こんな気持ちでいられたら

人生は大きく長いトンネル。
暗闇の中を歩くのは難しいけど、出口の光を目指し、
自分を信じ、笑顔を忘れず生きていこう!

通勤電車のカップル

2010年03月29日 | こんきも
通勤電車にはだいたいが一人で乗るので、カップルがいるとそれだけで目立つ。これまで私が見て来たカップルを男性の年齢別に分類してみた
()内は私から見ての感想。
1.学生(あまりべたべたしているのは、見苦しいのでやめた方がよい)
2.若い夫婦(結婚指輪が輝いている。1、2年するとオメデタで奥さんがいなくなる・・・私たちもそうだった。)
3.熟年夫婦(夫婦でバリバリ仕事していそう。並んで座らなくても平気で、席が空いていればさっさと座る。)
4.不倫(女性が途中から乗ってくる。二人ともテンションが高いわりに、話の内容が表面的というか、生活感が無い。時々女性が一人暮らしであることを強調する。)
5.年の差カップル(女性が男性の半分くらいの年に見えるようなカップル。ずーっと手をつないでいるので、親子ではないと判る。10年後どうなっているのだろう。)
6.老夫婦(ハイキングに行くのに巨大なリュックをしょって、二人そろって乗ってこないで!出かけるのなら、オフピークを!昔使っていた時間帯なのか、旦那が乗降のコツなんか知っていて、威張っていることが多い。)

通勤電車は混雑するのと、朝は仕事に向けてテンションを高めたい、ということもあり、周りの迷惑にならない程度に仲良くしていて欲しい。

どのカップルを見ていても共通して、男性が女性をいたわる、というかリードしていたのが、印象的だ。今度観察してみるといいですよ。
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ナイトウォーク

2010年03月28日 | 家族
昨年、ベンチャースカウトに上進していた息子、ここのところ、ハイキングの付き添いをしたり、少し上級スカウトとして運動に携わるようになっている。
今度はナイトウォーク、昨晩出発して今朝帰ってきた。
渡しておいた歩数計(しっかり歩数)をみると昨晩が186分19732歩、今日が204分20980歩、合わせて390分(6時間30分)、40712歩だ。普段の私の一日の歩数(しっかり歩数)が70分8000歩だから、おおよそ5倍。小中学生が主体のボーイスカウトで20人ほどの全員が完歩したというのだからたいしたものだ(カブスカウトは参加していません)。
ナイトウォークは恩田陸の『夜のピクニック』で知ったが、夜っぴいて歩くなんて、若いうちしかできないことだ。そういえば、私も学生時代(高校から大学)には初詣で一晩中みんなで歩き回っていたな。
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みんな一緒に年取っちゃう

2010年03月25日 | こんきも
「みんな一緒に年取っちゃうのよね」
他科のベテランの先生がため息まじりに言っていた。
その先生の少し下に腕のいい先生がいて、二人とも温厚な性格で仲違いもせずやって来ていたのだが、下の先生がいよいよ50歳になるというところで、後継者の育成問題が生じて来た。
その科は現在は腕のいい医師二人とレジデントの先生でやっているからいいものの、レジデントの先生には任期があるし、かといって専従医師は増やしてもらえない。
現在の社会はすべて団塊の世代の人たちが雇用を増やして、ポストを増やし続けて来た。ところが、彼等はなんだかんだ理由を付けて雇用され続け、若者は搾取されている。ポストは、少しずつ減らされ、中堅どころの人間ですら上にあがれないでいる。医師の世界もそう。

医師不足、といっても勤務医には働く場所がないのだ。
いつまでも”エラい”上の人がいて、いつまでもペーペーだと思っていたら、いつの間にか、年だけは取っていた。なんて言う状況が、至る所でおこっているように思える。
若い人から搾取しないで済む方法をみんなで考えなくてはいけない。
でないと、彼等もいつの間にか年を取ってしまって、取り返しがつかなくなる。
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ウォーキングハイ

2010年03月24日 | こんきも
通勤電車を降りたばかりだとあまり感じないのだが、20分位経つと気持ちよくなってくる。
皮膚感覚のようなものではないし、高揚感でもない。
こころがうきうきしてくる様な感じだ。
この感じを知らず知らずのうちに求めているのが、朝晩の30分のウォーキングなのかもしれない。
以前の駅からだと16、7分だったので、どうもいま一つだったのだが、その倍近くとなると全く違う。歩き始めてしばらくでそういった気分にはなっているようだが、実感できるのは20分くらいなのだろう。
ジョギングでのランナーズハイ、という言葉は以前より知っていたが、ウォーキングハイという言葉もあるそうだ。この年になると、これで十分だ。
どのくらい歩くとこの感覚が出てくるかを探るのはとても楽しい。

それにしても、あっという間に桜が咲き始めた。緑の多い道なのも、楽しい理由の一つなのはまちがいない。
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さよならウサギ小屋

2010年03月20日 | こんきも
地価が下落しつづけているようだ。
 昨年家を建ててはじめて知ったのだが、家を建てたりリフォームしたりとかは、物も人もずいぶんといろいろなものが動く。家一軒で、基礎から家本体、庭(外構)まで、本当にたくさんの人とものが動き、お金もこれについて回る。住宅着工件数が景気の一つの指標になるというのも、実感した。
だから、土地代が安くなれば、これはもっと伸びるのではなかろうか?
私のところなんかも、半分が土地代だ。公共事業でも土地収用費が大半を占めて、地主がずいぶんいい思いをするらしく、対費用効果は今一つらしい。
いくら人口減少といっても、まだまだ国民の大半はまだまだ狭い土地に住んでいる。地価下落で安くて広い土地や中古マンションが手に入るようになれば、新築やリフォームがしやすくなって景気も上向くにちがいない。
地主(既得権益保持者)ばかりがいい思いをしてきたのが、日本の歴史だが、格差の連鎖を続ける仕組みは、もう続かないのだろう。それをこの地価下落が示しているように思う。そろそろ発想を変える必要がある。
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第18回日本医師バスケットボール大会(その2)

2010年03月20日 | スポーツ

いよいよ明日から、第18回日本医師バスケットボール大会(後半戦、決勝など)が始まる。明日は懇親会、明後日は東京体育館で試合。私はいつもどおり、Eリーグ(エンジョイリーグ)へのエントリー。
主管の帝京大学バスケットボール部OB・OG会のみなさま、お疲れさまです。
膨大なエントリー数をみると、バスケ好きの医者もおおい。
というか、バスケ好きの人って、日本では結構おおいんじゃないかな?
部活の数からしてもそうだし。
もう少し、バスケって、ポピュラーなスポーツになってもいいように思う。

野球やサッカー、ゴルフが独占している今のスポーツ界だが、異種スポーツを締め出している既存スポーツ業界とマスコミの考えを変えさせ、バスケももう少しプロでやっていけるようにはできないだろうか?
スポーツマスコミにしても、いつまでも野球とサッカー、ゴルフだけではジリ貧になると思うのだが?
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中学生の喫煙

2010年03月19日 | いじめとタバコと飲酒とギャンブル
私の友人に中学校の先生がいる。その友人の中学校の生徒の一部がタバコを吸うそうだ。校内で、先生の前でも堂々と。もちろん、それらの生徒はほかの素行も悪いらしいのだが、タバコが彼らの”ワル”を示す記号となっているのは間違いない。
だが、タバコは”ワル”の象徴ではない。彼らがタバコをやめられないのは、”ニコチン中毒”だからだ。決して、”ワル”をアピールするためにタバコを吸っているのではない。鍵を壊したり、校舎の外で大騒ぎをする、といったことは”ワル”をアピールすることになるが、そのようなことはタバコほどは繰り返せない。警察が来るし、鍵の数にも限りがある。悪ふざけにしても、永遠と続けることは不可能だ。
だが・・・
タバコは違う。1時間おきに吸っても、一日一箱あれば足りる。
彼らは禁断症状が起きるたびに、授業中でも、なんでも教室を抜け出し、タバコを吸う。たとえ、誰にも”見てもらっていなくても。”
なぜ、誰もいないところで吸うのか?それは、禁断症状だから。

友人はタバコを吸った経験が無いので、禁断症状のことは理解してもらえなかったが、タバコは吸っても、自分には何もいいことをしてくれない、ということを理解して欲しい。と伝えた。
それにしてもタバコはひどい。こんな貧困、若年層を狙い撃ちにして、金をむしり取る。
喫煙指導ができない社会、そういった社会が、貧困の連鎖を生んでいる。
タバコ産業界は、これまでいい思いをしてきたのだから、その遺産で食っていけばいい。
我が国のタバコ産業界は、幸運だ。なぜなら、私の様にタバコから多大の損失を被った人間から訴えられないのだから。

なにが損失だって?
18歳から40歳まで22年間に吸った煙草の16万本あまりから被った損失は、

時間にして1本5分として、1万3千時間。
1本10円として、160万円。
健康被害は無限大。

私は、タバコ産業界を訴えないが、タバコを吸うことの無意味さは訴えていく。タバコはただのニコチン中毒だ。決してかっこいいものではないし、大人っぽいものでもなんでもない(東南アジアでは年齢制限が無いので、吸っていてもどうということは無い)。
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四人からの感謝

2010年03月18日 | 妻の名言
私の妻は前向きで、これまで私にずいぶん元気をくれてきた。
そこで、私のずいぶんと暗い言い方に対するアドバイスを忘れないよう記録しておこうと思う。もちろん、私のみならず、このブログに目が止まった方のためになるようなアドバイスだ。
1つ目は、これこそ私が記録に残そうと思ったきっかけになったアドバイス。

妊婦さんに二日続けて席を譲った話をした時のこと。
出勤時、ダイヤ改正でこれまで、ほぼ座れていた列車がずれてしまい、別の列車の別の場所に移動して、なんとか座っての通勤ができそうになってきた矢先のこと。
ふと目を上げると、マタニティーマークのバッジをつけた女性が立っている。お腹はペチャンコだが、立派な妊婦さんだ。
しょうがない、すぐに席を代わった。
翌朝、乗り継いだ電車で、やっぱりマタニティーマークのバッジをつけた女性が乗って来た。うーん、誰も周りは席を立とうとしない。というか、マタニティーマークを知らないのだろう。
というわけで、またまた席を代わった。

「二日続けて妊婦さんに前に立たれた」と、妻に愚痴るともなく、話したらこう言われた。
「妊婦さんが一番喜んでいるわよ。朝のラッシュは怖いのだから。あなたが一人に代わってあげたなら、二人と代わったことになり、二日で四人に席を譲ったことになるわね。お腹の中の赤ちゃんも喜んでいるわ、良かったわね。」

私も言われて嬉しかった。忘れないでいたい。
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なんでも不況のせいにするな!

2010年03月17日 | こんきも
漫画雑誌の売り上げが落ちているそうだ。その原因を出版科学研究所というところが分析していたが、その一つに「不況による読者の買い控え」をあげていたが、これは絶対違う。
漫画の販売戦略、といか恐ろしいところは、学生、若いサラリーマンといった、若年貧困層に買わせるというものであり、私も一時期どっぷりはまっていた。5のつく日、とか、木曜日とか。販売日が待ち遠しかったし、重なると大変だった。月曜の少年誌は買っていなかった・・・
はっきり言って、今の漫画はつまらない。車内吊り広告でかつてのヒーローの消息をみると、ゴルゴも浜崎伝助も御存命のよう。これでは飽きる。
私も30過ぎたころ、飽きて購読を止めた。一時期、青年誌の販売が伸びて、それこそ漫画が小説を越える感動を与えてくれるようになるまで進化すると思っていたがだめだ。前の総理大臣は漫画好きだったせいか、漢字が苦手だったようだし、教育ツールとしての漫画はなかなか有用性を発揮できないでいる。
それにしても、新人(ニューヒーロー)が出ていないということは深刻だ。漫画界も後継者の育っていない点を真摯に考え無いといけないのではないか。今、大御所、と言われる人たちが、弟子を育てなかったのが致命傷だったのだろう。出版社も、大御所の顔色を見てばかりいたため、新人の発掘ができなくなってしまったものと思う。一時期の大御所の引き抜き合戦とか、漫画雑誌購読者の存在を無視した、作家、出版社の横暴が、今の凋落の予兆であったと思う。あの頃はほんと、ひどかった。半年くらいで出版社を移っていた作家とかもいたんじゃないか?
挙げ句の果てが、ヒーロー達はみんなパチンコのキャラクターになってしまった。そりゃ、かすみ食って生きていけないのは判るけど・・・マンネリと拝金主義が一般読者の目から透けて見えるようでは、日本の文化としての漫画雑誌はもう、死滅寸前のようにみえる。
一度ダメになって、経済規模も、内容も、昔のサブカルチャーに戻ることしか活気を戻す方法は無いのではないか?漫画は漫画、書くのが好きな作家がいて、読むのが好きな読者がいる。

それにしても、この出版科学研究所というのもひどい、どこをむいての研究結果なのか?と思ってしまう。漫画業界への提灯研究内容なら発表しないほうがよほど漫画業界のためになる。電子書籍の出現で、今後ももっと厳しくなるだろうし、電子書籍業界も鞍替えする漫画家を探しているだろうから、いつまでも不況のせい、なんてしていてはますます苦しくなるだろう。

というわけで、一時期漫画(を愛していた)青年であった私としては、「不況による買い控え」は、漫画雑誌売り上げ減少の原因ではない、と言いたい。
なんでも不況のせいにしないで欲しい。
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横須賀線武蔵小杉駅

2010年03月16日 | こんきも
南武線から横須賀線に武蔵小杉で乗り換えた。
乗り換え通路がすごく長い上に狭く、圧迫感がすごい。いつまでもトンネルが続く感じ。
送別会の帰りで、よけいにつらく感じたのかもしれないが、同じ様なことは他の人からも聞いた。
何でも蓋をすればよい、という気がしてならないが、どうなのだろう。

今度頭がはっきりしているときに試してみようかと思うが、通勤経路を変えるのはちょっと待ってみた方がいい気がする。
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ダイヤ改正

2010年03月15日 | 通勤
横須賀線のダイヤが変わった。いつもゆったり座って乗れていた電車が混んでいてすわれず、びっくりした。武蔵小杉が開業して人の流れも変わりそうだ。
武蔵小杉もずいぶん開発が進んでいて、びっくりする。駅の周りには高いマンションが林立し、ちょっとしたバブルのような感じだ。
鎌倉は始発駅の逗子の次ということで、列車を選べば座ることは比較的容易なのだが、今回の新駅開設はずいぶんと影響がありそうだ。
かくいう私も武蔵小杉経由ルートを考えているのだが、まだ仮説駅ということもあり、しばらくは様子見としよう。

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買い控えでは無く買う必要が無い

2010年03月14日 | こんきも
息子に私の十徳ナイフをあげた。20年程前の私の父のお土産だ。
ビクトリノックスの、立派な逸品だ。全く堅牢で、壊れる気配は全くない。良いものはいつまでも良い。

私たちが何も持っていなかった頃はよかったが、いったんよいものを持つと壊れないので、次は買う必要がない。
買い控えではなく、買う必要がないだけだ。
いいものを作り過ぎたともいえる。

かつてのメイドインジャパン=安かろう、悪かろう、はやがて、フィリピン製品、台湾製品に取って代わられ、韓国製品、中国製品も一時期はそのような時があった。だが。
今は世界中探しても安かろう、悪かろうは無い。
そういった品質では、誰も見向きもしない。  まるでイワシの猫またぎだ。

100均に行くと、そういったものもの無い訳ではないが、それでもそこそこは使用に耐える。

不況、デフレといっても、買う必要のあるものが無い、というのが現代の我々で、余ったものは発展途上国に買ってもらうことになる。
NIES, BRICsに頼っていられるうちはいいが、その先はどうなるのだろう?
本気で宇宙人を捜しにいかないと行けなくなりそうだ。
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散歩道

2010年03月13日 | 通勤
卒業式で一日空けてしまったので、今日は積み上がった標本を整理しに病院に。風は強かったものの、いい天気で、通勤の道も普段の朝と違い、散歩の人が多かった。道を尋ねられたりして、「おお、結構地元っぽい?」なんて嬉しかったりした。人が散歩するような道を通勤経路に毎朝使っている幸せを感じる。
ただ、東京は空気が悪い。駅で降りると息苦しくなる。いくら、裏道を探しても、緑も少ないので、悲しくなる。
まあ、人が多いから、集まるところに人が集まる訳で、私の勤務先にしても、社会的使命を果たしうるので、仕方が無い。

近くの公園の早咲きの桜がきれいだった。都会でも、季節はきちんと巡るのが嬉しい。
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PTA会長の祝辞 (卒業式および入学式)

2010年03月12日 | こんきも
中学生の息子の晴れの卒業式。小中とつながっていたので足掛け9年、親も感慨深いものがある。私はPTA会長ということで来賓として祝辞を述べた。この祝辞の作法というかテーマ、結構難しい。

PTA会長というのが、どういう立場かよくわからないまま祝辞を考えてはいけなかった。PTA会長というのは一保護者ではなく、あくまでも、PTA会長として来賓の一人としての講話、というか、訓話をしなくてはいけない。
イントロのところで、親としての思い出というか、感想を述べてしまったが、後半はまあ、仕事を通じて感じることを卒業生に話すことができた、自己採点70点。

人が実際に集まる機会が極端に減ってきている昨今、学会と学校はそういった中、比較的多くの人に話す数少ない場所かもしれない。そういったところでは、それなりの作法があるのはよくわかるが、難しいものだ。

今度は、入学式。これがPTA会長として最後のおつとめとなる。
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春雷

2010年03月11日 | 鎌倉
昨日、倒れてしまった大銀杏を見に、いつもよりも早く出て、鶴岡八幡宮を通った。

この世のものとは思えない、無惨な姿で大銀杏は本殿前の大石段の下に横たわっていた。
ちょうど、鎌倉の町に朝日が差し込んで来る時間だったが、倒れてしまった大銀杏に日の光りは届いていなかった。

大石段を登れる時間でなかったので根のところは見ることができなかったが、折れたようになっていた。植えなおすのは難しそうだ。
大銀杏が倒れた昨日の未明、雨はほとんど止んでいたのだが、ゴロゴロというような音で目が覚めた。横で寝ていた妻も目を覚ましていて「春雷かしら」と言っていた。
新聞には、昨日の午前四時頃、警備員も同じような音を聞いたことが書かれていた。近所の人でも私たちのように大銀杏の倒れる音を聞いた人間はいたと思うが、倒れる様は、誰にも見られなかったのだろう。

人知れず倒れた大銀杏。大往生だ。

いきものは命の終わるときに、誰の目にも触れないように身を隠すというが、大銀杏の最期も、これに通じる。

このことが単なる自然現象であったとして、もし、あと、半日後で雨がやみ、参拝客の多い時間帯に大銀杏が倒れていたとしたら、どうなっていただろうと思うと恐ろしい。

数日来の悪天候との関連がいわれているが、千年の命の中で、あれだけ多くの人を見守ってきた大銀杏の最期が、誰もいないあの時間であったというのは、大銀杏をこの世に遣わした神の配慮であったのではなかろうか。

大銀杏のもたらした春雷が、私たちに多くの恵みをもたらすものであって欲しい。
(2008年のお正月)
『春雷』 
春の初めに鳴る雷。
春の到来を伝えてくれるという事で大変めでたい雷とされ、その雷により雨が降り農作物も多くできると農民にも喜ばれるものと知られている。
雷鳴に驚き冬眠していた地中の虫たちが目覚めるという想像から、「虫出しの雷」という呼び名もある。(はてなキーワードより
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