5月並みの気温まで上がるというので、セーターも着ないで出かけてきた。明日はまでは暖かいそうなので嬉しい。明後日からはまた平年並みの気温に戻るそうなので、今日明日は一足早い春の恩恵を十分に浴びたいものだ。
海外映画の翻訳字幕を地道に作っている会社だと勝手に思っていた、実は大手の情報通信業会社に勤めている総理大臣の息子を使って監督省庁の幹部職員を接待したという報道を読んで、その背景にこの国の絶望的で狭小な学歴偏重主義と男性社会があり、政権幹部による権力の私物化が進んでいたという、根深いものをつよく感じる。
人間、やっていいこと、許されること、許される立場、年齢の許容範囲というものがある。今度の出来事はそのどれもを超えることで、許されないことだ。その底流にはこの国が転落の崖っぷちに立っているにも関わらず、学歴にあぐらをかいた官僚と一部の権力者はそんなことどこ吹く風で特権意識をかざして生きている。高級官僚の接待といったら大蔵省(今の財務省)のノーパンしゃぶしゃぶ事件だが、こんなことばかりだと、誰もがこの国の官僚というのはどうしようもない人たちだということだと思われても仕方あるまい。
”記憶力不足の”超一流大学出身の幹部職員は、いきなり”歩幅の狭い職員”に成り下がり、成績優秀だった高校時代の栄光にはふたをしてしまったようだ。でも返答だけはさすが偏差値トップクラスの大学出だけのことはある。中学受験の時には”李下に冠を正さず、瓜田に履を納れず”ぐらいのことは知っていただろうに。大学受験とか上級国家公務員試験はそれだけでいいが、公務員となったからには公明正大でなくてはならなかったのにそれができなかった。”(この話がバレた時には)天を仰ぐような驚愕”
だったというがテストでカンニングがバレた時のような思いだったのだろうかと想像する。てんはてんでも”点を仰いだ”のだろうか?
自分より偏差値の低い大学出の代議士の下に置かれるのが我慢ならなかったのだろうか。私だったらそう思ってしまうことがあるかもしれない。学校の勉強だけして、公務員試験に受かってしまったら、あとはがむしゃらにやれと言われたことで100点を出していたらいいはずだったのに、政治家なんてのが、立場上であっても自分の上に来るようになったらそれは思ってもみなかったことだろう。
役割の違い、立場の違いというのを理解できず、受験の時の成績を引きずっているだけで偉くなったのでは、自分よりも偏差値の低いイケメンには”一敗地に塗れ”てもらわなくてはやっていられないのかもしれない。
こういう人たちは何をいっても、”そんなことはない”とのらりくらりと逃げられてしまうから結局、今回のこともトカゲの尻尾切りで終わってしまうだろうということがこの国の将来を絶望的なものにしている。
総理大臣の息子という人物がどういう経緯で大臣秘書官になったのかはわからないが、これを羨ましいと思う人は少なくないだろう。そして、総理大臣の息子という人に呼び出されたら役人は当然出向くし、接待されても断るのは難しい。というか、そこには権力者の中での”持ちつ持たれつ”の関係がある。
この話がどこまで解明されるかはわからないが、聞けば聞くほど開いた口が塞がらない。接待費が単価7万とはどこに行ったらそんな食事ができるのか全く分からないが、自分がいかに貧乏暮らしなのかと知り情けなくなる。某女性議員ならずとも吐き気のような気持ち悪さを感じる。総理大臣は防戦一方のようだが、今度は総理大臣を守るめぼしい人材がいないことからはこれを突破口として、野党には真相追及に精を出して欲しい。
この国いったいどうなってるの
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総務省局長「記憶力不足を…」 文春報道「天仰ぐ驚愕」
朝日新聞デジタル 2021年2月19日 13時34分
「記憶力不足を反省します」
総務省幹部が菅義偉首相の長男が勤める放送関連会社「東北新社」の接待を受けた問題で、幹部の一人は19日の衆院予算委員会で、会食で交わされた話題をめぐる自身の過去の国会答弁の真偽を追及され、弁解の言葉を繰り返した。
昨年12月に同社の接待を受けた同省の秋本芳徳・情報流通行政局長は、今月10日の衆院予算委で「(同社の)事業について話題に上った記憶はない」と答弁していた。
ところが、文春オンラインが17日付で、会食の場で「衛星」「BS」といった言葉が交わされ、秋本氏本人が小林史明・元総務政務官(自民党衆院議員)について、「どっかで一敗地にまみれないと全然勘違いのままいっちゃいますよねぇ」と述べていたことを音声データとともに報じた。
19日の予算委では、立憲民主党の道下大樹氏が報道と過去の答弁との整合性などを指摘した。秋本氏は小林氏に関する発言は自分のものだと認め、「本当に不適当な発言で、私自身非常に反省しております」と謝罪した。
さらに「この記事を見て自分の不明を恥じたのは、この記憶力の乏しさと与党議員に対する私の発言でした」「一昨日の文春報道が出たとき、私自身、天を仰ぐような驚愕(きょうがく)する思いでした」と釈明した。
放送分野の規制改革派として知られる小林氏については、「(政務官時代に)ご指導を賜っていた」と言い、「私のように記憶力が乏しく、歩幅の狭い職員にとっては懸命に走っても、なかなかついていくのが大変な面があり、能力不足の私からすると、(小林氏は)仰ぎ見る存在で常に成果を上げ続けている。失敗したことがある者のことも身を寄せていただくとありがたいな、という気持ちは持っていた」と語った。