こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

息子が出て行った

2019年03月31日 | 家族のこと

春は別れの季節というが、わが家からも息子が出て行った。

寮の部屋の入れ替えの関係で、引越しのできる日が今日1日しかなく、車2台で家財道具を運んだ上に、買い物だのなんだので、結局、朝から晩まで付き合った。勤め先が都内でよかった。

息子は初めての一人暮らし。そして、ここのままわが家から出て行くことになる。小学校から大学まで自宅から通ってくれ、家計的には大変助かった。そういう意味からも大変な孝行息子だった。

10年前、ブログの記事に”子供は親のものではなく天からの預かりものだ。”と書いた(よいこの育て方 エピローグ  子供は親のものではない2009年09月23日 )。

子育ても今日で終わり、まずは一人、社会にお返しすることができてホッとしている。

 

今日のその日がそんな日だということをしみじみとかみしめた。卒業旅行だなんだと、ここのところ、ロクに家にいなかった息子だけれど、今日1日、妻と私3人でたっぷり一緒に過ごせてよかった。

最後の子煩悩となったが、息子も最後の一人っ子扱いされて、楽しかったようだ。

わが家の息子として過ごしてくれた24年間に感謝し、社会に送り出そう。ありがとう。

明るく頑張れ!

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北尾(双羽黒)が亡くなった

2019年03月30日 | スポーツ・健康・ダイエット

大相撲の元横綱北尾光司さんが、腎不全で亡くなった

肉体的に腎臓を酷使することとなって腎不全になったのだろうと推測するが、お気の毒な話だ。ご冥福をお祈りする。

そして、私の昭和がひとつ無くなった。

北尾はわたしと同学年(彼は8月生まれだそうで、わたしは12月)。この昭和38年生まれの相撲取りはそうそうたるメンバーがいて、”花のサンパチ組”と言われていた。北尾(双羽黒)、現理事長の北勝海(八角)、小錦、寺尾、琴ケ梅、孝乃富士といたのだから、結構インパクトがあった。北尾はもうそれは恵まれた肉体と天才的な相撲感であっという間に横綱になってしまったが、優勝できなかったのはいまでもやっぱり残念だ。同世代の代表、双羽黒としてもっと活躍して、優勝もして欲しかった。とにかく強かったし、体格に加えなかなかの男前でもあったので、ずいぶん応援した。でも当時は、8歳年上の千代の富士がいて北尾の前に立ちふさがった。ちょうど学校の強くて厳しい先輩のようでなんとなく好きになれなかったのを記憶している。下の世代の若貴は、下から突き上げてくる後輩でもあった。

最後は横綱なのに、部屋から脱走して廃業、というのもよくわからない辞め方だった。廃業後のことはあまりしらない。

それにしても、双羽黒というのは今でも立派なシコ名だ。誰か、立派な相撲取りにひきついでもらって、挽回してほしい。

でも、その経歴を読むと、自分と重なるところが多くある。人生を器用に渡っていくことができなかったのだろう。今なら、わかりやすい自己啓発本があったりとか、カウンセラーがいたりとかして、上手に世渡りもできただろうとおもう。まだまだ、生き方のてがかりが少ない時代だった。

ショーケン(萩原健一)の訃報もあった。小学生時代、太陽にほえろで、マカロニ刑事がなんでショーケンなのかがわからなかったけど、とにかくかっこよかった。考えてみると若手刑事から殉職してしまうというストーリー展開、七曲署もブラックだったのだな。でも、マカロニ刑事を刺したのは通り魔だっけ?

平成の終わりになって、昭和後半の大きな思い出が消えた。こうやって時代は移り変わっていくのだとしみじみ思うし、自分もいつ死んでもいいように、終活を考え始めないといけないのだと考えてしまう。

死ぬ前日まで変わることができる

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千鳥ヶ淵で30年ぶりのボート漕ぎ

2019年03月29日 | 日々思うこと、考えること

仕事帰りに皇居西側の千鳥ヶ淵公園の桜見物に妻とでかけた。一昨々年、久しぶりに出かけて以来今年で4年連続になる(久しぶりの千鳥ヶ淵お花見デート2016年04月03日)。一昨年も昼間に行ったのだけど(千鳥ヶ淵の桜2017年04月08日 )、去年と今年は夜桜見物になった(なんとか原稿アップした2018年04月01日 )。

一昨日、天気予報で、また寒くなると言った通り、寒かった。にもかかわらず、というか昨晩もすごい人出。老若男女、国内外の人が数多く訪れていて、みんな上を向いてニコニコしながら歩いている。インスタ用なのか、民族衣装を着ている女性までいた。上から見ているとボートがたくさん出ている。

昨晩もずいぶん出ているなと思いながら、それぞれのボートが互いにぶつかるのを見ながら歩いているうち、ボート乗り場についたら、並んでいる人がほとんどいない。もう終わってしまったのだろうと思って通り過ぎようとしたら妻が、”ここが最後尾”の案内板を持っているおじさんに時間を聞いたら、まだ乗れますよ、と。すぐに乗ることができるのならいいかと30分800円の手漕ぎボートに乗ることにした。

ボートに乗るのは30年以上も前の、結婚前のこと。その時のことを思い出しながら、グラグラ揺れるボートに乗り込んだ。

いざ漕いでみるとすぐに誰かのボートにぶつかってしまう。けっこうなスピードでっこんでくるペダルボートを避けるのも大変だ。それでも、妻に誘導してもらいながら、靖国神社の鳥居が見えるあたりまで行った。途中、足がつりそうになってちょっと焦ったりもしたけど、無事時間内に乗り場に戻ることはできた。

久しぶりによく笑った

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同病(花粉症)相憐れむ

2019年03月28日 | 日々思うこと、考えること

昨日は朝からしっかりマスクをつけていたらけっこう調子がよかった。職場に着くまで少しズーズーする程度で、あとは穏やかに過ぎ、「やっぱりこれは風邪だったのか?」などと考え始めたら夕方近くなって咳がひどくなってきた。心配してくれた技師さんがくれたのど飴を舐めたらそれが結構効いた。私が用意していたものより効果があったのかはわからないが、もしかするとそうしてもらったことで、自律神経が整ったのかもしれない。いずれにしてもありがたかった。

息子が就職前、最後の夕食。卒業旅行だ、卒業祝いだと家族で食卓を囲むことはほとんど無く、申し訳ないと思ったのかやっと昨日都合をつけたようだ。妻が腕をふるった尾頭付で門出を祝った。

機嫌よく眠ったのだけど、今朝は、例のモーニングアタック。鼻水、咳がひどい。一進一退だ。

マスクをしっかりつけてから、ナイトの散歩に出たら、犬の散歩でよく会うご近所のおばさんがいた。あちらもマスクをしていたので、

「今日も、朝から(花粉が)ずいぶん飛んでますね!」とごあいさつしたら、

「そうなのよ、いやになるわね」

「鼻水だけならいいんだけど、咳がつらいですよね」

「そうよね。それで今は、ヒノキ(花粉)なんでしょ?」

「そうですね。ヒノキの方がスギ(花粉)よりも(症状が)ひどいっていいますよね」

「ねえ、まったくこの歳になって(発症するとは)」

「いや、ほんと、お大事にしてください」

と言って別れた。

同病相憐むとはまさにこのこと。あのおばさんも今日一日頑張るのだから、私も花粉症に負けずに頑張ろうと、そう決意して出勤した。

桜、満開

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風邪だと思っていたけどこれは花粉症?

2019年03月27日 | スポーツ・健康・ダイエット

去年の今頃、こんな記事を書いていた。

「花粉症だと思っていたけどこれは風邪?」(20180329日)。

そうだったのか、これは風邪ではなくて花粉症だった。

全く去年と同じような症状じゃないか。

熱は出ないで、出るのは鼻水だけ。

でも症状は結構重い。


昨日書いたように、咳のせいで胸は痛いし咳も出る。

たかが花粉症と侮ってはいけない。

自己判断でこれを花粉症と決めつけていいのか、それとも病院に行って調べてもらうかということは結構悩ましいが、今年乗り切って、来年もまた、ということであればそうだろうから、今年をなんとかやり過ごそう。

一昨年も、その前の3月末の記事を読んでもこのことは一切書かれていない。ということは、去年発症したということになる。

55歳で重症の花粉症発症。これまでにも軽度の花粉症の自覚はあったのだが、これほどではなかった(啓蟄 20080305)。

だから、去年発症したこのひどい症状は去年一度きりのことで忘れてしまっていたのかもしれない。

かつてのはスギ、今回はヒノキとかなのだろう。

とにかく、今日は朝からマスクをつけて花粉症対策。

まったく参る。

花粉症の発症には、単なるアレルギー反応だけでなく、ストレスによる自律神経の異常が挙げられている。

とすると、きっかけはなんだったのだろう。

病気の対策には原因の除去も必要だからそのことも考えなくてはいけないが、今の生活は結構必要最低限のものとなっているので、これ以上削りようがない。マスク・メガネなどで防御して日々やっていくしかない。

4月いっぱいか

 

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風邪、なかなか治らず

2019年03月26日 | 日々思うこと、考えること

先週かかってしまった風邪(風邪ひいて、喉痛い。20190323 )。こじらせてしまったようで、なかなか治らない。でもまあ、私よりも先にかかった妻も昨日あたりからやっと元気になってきたぐらいで、この風邪、なかなか厄介なようだ(妻の場合、昨日の息子の卒業式でまた疲れてしまったようだ)。

喉の痛みと咳がとにかくつらい。声はかろうじて出ているので、仕事には差し支えないのだけど、寒気も少々あって、どうもよくない。天気予報では今週は暖かくなると言っている割に寒いようだけど、そう感じているのは私だけか?

鎌倉は小雨。段葛の桜もチラホラ咲き始めていた。今週末の満開までには体調を整え、ナイトと妻とでお花見に繰り出したい(コロは散歩が嫌い)。

山桜も綺麗です

 

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晴れの日、勇気と自信を持って

2019年03月25日 | 家族のこと

息子の卒業式。

もうすぐ家を出ていく。実際のところ卒業旅行であっちのグループ、こっちのグループとあちらこちらに行っているので、すでに家にいないようなものだけど、就職して出て行くとなるとやっぱり違う。大学まで県内の学校に通ってくれたおかげで経済的には随分な孝行息子だった。

子育てについては、妻とともに、あれやこれやとこれまでいろいろ悩んできたけど、それも今日でおしまい。卒業証書を受け取る姿を見て、そう思った。親としてどれほどのことができたかなんてわからない。息子が興味を持ったことはできるだけやらせてやって、続けるかなどあとは本人の選択に任せた。親がやらせた稽古事は全て今ではやっていない。もちろん、年相応のこともあるだろうから、私たちが選んだことが一概に嫌だったとは言えないが、そんなところだろう。

「自分のことは自分で決めさせる」これは、幼稚園の年ぐらいから意識的にしてきた。進路も何も自分の意思で決めて、そのための準備をすることができる人間になったように見える。

人間は自分の背負った課題は自分で解決しなくてはならないし、解決しなくてはその結果は本人に返る。そんな当たり前のことがわからない人はとても多い。私もそのことはわかってはいるけれど、その覚悟ができているかというと自信はあまりない。それは、私自身が自分で人生を選択しないできたからだけど、それは勇気がなかったから。

息子にはその勇気と自信が備わっているようだ。そんな大人に育ってくれたのが私は嬉しい。

 

おめでとう

 

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あら、おじいちゃまが笑ってる

2019年03月24日 | 家族のこと

さお彼岸前にお供えしておいた花はまだ萎れずしっかり咲いていたので、今日持って行ったものと合わせて、お花はほぼ倍になり、随分賑やかになった。

今日は祖父の本命日。妻も息子も忙しく、両親も都内からやってくるのは大変だというので、私が一族を代表してお墓参り。天気は快晴で、ナイトを連れて行った。まだ、喉は痛くて時折咳も出るけれど陽の光を浴びたら元気になるだろうと期待もあった。

お彼岸も過ぎ、霊園は少し空いていた。名物の桜はまだ咲いていなかった。

祖父が亡くなったのは、つい数年前のことだと思っていたのだけど、墓誌をみたらもう16年経っていた。あれ?今年は17回忌?などと思いながら墓掃除。今年もナデシコが咲いている。この間掃除しておいたから、掃除はあっという間に終わった。写真を撮って、妻に送ったらお線香の煙が祖父の笑顔に見えるという返事が来た。

たしかに、我が一族の男性の特徴である面長な顔がなんとなく見え、それが笑っているように見えなくもない。でも、妻が言っている煙の輪郭と、私が思っている輪郭とは全く違うかもしれない。

祖父はとてもおだやかな人で、戦後事業がうまくいかなくて苦労したこともあったらしい。孫の私にはとても優しい人だった。甘えてわがままばかり言って、随分困らせたのかもしれないけど、幼かった私はよくわからなかった。

久しぶりに祖父とあれこれ話そうと思っていたのだけど、祖父の思い出が随分薄れていて、あまりたくさん話すことができず残念だった。

ご先祖様

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風邪ひいて、喉痛い。

2019年03月23日 | 日々思うこと、考えること

鎌倉の桜もチラホラ咲き出した昨日の暖かさから一転、今朝の気温は5度。おまけに小雨。

おとといあたりから喉が痛く、咳が出るようになっていよいよ風邪をひいてしまったようだ。少し前に、息子と妻もやられていて、似たような症状もあればそうでもないところもあってよくわらかない。気温の変化に体がついていけていないのは原因のようだ。そうはいっても、仕事にはいかなくてはいけない。いかなくてはいけないというよりは、こういう場合は休みたくても仕事があるから休めない、仕事をしにいかなくてはいけない、というような状況だ。

通勤電車がガラガラなので、張り合いがなくなるが、病院に着くと患者さんがたくさん来ていてビックリする。もちろん同僚もみんな出勤。

私も、頑張って少なくともノルマだけはこなさなくてはいけない。


夜には病理診断の講演会が都内某所であり、なんだかんだと結構忙しい一日だった。

まあ、そうはいっても途中で桜を見ることもできたし、よしとしよう。

やっとこの季節がやってきた

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こんがらがってしまった糸を解くには

2019年03月22日 | 生き方について考える

いろいろなことを考えていると、余計なヒト、コト、モノが後から後から出てきてしまう。それらの糸と自分と繋がるそれぞれのは次第に錯綜してこんがらがってきて、ひどい時にはダマのようになってしまう。でもそれが、たとえほとんど解けないと思えるような状態になってしまっていても、落ち着いてゆるめていけば解くことは必ずできる。

大事なのは、こんがらがっている糸を全部一度にほどこうとしないことだ。複数の人とのことをまとめてしまってはいけないのだ。面倒くさいからと、丸ごと飲み込んでしまおうなどと考えてはいけない。目の前の人全部が同じことを考えているわけではなくて、それぞれの人がそれぞれのことを考えていて、自分との関係もそれぞれであるということをわかっておけば大切だ。それぞれの糸を1本1本丁寧に探し出してほどいていくように努力する。

喧嘩だって、それぞれの人の間に入ってそれぞれの人の意見を聞かなくてはいけない。たいていは喧嘩両成敗になるけど、それはある意味当たり前のことなのかもしれない。

政治家や役人が、丁寧に説明していく、と言っていることを聞くことがある。おそらく、その政治家個人、役人個人は周りの人に”結構”丁寧に説明しているのかもしれないと思う。大量の案件があって、それぞれについて、2、3人に丁寧に質問したらあっという間に時間がなくなってしまう。結果として反論に耳を傾ける暇はなくなり、国民には不平が溜まる。難しいものだ。

それぞれの人との関係を大切に、誠実に対応していくしかやれることはない。そして、いくら努力をしたつもりになっても、自分の努力は自分が下す自分に対する評価でしかなくて、自分がしたことに対する評価は相手がする。そして採点は相手に委ねられているということを覚悟しておかなくてはいけない。

採点するのは相手です

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お祝いの会

2019年03月21日 | 日々思うこと、考えること

年をとり、結婚式に参加する機会が減ってきた今日この頃、久しぶりにそんな会があり都内まで出かけた。これまでとてもお世話になった方のお祝いの会で、さながら結婚披露宴だった。

結婚式もそうだけど、こういう会では主賓の人柄が表れるものだけど今日の会はその人らしい和やかな雰囲気の会だった。

でも、つかれたなー

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スマホをどこに置いて寝るかという大問題

2019年03月20日 | 電脳化社会

先月、スマホ依存症についての話を書いた時に思ったことがある(スマホでアタマはもうグッタリ2019年02月21日)

スマホ依存症のチェック項目に”夜、布団の中でスマホをやっている(いじっているではないか?)”というのがあった。番組の終わりにあった「デジタルデトックス」の方法の一つに、”起きてすぐスマホをチェックしない”とあって、実際、寝床ではスマホをいじらないように努めているのだけどこれがなかなか難しい。

この、”スマホと一心同体”状態の最大の原因は、特に日本人の場合は、自然災害の多さがあることはいうまでもない。LINEは東日本大震災がきっかけとなって生まれた、”災害の申し子”あぷりだ。そこで、寝る時にスマホをどこに置いておくか、という問題が生じる。大地震、火山噴火、台風、集中豪雨、水害、その他もろもろの災害に対して、元来心配性の日本人にとってスマホによる連絡、情報収拾は不可欠のものだ。

 

ということで、夜寝る時にスマホをリビングに置いておく、などということはあり得ない。スマホは枕元、足元にはスリッパを置く、というのはいまや当たり前の備えだ。そして・・・、スマホが枕元にあったら、”明日の天気は?”と考えただけで、いじってしまう。そのせいで、寝る直前にブルーライトを目にして寝つきが悪くなり、夜中に目が覚めた時についでについ10分15分見てしまい、などとなってしまう。

まあ、そんなことを言っていると、しまいには体を壊してしまうから、強い意志を持って、枕元にあるスマホをいじらないように心がけたい。

などと考えながら、真面目に寝ようとしているところに、留学中の娘から妻のスマホにラインが入ってくると、私も起こされ結局二人そろって目が覚めてしまう、なんてことになる。

いよいよ桜だ

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人生は微分と積分・・・エピローグ

2019年03月19日 | 生き方について考える

数学が実生活の一体なんの役に立つのだろう、と思っていたけれど、まさか、生き方に通じているとは思わなかった。

人生を振り返る時、楽しかった思い出と苦しかった思い出、あなたはどちらをたくさん覚えているだろう。私は苦しかった思い出の方を多く覚えている。一つの人生を歩んできているのに、それが楽しい思い出ではなく苦しい思い出ばかりだなんて、なんだか損した気持ちになる。私の人生の積分値の頭には大きな”マイナス”が付いていることになる。でも、これまでの人生の積分値がたとえ負の値であったとしても、それは見かけ上のもの。この先の人生を上に向けていけば、私の残りの人生の積分値は正の値となる。

接線の傾きはいろいろあるだろうけどいつも“正”に保っていたい。それがポジティブという意味なのかもしれない。この先、老化によって体力は低下し、病気がちとなっていく。その折々には苦しかったり辛かったりするだろうけど、頭にマイナスをくっつけて生きる必要はない。

今回このシリーズを書いていて、嬉しいと思ったことがある。それは、この時を生きているのが自分だけではなくて、この記事を読んでいるあなたも同じ時を生きているということ。それぞれの人がそれぞれの時を刻み、それぞれの人生を歩んでいる。当たり前のことだけど、みんな一緒に生きている仲間だと思うと、嬉しくなる。

それでも、世界中でテロがあったり戦争があったりして、心の休まる時はない。なぜそうなってしまうのか、これまで何度も考えてきたけれど答えはなかなかみつからない(なぜ、人は諍うのか2012年03月30日 )。果たしてこの先人類は。どのような方向に進んでどのような軌跡を残し、どのような積分値をだすだろう。

前へ、明日へ!

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人生は微分と積分・・・人生は積分

2019年03月18日 | 生き方について考える

私の人生は、数学でいう積分のグラフ上に描かれた曲線とX軸、Y軸によって囲まれたエリアというイメージだ。

微分されたその一つ一つの瞬間の人生の局面を示す、ほぼ点のようなものによって描かれた曲線によって占められる面とでもいったらいいだろうか。

自分自身の一瞬一瞬の存在によって描いた自らの軌跡によって人生の積分値がきまる。

人生についての考え方には原因論と目的論とがある。

詳しいことは専門書に譲るとして、簡単にいうと原因論は、出自にはじまり自分が生きてきた中でさまざま経験したことにより、今の自分が形成されているということで、これに関するトラウマなどがあるとなかなか厄介なことになる。

私のこれまでの人生もいろいろな向きの接戦を有する”ほぼ”点のようなものの連続からできていることはいうまでもない。

そして、私の人生の曲線によって囲まれた面積こそが私がこれまでに生きてきた証となる。

原因論的な考え方を推し進めると、この先の人生もこれまでの人生により規定されてしまいこの先も動かしようがないということになる。

性別、生まれた国、家庭、学歴などなどそういったものがこの先の人生を決めてしまっていると考えていいのだろうか?

そんなことはない。

人生なんて一寸先は闇、何もわからない。

一寸先どころか世界は暗闇に包まれている。

真っ暗なトンネルの中で私たちは生きているのだ。

人生には過去がある。

私は過去を否定するつもりはないけれど、すべての人にとって過去は同じではない。

戦争で勝ったアメリカやソ連(今のロシア)によって国土の一部が占領されているという状況を見たらそんなことは簡単にわかる。

彼らの過去と私たち日本人の過去(歴史)は違う。

それでも、過去という時間は厳然としてある。

だからこそこれまでの人生は積分によって表される。

そして、この先の人生は自分がその瞬間瞬間に方向を決めて選び取っていくものだ。

それこそが人生というものではないか、そしてその結果として得られるものも人生の積分値だ。

この先の人生の積分値をどうするかは、それぞれの人の意思による。

その局面局面で一生懸命生きることはとても大切だし、ぼーっとすることもの大切だけど、何よりも大切なことは、常に自分が生きていることを実感することなのではないかと思う。 

人生とは選び取り切り拓くもの

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わが家の防災デイ

2019年03月17日 | 日々思うこと、考えること

今日は、人生を積分する話のつもりだったのだけど、わが家にとって重要な防災デイとなってしまった。

天気が良かったので、午前中のうちにお墓まいり。

昼過ぎに鎌倉に戻り、まずは市役所へ。わが家は急斜面の下にある(裏山の手入れ2012年05月13日)。鎌倉はあちこちが山の斜面にあって、最近、神奈川県が傾斜地などの詳細を公示して、私の家にもそれが送られてきた。私の家もこれに含まれていて、その説明会が開かれていたのだ。裏山が崩れた場合とか倒木、落石についてどうするかというようなことをいろいろ確認した。


そのあとは、福祉会館で災害時のペットの避難についての講演会。

2時間半の長丁場だったけど、いろいろと勉強になった。

今は、発災から3日間は”自助”というのが当然のようだ。すくなくとも3日分の水食料は確保しておこう。

終わったら、もう夕方。カラスが帰り支度をしている。

疲れてしまったので、今日はこの辺で。

やっぱり満腹ヌードルか

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