんがいつも書くようなタイトルからとても乖離しているタイトルーーーのエントリーを開いて読む。「え?この方がこんなタイトルで書いているけど、なんだろう?」と思って開くのだ。パニック値というところだ。

臨床検査医学の世界で使う、パニック値という用語は、「生命が危ぶまれるほど危険な状態にあることを示唆する異常値」のことをいう。臨床的な診察で患者さんの容態が深刻なものだとわかっていれば驚きはしないが、検診とか定期的な検査でこんなデータが出たら大変なことになる。病理診断でもパニック値に相当するものはある。鼻茸(鼻の良性ポリープ)や子宮頸部のスクリーニング検査で悪性を疑っていなかったのに、がんが見つかったというような時がパニック値に相当する。なお、胃や大腸の内視鏡的には良性だと思っていたポリープが病理医が調べたら顕微鏡で癌だったとか、ホクロがメラノーマ(悪性黒色腫)だったというのはそれほど稀なことではなく、パニック値には当たらない。担当医が病理診断報告をチェックしてくれるのが筋だが、パニック値が出たときは念のため、担当医に連絡を入れる。

さて、私のブログのタイトルでパニック値に相当するものはあるだろうか。記事一覧で振り返ってみたが、これといった傾向はなさそう。拙ブログを読んでくださっている方には”おや?”という変化があるのかもしれないが、自分ではわからない。それにしても、それぞれのエントリを読み返すとーーー今日もそうだがーーーずいぶんくどい文章が多い。以前、ブログも推敲が大事ということを書いたことがある(論文とブログ、どちらも推敲 - 2015年6月18日)。そこでコロ健”「お、この論文、面白いな。最後まであっという間に読めたよ”なんてことを書いている。”論文”を”ブログ”に置き換えたらいい。通勤中に書くことがほとんどなので、一気に書けず、途中で細切れとなってつなぎがわるくなって、竜頭蛇尾、推敲も不十分で、いったい何が言いたいのかよくわからなくなることもしばしばだ。せめて、タイトルに沿った締めくくりとしたいのだが、これがなかなかうまくいかない。パニック値で読んでいただけるのはありがたいが申し訳ない。うまく締めくくることができなくて、タイトルの方を変えることもある。

病院を出たらまだ明るくて、まだ青みが残っている空には可愛い形をした雲が浮いていた。明日は晴れるといいな。
今日も危なかった

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少数の意見を埋没させない

2020年07月30日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
医局会など他科の医師と共に行う会議で発言するのには、病理医のようなマイナーな科の医者はずいぶんと勇気が要る。病院というところの表の顔、すなわち看板はいうまでもなく臨床医であり、病理医である私が何かを発言したところで、病院のマジョリティーーー売り上げとか、治療成績ーーーの問題解決に直接つながる建設的な意見にならないと考え、発言するのをついためらってしまうのだ。

私の場合、喋りたがりのところがあって、会議で誰も発言しなかったりするとーーーおそらくほんの15秒ほどだろうがーーー沈黙に抗うことができず、よせばいいのについ口火を切ってしまう。私のせっかくの”場を動かすための”発言を誰かがついでくれるのならいいが、多くの人は遠慮がちに別のーーー出席者の多くが関心を持っているーーー話題へと舵を切る。もちろん、いったん誰かーーーたとえそれが病理医であってもーーーが発言したら、会議は重い腰を上げて動き出すが、最初の、病理医の発言を会議の終わりまで覚えている人は私以外にはいない。

国会(閉会中審査を含め)の討論を見聞きすると、何をしているのかよくわからない議員が多く見えるが、多様な人材が発言の機会を得るためにはこれぐらいの人数は必要なのかもしれないと思うようになった。これは先の参議院選挙で障がいのある方を国会に送り込む政党があったということでとくにそう思うのかもしれない。健常者の視点に立った政治は、国力の増強のためには必要なことだろうが、健常者だけで議論していては、考え方の多様性は欠落してしまう。少数者、弱者の発言に耳を傾け、その意見を取り入れることができないような人は、人を導いていく資格はない。自分の席を譲った党首は大したものだと思う。
さて、私は今の勤務先の病院に、病理医がいなくて困っているからきてくれないかと言われてやってきた(だから一人病理医)。プレコロナの頃だったからこそ開催された”私の歓迎会”で「(なんでも知っているわけでもないので)私がどれほどお役に立てるかなんてわかりませんよ。」と言ったら、院長が「意見を聞いてくれる人、言ってくれる人、相談できる人というのが必要なんですよ。」と応えてくれた。ああ、ありがたいなと思ったし、この言葉はずっと忘れることはないだろう。実際その言葉に嘘はなく、マイノリティーの代表格である病理医としての私の発言は正当に扱われているし、会議での発言にしても思っていたよりずっと丁寧に耳を傾けてくれている。
あとは私次第

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