「丹波のたぬき」さんのBLOGを読んでいて、8年前の今日、
ウエストン祭に参加したことを思い出しました。

上高地の梓川畔にあるウエストン碑です。
ウエストンはイギリス人の宣教師として来日、日本アルプスを
世界に紹介した人として知られています。
毎年6月の第一日曜日(2009年は6月7日)、この碑の前で
ウエストン祭が行われ、日本アルプスは本格的なシーズンを
迎えます。(写真は別の年の秋のものです)

2001年6月2日、島々谷を遡り、徳本峠(とくごうとうげ)
越えで上高地を目指します。
ウエストンが何度も通った道だと思うと感慨深いものがあり
ます。

午後1時頃、徳本峠に着きました。
残念ながら、梓川を距てた前穂高の山頂は雲に覆われています。

峠から上高地への道は、残雪に覆われていました。
滑らないように慎重に下ります。
この夜は上高地の日本山岳会上高地山岳研究所で一泊。

雲一つない眩しい程の青空で明けた3日。
大塚博美日本山岳会会長(当時)の式辞で式典が始まりました。

女性だけの登山クラブ「エーデルワイスクラブ」による山の歌合唱。
手前から3人目の赤いベレー帽の方は、クラブ創設者の坂倉登紀子さん。
1910年生まれですから、このとき91歳!
私たちと同じように昨日は徳本峠を越えて来られたのです。
(坂倉さんは、昨2008年12月、鬼籍に入られました。
改めてご冥福をお祈りします)

何度も見た河童橋からの穂高ですが、あの日の真っ青な空の下の姿は
今もはっきりと目に焼き付いています。
ウエストン祭に参加したことを思い出しました。

上高地の梓川畔にあるウエストン碑です。
ウエストンはイギリス人の宣教師として来日、日本アルプスを
世界に紹介した人として知られています。
毎年6月の第一日曜日(2009年は6月7日)、この碑の前で
ウエストン祭が行われ、日本アルプスは本格的なシーズンを
迎えます。(写真は別の年の秋のものです)

2001年6月2日、島々谷を遡り、徳本峠(とくごうとうげ)
越えで上高地を目指します。
ウエストンが何度も通った道だと思うと感慨深いものがあり
ます。

午後1時頃、徳本峠に着きました。
残念ながら、梓川を距てた前穂高の山頂は雲に覆われています。

峠から上高地への道は、残雪に覆われていました。
滑らないように慎重に下ります。
この夜は上高地の日本山岳会上高地山岳研究所で一泊。

雲一つない眩しい程の青空で明けた3日。
大塚博美日本山岳会会長(当時)の式辞で式典が始まりました。

女性だけの登山クラブ「エーデルワイスクラブ」による山の歌合唱。
手前から3人目の赤いベレー帽の方は、クラブ創設者の坂倉登紀子さん。
1910年生まれですから、このとき91歳!
私たちと同じように昨日は徳本峠を越えて来られたのです。
(坂倉さんは、昨2008年12月、鬼籍に入られました。
改めてご冥福をお祈りします)

何度も見た河童橋からの穂高ですが、あの日の真っ青な空の下の姿は
今もはっきりと目に焼き付いています。