こんな気持ちでいられたら

生き方、世の中、家族、医療。
日々あれこれ考えたことを書いています。

病牀6尺というわけではないが

2020年09月22日 | ガーデニング
タオルケット1枚では寒かったので、薄手の布団をかぶって寝たらちょうどよかった。目が覚めたら腰痛はすっかり良くなっている、と期待していたが、全くダメ。
連休最終日。こんなに休んでいいのだろうかと思うが、腰を痛めては仕方ない。明日は迅速診断があるので、それこそ這ってでも(仕事をしに)病院に行かなくてはならないので、今日は一日静養。なり手が少なく、人手不足の日本の病理医、”代わりができる人”はいるが、”代わってくれる人”はいない。

卒塔婆ができるからと、今日予定していた義父のお墓へのお参りは妻と娘に託して留守番。家事の手伝いもできず、役ただずとはまさにこのことと思っていたが、幸い国勢調査の入力があり、スマホで入力した。それにしても、これほどの厖大な個人情報、セキュリティは大丈夫かと心配になった。何かで漏れたら、数万、数十万の単位となってしまう。

立っていると楽なので、ベランダをウロウロしながら、趣向を変えて葉っぱの写真を撮ってみた。1枚目はウンベラータ。妻がよく通る道にある花屋の店先にセールで置いてあったもの。最初はおかしな樹形だったが、近頃は立派になってきた。梅雨明けからベランダに出していたら、どんどんいい葉っぱが育っている。2枚目はフランスゴムの木。新職場の医局のデスクの横に置いていたら、葉っぱから冷や汗のような樹液が出るわ、カイガラムシはつくわで、もうだめになってしまうかと、家に持ち帰ってベランダでたくさん水浴びさせてやっていたら、あっという間に元気になって新芽も出てきた。今朝はひこばえも出ているのを見つけ、嬉しい。もうあそこには連れて行かないから安心してくれ。
次は、スズカケノキ。ヒポクラテスの木ともいわれるもので、父の別荘に植わっていたものだが、もう行けなくなるからと手放すことになった時にわが家に移植した。ぐんぐん大きく育っていて、落葉するものがある一方で、新芽もでるという、なんとも元気な木。どこまで育つだろう。
ハイビスカスの葉っぱというのは縁のギザギザが鋸の刃のようだ。時々変異を起こして丸い葉となったりもするようだが、明らかな丸葉はなさそう。日本の夏の気候はぴったりのようだ。花は10月末まで楽しめる。
立っている方が腰には楽なので、ちょっと歩きまわっていたものの、だんだん疲れてきたので、エントリーは座って書くことにした。空も曇ってきたので、エントリーを書くのを切り上げ、部屋に入った。病牀六尺というわけではないが、家からは一歩も外に出ることはなかった。
家の中は少し歩けた

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久しぶりにぎっくり腰。

2020年09月21日 | 健康・ダイエット・スポーツ
刀鍛冶の正宗さん(正宗工芸美術製作所)のところに包丁の研ぎを出しに行ったついでに小町通りのうどん屋みよしで昼を食べようと、順番待ちの用紙に名前を書いたのが運の尽き、1時間半も待たされることになった。

小町通りはすっかりコロナ前の人出で、待たされることがわかっている地元の人間が何を好き好んでと言われそうだが、みよしは別。そこいらの観光客相手の店とは違う。

今日は朝から土いじりをしていて、家に帰ったらその続きを始めたのだが、ものの5分もしないうちに、下に置いてあった肥料を拾い上げようとしたらぎっくり腰になった。

今回のは久しぶりだ。前回やったのは昨年10月。コロナ禍のあいだ、やっていなかったということか。それはそれで驚く。

それにしてもほとんど身動きが取れない。安静よりも動いた方がいいというのだが、結局のところほとんど動けない。
痛み止めを飲んで、一晩ゆっくりしていよう。

腰が痛いと、文句だ愚痴だという事をいっている場合ではなくなるので、かえって笑ってしまう。午前中には、園芸バサミで血豆を作ってしまった。気をつけて過ごさなくてはいけないいちにちだったのかもしれない。
後片付けは妻にお願い

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閑話二題、ハイビスカス

2020年09月20日 | ガーデニング
暑さ寒さも彼岸まで。
毎年毎年夏の終わりは驚くほどきっちり来る。気持ちがよくて窓を開けたまま寝たら、朝起きた時少し肌寒いほどだった。これからは朝晩の寒暖差が大きくなるらしい。
今日は最近あったハイビスカスの話題2つ。
『もう、夏も終わったので引き取って』
妻の誕生日にプレゼントしたハイビスカス。この先もまだまだ咲いてくれそうだ。ハイビスカスの花といったら、夏、というイメージ。それはそれでいいのだが、そうもいかないところもあるようだ。
今日も妻とハイビスカスが元気に咲いているのを喜んでいたら、「昨日、(ハイビスカスを買った)花屋さんに言われたんだけど、あの鉢植え、全部売れたんだけど、今になって、買い戻してくれって言われるんですって」。
どういうことか教えてもらったら、店舗で買ったような場合は季節感が大事で、夏が終わると不要になるそうだ。不要だから、引き取ってというのも花がかわいそうだが、置き場所がなくては仕方ない。世の中いろいろだ。
『ハイビスカスの写真だけのブログ』
毎日読ませていただいているブログでハイビスカスの話題があり、読ませていただいた。”「なるほど。ハイビスカスか。」と読み始めたら、”
その方が、ハイビスカスの話題が載っているからと読んだブログが、ハイビスカスの写真だけだった、という話。
それだけの話なのだが、ハイビスカスだけでもいろいろな人がいろいろと関わりを持っているものだ。
明日は晴れ?

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マスクをしてまで出かけるのは億劫

2020年09月19日 | こんきも
秋の連休、雨の予報も幸い外れ、鎌倉はいい天気。街中は観光客で賑わっているだろう。まあまあ天気なので散歩に出かけてもいいのだが、いざマスクをつけてまで出かけるとなると、そのハードルは途端に高くなる。
歩いていて苦しいし、喉がヒリヒリするし、暑い。つけたり外したりも面倒だ。

夕方になって、車でコストコまで出かけた。少々混んでいたが、店内が広いのでゆったり買い物ができた。それにしてもコストコ、子供達が小さかった頃は肉だのなんだのもっぱら食料品を買っていたが、もう量が多いと感じるようになってきた。
まあ車だと

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どちらが悪いかわからなくても、まず謝った

2020年09月18日 | こんきも
私が悪かったのだろうと思ったので、私も謝った。

昨日、むちゃくちゃ集中した仕事を技師と一緒にしているところに某科の女性医師がふらりとやってきて、「あのー、先生、*?!XO+#$」と何やら話しかけてくる。こっちは、それどころではない。ちょっとでも対応したら、作業を中断するどころか、一からやり直すことになりかねない。少なくとも、15分ぐらいのロスになる。至急の用件でもなかったので、「なに(私が仕事しているの見えないの)?」と聞き返した。
それでもKY、「あのー、●X△%&:*」と話し続けるので、「なに?その件は%&*#@だから、〇〇先生(その女性医師の上長)に聞いて!」と乱暴に言い返した。キョトンとした顔でまだ何か言いたそうだったので、「仕事しているのが見えないの?」と、まあ、声を荒げて言ってしまった。もちろん、顔など見ないで言い放った。これでやっとわかったらしく、「あ、すみませんでした。」と謝りつつ部屋から出ていった。

なんとか仕事は続けたが、嫌な気分は残る。仕事の補助をしてくれていた技師に向かって「あーあ、ああ言う言い方をするとこっちの方が結局悪かったような気になるんですよね」とこぼした。「そうですね、こんなに仕事があるっていうのに、参りますよね」と相槌を打ってはくれたが、医者同士のことにそれほどあれこれ口を挟むことはない。最後まで嫌な気分のままなんとか仕事を終わらせた。

ちょっとだけ躊躇したが、こちらから謝りの電話をすることにした。事情はどうであれ、大きな声を出したということは私が悪い。どんな時でも(?)我慢しなくてはいけない。少なくとも無視するか、いや、丁重に断るかしなくてはいけなかった。でも、そんなことしたら、仕事でミスをしていたかもしれない。患者が目の前にでもいたら臨床医は遠慮してくれるが、病理医に対してはそういうことはしない。気がつかないのだ。まあ、これも仕方ない。

「あ、先生、さっきはあんな言い方してごめんね。わざわざ部屋まで来てくれたのに。あの件は、今朝〇〇先生が来てくれて、段取りはきめておいたから」と伝えた。「すみません、何かお手伝いできることがないかと思って行っただけだったんです。お邪魔してしまってすみませんでした」というようなやり取りとなった。

理由はいろいろあるから、それらをいちいち検証することが大事とか、そういうことではない。まず謝ることができて、よかった。夫婦喧嘩でもそうだが、なにか、諍いがあり、怒るようなことがあったら、”怒った事”については謝らなくてはいけない。そのことに気がつくことができて、ちょっとだけ進歩したかな、と思った。
どっちもどっち

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文の上手い人の文

2020年09月17日 | 読書・映画・テレビ・美術
新聞とか雑誌に載っているエッセイーーー小説ではなくーーーを読むとき、こういうところに文章を書く人というのはどんな書き方をするのだろう、組み立てとか、導入とか、主題(タイトル)への移行とか、文章に隠されているそういったもろもろのテクニックを少しでも学んで自分のブログ書きに役立てたいと、日々駄文を書き連ねている身としてはそんなことを考えながら読むことがある。

そんな文章の書き手が俳優、タレント、元アイドルだったりすると、お手並み拝見と少々上から目線で読み始めることもあるのだが、さすが皆さんお金を取っているだけの事はある。お金を取ってというよりは、新聞にしても、雑誌(多くはカード会社が出しているカタログとか何かの会社の広報誌の類)にしても、私が金を払ってまで読ませていただいているだけのことはある。とにかく皆さん文が上手い。当然のことながら、私のように毎日の往復の時間で書きなぐって、推敲もそこそこにアップしている訳ではなく、それなりの時間をとって書き、編集者がチェックを入れ、”商品”としての文章に磨き上げてから世に出すのだろうから、良質なものであるのは当然だが、そういったこと以上に”才能”のようなものを感じる。

そんな上質な文章に接すると、才能のない私なんぞはせめてテクニックを学ぼう(盗んでやろう)と思って読み始めたはずなのに、読んでいるうち、そんなことはすっかり忘れ、その内容に取り込まれている。読み終わってから’しまったこんなはずでは’と思ったところで時すでに遅し、文章術などよりも、その人が感じたこと、考えたこと、提供された話題などの方が、私の中ではよほど大事なこととなっていて、文章を読み直すにしても観点はすでに異なっている。まんまとやられた。まるきりミイラ取りがミイラ。
上手な文章を書くことができるようになるのには、文章術なりなんなり、そういったものを学ぶといいのだろうが、そういう時間はなかなか取れない。学問するのに早い遅いはないといっても、日々ぶち当たる難症例についての勉強すらおぼつかず、また、往復の時間で哲学書を読むようになって頭の中がこんがらかっている状態では、文章術の勉強までは手が回らない。人間それぞれに与えられた時間は同じなわけで、これまでの人生、時間をどう使ってきたかを思い直して反省したところで遅いのだ。今の私にとって文章が上手に書けるようになるかは、病理、哲学の次あたりの位置づけなので、そのテクニックを勉強するのはもうしばらく先になるだろう。結局、新聞雑誌のエッセイや、文の上手いブロガーさんのエントリーなどをこまめに読み、それらの視点や切り口、表現方法を学んでいくしかないだろう。
実践的といえば実践的なのかもしれないが、私の理解力にも問題があるので、日々の駄文が劇的に改善する日はまだ先のことになりそうだ。
起承転結それとも序破急

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けっきょく泥縄

2020年09月16日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
今月末にWeb形式で開催される学会があり、そこから依頼された講演が1つあって、その締め切りが昨晩だった。準備は講演の直前までできるからと、たかをくくっていたら、2週間ほど前に講演形式が変わって、あらかじめ音声を録音したパワポのスライドを提出することになった。会長は意欲的な人で与えられたお題が凝っていて、そのタイトルに合わせるとなると発表内容に工夫が必要となっていた。

学会での講演といっても教育講演的なものなので、目新しい研究成果でもを発表する必要はないものの、十年一昔の内容では陳腐化してしまう。私がよく演者に選ばれるのは、何よりも専門病院に勤務しているからで、その専門性と経験を買われているからだ。あちこち渡り歩いたものの、専門性だけは手放さなずにいてよかった。幸い、この前書いた原稿は結構新規の情報を入れていたので、そこからあれこれ引っ張ってきてなんとかスライドは完成させた。だが、問題は録音だった。
会場でべらべらしゃべっているのならいいのだが、録音となると話が違うのだ。滑舌悪く口ごもったり、言い澱んだり、噛んだり、間違いがあったりすると、スライドごといちいち入力し直さなくてはいけない。25分という時間制限にしても、時計を見ながら、緩急をつけることもできず厳しいものがある。ニューヨークの国連本部で昨日、第75期の国連総会が開幕したそうだが、今回は各国首脳は集まらず、あらかじめ撮っておいたビデオを放映するそうだ。ああいう画像にも結構苦労があるのだと実感した。それとも政治家は喋るのが商売だから大丈夫か。

何はともあれ悪戦苦闘、21時前まで文章の手直しと音声の入れ直しを繰り返してなんとか25分3秒で終わらせた。夕方には学会事務局から催促のメールが来ていたりして全くヒヤヒヤものだったが、今朝、お礼のメールが来ていたのでことなきを得たのだろう。まあ、提出してしまえばこっちのものだが、一晩経っていざ落ち着くと、”ああ、あそこの言い回しはこうしておけば”とか、”やっぱり全部通しで聴き直しておくべきだった”とか。けっきょくいつも通りの泥縄講演ではないかと、不安とともに後悔の念が沸き起こる。

そんなこんなで病理診断科の部屋で遅くまでおっさん病理医一人、スライドを作っていたら、大きな手術を終えた外科医が「先生、遅くまでお疲れ様です。よろしくお願いします。」と診断の難しい検体を置いていった。診断のことを思って、少々やれやれと思ったが、一緒に検体を診て、「先生たちもお疲れ様」と労った。
国連総会では握手は厳禁だそう

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人から見たら私も他人

2020年09月15日 | 生き方について考えるあるいは哲学的考察
”おもいがけず”という言葉がある。予期していなかったのに、期待していなかったのに、というような意味だ。”思い掛けず”と書く。自分にとって良いことが起こった時に使う。普段から他人に期待していなければ、期待していないことが起きた時使うことができる。逆に、他人に期待するものだから、期待はずれのことが起こるとがっかりする。他人とは自分とは異なった価値観を持っている存在だから、自分の思った通り、すなわち”期待通り”にしてくれることなどそもそもありえない。

ひと月ほど前、私が書いた文章の別刷り(1冊の本の中から私が書いた部分のみを抜粋製本したもの)を、専門領域の臨床医に配った。2領域2冊あり、それぞれ15部ぐらいを合計30名ほどに
”謹呈 〇〇先生   
コロ健”
と署名し、医局の各自のメールボックスに入れて回ったのだがお礼のメールを送ってくれた人が一人いただけで、お礼どころか、受け取ったと言う返事すら来なかった。さすがに直接手渡した人にはその時お礼を言ってもらった。お礼を言ってもらうことを期待していたわけではないが、喜んでくれる顔を”ちょっとだけ”期待していたのだろうか、私は残念な思いをした。

数日前、よく読ませていただいているブロガーさんが、お弟子さん筋に”情報”を流したのに、お礼が一つも来なかったと嘆いていた。私とよく似た状況だと思って読ませていただいた。そして、おかげでそのような状況を客観的に理解することができた。
私がちょっと残念な思いをした理由は2つあった。1つは相手が感謝してくれるだろうと私が期待してしまったため。もう1つは、渡した相手とは価値観が違うということを私はわかっていなかったから。
相手が感謝してくれるかしないかは、相手が決めることで、私が決めることではない。相手にとっては、私が渡した駄文になどは価値がなかったのだろう。もしくは、人からものを受け取っても返事などする必要はないと育てられた人だったのかもしれない。
一事が万事、決めるのは相手。私が介入できる余地などない。何をしたら、相手が私に対して謝意を示してくれるかなどということ、私には何もわからないのだ。大切なことは、相手に期待しないこと。
もう、誰にも期待していなかったところにお礼のメールが”思い掛けず"届いて、私は嬉しかったのだ。人間関係なんてそんなものだ。
それに私にしても、すべての人にいちいち手渡ししていたらみんなが感謝してお礼を言ってくれたに違いない。第一そんな駄文押し付けられた方だって迷惑だったかもしれない。その人たちにとって、私だって他人なのだ。
”過去と他人は変えられない”、という座右の銘に、”だから他人に期待はするな"というのを加えようかと思ったが、それはそれで自分勝手、ちょっと早計だと思い、やめることにした。
話しても分からない人はいますが

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心配なこともあったが罹らずにきている

2020年09月14日 | 自然災害・事故・感染症
息子の結婚式から2週間が過ぎた。結婚式での新型コロナウイルス(COVID-19)のクラスター発生は免れたようだ。200人は入るという披露宴会場に両家の家族親戚だけで、1テーブルには5、6人。新郎新婦以外は全員が食事以外の時はずっとマスク着用。新郎父の挨拶もマスクを着けたまま行なった。花嫁のお父さんは途中で号泣して涙を拭いていたが、ハンカチを使っていたので問題はなかっただろう。

これまで新型コロナウイルス(COVID-19)に罹患しないできている。実質的なロックダウンだった5月の緊急事態宣言期間、数日在宅勤務に切り替えた以外は通常通り通勤した。それが解けた途端に父が亡くなった。わりと高名な医師だったので、知己もずっと診てきた患者さんも多く、葬儀をどうするか迷った。母はそんな父に”ふさわしい 立派な葬儀をあげてやりたかったようだが、少し小さめの葬儀場で知り合いには”時節柄、ご無理のないようにお願いします”という但し書きを付けた訃報を作成し、ごく数カ所に送った。また、家に電話してきた方にも送った。
受付をしていただいた方にはフェイスシールドをつけていただいた。おいでいただいた方にはお焼香だけしていただくようにし、会葬御礼だけを用意して、精進落としの席は設けなかった。お通夜告別式合わせて、それなりの人数の方とお別れができて、父も、またおいでいただいた方にもよかったのではないかと思った。父の葬儀が終わってからしばらくの間は、クラスター発生が心配だったが、大丈夫だった。
8月末の叔母の急逝には驚いた。父より10才近く若く、これといった持病もなかったので、従姉弟たちがいまだ気の毒でならない。熱中症が疑われ、敵は本能寺であった。京都まで妻と行き、従姉弟たちの家族と私たち夫婦だけの家族葬となった。往復の新幹線はガラガラで、感染の心配はなさそうで、翌週の息子の結婚式を迎えることができた。
こうしてみると、常識的な範囲で感染防御対策をとっていたらまずかかることはないと思う。この先も感染の機会は永遠にあり、いくら頑張ってもいつかはかかってしまうだろう。それでも3密を避け、大声での会話をしないということをしていたらいいだろう。感染の最大のリスクはやはり外食で、周囲に大声で話している酔客がいたりでもしたら、とっとと逃げる。あと、ウイルスはツバとともに吐き出されてそのままテーブルに付着していることがあるので、外食時にはテーブルを触ることへの注意が必要だし、テーブルを拭いてくれない、もしくは拭くための布などを用意していない店は使ってはいけない。
コロナに感染しないためには、コロナに感染している人に接しない、近づかないことが一番。結局のところ、結婚式にしても、葬儀にしてもそういう人が”来なかった”というのがよかった。誰もがマスクを着けていた。
感染していなくても感染防止に無頓着な人から離れる、そういう人の集団には近づかないということが必要だ。そんなことをいうと、われわれ医療従事者はハイリスクグループに入ってしまう。だが、私たちは、マスクをつけて、咳エチケットを守るので、たとえ感染していても他人に感染をばらまくというようなことはしない(と信じていただくしかない)。
罹ったからといって悪いわけではない

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ずっとそのことを考えきた

2020年09月13日 | 生き方について考えるあるいは哲学的考察
しばらく前から哲学の入門書をまた読んでいる。もうずいぶん前からその類の本は読んでいたのだが、それらは難しくて理解できなかったが、最近はずっとわかりやすい本が増えた。そのおかげで、自分の頭の中の整理がずいぶんついたし、哲学的に考えるということがどんなことなのか少しだけ分かった。

一つ嬉しかったことがある。ある本に、"哲学とは、自分自身のを知って「よく生きる」ことを求めつづける生き方の別の呼び名のこと"という一節があった。あれ?これ、自分のこと?

娘に心ない言葉を投げつけた自分が、実のところ娘に対してだけでなく、自分以外の存在に対して冷たいということを認識し、そのことを反省し、このブログを始めたということを思い出した。相変わらず、ときどき娘に向かって嫌味を言ってしまうことがあるが、最近では馬耳東風、また何か言っているよみたいな感じで流されているが、結局自分では嫌な思いをする。悪意は自分に跳ね返ってくる。

これまで、自分のやってきたことが”哲学的”といえなくもないことだったと考えると、ちょっとだけ嬉しい。そして、これまでと同じように、そのことを毎日考えていくことができたらいいなと思う。
そして皆様と

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可愛いコロはコロちゃんなの?(下)

2020年09月12日 | 生き方について考えるあるいは哲学的考察
マルチーズのコロはコロそのものであり、存在しているのは”犬”とか”マルチーズ”というものではない。「コロ」という名前はあるが、それはコロという実在に対する目印。でも、このエントリーを書いている今、コロは私の目の前にはいない。でも、コロはいる。去年の12月に死んでしまったフラットコーテッドレトリバーのナイトも私の目の前にはいない。でも、ナイトはいない。この違いはどう考えたらいいのだろう。

私ーーコロ健ーーという存在はどうか。私は私だと思っている。それは私が考える存在だからだ。私自身が私という存在を認めているから、私は存在している。私が考えることをやめても私は存在するだろうか。他人が私の存在を認めてくれて初めて私という存在は実在するのかもしれない。そうすると、私自身は存在の主体ではないということになる。

でも、コロは私が考えなくても、妻や娘がコロの存在を考えたらコロは存在することになる。誰かが考えるからその存在は”ある”とすることができるのだろうか。では、ナイトは?ナイトの存在をいくら考えてもナイトはここにいないし、いつまで待ってもコロのようにもう一度会うことはできない。

生命を実在に置き換えるのは困難な作業なのかもしれないし、そのこと自体正しい手順であるのかどうかもわからない。でも、生命でなくても”物”にしても同じような話となる。お金は常に握りしめていなくても金持ちは金持ちだ。土地だってどこか遠くの山を持っていたとしても、そこにいるわけではない。金も土地も実在とはかけ離れた存在だ。

コロはコロで、私にとって可愛い存在として私の目の前にいてくれたら、私にとっては十分なのかもしれない。でも、コロをそう位置付けてしまった途端、私という存在もコロとの関係性という概念に縛られてしまい自由を失う。おそらく、コロはそんなことは考えていないだろうが、そのことでコロは私との関係性に縛られない、自由な存在となることが可能となる。
コロとナイトとコロ健と

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秋の初めの合流新党

2020年09月11日 | 日本の将来・世界の未来
コロと私の普遍論争の続きを書こうと思っていたが、昨晩家に帰ってテレビをつけたら、野党の新党が結成されて新党名も新代表も決まったとのことで、その話をすることにした。実際、コロの実在論は一昼夜でまとめられるような話ではなく、もう一晩、ひょっとしたらあと二晩ぐらい考えないと一応のところに落ち着きそうもないということもある。上中下とあまりダラダラ書いていてもキリがなくなる。
最近、政治ネタはあまり書いていなかった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のことがあったせいもあるし、素人がわかったようなことを書いても何にもならないというのと、政治のことをわかりやすく書いてくれるブログがあってもっぱらその方のブログを読んで溜飲を下げさせてもらっている。

さて、このブログを始めたのが2007年9月なので、かれこれ13年。その間、民主党による政権交代、東日本大震災、安倍一強政治と野党分裂、そして新型コロナウイルス感染症。私にとって日本に起こった大きな出来事はこんなところ。いろいろあったが、おかげさまでまだ生きている。
私はこの間、政治ついて何を考えてきたのか振り返りたいと、レビューしたら、政治に関する記事もそれなりにたまっていた。あんまり古い記事は探すのが大変なので、3.11から2ヶ月後、菅直人総理のところから(2011年5月18日)。お時間が許すようなら最後までごゆるりと。

わたしは、頑張っていると思っていたが、どうして今になってこれほど駄目だと言われないといけないのか、いまだにわからない。
結局、その3ヶ月後に野田さんが総理大臣になった(2011年8月30日)た。小泉構造改革のこと、TPPについてなど書いているが、そのご子息が大臣になり、TPPはトランプに潰された(私たちが選んだ政権だから -2011年10月18日)。

翌年、安倍さんが自民党の総裁に返り咲いた(2012年9月27日)。
そして、野田さんが安倍さんにまんまと乗せられ、その年の12月には自民党は政権を奪還した。売られた喧嘩をやすやすと買うようではダメだった。
驚いたことに、この時の総選挙についてのエントリーがない。民主党の歴史的大敗のせいか。あったのは、安倍政権の新閣僚の失言に関する記事だけ(沈黙は金、だけど - 2012年12月21日)。まさかこの政権がこの後7年8ヶ月も続くことになるとは思わなかった。
アベノミクス増税総選挙があったが、圧勝(衆議院解散総選挙によせて-2014年11月20日)。完敗した野党は息の根を止められた。
お次は、2017年10月1日の記事。政学癒着選挙ーーーモリカケ選挙ーーーだ。
そして、この選挙で一躍注目を浴びたのが今度の立憲民主党だった(2017年10月23日)。
雨をついて鎌倉駅前で応援演説に立った枝野さんに私は拍手を送った。
ということで、現在に至る。
時間のたつのは早いというか、それぞれ皆さんいろいろあった。
興味深いのはこの振り返りで主な登場人物がみんな元気でいるということ。なんだかんだで皆さんしぶとい。立憲民主党の新代表を発表する時の会合の映像が流れていてとても懐かしかった。ノーサイドの使い方が心配になったが、まあ、言わんとするところはわかる。あとは、この前明らかになった喫煙。健康管理をあれだけいう議員がいるのに、おかしなことだ。今からでも遅くないので、しっかり禁煙してほしい。

この先、今度は自民党の総裁が菅さんが選ばれ総理大臣になるだろう。いまのところ、公約ではいいことを掲げているが、この先の日本が厳しい状況に追い込まれることは明白だ。お金だって、天から降ってくるわけではない。
合流新党は選挙上手の菅さんと対峙しなくてはいけないが、代表の枝野さんは果たして党内をまとめていくことはできるのだろうか。仮に政権を奪取しても、じゃあ誰が大臣を務めるの、と考えると特定の支持政党がない私としては選挙でまた悩むことになりそうだ。
私は人物本位で

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可愛いコロはコロちゃんなの?(上)

2020年09月10日 | 生き方について考えるあるいは哲学的考察
愛犬、マルチーズのコロはもうすぐ14歳。おじいさんだが、毛並み・毛艶はまだまだいい。白内障は進んでいて、おっきな目には瞳の白濁が目立ってきた。

私はコロを見るとき可愛いと思うがコロはそんなこと気にかけていないだろう。私がコロのことを”可愛いね”と褒めてやると嬉しそうに尻尾や耳を動かすが、私の発した声の意味はわからないだろうし、私の意図していることとは異なった意味で受け止めているだろうと思う。そもそも、コロとはどんな存在なのだろう。目の前にいるコロとは、犬なのか、コロなのか。

私がコロの存在を規定したところで、コロはコロでありそれ以外の何物でもないから、コロには関係ない。それは逆もまたありで、コロにとって私とは、時々自分の名を呼び、時々餌をくれ、時々遊んでくれるが、時々叱りつける大きな動物に過ぎない、と想像する。コロと私はそれぞれ、4本足で歩く白くて目の大きな可愛い動物と、先に書いたようなことをする2本足で立つことのできる動物となる。

そうすると少なくともコロのことを犬だのマルチーズだのと一括りにすることは意味がない、ということになるのだがそう簡単にはいかない。
なぜならコロのことを初めて見る人にとって、コロはマルチーズだ。マルチーズを知らない人から見たらただの犬だ。同じ犬であっても、昨年死んだフラットコーテッドレトリバーのナイトと比較すると、体の大きさも毛の色も違う。そうすると"同じ"という言い方も矛盾している。犬という概念にすべてを含んでいいのだろうか。
そう考えると、個々の存在こそが実在であると思われるが、果たしてそれは正しいか。
(つづく)
生物学的に考えると

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ちかごろあまり歩かなくなり

2020年09月09日 | 通勤・交通
歩かなくなった。
どこか勤め先のある人間にとって歩くか歩かないかは、通勤経路に負うところが多い。
5年前まで勤めていたちょっと郊外にあった病院に通っていたころは通勤経路を工夫して、毎日往復で1時間あまり歩いて、1万5千歩以上歩いていた。これで痩せたというわけではなかったが、いい運動、ストレス解消にはなったと思う。その後、東京タワーにほど近い都心の病院に1年勤めたが、その時も似た様な工夫をして同じぐらい歩いた。ただ、都心だったので排気ガスには閉口した。昨年まで勤めた大学病院は駅から比較的近く、あまり歩かなくなってしまったが、乗り換え駅の直近にスポーツジムがあり、そこで汗を流した。

ところが、今の職場はなかなかうまくいかない。駅を降りてから病院までの距離が微妙で、結局、バスを使っている。途中の乗り換え駅は日本最大級のターミナル駅で、周囲には木の1本も見当たらず、どこも人だらけ。今回のコロナ禍もあいまってとてもじゃないがそんな街、歩く気になどならないし、地価も高いので、気軽に使えそうなスポーツジムもない。夜、鎌倉駅から歩けばいいのだが、1日終わって1時間半電車に揺られたあと、そんな気力も失せていて、いつも妻か娘に車で迎えにきてもらっている。妻がナイトと一緒に朝晩送り迎えしてくれていた頃が懐かしい。
そんなこんなで、歩く機会を失って、いまや5〜6000歩。1日8000歩ぐらいがちょうどいいそうだが全く足りない。せめてもと、2階にある病理診断科の部屋から4階の医局まで1日3、4回行くようにし、その都度階段を使う。駅の階段分も加えて1日15階分ほど上ってはいる。まあ、こんなだから、日曜日にちょっと歩いただけでヘトヘトになる。

運動不足は体の衰えには覿面(てきめん)で、動かないから余計に足はむくむし、動態視力も低下する。剖検で4、5時間立ちっぱなしになることのを考えると心配になる。
そんなわけで、適度な運動は人間にとって必須だ。さて、どうしようかと考えるのだが、かといって今の生活リズムは妻のそれとも比較的よくはまっていてなかなかウォーキングの時間を挟み込む妙案は浮かんでこない。とりあえずは医局に行く回数をあと2度ぐらい増やすぐらいだろうか。
コロも年で

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ストレスチェックと心の波

2020年09月08日 | こんきも
職場で”ストレスチェック”というのがあって、A43、4ページに3、40の、いやなことありますか?みたいな質問があり、それに、’大いにある’、とか”滅多にない’とかを回答する。こういうのが始まったのは、10年ほど前からだと思うが、初めてやった時は「こんなので、なにがわかるのだろう?」と狐につままれたような気になって答えた覚えがある。

毎年やっているとだんだん慣れて、このところは緊張せずに答えている。そして、毎年、私にはそれほどのストレスはないという返事が来る。いいことなのだろうが、それはそれで自分がノー天気な人物であることを言われているような気がして少しだけ複雑な気持ちになる。この10年間で一番ひどい状況だったときもそうだったので、おそらく人生の半分より前で起きた、私が最悪だと思っている時でも、そう大したストレスは感じてはいなかったのかもしれない。

昨日もそのチェックシートに記入し、封をした。帰る途中、正しく回答できていたかと少し不安に襲われた。開封して書き直そうかとも思ったほどだ。作成側はいろいろな状況を想定して設問を作っているのだろうから、私の些細な不安なども織り込み済みだろう。

職場で記入している時はそうであっても、通勤途中に考えることはまた異なる。さらに、自宅で家族と一緒にいる時もまた変化する。それは心の波のようなものか。自分という存在は常に変わることはないのに、周囲の状況により変わっているというのは一体どういうことだろう。いや、そうではなく、周囲の状況が変わったとしても自分という存在は全く変わることはない。こうして心の変化を客観的に見るのも案外楽しいことかもしれない。

結局、今朝、顕微鏡の前に放っておいた封筒を事務まで持って行って「ストレスチェック」と大きく書かれた箱に入れた。
今年はどんなお返事が?

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