昨日の記事で書いた「ダライラマ自伝」に出てくるハインリッヒ・ハラーは、オーストラリアの登山家で、少年時代のダライ・ラマと親交のあった人物です。
彼の著書「チベットでの七年」はブラッド・ピット主演で映画になったことで有名です。
ナンガパルバット遠征の帰途に第二次大戦が始まり、敵対国民として(事実、ナチス党員でもあった)イギリスの捕虜になりましたが、仲間とともに脱走しヒマラヤを越えてチベットに入りました。
その体験を記した「チベットでの七年」は、ヒマラヤ越えの冒険談として、若い頃に胸をとどろかせて読んだ想い出があります。また「神秘の国・チベット」を始めて私に教えてくれた本としても懐かしく思い出されます。
たしか弟が買ってきた近藤等訳のものが家にあった筈で、もう一度読もうと探してみましたが見あたりません。
その代わり、本棚からチベット関連の本が何冊か見付かりました。ヒマラヤやネパール関連に比べると僅かですが、それでも読み返してみたい本が何冊もでてきました。
河口慧海「チベット旅行記」旺文社文庫 1978年
青木文教「秘密の国・西蔵遊記」中公文庫 1990年
s・へディン「チベット遠征」中公文庫 1992年
色川大吉「雲表の国 チベット踏査行」小学館ライブラリー 1991年
玉村和彦「チベット・聖山・巡礼者」現代教養文庫 1995
長田幸康「チベットで食べる・買う」祥伝社黄金文庫 2001年
後藤ふたば「もう一つのチベット行」山と渓谷社 1994年
東野良「ヒマラヤ・チベット縦横無尽」平凡社 2002年
旅行人ノート「チベット」 有限会社旅行人 1998年
EYEWITNESS TRAVEL GUIDES (LONDON,NEWYORK)「CHINA」 2005
THE POTALA (China Travel & Tourism Press) 2006
次回から、少しその内容と感想を書いていきます。
彼の著書「チベットでの七年」はブラッド・ピット主演で映画になったことで有名です。
ナンガパルバット遠征の帰途に第二次大戦が始まり、敵対国民として(事実、ナチス党員でもあった)イギリスの捕虜になりましたが、仲間とともに脱走しヒマラヤを越えてチベットに入りました。
その体験を記した「チベットでの七年」は、ヒマラヤ越えの冒険談として、若い頃に胸をとどろかせて読んだ想い出があります。また「神秘の国・チベット」を始めて私に教えてくれた本としても懐かしく思い出されます。
たしか弟が買ってきた近藤等訳のものが家にあった筈で、もう一度読もうと探してみましたが見あたりません。
その代わり、本棚からチベット関連の本が何冊か見付かりました。ヒマラヤやネパール関連に比べると僅かですが、それでも読み返してみたい本が何冊もでてきました。
河口慧海「チベット旅行記」旺文社文庫 1978年
青木文教「秘密の国・西蔵遊記」中公文庫 1990年
s・へディン「チベット遠征」中公文庫 1992年
色川大吉「雲表の国 チベット踏査行」小学館ライブラリー 1991年
玉村和彦「チベット・聖山・巡礼者」現代教養文庫 1995
長田幸康「チベットで食べる・買う」祥伝社黄金文庫 2001年
後藤ふたば「もう一つのチベット行」山と渓谷社 1994年
東野良「ヒマラヤ・チベット縦横無尽」平凡社 2002年
旅行人ノート「チベット」 有限会社旅行人 1998年
EYEWITNESS TRAVEL GUIDES (LONDON,NEWYORK)「CHINA」 2005
THE POTALA (China Travel & Tourism Press) 2006
次回から、少しその内容と感想を書いていきます。
当該書物が有るとは!!この機に
河口慧海の「チベット旅行記」を読みたく
思いました。早速図書館に行きます。明治時代に秘境チベットに入った慧海の心意気、そしてその苦難の旅、正に””艱難汝を玉にす””
だった事でしょう。
「河口慧海の道を追う-日本人初のヒマラヤ越え」と題した
高野山大学教授・奥山直司氏のお話でしたね。
また2004年秋のJAC「チベット登山隊」では、
和田豊司隊長による学術隊が、河口慧海の辿ったルートを
確認しました。当時が懐かしく思い出されます。