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試運転 ~TRIAL RUN~

初心者の拘りと見切りが激しい自己責任による鉄道模型軽加工記録

国鉄101系津田沼電車区118F [Mc155] 3+7編成 (暫定出場:塗装変更車廃止用種車) ※旧製品

2018-07-03 21:48:46 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
分散予定。

KATO製国鉄101系ツヌ118F(Mc155:旧製品←ツヌ118F:Mc155)が暫定出場した。
これまで編成単位で都合13編成のツヌ118F(Mc155)が導入されては消滅を繰り返してきた。
プロトタイプが1978年3月と古く3+7編成とを併せ今ひとつ拡張性に欠けると思う。


国鉄101系ツヌ118F (1978/3)。
[ツヌ118F]:Mc155-M'158-T'c78+Tc75-M215-M'208-T108-T233-M91-M'c108。
※旧製品。

1978年3月現在の津田沼区101系は全32編成のうち18本が7+3編成を組んでいた。
3+7編成は5本しか存在せず残る9本は変則組成である。
クモハ101形,クモハ100形が先頭に立つ編成は約1/3に当たる10本が該当したが3+7編成は5本だけであった。
つまり3+7編成は何れもクモハ101形,クモハ100形が両先頭車で津田沼区では少数派だったと分かる。
この点は同一形式の3+7編成でほぼ統一されていた中野区101系と対照的と言えよう。
更にサハ101形0番代,サハ101形200番代が組まれる条件を付加するとツヌ118Fしか残らない。
1/32の組成だったツヌ118Fは珍しい存在だった事になる。
翌1979年3月の編成表によるとクモハ101形,クモハ100形が先頭の7+3編成はツヌ121Fの1本まで減少している。
◆ツヌ121F:Mc179-M'228-T281-T98-M187-M'180-T'c61+Tc56-M91-M'c108。
ツヌ118F(1978/3)とはサハ101形0番代,サハ101形200番代が組成される奇妙な合致点を持つのが面白い。
ちなみにクモハ100-108+モハ101-91は1979年に入っても珍組成の一翼を担っていた。
その他目に着いた点ではサハ101形200番代,サハ100形200番代が組み込まれていない編成を4本確認できた。
◆ツヌ106F:Tc55-M187-M'180-T127-T92-M180-M'c151+Mc172-M'216-T'c54。
◆ツヌ105F:Mc169-M’211-T'c59-Tc80-M175-M'169-T106-T'89-M237-M'c175。
◆ツヌ113F:Tc74-M242-M'235-T'99-T88-M163-M'c144+Mc180-M'230-T'c85。
◆ツヌ122F:Tc37-M202-M’195-T’104-T100-M179-M'c140+Mc159-M'185-T'c61。
当時サハ101形200番代,サハ100形200番代の組込は組成要件ではなかった模様である。
編成中の発電量,圧縮空気容量を補う名目で誕生した番代区分だが10両編成ではクモハ100形,モハ100形で賄えたらしい。
津田沼区では1979年3月までに大幅な車両異動が行われ殆どがサハ101形200番代,サハ100形200番代組込編成となった。
同時にツヌ118Fの組成も大幅に改められている。
1979年3月現在ではクハ101-75+モハ101-215+モハ100-208がツヌ118Fを名乗ったが最終的には全車が離散した。
その後モハ101-215+モハ100-208,クハ101-75,クハ100-78はJRへ承継される長寿車となった。
一方で他6両は1980年代前半までに廃車されている。
中でもクモハ101-155+モハ100-158は王子駅構内冠水被災救済車両に引き当てられ日根野区へ送り出された異端車であった。
◆発送編成:Mc155-M'158-T268-T267-M160-M'c37
津田沼区,武蔵小金井区


ツヌ102F-3。
※旧製品:LP411前照灯編成。

KATO製101系津田沼~習志野区仕様黄色5号編成は弁天橋区仕様(Mc170)リリース前までに8本が出場済だった。
新金型車体に切り替えられた弁天橋区仕様車は旧製品車両特有の前面見附が霞んで見える程であった。
直後から旧ツヌ124F(Tc74:旧製品)を皮切りとする旧製品先頭車両の車体更新及び車両更新が本格開始される。
その後ツヌ118F(再生産品)が登場し更新用種車は弁天橋区仕様車から再生産品車両に切り替わった。
但し全車を更新対象とはせずLP402前照灯編成,LP411前照灯編成毎に旧製品保持編成指定を行った。
だが旧製品LP402前照灯編成は旧製品LP411前照灯編成に比べ物足りない前面見附が付き纏う。
そこで旧ツヌ103F(Tc48:旧製品),元ツヌ124F(Tc74:弁天橋区仕様+旧製品)をLP411前照灯編成に再編した。
なお遅れて旧製品LP411前照灯編成も更新対象に挙がったため旧製品先頭車両は急減している。


ツヌ116F-2。
※旧製品:非冷房車3+7編成。

旧製品先頭車両の更新はツヌ107F(Tc83:再生産品←旧ツヌ107F:旧製品)を以て終了したばかりである。
最終的にツヌ102F(Tc75←旧ツヌ103F+元ツヌ124F),ツヌ116F-1(T'c91),カノ1F(Mc178)が旧製品編成のまま生き残った。
各々ツヌ102F:LP411前照灯編成,ツヌ116F-1,カノ1F:LP402前照灯車+第二次冷房改造車組込編成を特徴とする。
一方で3+7編成のうち全車非冷房車で揃う旧製品LP402前照灯編成が消滅してしまった。
そのためツヌ116F-2(T98:旧製品)を旧製品原形保持編成に見立てる応急対応策が採り入れられる。
サハ101-98(ツヌ116F-2:旧製品)とクハ100-91(ツヌ116F-1)の都度差し替えで3+7編成を再現可能とし軟着陸させた。
まさか車体更新,車両更新が完了して間もなくツヌ118F(旧製品)を出場させるとは思いもしなかった。


カノ1F。
※旧製品:第二次冷房改造車組込編成。

慢性的な保守部品不足解消が十四代目ツヌ118F(Mc155:旧製品→ツヌ118F:Mc155)の導入名目であった。
新編成組成に直接関わらない範囲では旧製品編成でも十分な役割を果たせると思われた。
当初はツヌ122F(Mc155)用組成準備車4両以外の6両を部品取車に充当する計画が組まれた。
そして初期竣工車の老朽化対策に取り掛かる予定だったが残存する塗装変更車廃止へと用途変更される。
だが塗装変更車を置き替えるには新旧金型配分やプロトタイプの都合上複雑な車両異動が避けられないと判明した。
また元ムコ10F-2(Mc193),元トタ5F-2(Mc1006)出自車で仕立てるツヌ109F(Mc202)用黄色5号車両確定も必須となった。
そのツヌ109F用組成準備車だがモハ101形朱色1号車両導入に目処が立たず10両編成化手前で足止めを喰らっている。
このままでは十四代目ツヌ118F全車が保留車に廻ってしまうため暫定出場を選択した。


カノ13F,ツヌ118F。
※内嵌式尾灯車編成,外嵌式尾灯車編成。

塗装変更車はラシ107F(Mc202),ツヌ122F(M'c108),ツヌ131F(Mc70),カノ13F(Mc59)の4編成に集約されている。
このうちツヌ131F用青22号車両:7両,ツヌ122F用黄緑6号車両:3両は更新対象から外した。
また黄色5号車両でも代替が利かないクモハ101-59,クモハ100-34(カノ13F:内嵌式尾灯車)は現状維持とする。
優先順位が付け難かった塗装変更車廃止編成だがラシ107F(塗装変更車+旧製品)が筆頭候補に浮上した。
但しラシ107Fは新金型編成であり直接ツヌ118Fが充当できず他編成との組み換えにて車体更新を進める。
なお仮計画上ではツヌ118F構成車を3編成へ分散配置し塗装変更車の玉突き廃車へと持ち込む予定になっている。


ツヌ118Fサイドビュー(クモハ101-155)。
※旧製品。

塗装変更車廃止まで時間を要すると思われツヌ118Fの暫定出場期間は長期化が確実視される。
そのため行先表示類を[13C 千葉]から[11C 三鷹]に変更しツヌ101F(T'c30)と重複しないよう配慮した。
急展開で暫定出場を迎えたツヌ118Fだが過去の旧ツヌ118Fとは異なり即消滅には至らない。
保守部品確保のため敢えて十四代目ツヌ118Fを導入したもののそれを遠退かせる起因になるとは思わなかった。
新たな役割が控えており何れは離散する運命にあるがKATO製101系の車体状態改善へ大きく寄与してくれると思う。

国鉄101系津田沼電車区107F [Tc83] 10両貫通編成 (車両更新完了:旧製品車両廃止) ※再生産品

2018-06-15 21:24:41 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
初登場。

KATO製国鉄101系ツヌ107F(Tc83:10両貫通編成)が車両更新を終え再出場した。
更新用種車は十三代目ツヌ118F(Mc155)を軸としたが3+7編成であり所要形式が適合せず3両は保留車に廻された。
代わりにはモハ101-91(ツヌ118F),モハ101-217+モハ100-210(元ツヌ106F:Mc160)を充当し再生産品車両で固めている。




国鉄101系ツヌ107F 10両貫通編成(1985/4)。
[ツヌ107F]:Tc83-M206-M'199-T86-T245-M212-M'206-T296-M237-M'c175。
※再生産品。
◆車両更新。

1985年4月現在の津田沼区101系は10両貫通編成が2本(ツヌ104F,ツヌ107F)組まれていた。
両編成共に1984年10月には10両貫通編成となっていた。
ツヌ107Fは一度車両異動を経ながらも従前を維持している。
◆1984/10:Tc83-M206-M'199-T86-T245-M212-M'206-T243-M118-M'c133。
当時はクハ101形,クハ100形の予備車も在籍した。
この中には検査期限に余裕のあるクハ101-62(廃車:1986/6),クハ100-61(廃車:1990/3)が含まれている。
特にクハ100-61はJR移行後もラシ106Fの4号車として長らく活躍を続けた。
従ってサハ101形が3両含まれるツヌ107Fの分割編成化は容易だったはずである。
短期間で組成変更が繰り返された最中で10両貫通編成のまま生き残ったのは奇跡に近いと思う。
ツヌ107Fの組成車はJRに承継された車両が多数含まれるのも特徴と言える。
10両のうち8両が1990年前後まで活躍する姿が見られた。
◆クハ101-83:1986/8 廃車(津田沼区)→クハ103-2052:1992/11 廃車(明石区)。
◆モハ101-237+クモハ100-175:1989/7 廃車(習志野区:ラシ104F)
◆モハ101-206+モハ100-199:1992/2 廃車(森ノ宮区)。
◆モハ101-212+モハ100-206:1990/2 廃車(習志野区:ラシ106F)。
◆サハ101-245:1990/8 廃車(習志野区:ラシ105F)。
中でもモハ101-237+クモハ100-175,サハ101-245は新製配置から津田沼~習志野区に在籍し続けた珍しい車両であった。
※習志野区101系最終運用日:1988/11/30。


JR101系ラシ104F。
※再生産品。

旧ツヌ107F(Tc83:旧製品)の初出場は2014年6月と在籍編成でも初期に入る。
津田沼区仕様では旧ツヌ106F(Mc155),旧ツヌ110F(Mc194),旧ツヌ115F(Mc155),元ツヌ124F(Tc74)に続く5編成目を飾った。
各々4+6編成,3+7朱色1号編成,3+7編成,7+3編成で変則組成の一番手が旧ツヌ107Fだった。
なお旧ツヌ107F以前に出場した4編成は仕様変更,組成変更,車体更新,編成異動により製品原形を失っている。
LP411前照灯への交換こそ行われていた旧ツヌ107Fだが旧製品車両の外観を保つ最古参編成になっていた。
その旧ツヌ107Fも今回の車両更新完了で全車再生産品車両へと置き換えられた。
再生産品車体で揃う編成は更新を経たラシ104F(Mc136←ラシ104F-1:T105,ラシ104F-2:T264)だけに留まっていた。
但し旧製品LOT屋根板,側面窓セルを流用しており純粋な再生産品編成はツヌ107Fでようやく初登場となった。
中間に運転台付車両が組み込まれない10両貫通編成が車両更新への道を拓いたと言える。
10両全車を再生産品車両で新製投入したツヌ118F(Mc155)は決して多くない。
しかも運転台付車両を車体更新用種車に充て前面見附がしっくり来なかった旧製品先頭車両の代替を進めてきた。
だが拘り続けた再生産品運転台付車両の中間封じ込め回避も車両更新,車体更新が終了するため継続は難しくなった。
以後の新製投入編成は再生産品運転台付車両同士が顔を突き合わせる可能性が高まっている。


モハ101-206(車両番号標記修正転写施工車)。
※再生産品。

クハ101-83(←クハ101-75:ツヌ118F)の竣工後に車両番号標記インレタ残数を確認した。
転写失敗は予想を下回ったバラ標記インレタには余裕があった。
そこで竣工当時いまいち仕上がり具合に納得が行かなかった2両の車両番号標記を修正した。
再入場車はモハ101-206(←モハ101-215:ツヌ118F)とモハ100-206(←旧モハ100-210:元ツヌ106F)である。
各々インレタの組み合わせは異なるが偶然にも車両番号下三桁が同一となった。
残念ながら何れも標記間隔のずれを防げておらず何処か締まりに欠ける印象が強く現れていた。
修正転写は[モハ101-206],[モハ100-206]のみの節約式とし最低限の補正で済ませている。
まだ車両番号標記インレタは使用予定があるため温存を狙った。
それでも両車の車両番号標記は幾分改善されたと思う。


モハ100-206(車両番号標記修正転写施工車)。
※再生産品。

種車都合によりモハ101-212+モハ100-206,サハ101-296は再生産品Assy車体組立車となった。
モハ101-212+モハ100-206には再生産品Assy車体組立車だったモハ101-217+モハ100-210(元ツヌ106F)を廻した。
またサハ101-296はモハ101-91(ツヌ118F)にサハ101形200番代Assy床板を組み合わせサハ101形200番代へ編入している。
この3両だけは十三代目ツヌ118Fで補完出来ずセットバラし品も押さえられなかった。
ここが再生産品Assy車体組立車となった所以であるが他車両との外観差は全く無いため再生産品車両として扱う。
旧ツヌ107Fの全車更新は旧モハ101-206+旧モハ100-199(元ツヌ107F:旧製品)がツヌ102F-1(M206)へ異動した後に急遽決定した。
準備不足は否めずモハ101-91(ツヌ118F:再生産品)の確保に至らなければ新旧LOT混結編成になっていたと思われる。
加えて新旧LOT比率が8:2だった旧ツヌ106F(Mc160:再生産品+旧製品)の在籍も大きく寄与した。
所要車両不足寸前に陥った事前操配での失策はツヌ106F(再生産品+旧製品)によって救われた。
半ば強引に10両全車の車両更新まで結び付けたが結果的には上手く収斂したと考えている。


ツヌ102F-3,ツヌ107F。
※旧製品,再生産品。

これで旧製品車両が先頭に立つ編成は更に削減され4本まで縮小した。
中野区,津田沼区仕様ではツヌ102F-3(Tc75),ツヌ116F(Mc154),カノ1F(Mc178)が旧製品編成で存置される。
各編成はLP411前照灯7+3編成,LP402前照灯3+4-3編成,第二次冷房改造車3+7編成と独自の特徴を持つ。
相対する再生産品編成が各々で在籍し比較対象を兼ねさせるため新金型車両での更新は行わない。
従って旧製品運転台付先頭車両の車両更新及び車体更新は物理的に打ち切りとなる。
旧製品車両を含むツヌ133F(Mc118),カノ13F(Mc59)は各々車体更新車,塗装変更車が配されており現状維持とする。
ツヌ133Fはクモハ101-118(弁天橋区仕様)だけが車体更新車となる変則編成で残す予定である。
なおツヌ102F-3(←ツヌ102F)は最後まで旧ツヌ107Fと車体更新施工を争った。
結局クモハ101-155,クモハ100-108(ツヌ118F:再生産品)の中間組込車化が壁となり旧ツヌ107Fに軍配が挙がっている。
LP411前照灯先頭車両かつモハ101-206+モハ100-199(元ツヌ107F)を含む12両体制でもあり旧製品編成では随一の存在となった。
またツヌ116F-2(T98)は前照灯交換を行っておらずツヌ118F(Mc155:旧製品)原形に最も近い。
基本組成はツヌ116F-1(T'c91:3+4-3編成)だが波動用のサハ101-98(ツヌ116F-2)を含む11両体制で3+7編成も組める。
但しLP402前照灯編成とLP411前照灯編成の印象差は大きくツヌ102Fの方が良好な雰囲気を醸し出していると思う。




ツヌ107Fサイドビュー(クハ101-83:車両更新車)。
※再生産品。


ラシ104Fサイドビュー(クモハ101-136:車体更新車)。
※再生産品。

再生産品車両での統一が実現したツヌ107Fは側面見附にも若干の変化が生じた。
側面窓セルHゴム支持印刷再現が狭幅化されたため旧製品編成時代とは印象を異にする。
全面的に旧製品LOT部品を移設したラシ104F(車体更新車編成)とも一味違う表情となった。
ちなみにクモハ100-108(ツヌ118Fクモハ100-175)は1両だけ広幅Hゴム支持印刷再現側面窓セルが装着されていた。
予め第一次整備でクハ100-78(ツヌ118F→保留車)と相互に振替えツヌ107Fの見附統一まで結び付けた。
細かな箇所ではクハ101-83のATS標記が実車に則した[BS]標記へと改められている。
行先表示類は従前の[69C 御茶ノ水]を踏襲した。
各部品の嵌合精度に不満が残るものの前面見附向上がこれを補ってくれた。
なお弁天橋区仕様(Mc170)用LP411前照灯を含め全て旧ツヌ107Fからの流用品である。
ツヌ118F(再生産品)のリリースから大幅に遅れ今更再生産品車両で揃う10両編成が現れた。
これも旧ツヌ107F構成車6両のツヌ109F(Mc202)転用が決まっていたからこそ行えたようなものである。
その代わりクモハ101-155+モハ100-158+クハ100-78(ツヌ118F:再生産品)が保留車となった。
形式構成から廃止されたTOMYTEC製101系ツヌ105F(Mc118)の代替に当てようと考えている。

国鉄101系津田沼電車区106F [Mc160] 6+4編成 (モハ101-217+モハ100-210 車両振替:LOT変更) ※再生産品+旧製品

2018-06-12 21:41:41 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
比率変更。

欠車の発生していたKATO製国鉄101系ツヌ106F(Mc160:再生産品+旧製品)が再出場した。
旧ツヌ106Fはモハ101-217+モハ100-210(再生産品)がモハ101-212+モハ101-206(ツヌ107F:Tc83)へ異動し組成不能に陥った。
代替車には旧モハ101-212+旧モハ101-206(元ツヌ107F:旧製品)を充て早期復帰に繋げている。


国鉄101系ツヌ106F (1984/10)。
[ツヌ106F]:Mc160-M'204-T269-M217-M'210-T'c50+Tc81-M199-M'193-T'c64
※再生産品+旧製品。
◆モハ101-217+モハ100-210:LOT変更。

1984年10月現在の津田沼区101系は10編成が運用に就いていた。
このうち1編成は103系ツヌ304F(Tc179)の分散貸出による補填のため武蔵小金井区から借入したツヌ110F(Mc195)である。
各編成で組成が異なる状況は1983年4月当時から変わっていない。
10両貫通編成(ツヌ104F,ツヌ107F)の存在も珍しかったが6+4編成も余り見られない構成だった。
これは津田沼区101系の全盛期と言える1970年代後半まで3+7編成,7+3編成が主軸だったためだと思われる。
6+4編成は2本(ツヌ106F,ツヌ108F)が組まれていた。
◆ツヌ108F:Mc133-M'107-T262-M251-M'245-T'c52+Tc64-T247-M193-M'c183。
中でもツヌ106Fは付属4両編成にクモハ101形,クモハ100形が配されない珍編成とされた。
手持ちの編成表では1983年4月のツヌ106F(4+6編成)のみしか確認できていない。
◆ツヌ106F:Tc64-M140-M'133-T'c58+Mc138-M'112-T105-M251-M’245-T'c35。
6+4編成での運用は短期間で終わったらしく2箇月後の1984年12月には姿を消した。
1983年4月の4+6編成,1984年10月の6+4編成はツヌ106Fだった。
JR移行後のラシ106Fはクモハ101-191:LP402前照灯,クモハ100-171:LP411前照灯が特徴となった。
津田沼~習志野区101系の[第106編成]は何処かしら癖のある存在だったように思える。


モハ100-204(窓セル交換施工車)。
※再生産品。

ツヌ106Fは一部が保留車に廻った十代目ツヌ118F(Mc155:再生産品←旧ツヌ118F)の活用を組成名目とした。
初期計画ではツヌ103F(Tc66:1985/4)がプロトタイプ候補だったが種車の遣り繰りが厳しくなりツヌ106Fへ変更となった。
再生産品車両の戦列復帰を前にクモハ100-108(ツヌ118F:旧製品←ツヌ118F)への動力ユニット搭載試行が行われる。
クモハ100-108(動力ユニット搭載試作車)はツヌ122F(Mc155)に組み込まれモハ101-208,クハ100-78(元ツヌ122F)を離脱させた。
更に習志野区仕様のラシ107F(Mc202)からクハ100-34(再生産品)を捻出し所要の再生産品先頭車両を確保している。
それでも不足するモハ101形+モハ100形,サハ100形200番代には再生産品Assy車体組立車(ツヌ118F)を充当した。
旧ツヌ122F(M215)から捻出されたモハ101-208,クハ100-78のうちモハ101-208は旧製品車両だと思っていた。
消去法でモハ101-204に割り当てクモハ101-160(再生産品←クハ101-75:ツヌ118F)とユニットを組ませる計画だった。
その他旧製品車両にはクモハ101-155(ツヌ118F)を形式変更したクハ101-81が含まれ新旧LOT比率は7:3になるはずだった。
ところがモハ100-208(元ツヌ122F)は再生産品車両へと振替えられており新旧LOT比率も自動的に8:2へと変わっている。


モハ100-193(パンタグラフ折畳形状修正施工車)。
※再生産品。

モハ101-217+モハ100-210(旧製品)の竣工後にクモハ101-160以下8両の点検を行った。
初出場が2016年7月と比較的遅く側面窓セル窓サッシ印刷の劣化は見られなかった。
気になったのはモハ100-193が搭載するPS16形パンタグラフの折畳姿勢が悪かった事である。
平時の保管下では気付かなかったがスライダーが斜めになってしまう。
上昇姿勢では現れない症状で見落としていたらしい。
再生産品Assy車体組立車のため自身でパンタグラフを装着したが取付方法が拙かった模様である。
ただ再用品であり当初から歪んでいた可能性も否定できない。
原形では修正が図れず分解したところ上枠の変形が判明した。
2エンド側は左右上端が揃っておらずスライダーの傾斜に直結する状態だった。
下枠との接合部から角度を改め上枠上端を揃えている。


連結器部品を固定化したダミーカプラー(クハ100-64)。

クハ100-64には元クモハ101-191(元ラシ107F→クハ100-34:ラシ107F)から転用した純正ダミーカプラーを取り付けていた。
連結器部品は101系メイクアップパーツ1(11-510)に含まれるATS-B形車上子付胴受へ交換出来るよう嵌込式が採用されている。
純正品の転用ながら何故か嵌合精度が低く連結器部品が明後日の方向を向く事が多かった。
クハ481形300番代用ダミーカプラー(Z04-0407)を起用した準再用ダミーカプラーでは連結器部品の固定化を図った。
在籍編成の習志野区仕様はATS-B形車上子付胴受で統一されており今後の交換は厳しい。
準再用ダミーカプラー同様に連結器部品を微量の流し込み接着剤で固定し脱落防止策を採った。
ちなみにクハ100-64は数少ないクハ100形のATS-B形単独搭載車でATS[B]標記が特徴になっている。




モハ100-210+クハ100-50 (元モハ100-206+元クハ100-78)。
※旧製品。

10両編成に戻ったツヌ106Fはモハ101-217+モハ100-210が旧製品車両へと置き換えられた。
新旧LOT比率は標準的な6:4に下がり再生産品車両統一候補から外されている。
これはツヌ118F(Mc155:再生産品),ツヌ118F(Tc75:旧製品)を組み合わせた十二代目ツヌ118F(Mc155)の構成比と同一である。
編成内異動を経た十二代目ツヌ118Fツヌ108F(Mc133)として出場し5,6,7,8号車に旧製品車両が配される。
ツヌ106Fでも旧製品車両は4,5,6,7号車への集約配置となり新旧LOT混結編成の弊害は余り感じられない。
中間組込車のクハ101-81,クハ100-50(旧製品)だけ艶有の塗装被膜だった車両異動前よりも編成見附は落ち着いた様に映る。
ツヌ107Fの車両更新と引き換えに新旧LOT比率は下がったが結果的に両得だったと思う。


ツヌ106Fサイドビュー(クモハ101-160:クモハ101形編入車)。
※再生産品。

ツヌ106Fの特徴は編成前後で異なる前照灯と6+4編成である。
モハ101-217+モハ100-210は旧製品車両に振替えられたが基本構成には影響を及ぼしていない。
更にペイントリムーバー式印刷消去車の再改番も余り効率が宜しくないと再確認できた。
各種方面で癖のあるツヌ106Fは現状維持を原則にする方向である。

国鉄101系津田沼電車区102F [M206] 7-3編成 (モハ101-206+モハ100-199[元ツヌ107F] 編成異動) ※旧製品

2018-06-06 22:06:10 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
余剰回避。

在籍する津田沼区所属仕様では唯一10両貫通編成を組むKATO製国鉄101系ツヌ107F(Tc83:旧製品)の車体更新が決定した。
しかしツヌ109F(Mc202)への車両異動計画を再確認したところモハ101形+モハ100形が完全余剰になると判明している。
既に十三代目ツヌ118F(Mc155:再生産品)では保留車3両が生じておりプロトタイプ選定まで措置未定とする方法も採れた。


国鉄101系ツヌ102F (1983/X)。
[ツヌ102F-1]:(Tc75-M209-M'203-T256-T249-M208-M'c160_)M206-M'199(-T'c59)。
[ツヌ102F-2]:(Tc75-M209-M'203-T256-T249-)M206-M'199(_Mc138-M'112-T'c59)。
[ツヌ102F-3]:Tc75-M209-M'203-T256-T249-M208-M'c160+Mc138-M'112-T'c59。
※旧製品:イメージ編成(1983/4:ツヌ102F-1,ツヌ102F-2)。
◆モハ101-206+モハ100-199 編成異動。

津田沼区101系の付随車代用クハ101形,クハ100形は決して珍しくない存在だった。
手持ちの編成表では1978年3月,1979年3月現在,1983年10月現在,1984年10月現在,1986年4月現在の各々で確認できる。
なお中間車両と運転台付車両はジャンパカプラーの形状が異なるため専用アダプターを用いたと資料に記載があった。
ただその中でも中間車両とクモハ101形,クモハ100形が突き合わされる編成は少数派に留まっていた。
101系はユニット単位での異動が多く組成変更の都度アダプターを持ち出す手間が要因だったと思われる。
欠落のある編成表だがこれらを見る限り津田沼区ではツヌ101F(Tc83:1983/4)を以て消滅していた。
◆ツヌ101F:Tc83-M198-M’192_Mc136-M'111-T252-T247-M217-M'210-Tc53(1983/4)。


モハ101-206(ツヌ102F-1:元ツヌ107F未改番異動車)。
※旧製品。

1985年10月をプロトタイプに据えたツヌ107Fは10両貫通編成のためモハ101形+モハ100形が2ユニット組成される。
当初十三代目ツヌ118Fにてツヌ107Fを新金型車体編成に格上げする方向だったが全車の車体更新へと転換した。
そのため1ユニットは他編成からの車両異動に頼るしかなくツヌ109F用組成準備車もモハ101形+モハ100形を要さなかった。
よって更新へ踏み切るにはモハ101-206+モハ100-199,モハ101-212+モハ100-206(旧製品)の何れかを離脱させる必要が生じた。
保留車に廻ったクモハ101-155+モハ100-158+クハ100-78(ツヌ118F:再生産品)と編成を組ませるにはLOT調整が伴う。
また1ユニットのみを保留車へ廻す気にもなれず101系では珍しかった中間車両+クモハ101形,クモハ100形に着目した。
クモハ100形+クモハ101形が中間組込車に起用されている編成だけが適合条件であり異動先選定は労さないと思われた。
ところが新旧LOT混結編成やクモハ100形動力ユニット搭載試作車等の存在に行く手を阻まれている。


モハ100-199(ツヌ102F-1:元ツヌ107F)。
※旧製品。

その結果最終候補にはツヌ102F(Tc75:旧製品)とツヌ103F(Tc48:弁天橋区仕様+旧製品)しか残らなかった。
ツヌ103Fは車両更新を経たクハ101-48,クハ100-47(弁天橋区仕様)が先頭に立つ編成である。
だが付随車代用運転台付車のクハ101-35(旧製品)を含む3-4+3編成のため3-4-3編成では今ひとつ訴求力に欠けた。
一方ツヌ102F(7+3編成)は旧ツヌ103F(旧製品),元ツヌ124F(Tc74)出自車を再編し2016年8月に出場させた。
旧製品LP402前照灯先頭車両削減が組成名目であり旧製品LP411前照灯編成はツヌ107Fとの共通要素だった。
また車体更新を施すツヌ107Fの再生産品編成格上げに伴い旧製品編成での存置が確定したばかりである。
従って波動用モハユニットを加えた12両体制に変更しても全車旧製品車両で揃えられる利点があった。
これらを踏まえモハ101-206+モハ100-199若しくはモハ101-212+モハ100-206の異動先はツヌ102Fに決定した。


クモハ100-160+クモハ101-138 (ツヌ102F-3)。
※旧製品。

ツヌ107Fでは改番を伴う車両振替が控えておりツヌ102Fへの異動車はモハ101-206+モハ100-199(旧製品)に決定した。
上記のツヌ101F(1983/4)をイメージした編成だがツヌ102Fの組成都合により3-7編成には至らず7-3編成で留まった。
ツヌ102Fの6,7,8,9号車にはモハ101-208-クモハ100-160,クモハ101-138-モハ100-112(旧製品)が起用されている。
よってモハ101-206+モハ100-199は何れのユニットとも組み換えが可能となり1ユニットの異動が新たな2編成を生み出した。
なお編成管理番号は年代基準のためツヌ102F(7+3編成)がツヌ102F-3(Tc75)まで繰り下げとなっている。


モハ100-199+クモハ101-138 (ツヌ102F-2)。
※旧製品。

6,7号車へモハ101-206+モハ100-199を組み込む7-3編成はツヌ102F-2(Mc138)に付番した。
モハ100形が2両配されるツヌ102F-3(←ツヌ102F)だが動力ユニット搭載車を適正位置に配置できない編成構成である。
7+3編成のツヌ102F-3では3号車しか選択肢が無くモハ100-203(旧製品)へ動力ユニットを搭載せざるを得なかった。
また西行設定でもあり動力車位置偏位解消策としてクモハ100-160(7号車)への動力ユニット搭載施工が挙がっていた。
既にクモハ100-108(ツヌ122F:Mc155),クモハ100-144(ツヌ113F:Tc74)と動力ユニット搭載試作車を2両竣工させた実績がある。
実行に移されれば動力ユニット搭載車を失うツヌ102F-2は自動消滅するためツヌ102F-1とはしなかった。


クモハ100-160+モハ101-206 (ツヌ102F-1)。
※旧製品。


モハ100-199+クハ100-59 (ツヌ102F-1)。
※旧製品。

そのツヌ102F-1は推進比率軽減後も存続が可能なクモハ100-160+モハ101-206(7-3編成)に割り当てた。
流動的要素の残るツヌ102F-1(M206),ツヌ102F-2ではあるものの7-3編成は初登場で新鮮味がある。
中間車両+クモハ101形,クモハ100形の組み合わせも他編成に無い特徴となっており急場鎬にしては上出来だと思う。
しかし在籍する津田沼区仕様では車両異動が多く波動用ユニットを再転用する可能性も否定できない。
そのため今後に備える見地から敢えてモハ101-206+モハ100-199(ツヌ102F-1)の改番は行わなかった。
ちなみに未改番のまま異動したモハ101-206+モハ100-199だが1983年4月現在ではツヌ103F(Tc81)に組み込まれていた。
◆ツヌ103F:Tc81-M206-M'199-T295-T246-M193-M'c154+Mc160-M'204-T'c52(1983/4)。


ツヌ102F-1サイドビュー(クハ101-75)。
※旧製品。

旧ツヌ103F,元ツヌ124Fの再編に当たりプロトタイプ選定はLP411前照灯先頭車両を絶対条件とした。
これはLP411前照灯車改装で生じる錯覚効果に頼る旧製品運転台付車の前面見附違和感軽減策を採ったためである。
比較検討した結果ツヌ102Fの選択へと至ったがLP402前照灯先頭車両であれば車体更新対象に挙がっていた可能性が高い。
ツヌ102FをLP411前照灯編成で出場させたお陰でモハ101-206+モハ100-199(元ツヌ107F)は保留車にならなかった。
再生産品車両に比べ艶のある塗装被膜はツヌ118F(旧製品)ならではの美点だと考えている。
前面見附が優れる再生産品車両を優先してきたがLP411前照灯編成であれば旧製品運転台付車の起用も有り得ると思う。

国鉄101系津田沼電車区101F [T'c30] 3+4+3編成 (クモハ101-193+モハ100-808[ツヌ101F-1] 側面窓セル交換)

2018-06-04 22:12:21 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
両得。

KATO製国鉄101系ツヌ101F(T'c30←ツヌ101F-1:Mc193,ツヌ101F-2:Mc148)が再出場した。
本来ツヌ101F-1はツヌ101F-2(弁天橋区仕様+旧製品)のバリエーション組成に過ぎない。
しかし入場契機はクモハ101-193+モハ100-808(ツヌ101F-1)の側面窓セル交換であり多大な影響を及ぼしたと言える。




国鉄101系ツヌ101F 朱色1号混色編成(1984/X)。
[ツヌ101F-1]:Mc193-M'808(T'c30+Mc109-M'103-T295-T'c35+Mc131-M'117-T'c53)。
※イメージ編成(1984/6)。
クモハ101-193:前面用[総武・中央線 各駅停車]誤乗防止ステッカー交換。

1983年4月現在の津田沼区101系は8編成まで勢力を縮小していた。
この当時は弁天橋区への転属が控えており度重なる車両異動が行われている。
よって頼りにしている編成表は一時的なものだと思われる。
1984年に入ると101系は9編成に増えたが事情は分からない。
引き続き転属や車両異動が繰り返されクハ101形,クハ100形を両先頭車とする編成は消滅した。
その一方で各編成の組成は雑然化している。
9本は各々で組成形式が異なっており101系では珍しい10両貫通編成も2編成出現した。
◆ツヌ104F:Tc80-M140-M'133-T88-M235-M'229-T252-T263-M179-M'c140:1984/10。
◆ツヌ107F:Tc83-M206-M'199-T86-T245-M212-M'206-T296-M237-M'c175:1984/10。
1984年5月には武蔵小金井区からクモハ101-193+モハ100-808が転入し出色の存在となった。
津田沼区に初配置されたモハ100形800番代は101系高経年車置き換え計画に含まれていた。
1984年度中までに4ユニットが配置されるはずだったが弁天橋区への転属に変更されている。
先行転入したクモハ101-193+モハ100-808も1985年3月に津田沼区を去っていった。
ツヌ101Fは1983年4月から1984年12月までの間に少なくとも4度の組成変更が行われている。
上記のクモハ101-193+モハ100-808もツヌ101Fに組まれていた時期があった。
◆1983/4:Tc83-M198-M'193_Mc136-M'111-T252-T247-M217-M'210-T'c53。
◆1984/6:Mc193-M'808-T'c??+Mc???-M'???-T295-T'c35+Mc131-M’117-T'c53。
◆1984/10:Mc154-M'168-T'c30+Mc193-M'808-T295-T'c35+Mc131-M'117-T'c53。
◆1984/12:Mc148-M'170-T'c30+Mc109-M'103-T295-T'c35+Mc131-M'117-T'c53。
残念ながら1984年6月の組成は特定できていない。
クハ100-30の津田沼区転入は1983年12月だった。
恐らく3号車にはクハ100-30が配されていたと思う。
1984年12月現在ではツヌ101Fから外れたクモハ101-154+モハ100-168,クモハ101-193+モハ100-808は予備車になっていた。
クモハ101-154+モハ100-168は1985年3月で廃車となりクモハ101-193+モハ100-808と同時期に姿を消した。
手持ちの編成表は1985年4月から1986年4月まで期間が開いている。
1984年4月にはツヌ104Fを除き4+6編成で統一されておりこの1年間での異動がどの様に行われたか気になるところである。
◆ツヌ104F:Mc159-M'185-T263-T'c35+Mc165-M’200-T259_Tc75-M118-M'c133(1986/4)。


国鉄101系ツヌ101F (1984/12)。
[ツヌ101F-2]:Mc148-M'170-T'c30+Mc109-M'103-T295-T'c35+Mc131-M'117-T'c53
※弁天橋区仕様+旧製品。

ツヌ101F-2は車体更新捻出車(旧製品):4両,弁天橋区仕様組立車:3両,セットバラし品:2両,中古製品(旧製品):1両で構成される。
まだツヌ118F(Mc155:再生産品)は告知前でツヌ118F(Mc155:旧製品)と弁天橋区仕様(Mc170)の異LOT混結編成で出場となった。
双方のLOTは車体塗装被膜の差が殆ど無く混結させても違和感の少ない編成であった。
一時はクモハ101-154+モハ100-168(ツヌ116F:Mc154)を共用する旧ツヌ101F-2(Mc154)まで在籍した程の自由度を持つ。
その一方でユニット間の側面窓セルLOTは揃っていなかった。
今入場によりクモハ101-109+モハ100-103,クモハ101-131+モハ100-177は旧製品LOT側面窓セルで統一されている。
なおクモハ101-148+モハ100-170は弁天橋区仕様が出自で側面窓セル交換の必要は無い。
但しモハ100-170はサスペンション機構が不調に陥っていたため入場させた。


モハ100-170(ツヌ101F-2:サスペンション機構修復車)。
※弁天橋区仕様。

モハ100-170(2号車)は全高が下がりクモハ101-148(1号車),クハ100-30(3号車)と段差が生じる有り様だった。
DT21非動力台車は全く反力が感じられずサスペンション機構は殺されているに等しい。
かつてライト基板振替入場でサスペンション機構を無効にした事例があった。
この修復履歴が物を言い原因は導電板にあると即断出来た。
予想通り導電板は台枠の導電板押えから両端部が外れていた。
導電板位置を修正するだけで復旧作業を終えている。


クモハ101-148+モハ100-170 (ツヌ101F-2:弁天橋区仕様+弁天橋区仕様)。

改修前のモハ100-170は貫通幌高の違いが見て取れるほど車体高が落ちていた。
サスペンション機構の機能回復によりクモハ101-148,クハ100-30との全高差は解消されている。
同じ非動力車のモハ100-117では発症しておらずモハ100-170だけの改修項目になっている。
初竣工時は確かに機能しており脱落した原因は掴めていない。
結局ツヌ101F(T'c30)ではモハ100形が全車が入場となった。


ツヌ102F,ツヌ101F-1 (旧製品,弁天橋区仕様)。

ツヌ101F-2は全運転台付車両がLP411前照灯車で構成されている。
セットバラし車両を充当したクモハ101-148,クハ100-53は行先表示類以外基本的に弁天橋区仕様が維持された。
そのためLP411前照灯と車体の黄色5号は若干色温度が異なる。
中間組込車のクモハ101-109,クモハ101-131,クハ100-30,クハ100-35(旧製品)は当初LP411前照灯(黄色5号)を取り付けていた。
その後現在まで続く深刻なLP411前照灯(メーカー塗装品)の数量不足に悩まされる。
そこで101系メイクアップパーツ3(11-516)に含まれるLP411前照灯(朱色1号)を黄色5号に塗装変更し上記4両へ試験装着した。
結果は上々に思え今入場でもクモハ101-109,クモハ101-131,クハ100-30,クハ100-35のLP411前照灯交換は不要だった。
このいんちき手法はLP411前照灯車化された運転台付中間組込車に波及しLP411前照灯(黄色5号)不足を補った。
1984年がプロトタイプのツヌ102F(Tc75)には旧製品車体に他車両から捻出したLP411前照灯(弁天橋区仕様)を取り付けている。
よって前照灯の色温度だけがツヌ101F-2と揃う珍景が見られる。
旧製品はLP411前照灯車化で特有の違和感を薄められると考えている。
ツヌ101F-2でLP411前照灯(朱色1号)の黄色5号化が思い浮かばなければツヌ102Fは車体更新対象に挙がったかもしれない。




ツヌ101F-1サイドビュー(クモハ101-193:101系800番代LOT側面窓セル復旧施工車)。

ツヌ101F(T'c30)全体での表だった外観変化はクモハ101-193+モハ100-808の101系800番代LOT側面窓セル交換程度に限られる。
旧製品LOT側面窓セルと弁天橋区仕様側面窓セルのHゴム支持再現差異は見逃せる範疇にあった。
ただ仔細に見ると違いは明らかでユニット間のLOTを揃えた効果はそれなりに得られた。
異LOT車体混結は引き継がれるものの車体更新の予定は無い。
保留車再生が引き金で組成に走ったツヌ101F-2だが雑多さを弱められたと思う。

国鉄101系津田沼電車区113F [Tc74] 7+3編成 (クモハ100-144 動力ユニット搭載) ※再生産品+旧製品

2018-04-03 21:16:45 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
終点。

KATO製国鉄101系ツヌ113F(Tc74:再生産品+旧製品)が再出場した。
回着整備時にクモハ101-144,クモハ100-174(ツヌ115F:Mc144)の車両更新だけで済ませた影響をようやく取り払えた。
先行出場したツヌ115F(再生産品+旧製品)に続きツヌ113Fからも新旧LOT混結ユニットが消滅している。


国鉄101系ツヌ113F (1978/3)。
[ツヌ113F]:Tc74-M242-M'235-T'99-T88-M163-M'c144+Mc180-M'230-T'c85。
※再生産品+旧製品。
◆クモハ100-144 動力ユニット搭載,モハ101-163,モハ100-230 車体振替,サハ101-88 車体更新。

ツヌ113FはKATO製国鉄101系津田沼区仕様でも後期出場編成に当たる。
種車都合によりサハ100形0番代とサハ101形0番代組み込みが10両編成化の条件となった。
津田沼~習志野区にはサハ101形0番代の配置数が少なかった。
ここにサハ100形0番代が加わったためプロトタイプは1978年3月まで遡っている。
1978年3月現在でも当該編成は少数派でありツヌ113Fの他にはツヌ105F(Mc169)しか候補に残らなかった。
更にクハ101形,クハ100形を先頭に立たせる関係でツヌ113Fの出場へと至っている。


ツヌ115F。
※再生産品+旧製品。

この組成は早くも翌年に姿を消した。
当時は車両異動が数多く行われていた。
各編成とも編成表作成時点の一時的な組成である可能性が高いと思われる。
先に出場したツヌ115Fも1978年3月と1979年3月では車両異動が成されており複雑な津田沼区の101系組成が垣間見える。
◆ツヌ115F:Mc120-M'104-T'c12+Tc10-M251-M'245-T281-T251-M191-M'c153(1978/3)。
◆ツヌ115F:Mc144-M'120-T'c12+Tc10-M241-M'234-T274-T101-M236-M'c174(1979/3)。


サハ100-99(サハ100形0番代編入車)。
※再生産品。

ツヌ115Fはクハ100-12(旧製品:電装準備工事車)が編成最大の特徴である。
それに対しツヌ113Fではサハ100-99(再生産品←サハ101-108Assy車体組立車)が目立つ存在となる。
共に電装準備工事車が他編成との違いを主張する。
実車は1年の間で大きく組成を変えた。
ただ1979年当時の津田沼区にはサハ100形が多数配置されており離合に違和感は無い。
ちなみに廃車はクハ100-12:1980年3月,サハ100-99:1981年10月であった。


クモハ101-180+モハ100-230 (旧製品+旧製品)。

ツヌ113Fの出場は十一代目ツヌ118F(Mc155:再生産品)導入が起点となった。
当初より旧クモハ101-144,旧クモハ100-174(元ツヌ115F:旧製品)の車両更新が前提で再生産品+旧製品編成が確定していた。
部品類のLOT統一を施した一方で各ユニット相手は車体更新対象車から外れ車体LOTが揃わなくなってしまった。
新旧LOT混結ユニットはツヌ113F,ツヌ115Fの出場当時から抱え続けた弱点であった。
2016年10月以来続いたユニット間LOT差異は旧ツヌ115Fとの実質的な車両振替により解決している。


サハ101-88(車体更新車)。
※再生産品。

編成での新旧LOT比率も5:5で異色の存在だった。
新旧LOT混結ユニット解消に加えサハ101-88(再生産品)への車体更新を追加し構成を6:4に改めた。
種車はサハ101-104(ツヌ116F-2:T104)で元を辿るとツヌ113Fへ組成予定だった旧サハ100-99(ツヌ113F)に至る。
作業失敗でツヌ113Fの出場前に車体更新が行われた元サハ100-99は再びツヌ113Fに還ってきた。
サハ101-88は5号車へ配されるためサハ100-99に続く。
奇遇にもサハ100-99と元サハ100-99が並ぶ組成となっている。
今回の車体更新でツヌ113Fはモハ101-163+クモハ100-144+クモハ101-180+モハ100-230が旧製品車両で纏められた。
激しい車両異動が繰り返された時期がプロトタイプであり両ユニットの塗装被膜差異は吸収できると思う。


クモハ100-144(第二次動力ユニット搭載試作車)。
※旧製品。

西行設定のツヌ113Fだが組成都合上モハ100-235(3号車)を動力ユニット搭載車にせざるを得なかった。
牽引比率を高める名目でクモハ100-144(7号車)へ動力ユニットを搭載し改善を図った。
クモハ100形用動力ユニットは元モハ100-235用ではなくモハ100-234(ツヌ115F)用を転用し旧製品LOT品に改めた。
捻出した元モハ100-234用動力ユニットは経年からか高速域の回転に伸びを欠いていた。
そこでDT21動力台車を取り外し無負荷の条件下での高速度試験を行い性能回復へ繋げている。
クモハ100-144の動力ユニット搭載試作車化は基本的にクモハ100-108(ツヌ122F:Mc155)での試行結果に倣った。
増設する床下機器は廃車発生品を活用しクモハ100形用床板の見附に近付けている。
前尾灯は非点灯化されたが乗務員室仕切の追設で前面見附は非動力車時代と殆ど変わっていないように見える。
7+3編成の多くはクモハ100形が7号車で同様の問題を抱える。
但し床下機器に充当する保管品が底を突いたため他編成への波及は当分難しい。


ツヌ113Fサイドビュー(クハ101-74)。
※再生産品。

今入場は車体振替,車体更新,動力ユニット搭載車位置変更に注力した。
従ってツヌ113Fそのものに大きな変化は無い。
津田沼区仕様では唯一[三鷹]幕を採用する編成であり行先も固定化されている。
一応の終着点に辿り着いたと言えるだろう。

国鉄101系津田沼電車区115F [Mc144] 3+7クハ100形電装準備工事車組込編成 (モハ101-236,モハ100-120 車体更新) ※再生産品+旧製品

2018-03-30 21:54:46 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
整合。

KATO製国鉄101系ツヌ115F(Mc144:再生産品+旧製品)が再出場した。
2016年9月以来動きの無かった旧ツヌ115Fには新旧LOT混結ユニットが組成され続けてきた。
モハ101-236,モハ100-120への車体更新で新旧LOT車両の混結部はユニットを跨がなくなっている。


国鉄101系ツヌ115F クハ100形電装準備工事車組込編成(1979/3)。
[ツヌ115F]:Mc144-M'120-T'c12+Tc10-M241-M'234-T274-T101-M236-M'c174。
※再生産品+旧製品。

KATO製国鉄101系ツヌ115Fは二代目ツヌ118F(Mc155:旧製品)を種車に初出場を飾った早期出場編成である。
当時津田沼~習志野区仕様は旧ラシ106F(Mc155),旧ツヌ110F(Mc194)の2編成体制だった。
既に初代ツヌ118F(Mc155:旧製品→旧ラシ106F)は習志野区仕様かつクモハ100-108がLP411前照灯車へと改装されていた。
そのため純粋な津田沼区仕様(黄色5号)が在籍しておらず二代目ツヌ118Fの増備に至った。
当時は製品のプロトタイプがツヌ118F(1978/3)だと突き止められていなかった。
そこで3+7編成のまま1970年代後半をイメージしたツヌ115F(Mc155)に仕立てた。
唯一サハ101-108,サハ101-233(ツヌ118F)を入れ替えツヌ118Fとは異なる構成に変更している。
また改番方法が思い浮かばず全車未改番とされツヌ115Fも同様とした。
仮に当初からプロトタイプがツヌ118Fと判明していれば現在まで未改番のまま残存していたかもしれない。


旧ツヌ115F。
※旧製品。

その後年代が虫食い状態だった編成表が埋まり旧ツヌ115F(Mc144:旧製品)への正式改番に繋がった。
当初クハ100-12は改番だけで暫定竣工させたが間もなく電装準備工事車へ改装している。
ツヌ113F組成用十六代目ツヌ118F(再生産品)の増備により旧クモハ101-144,旧クモハ100-174が車両更新対象となった。
クモハ101形,クモハ100形を先頭車両とする編成が少なかった事情もあるが決定打はクハ100-12である。
未だ製品化されていないクハ100形電装準備工事車(黄色5号)の存在は車両更新対象車選定を大きく左右した。
モハ100-120以下8両(ツヌ115F:旧製品)に揃えクモハ101-144,クモハ100-174(再生産品)は旧製品LOT部品装着車とした。
車両更新入場ではツヌ113F(Tc74:再生産品+旧製品)出場が優先されユニット間の車体LOT差異には気を配らなかった。
今回の第二次更新入場とは真逆の姿勢で今考えると第一次更新入場は完全なる誤選択だった。
作業を簡略化したため後年になって新旧LOT混結ユニットが引っ掛かる結果を招いている。


モハ101-236(車体更新車)。
※再生産品:。

長らく新旧LOT混結を続けてきた理由の一つには改番作業を簡略化する狙いがあった。
少しでも不得手なインレタ転写から逃れるため車両番号標記百位を変更せずに済む車両を探った。
しかし該当する再生産品車両が見当たらずモハ101-163,モハ100-230(ツヌ113F:再生産品)を引き当てている。
結局モハ101-236,モハ100-120とも車両番号標記を一部存置する節約式改番を踏襲したが配置は苦しいものになった。
特に[モハ101-236]は元モハ101-163(元ツヌ113F)用車体を転用する都合上三方コック蓋との転写代が不足すると思われた。
結果的に無理矢理収めたが1-3位側の車両番号標記は車体更新前に比べ窮屈に見える。
節約式改番を採用する限りは永遠の課題になるだろう。


クモハ101-144+モハ100-120 (車両更新車+車体更新車)。
※再生産品。

モハ101-236,モハ100-120は再生産品LOT車体に旧製品LOT部品が組み合わされる独自の再生産品車両に変わった。
車体更新を行ったJR101系ラシ104F(Mc136:再生産品)も同様の経緯により全車旧製品LOT部品装着車で構成される。
KATO製101系では中野区,津田沼~習志野区仕様に関わらず実車に倣うかのような激しい車両異動を繰り返している。
都度部品交換が発生する悪循環に陥っているが編成見附を整えるためには止むを得ない。
その代わり今入場でツヌ115Fから新旧LOT混結ユニットが消滅した。
理想は10両全車のLOT統一だが導入時期都合により旧製品車両割合が編成毎に異なるため実現は難しい。
上記のラシ104Fは旧ラシ104F(再生産品+旧製品)時代から[101系さよなら]ヘッドマークを掲げる等拘りがあった。
よってKATO製101系(黄色5号)では特別な存在と言え11両全車の車体更新に踏み切った。
煽りを喰らったラシ105F(Mc148←ツヌ118F:Mc155)は現時点での最終出場ながら再生産品+旧製品編成へと格下げされている。


クハ100-12(クハ100形電装準備工事車)。
※旧製品。

モハ100-236の竣工後にツヌ115F未入場車の外観点検を行った。
経年が高いツヌ115F出自車は側面窓セル窓サッシ印刷劣化等に不安があった。
全般的に良好な状態を保っていたがクハ100-12(旧製品)だけは転写糊の除去が足りず汚れが目立っていた。
インレタに触れないぎりぎりの箇所まで乾燥クロスで包んだ爪楊枝の先を当て清掃を行っている。
クハ100-12は在籍するクハ100形津田沼区仕様で唯一の電装準備工事車である。
標準的な3+7編成のツヌ115Fはクハ100-12電装準備工事車組込を最大の特徴にしている。
ペイントリムーバー式改番車で多発している車両番号標記周囲の汚れはクハ100-12が特に酷かった。
新旧LOT混結ユニット解消と同時に側面見附を整えている。
他7両に大きな問題は見られずツヌ115Fは再出場となった。




モハ100-120+クハ100-12 (元モハ100-230+元クハ100-78)
※再生産品+旧製品。

ようやくクモハ101-144+モハ100-120,クモハ100-174+モハ101-236は塗装被膜差異が廃された。
その結果両端1ユニットずつが再生産品車両に置き換えられ再生産品と旧製品の比率は4:6に変わっている。
各々の分界点はモハ100-120+クハ100-12,サハ101-101+モハ101-236となった。
クハ100-12以下6両(旧製品)が再生産品車両に挟まれる構成でありLOT配分は悪くないと思う。


ツヌ115Fサイドビュー(クモハ101-144:第一次更新入場車)。
※再生産品:車両更新車。

今後もクハ101-75,クハ100-78(ツヌ118F:再生産品)の中間組込は考えていない。
そのためサハ101-274+サハ101-101(旧製品)の車体更新に踏み切ると他編成の新旧LOT配分まで影響を及ぼす。
よってツヌ115Fの車両異動は一旦打ち止めになるだろう。

JR101系習志野電車区106F [Mc191] 4+6編成 (行先変更,前面用JRマーク再転写) ※旧製品

2017-04-16 21:15:40 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
連鎖。

KATO製JR101系ラシ106F(Mc191:旧製品)と同じ[三鷹]幕を採用しラシ105F(Mc148:再生産品+旧製品)を出場させた。
5編成が在籍する101系習志野区仕様内での重複を避けるべく初期計画に従いラシ106Fの行先表示変更へと着手した。
行先方向幕部品はツヌ105F-2(Mc148→ラシ105F)が入場中に切り出されながらも使用には至らなかった[御茶ノ水]幕を再用する。




JR101系ラシ106F (1988/4)。
[ラシ106F]:Mc191-M'248-T249-T'c61+Tc69-M212-M'206-T284-M232-M'c171
※旧製品。
◆クモハ101-191,クモハ100-171 行先変更,前面用JRマーク再転写。

現時点で増備予定が組まれていない習志野区仕様のうちラシ106Fは唯一の全車旧製品編成で希少な存在となっている。
しかし他4編成が新金型車体編成で揃っているため前面見附に抱く違和感は解消されていない。
これまで[三鷹]幕としていたが早朝,深夜帯に見られた[御茶ノ水]幕へ改め少しでも特徴を持たせる。
行先方向幕部品交換だけの軽作業のはずが思わぬ事態に見舞われJRマークインレタ転写まで加わる結果となった。


入工中のクモハ100-171(ラシ106F)。
※旧製品。

作業は中野方先頭車両のクモハ100-171(ラシ106F:旧製品)から開始した。
以前は屋根板を取り外して部品交換を行っていたがトタ5F(Tc14)に端を発した前照灯用プリズム折損対策の名残だった。
途中から車体内側から押し出す方式に変更し現在ではプリズムケースを含めた床板の撤去だけに留めている。
旧製品車両は適度な運行番号,行先方向幕部品の嵌合精度を持ち取り外し,嵌め込み共に行い易い。
クモハ100-171で使用していた[三鷹]幕は周囲が捲れる事もなく押し出せそのまま保管品に廻している。


[三鷹]幕を撤去したクモハ100-171。

装着する[御茶ノ水]幕はツヌ105F-2からラシ105Fへプロトタイプを改めた際に再用前提で区分し保管していた。
そのため101系メイクアップパーツ2(11-511)独自の部品ながら保管品を探る時間は全く掛かっていない。
ただ一度クモハ100-160(ツヌ105F-2:再生産品→ラシ105F)へ取り付けた[御茶ノ水]幕は嵌合に不安があった。
幸いにして着脱時の変形は防げた模様で不都合無くクモハ100-171への組み込みを終えた。




クモハ100-171 [13C 御茶ノ水]:行先変更施工。
※旧製品。

クモハ100-171に取り付けた[御茶ノ水]幕は表示が若干内側にずれた癖のある部品だった。
既にクモハ100-160(ツヌ105F-2)へ装着した時点でこの印刷ずれには気付いていた。
だが多少のずれは如何にも布幕らしい点であり残数も限りがあるため敢えて再用している。
これでクモハ100-171(ラシ106F)は竣工のはずだったがクモハ101-191(ラシ106F:旧製品)の影響で再入場に迫られる。


入工中のクモハ101-191(ラシ106F)。
※旧製品。

続くクモハ101-191の行先方向幕交換を以てラシ106Fは再出場する予定だったがこの作業後暗転する。
[三鷹]幕から[御茶ノ水]幕への変更は分解の手間を要さないだけあり瞬時に終えられた。
行先方向幕部品の嵌合精度もクモハ100-171と同様全く差し支えなかったが折り返しの作業で異変に気付いた。
何時の間にかクモハ101-191に転写されていたはずの前面用JRマークが無くなっていた。


前面用JRマークが消えたクモハ101-191。

車体には[JR]マーク転写跡さえ残っておらず予想以上に転写糊の劣化が進んでいた模様である。
ラシ106Fでは経年の高いKATO製JRマークインレタを採用しており取扱いには気を払っていた。
今回前面への作業が中心であり何かが触れた拍子に丸ごと持って行かれたのかもしれない。
ここで予定外の前面用JRマーク転写が工程に加わったがKATO製JRマークインレタは使い切っている。
代替にはTOMIX製旧JRマークインレタを起用し習志野区仕様への復旧に取り掛かった。
インレタ転写に対する抵抗感が残る中での作業だったが一度で前面用JRマークを復活させられた。




クモハ101-191 [13C 御茶ノ水]:行先変更,JRマーク再転写施工。
※旧製品。

部品中央に表示された[御茶ノ水]幕はクモハ101-148(ツヌ105F-2:再生産品→ラシ105F)からの再用品である。
これでラシ106Fは編成前後で前照灯の他に行先方向幕の表示ずれと言う細かな差異が加わった。
なお錯覚効果を高める策として再転写した前面用JRマークは従前よりもやや低い位置に変更している。
尾灯との間隔が詰まり多少は腰板の広さを感じさせなくなったように見えなくもない気がする。
だがクモハ101-191とクモハ100-171では前面様JRマークの色温度差が生じる結果にも繋がった。
余り余裕の無いTOMIX製旧JRマークインレタだがKATO製よりも色が濃く思ったより差が大きい。
クモハ101-191では転写糊が車体に残らないほど劣化していたためクモハ100-171も前面用JRマーク再転写へ踏み切った。




クモハ100-171 [13C 御茶ノ水]:JRマーク再転写施工。
※旧製品。

再入場させたクモハ100-171用KATO製前面用JRマークはセロハンテープにて剥離した。
こちらも転写糊は全く残らず何処にJRマークがあったのかさえ全く判らない状態だった。
何かの弾みで剥がれても不思議ではなくTOMIX製旧JRマークインレタへの変更は間違っていなかったと思う。
しかし代わりのTOMIX製旧インレタもかなり時間が経過しており安心は出来ず引き続き取扱いには注意したい。
なおクモハ101-191に揃えクモハ100-171も前面用JRマーク転写位置を車体裾寄へ変更した。
またLP411前照灯車でもあり前面見附の違和感はクモハ101-191よりも緩和されたように思える。


ラシ105F,ラシ106F。
※再生産品,旧製品。

結果的に行先変更ではなく前面用JRマーク再転写へ作業の軸が移ったもののラシ106F(旧製品)は無事再出場となった。
位置を下げた前面用JRマークだがクモハ101-191,クモハ100-171単独ではそれなりの前面見附改善効果が得られたと感じていた。
しかし根本的に設計が異なる再生産品車両と比べてしまうと所詮は錯覚でしかない事実を思い知らされる。
習志野区仕様ではラシ106Fが唯一の旧製品編成であり少しでも[御茶ノ水]幕変更による存在感向上に期待する。

JR101系習志野電車区105F [Mc148] 4+6編成 (クモハ101-148,クモハ100-160 LP411前照灯交換) ※再生産品+旧製品

2017-04-06 21:26:08 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
総括。

KATO製国鉄101系保留車10両はJR101系ラシ105F(Mc148:再生産品+旧製品)に再編され出場した。
出場直前にツヌ105F-2(Mc148)からラシ105Fへプロトタイプが変更される珍しい経過を辿っている。
なお保管品都合によりKATO製101系習志野区仕様はラシ105Fの出場を以て一旦打ち止めとなる。




JR101系ラシ105F (1988/11)。
[ラシ105F]:Mc148-M'170-T255-T'c54+Tc73-M251-M'245-T246-M208-M'c160。
※再生産品+旧製品。

保留車のプロトタイプ選定はツヌ105F(Mc148:1986/8)を含め候補を3編成に絞り込んでいた。
これまで何度も候補に挙がったツヌ110F(Mc191:1985/4)はまたもや編成化に至らなかった。
保管品のサハ100形用屋根板があればツヌ110Fが最有力候補になっていたと思う。
103系サハ103形750番代編入を前提にサハ100形を探したものの巡り会えずに終わった。
残念ながらサハ100形への形式変更には至らず再びツヌ110F(Mc191)は出場機会を失っている。
一方中野区仕様でも再生産品編成も存在していないため組成候補を当たった。
珍しくサハ100形が組成されない編成を確認し車両番号まで突き止めたが肝心な編成番号が判らなかった。
1984年10月初旬の時点で中野区101系は淘汰が進行し6編成まで勢力を縮小していた。
加えて編成番号は虫食いが進んでおり特定できる要素が見当たらず選考漏れしている。
◆カノ??F:Mc127-M'59-T'c62+Tc68-M253-M'247-T230-T97-M100-M'c117(1984/10)。
◆ツヌ110F:Mc191-M'248-T'c92+Tc69-M253-M'247-T288-T'97-M244-M'c179(1985/4)。
ツヌ105F(Mc148→ラシ105F)はラシ104F(Mc136)と共に最後まで習志野区に在籍した101系でもある。
その結果プロトタイプは習志野区仕様変更が延長線上にあったツヌ105Fに決定した。
別編成が習志野区最終在籍編成であればラシ105Fとして出場させていなかったと思う。
ラシ105FはJR移行後の1987年4月から車両異動が行われないまま晩年を迎えており該当期間は長くなる。
習志野区101系では極めて標準的な編成でクハ101-73,クハ100-54を含め運転台付車はLP411前照灯に改造されていた。
従って晩年のラシ104F(Mc136:1988/2~1988/11)とは車両番号を除き同一要素で構成される。
なお1988年1月までのラシ104Fにはサハ101-105が組み込まれていたがサハ101-264(←元ラシ101F:Mc201)で代替された。
この組成変更は検査期限の他に稼働車両からサハ101形0番代を離脱させる名目があったように思える。


ラシ104F,ラシ105F。
※再生産品,再生産品。

出場したラシ105Fは旧ラシ104F(Mc136:再生産品+旧製品)の車体更新で捻出された旧製品車両5両が主軸となった。
他方再生産品車両は未達に終わったツヌ131F-1(M'c143)用組成準備車3両を含む単独増備車を引き当てている。
今更旧製品先頭車両を竣工させる気は無く千葉方,中野方ユニットには再生産品車両が充当された。
クモハ101-148,クモハ100-160にはクモハ101-155,クモハ100-108(ツヌ118F:再生産品)を起用しユニット相手もLOTを揃えた。
相対するモハ100-170,モハ101-208用種車は旧モハ100-256(元ラシ107F:再生産品),旧モハ101-91(元ツヌ122F:再生産品)とした。
連動してラシ107F(Mc202:塗装変更車+旧製品+弁天橋区仕様),ツヌ122F(Mc155:塗装変更車+旧製品)は車両異動が行われている。
加えて旧サハ101-230(カノ13F:Mc59)がサハ101-290(ラシ107F:塗装変更車)へ改番となり旧サハ101-290(旧製品)を捻出した。
その旧サハ101-290(元ラシ107F)はサハ101-255用種車に廻されラシ105Fへの塗装変更車組込を回避している。
旧製品車両が3,4,5,6,7,8号車に配されるがLOT境界はサハ101-255(3号車),サハ101-246(7号車)であり上手く纏められたと思う。
新品同等品の床板が装着されており屋根板,側面窓セルも全車再生産品LOT品で揃え編成見附統一を図っている。
行先表示類はラシ104F(再生産品←ラシ104F-1:T105,ラシ104F-2:T264)と対比させるため[11C 三鷹]を採用した。
ツヌ105F-2では[11C 御茶ノ水]表示だったがラシ105F用[101系さよなら]ヘッドマーク製作に備え変更となった。
一方運行番号には拘りが無く[11C]幕のまま残したものの嵌合精度が悪くなければ交換していたかもしれない。
これはツヌ118F(Mc155:再生産品)の数少ない弱点と言えクモハ101-148,クモハ100-160でも苦しめられた。
またツヌ110F(Mc195)から捻出したATS-B形車上子付胴受(101系メイクアップパーツ1:11-510)への交換も行った。
これまでにATS-B形車上子付胴受は新規投入品:3組,中古製品装着品:1組,ジャンク品:1組と都合5編成分が確保出来た。
ジャンク品が無ければラシ105Fではなくツヌ102F(Mc173:1986/4)若しくはツヌ103F(Mc133:1986/4)を出場させていたと思う。


ラシ106F,ラシ105F。
※旧製品,再生産品。

ラシ105Fの出場により習志野区仕様ではラシ104Fに次ぐ2編成目の再生産品LP411前照灯編成が登場した。
旧製品先頭車両にはクモハ100-171(ラシ106F:Mc191)も在籍しているが前面見附に物足りなさを感じていた。
しかしクモハ100-160の竣工でラシ104Fと再生産品LP411前照灯編成同士による離合が実現している。
なおラシ104Fは純粋な再生産品編成ではなく車体更新時に屋根板,側面窓セルを旧製品LOT品で統一した。
そのため狭幅Hゴム支持車は存在せずツヌ118F(Mc155:再生産品)とは若干趣の異なる側面見附を有している。
再生産品+旧製品編成ではあるもののラシ105Fは狭幅Hゴム支持車が並ぶラシ104Fとは対照的な部品構成となった。
ちなみに現時点では中野区,津田沼区仕様を含め製品原形の再生産品車両で揃う編成は在籍していない。


ツヌ105Fサイドビュー(クモハ101-148:クモハ101-155改装車)。
※再生産品。


ラシ101Fサイドビュー(クモハ101-201:クモハ101-170改装車)。
※弁天橋区仕様。


ラシ104Fサイドビュー(クモハ101-136:車体更新車)。
※再生産品。


ラシ106Fサイドビュー(クモハ101-191:クモハ101-155改装車)。
※旧製品。

長らく4編成体制だった101系習志野区仕様はラシ105Fが加わり都合5編成に増強された。
ツヌ110Fから移設したATS-B形車上子付胴受も習志野区仕様の統一感に一役買っていると思う。
だがこのうちラシ101F(Mc201:弁天橋区仕様+旧製品)とラシ107F(Mc202)及びラシ104Fとラシ105Fはプロトタイプが重複した。
ただ何れも素直に仕立てた10両編成ではなく微妙な差異があるため細かい箇所を突けば完全重複には至っていない。
形式構成や第二次冷房改造車で個性を持たせた中野区,津田沼区仕様に対し習志野区仕様では部品LOTに頼り変化を与えた。
4+6編成で固定化された習志野区101系は編成毎の差異演出が難しいが納得できる範疇に収まってくれたと考えている。
差別化に苦しむ現状は習志野区仕様の初陣を一番の個性派だったラシ106F(Mc191)とした選択が全ての始まりだったと思う。

国鉄101系津田沼電車区110F [Mc195] 3+7朱色1号編成 (クモハ101-195,クモハ100-805 純正ダミーカプラー交換)

2017-04-03 21:00:56 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
仕様統一。

KATO製国鉄101系ツヌ110F(Mc195)は旧ツヌ110F(Mc194)時代から守り続けてきたATS-B形車上子付胴受が遂に廃止された。
津田沼区仕様では最後のATS-B形車上子付胴受ダミーカプラー装着編成だった。
ツヌ110Fを出場させるまで大幅な時間を掛けた分引っ掛かりの残る再出場になっている。




国鉄101系ツヌ110F 朱色1号編成(1984/10)。
[ツヌ110F]:Mc195-M'810-T'c71+Mc194-M'809-T'68-T'227-T'94-M57-M'c805
※101系用純正胴受ダミーカプラー交換,前面用[総武・中央線 各駅停車]誤乗防止ステッカー貼替。

ツヌ110Fは豊田区武蔵野線用101系1000番代検査切れの対応策として武蔵小金井区から借入により登場した。
代わりに103系ツヌ304F(Tc179)が豊田区,松戸区へ貸し出され急場を凌ぐ手段とされた。
貸出されたツヌ304Fは黄色5号のまま誤乗防止ステッカーを貼り付け武蔵野線,常磐線を走行している。
津田沼区復帰後はツヌ301F(→ラシ301F)となり総武線103系の目立つ存在として後期まで活躍した。
一方武蔵小金井区借入のツヌ110Fは当初の予定より早く返却され消滅してしまった。
ツヌ304F(→ツヌ301F)復帰までは津田沼区所属車に中野区,中原区借入車を加えたツヌ110Fが組成され所要本数を確保した。
◆ツヌ110F:Mc191-M'248-T'c92+Tc69-M253-M'247-T288-T'97-M244-M'c179(1985/4)。
※サハ100-97:中野区借入,モハ100-244+クモハ100-179:中原区借入。
KATO製101系トタ5F(レジェンドコレクション)はツヌ110F(イメージ編成)の種車に起用する計画だった。
ところが付属編成の組成が異なり作業を見合わせていた。
この間に101系0番代ムコ3Fがリリースされ種車の変更を決断した。
ムコ3Fはクモハ101-78,クモハ101-81の運転台側もKATOカプラーに変更された。
これが契機となりATS-B形車上子付胴受取付に繋がっている。
種車をムコ3Fに変更してもクモハ101-17,クモハ101-78が初期形制御電動車でイメージ編成になる。
作業が進まないうちに101系800番代ムコ10Fがリリースされ種車を再変更しツヌ110Fが暫定出場した。
この後サハ100-68を組込みプロトタイプ合致を図った。
誤乗防止ステッカー交換前の記録は初出場時のもので交換直前に見られた文字滲みは生じていなかった。
耐水ステッカーではないため湿度に弱く入出場を繰り返すうちに劣化が進んだらしい。
現在は当時より慎重な取扱いを行っている。
追加入場の少ないクハ103形初期竣工車(朱色1号)ではこの様な症状は出ておらず現状を維持してほしい。
今回の入場ではダミーカプラー交換と前面誤乗防止ステッカー貼り替えのみに留めている。
サハ100-227の床下機器配置も変更済で今後も大きな変化は無いと思われる。


ツヌ108F,ツヌ110F。

ツヌ110Fは101系用純正胴受ダミーカプラー化により他津田沼区仕様編成との前面見附が揃った。
出場時期や編成の特殊性でATS-B形車上子付胴受を装着し続けていたが離合時の差異は無くなっている。
改番,ライト基板交換を除くと初の前面意匠変更を伴う入場になった。
編成見附の変化はサハ100-68,サハ100-227の屋根板電装準備工事撤去を施して以来になる。
仮にATS-B形車上子付胴受が入手できれば再び取付対象筆頭に挙がり外観復帰に繋がるがそう簡単には進まないだろう。


クモハ101-193,クモハ101-195 (ツヌ101F-1,ツヌ110F)。

津田沼区101系の[総武・中央線 各駅停車]誤乗防止ステッカー貼付車は他にクモハ101-193(ツヌ101F-1:Mc193)が在籍している。
フォント太さはクモハ101-195,クモハ100-805に近い。
但しクモハ101-193は切り出しが甘く前面用[総武・中央線 各駅停車]誤乗防止ステッカーが一回り小さいのが気になる。
ツヌ101F(T'c30)の1ユニットに留まるクモハ101-193だが今後の貼り替えを検討する。




ツヌ110Fサイドビュー(クモハ101-195:101系用純正胴受ダミーカプラー交換施工車)。


ツヌ101F-1サイドビュー(クモハ101-193:101系用純正胴受ダミーカプラー装着車)。

側面見附ではATS-B形車上子付胴受廃止の影響が大きく出ている。
簡便な構造が露わになりダミーカプラーとDT21非動力台車の間隔が目立ってしまった。
これは今までの特別扱いが影響しており見慣れるのを待つしかないだろう。
クモハ101-193の存在も味方してくれると思う。

国鉄101系津田沼電車区122F [Mc155] 7+3黄緑6号混色:YG-Y編成 (モハ101-91 車体振替:旧モハ101-237[元ラシ104F] 改番)

2017-03-07 21:23:59 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
第四弾。

KATO製101系保留車でのユニット間LOT統一は9号車に充当するモハ101形で壁にぶつかった。
また在籍各編成の確認中では都合4ユニットの新旧LOT混結が発覚している。
これらも後日是正を必要とするが今回は再生産品モハ101形出自車の捻出を主眼に置く。


国鉄101系ツヌ122F 黄緑6号混色編成(1979/X)。
[ツヌ122F]:Mc155-M'158-T253-T233-T108-M91-M'c108+Tc75-M231-M'c170。
※塗装変更車+再生産品+旧製品:イメージ編成(1979/10)。

モハ101形(再生産品)で最終候補に残った車両はモハ101-91(ツヌ122F:Mc155)だった。
ツヌ122Fには7号車にクモハ100-108(動力ユニット搭載試作車)を組み込んでいる。
この際ユニット照合を守るためモハ101-215(元ツヌ122F:旧製品)をモハ101-91Assy車体組立車(ツヌ118F)にて振替えている。
組み込まれたモハ101-91(ツヌ122F)は実質再生産品車両でありクモハ100-108(旧製品)とのLOTが揃わなくなていた。
現在では貴重な未改番ユニットで製品車両番号標記印刷を維持したかったが保留車,ツヌ122F共にLOT統一を優先する。


モハ101-91(ツヌ122F:101系800番代LOT側面窓セル装着車)。
※再生産品。

ツヌ122Fは全車101系800番代LOT側面窓セル装着車で統一されており独特の外観を有している。
この関係で2016年9月の組成変更を最後に車両異動対象には含めて来なかった。
前回はサハ101-267(旧ツヌ122F:旧製品→サハ101-88:ツヌ113F)とサハ101-233(Mc155:再生産品)を差し替えた。
これ以前にもラシ107F(Mc202),ツヌ106F(Mc160)の組成で車両異動が混乱し再生産品車両が離散してしまった。
LOT集約を図った代わりに旧ツヌ122Fもこの余波を受けモハ101-91,サハ101-108が再生産品へと入れ替わっている。
そして今回モハ101-91は再び旧製品に戻る上に[モハ101-91]への改番を要する妙な展開になった。


旧モハ101-237(元ラシ104F:再生産品LOT側面窓セル交換施工車)。
※旧製品。

保留車に廻されたモハ101形は旧モハ101-230,旧モハ101-237(元ラシ104F:Mc136)の2両だった。
このうち車両番号標記インレタの転写状態が悪い旧モハ101-237(旧製品)をモハ101-91用種車とした。
旧モハ101-237用種車はモハ101-91(ツヌ118F)で後にモハ101-215(ツヌ118F:再生産品)による車体更新が実施された。
この際ラシ104F仕様に準拠しモハ101-237(再生産品)へ旧製品LOT側面窓セルを譲っている。
2016年12月にはラシ104Fを離れ出番を待ち続けていたが約3年を経て原番号への復帰を迎えた。


入工中のサハ101-290,モハ101-91,旧モハ101-237 (ラシ107F,ツヌ122F,元ラシ104F)。
※塗装変更車,再生産品,旧製品。

モハ101-91(ツヌ122F)は101系800番代LOT側面窓セル交換時に手抜きをした影響で旧製品LOT妻面窓セルが残されていた。
101系800番代LOT妻面窓セルはサハ101-230(カノ13F:Mc59)の車体振替入場で発見済だった。
旧サハ101-230(元カノ13F)をサハ101-290(ラシ107F)へ改番した際も101系800番代LOT妻面窓セルを承継させた。
記録に残し把握できていたため今回サハ101-290と妻面窓セルを交換し全窓セルを101系800番代LOT品で揃える。


先に側面窓セル交換を行った旧モハ101-237,モハ101-91 (元ラシ104F,元ツヌ122F)。

旧モハ101-237には旧モハ101-237用側面窓セル,サハ101-290用妻面窓セルを組み合わせる。
先ず再生産品LOT側面窓セル装着車へ戻されたモハ101-91(元ツヌ122F)を暫定竣工させ保留車に廻した。
次にサハ101-290を分解し101系800番代LOT妻面窓セルを捻出する。
側面窓セルは従来のまま旧モハ101-237が装着していた妻面窓セルと交換を行った。
若干Hゴム支持モールド幅が異なる気がするものの色温度はほぼ同系統になっている。


妻面窓セルを交換したサハ101-290(ラシ107F)。

サハ101-290(ラシ107F)を編成に復帰させラシ107Fは再出場となった。
残る旧モハ101-237の作業だが窓セルは全て101系800番代LOT品で揃えられた。
かつての手抜きが今になって影響を及ぼしたと言えやはり各部品LOTは極力合わせた方が良い。
仮にサハ101-290の車体振替を行っていなければ気付けなかったはずでたまたま入場順に恵まれた。


[モハ101-237]:2-4位側。

一連の車体振替では種車と形式を合わせるよう努めてきた。
そのお陰で節約式改番を採用し続けられている。
旧モハ101-237でも[モハ101-237]を剥離し[モハ101-237]標記は継続使用とする。
転写状態の悪かったインレタは[モハ101-237]であり節約式改番には都合が良かった。
ペイントリムーバー式印刷消去は上手く行った部類に入り塗装被膜への影響も少ない。
但し[モハ101-237]から[モハ101-91]へ改められるため一桁少なくなる。
この結果1-3位側は三方コック蓋との距離が微妙になってしまった。
節約式改番である以上桁数変更への対応は難しい。


[モハ101-[9][1]]:2-4位側。

車両番号インレタは組標記の残りを用い高経年台紙1枚を使い終えた。
まだ中途半端に残る古インレタが残っており標記状態の悪い車両の再転写用としたい。
組み合わせは1-3位側,2-4位側とも[モハ101-]+[9]+[1]とした。
[モハ101-91]はかなり転写糊が劣化しており圧着時にやや歪んでいる。
同一台紙から[モハ101-91]を転写したものの何故か縦方向に伸び[モハ101-91]とは揃っていない。
ただ改番を始めた頃に比べれば大分ましになったと思う。
保留車の改番次第ではやり直しをするかもしれない。




モハ101-91(旧モハ101-237 改番,101系800番代LOT側面窓セル交換施工)。
※旧製品:車体振替。

独特の外観を維持しつつモハ101-91(ツヌ122F)が竣工した。
101系800番代LOT側面窓セルはどうにか10両編成分を遣り繰りツヌ122Fの特徴にしている。
元々は旧ツヌ131F(Mc70)やムコ予備00F(Mc60)等でユニット間の見附を揃える名目が発端だった。
それが徐々にツヌ122Fへ集約され最終的に全車の側面窓セル交換まで至っている。
この特徴は今後も維持したい。




モハ101-91:101系800番代LOT妻面窓セル交換施工。
※旧製品。

連結面で目立ちにくい箇所ながら妻面窓セルもHゴム支持再現色温度統一が図れた。
まだ手抜き竣工車の存在を否定できずサハ103形750番代も含め入場時に確認を進めたい。
今回は車体振替に注力していたが記録に残していたお陰で交換に繋がった。
異動の激しいKATO製101系では作業工程を詳細に記した方が後々楽になるだろう。




モハ101-91+クモハ100-108 (ツヌ122F:101系800番代LOT側面窓セル装着車+101系800番代LOT側面窓セル装着車)。
※旧製品。

車両番号標記が印刷再現からインレタ再現に変わったが旧ツヌ122F時代のユニット対照を維持できた。
種車こそ違うもののクモハ101-155,モハ100-158(ツヌ122F)もツヌ118F(Mc155:1978/3)を構成する車両番号である。
クモハ101-155,モハ100-158は王子駅構内冠水被災救済車両の履歴から推測で付番した。
モハ101-91の改番施工により7両がツヌ118Fと関連する車両番号になったのは異動都合とは言え面白い。


クモハ101-155(ツヌ118F)。
※再生産品。

そして保留車組成用準備車で不足していたクモハ101-155(ツヌ118F:再生産品)を入手できた。
ようやく最後の1両が加わり10両編成化へ半歩前進した。
残りの半歩はクモハ100-108(ツヌ118F:再生産品)の側面窓セルHゴム支持再現問題である。
クモハ100-108のユニット相手は今回捻出した旧モハ101-91(元ツヌ122F)で再生産品同士には出来た。


旧モハ101-91+クモハ100-108 (元ツヌ122F+ツヌ118F)。
※再生産品。

だがクモハ100-108(ツヌ118F)は旧製品LOT並の広幅Hゴム支持再現窓セル装着車であり旧モハ101-91とは見附が揃わない。
再生産品LOT運転台付車用狭幅ゴム支持再現側面窓セルはクモハ100-144(ツヌ113F:Tc74)の整合で苦戦したほど回転が難しい。
全編成から車両振替対象車抽出を行ったばかりだが今度は側面窓セル供出車捜索が待ち受ける。
先ずは車体更新車,車体振替車を含む編成から捻出可能な車両を探る。

JR101系習志野電車区107F [Mc191] 4+6編成 (サハ101-290 車体振替:塗装変更車集約完了)

2017-03-01 21:09:47 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
集結。

2017年2月にKATO製JR101系ラシ107F(Mc202:塗装変更車+旧製品)は再出場したばかりだった。
この時モハ100-256(ラシ107F:旧製品←旧モハ100-224:元ラシ104F)で旧モハ100-256(元ラシ107F:再生産品)を置き換えている。
これによりラシ107F(塗装変更車+旧製品)から再生産品車両が消滅し当面は現状維持が続くと思われた。


JR101系ラシ107F (1988/4)。
[ラシ107F]:Mc202-M'256-T247-T'c34+Tc85-M253-M'247-T290-M262-M'c191。
※塗装変更車+旧製品。
◆サハ101-290:車体振替。

それから1箇月も経過しないうちにラシ107Fは再入場となり短期間での車両異動が行われた。
旧モハ100-256の車体振替と同様保留車10両編成化用種車捻出が入場名目だが多少意味合いは異なる。
保留車は旧ラシ104F(Mc136:塗装変更車+旧製品)構成車と幻に終わったツヌ131F-1(M'c143)用組成準備車が大半を占める。
そのためツヌ118F(Mc155)の新製投入は行わず単独増備にてクモハ101-155(ツヌ118F:再生産品)を待つ方針とした。


国鉄101系旧サハ101-230(元カノ13F)。
※塗装変更車。

そのクモハ101-155(再生産品)だが未だ導入目処が立っておらず在籍編成の見附向上に着手した。
先ず置き換え対象に上がった車両は旧サハ101-230(元カノ13F:Mc59←モハ101-165:元ツヌ131F-1)であった。
モハ101-161(トタムコ3F:Mc78)を種車とするモハ101-165は2016年6月に旧サハ101-230(塗装変更車)へ形式変更となった。
旧カノ13Fに組み込まれていた旧サハ101-230は先達てサハ101-230(旧製品←旧サハ101-264:元ラシ104F)と振替えられている。


カノ13F。
※塗装変更車+旧製品+再生産品。

これによりカノ13F(塗装変更車+旧製品+再生産品)に残る塗装変更車は3両へと削減された。
クモハ101-59,クモハ100-34(カノ13F:塗装変更車)用種車はクモハ101-78(旧ムコ3F:Mc78),クモハ100-39(トタ5F:Tc14)である。
共に内嵌式尾灯車が最大の特徴かつ黄色5号車両では製品化されておらず車体更新には踏み切れない。
またクモハ100-34(10号車)のユニット相手であるモハ101-68(カノ13F:塗装変更車)も9号車に配置されるため現状維持となった。


旧サハ101-290(元ラシ107F)。
※旧製品。

だが旧サハ101-230(元カノ13F)が保留車へと廻ったため塗装変更車が新編成用組成準備車に加わる事態を招いた。
新編成の編成見附を優先するべく旧サハ101-230は入場時に在籍編成への組み込みを予め検討していた。
その結果組成変更対象編成は過去の度重なる車両異動で塗装変更車が5両に達したラシ107Fを選択した。
これまで十代目ツヌ118F(Mc155:再生産品←旧ツヌ118F)構成車を捻出し続けてきたが今回は旧製品車両が離脱となっている。


モハ101-262+クモハ100-191 (旧製品LOT側面窓セル装着車+旧製品LOT側面窓セル装着車)。
※塗装変更車。

旧サハ101-230がサハ101-290(ラシ107F)へと改番され旧サハ101-290(元ラシ107F)を新たな保留車とした。
同時にばらつきのある側面窓Hゴム支持再現を解消するためモハ101-262(ラシ107F:塗装変更車)も入場している。
二度手間こそ生じたもののモハ101-262:旧製品LOT側面窓セル装着車,サハ101-290:再生産品LOT側面窓セル装着車に至った。
これによりクモハ100-191(ラシ107F:塗装変更車)とモハ101-262の側面見附は大凡同等となった。


ラシ107Fサイドビュー(クモハ101-202:旧クモハ101-136改装車)。
※塗装変更車。

但しラシ107Fにはサハ101-290が組み込まれたため塗装変更車は6両にまで増加している。
単に編成見附を悪くしただけとなりラシ101F(弁天橋区仕様+旧製品)とのプロトタイプ競合問題も解決されていない。
影が薄くなる一方のラシ107Fだが確実に黄色5号塗装変更車集約は進み保留車もメーカー塗装車で統一された。
なおカノ13F用塗装変更車に加えツヌ122F(Mc155)にもモハ101-231+クモハ100-170(塗装変更車)が含まれる。
しかしラシ107Fとは形式重複が発生する関係からこれ以上の塗装変更車集約は行えないと思う。

JR101系習志野電車区107F [Mc191] 4+6編成 (モハ100-256 車体振替:再生産品車両廃止)

2017-02-24 21:56:52 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
記録上。

保留車のLOT統一を狙いKATO製JR101系ラシ107F(Mc202:塗装変更車+再生産品+旧製品)が車両捻出編成に挙がった。
2016年6月に旧クハ100-34(元ラシ107F:再生産品→クハ100-64:ツヌ106F)を離脱させて以来の車両異動が行われている。
異動対象車はモハ100-256(再生産品)のみでラシ107F(塗装変更車+旧製品)の編成見附向上には繋がっていない。


JR101系ラシ107F (1988/4)。
[ラシ107F]:Mc202-M'256-T247-T'c34+Tc85-M253-M'247-T290-M262-M'c191。
※塗装変更車+旧製品。
◆モハ100-256:車体振替。

再生産品投入第1編成を飾った十代目ツヌ118F(Mc155)はツヌ118F(Mc155→旧ツヌ118F)として暫定出場させた。
当初からラシ107Fへのプロトタイプ変更計画が存在したが待望の新金型編成であり取扱いに迷った結果だった。
約1箇月の暫定出場期間を経たツヌ118F(再生産品)は正式にラシ107F用組成準備編成へと指定される。
初期計画では十代目ツヌ118F(←旧ツヌ118F)全車をラシ107Fへ改装する軽微な加工で収まるはずだった。


旧ツヌ118F。
※再生産品。

当時在籍していた101系習志野区仕様は旧ラシ101F(Mc201),ラシ104F(Mc136),ラシ106F(Mc191)であった。
陣容は旧ラシ101F:LP402前照灯編成,ラシ104F:LP411前照灯編成,ラシ106F:LP402前照灯車+LP411前照灯車混結編成だった。
このうちラシ106Fだけが初代ツヌ118F(Mc155)を改装した旧製品編成でありラシ107Fには金型対比要素が含まれていた。
ただその後クモハ100-191(ラシ107F)がLP402前照灯車だったと判明し齟齬解消に終われる羽目となっている。


旧ラシ104F。
※再生産品+旧製品。

組成休止となった十代目ツヌ118Fだがラシ104F(塗装変更車+旧製品)の影響を受けラシ107Fも計画変更となった。
特別扱いだったツヌ104Fから塗装変更車を廃止するためクモハ101-155,クモハ100-108(ツヌ118F)の異動が決定する。
これにカノ20F(Mc53:塗装変更車+旧製品→カノ13F:Mc59)の仕様変更まで加わり再生産品編成での出場は放棄された。
竣工第一号車はサハ101-233(ツヌ118F)と振り返られたサハ101-290(旧製品←サハ101-127:元カノ20F)であった。


旧ラシ107F。
※塗装変更車+再生産品+旧製品。

先頭車両には旧クモハ101-136,旧クモハ100-175(元ラシ104F:塗装変更車)が廻りクモハ101-201,旧クモハ100-191へ改番となる。
これ以降十代目ツヌ118F構成車は間引きが始まりクハ101-81(元ツヌ308F:Tc81)をクハ101-85(旧製品)に改番した。
更に旧ツヌ122F(Mc155)からモハ101-132+モハ100-128,サハ101-91(旧製品)がラシ107F用組成準備車に引き当てられる。
各々モハ101-253+モハ100-247,サハ101-247用種車となり再生産品車両は僅か3両にまで削減された。


旧クハ100-34。
※再生産品。

この中にはクハ100-78(ツヌ118F)が含まれたが適当な代替車両が在籍しておらず旧クハ100-34(再生産品)として竣工させた。
同じくモハ101-262,モハ100-256(再生産品)用種車もモハ101-91,モハ100-158(ツヌ118F)を起用している。
ようやく10両全車が出揃った旧ラシ107Fは前照灯の齟齬を抱えたまま2016年5月に初出場となった。
だがその直後モハ101-262がモハ101-91(ツヌ118F:旧製品)へと置き換えられ再生産品車両比率は更に低下した。


ラシ101F。
※弁天橋区仕様+旧製品。

翌2016年6月には旧ラシ101F(弁天橋区仕様+旧製品+塗装変更車)の編成見附向上対策が開始される。
この時旧モハ101-262(旧製品)と旧サハ101-262(ラシ101F:塗装変更車)の間で形式相互振替が行われた。
保留車の10両編成化も並行しており再生産品運転台付中間組込車で残されていた旧クハ100-34が捻出対象となる。
結果クモハ100-133(ツヌ103F-2:Tc66)をクモハ100-191へ改番し旧クモハ100-191がクハ100-34用種車に廻った。


ラシ107Fサイドビュー(クモハ101-202:旧クモハ101-136改装車)。
※塗装変更車。

そして最後まで再生産品車両で生き残っていたモハ100-256も今回車体振替が実施され姿を消した。
モハ100-256用種車は旧モハ100-224(元ラシ104F:旧製品)となりまたもや旧ラシ104F(再生産品+旧製品)が影を落とした。
これでラシ107Fを全車再生産品車両で出場させる予定だった名残はその殆どが失われている。
数少ない十代目ツヌ118Fの系譜は一部車両で使用され続けている床板のみとなった。
ラシ101F(弁天橋区仕様+旧製品)とのプロトタイプ競合問題もありラシ107Fが活躍する場は限られると思う。

国鉄101系中野電車区13F [Mc59] 3+7内嵌式尾灯車編成 (サハ101-230 車体振替:旧サハ101-264[元ラシ104F-2] 改番)

2017-02-19 21:20:08 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
第一弾。

目下KATO製国鉄101系保留車9両の戦列復帰を画策中だがその前に在籍編成との車両振替計画が急浮上した。
現在保留車はクモハ100-108(ツヌ118F:再生産品)を除く大半が旧ラシ104F-2(T264:再生産品+旧製品)構成車である。
これらの保留車を10両編成化するにはクモハ101-155(ツヌ118F:再生産品)が不足しておりLOT調整も課題となっていた。


国鉄101系カノ13F 内嵌式尾灯車編成(1978/3)。
[カノ13F]:Mc59-M'45-T'c74+Tc39+M145-M'140-T230-T'17-M68-M'c34。
※塗装変更車+旧製品+再生産品。
◆サハ101-230 車体振替。

クモハ101-59,クモハ100-34(カノ13F:Mc59)はクモハ101-78(旧ムコ3F:Mc78),クモハ100-39(トタ5F:Tc14)の塗装変更車である。
当初クモハ101-53,クモハ100-44(カノ20F)へ付番し先ずカノ20F(M'120:塗装変更車+旧製品)を暫定出場させた。
その後旧カノ20F(M'158)を経てカノ20F(Mc53)は正式出場したがカノ13F(塗装変更車+旧製品+再生産品)への再編に至った。
これに併せサハ101-105(ラシ104F-1:T105←元ツヌ131F-1:M'c143)をモハ101-68(カノ13F:塗装変更車)へと形式変更している。
何とかクモハ100-34+モハ101-68は塗装変更車ユニットで揃えられた一方モハ100形には黄色5号塗装変更車が存在しない。
よって千葉方ユニットを組むクモハ101-59+モハ100-45(カノ13F)は塗装変更車+メーカー塗装車の一択しかなかった。
結局モハ100-45用種車にはモハ100-186(カノ20F:旧製品←モハ100-208:ツヌ118F)が充当される編成内異動で落ち着いた。


サハ101-230(カノ13F)。
※塗装変更車。

またサハ101-259(カノ20F:旧製品)に代わりモハ101-165(元ツヌ131F-1:塗装変更車)もサハ101-230(カノ13F)へ形式変更した。
しかしこの車両異動は旧製品車両,塗装変更車,再生産品車両が6,7,8号車に配されるちぐはぐな状態を招いてしまった。
カノ13F用車両竣工第一号を飾ったサハ100-17(再生産品:8号車)は元サハ101-233(ツヌ118F:Mc155←旧ツヌ118F)が種車である。
工程はサハ100形黄色5号車両の初登場が最優先項目に挙げられておりLOT配分は全く考慮されていなかった。
一方モハ100-140(カノ13F:6号車)はモハ100-139(カノ20F:旧製品←モハ100-158:ツヌ118F)を改番したのみに留められた。
2016年6月から続く編成見附への配慮に欠ける現状を打破するためサハ101-230(7号車)は保留車との差し替えが決定している。


旧サハ101-264(元ラシ104F-2:再生産品LOT側面窓セル装着車)。
※旧製品。

現時点で保留車に廻っているサハ101形200番代は旧サハ101-245,旧サハ101-264(元ラシ104F-2:旧製品)が該当した。
両車とも車体状態は殆ど変わらずどちらをサハ101-230(カノ13F)用種車に引き当てても差し支えなかった。
他方保留車の10両編成化は車両番号まで絞り込みを終えておりプロトタイプ時期選択が残るだけである。
そのため新編成組成入場時の節約式改番に有利な旧サハ101-245は温存され旧サハ101-264が車体振替対象車となった。
サハ101-230(塗装変更車)は一旦保留車となるがラシ107F(Mc202:塗装変更車+再生産品+旧製品)への異動を検討している。


入工中の旧サハ101-264,サハ101-230 (元ラシ104F-2,カノ13F)。
※旧製品,塗装変更車。

サハ101-264(ラシ104F-2:再生産品)との相互交換を境に旧サハ101-264は再生産品LOT側面窓セル装着車へと変更された。
しかしカノ13Fは全車旧製品LOT側面窓セル装着車で統一されており今入場にて再度入れ替えが必要となっている。
単純にサハ101-230用窓セルを旧サハ101-264へ移設するはずだったが101系800番代LOT妻面窓セルが計算違いの基だった。
一時作業簡略化を狙い側面窓セル交換に限定した車両が多数存在しておりサハ101-230はその対象車であった。
まさかの101系800番代LOT妻面窓セル装着車が現れたため旧サハ101-264の作業は側面窓セル交換だけで打ち切られた。


部品を入替えた旧サハ101-264,サハ101-230。

側面窓セルの相互交換後サハ101-230,旧サハ101-264を組み立てサハ101-230(カノ13F)への改番に取り掛かった。
同じサハ101形200番代であり車両番号標記は[サハ101-264]まで継続使用できるため当然の如く節約式改番を採用した。
さっそく[サハ101-264]を剥離したところ[サハ101-264]標記跡からは若干黒ずんだ塗装被膜が顔を覗かせている。
ペイントリムーバー式印刷消去が採用された旧サハ101-264では溶解した[サハ101-233]標記を塗り広げてしまったらしい。
消去痕は[サハ101-264]標記インレタが覆っていたが[サハ101-230]でも[サハ101-264]標記跡を誤魔化せるか微妙に思えた。


[サハ101-264]:2-4位側。

LOT毎にばらつきがあるグリーンマックス製車両番号標記インレタだが[サハ101-264]標記はフォントが細かった。
残念ながら新インレタには[サハ101-264]と合致する個体が無く高経年台紙を用いる方法しか採れなかった。
[サハ101-230]は細フォント台紙を探り1-3位側:[サハ101-2]+[30],2-4位側:[サハ101-2]+[3]+[0]での組み合わせに至っている。
1-3位側,2-4位側とも消去が甘かった[サハ101-233]標記跡を転写目安に設け[サハ101-230]へと改めた。


[サハ101-2[3][0]]:2-4位側。

当初2-4位側の[サハ101-230]には埃が混入してしまったが何度もゴム系接着剤除去用爪楊枝を押し当て除去した。
継ぎ接ぎ転写だった割に[サハ101-230]標記は取り敢えず見られる配置まで持ち込めたと思える。
車両番号標記インレタ転写も悪くなかった一方乱れた[サハ101-233]標記跡を隠蔽するには無理があった。
更に[サハ101-230]が車体裾方向へずれてしまったため見附は旧サハ101-264時代よりも大きく後退している。




サハ101-230(カノ13F:旧サハ101-264 改番,旧製品LOT側面窓セル交換施工)。
※旧製品:車体振替。

旧製品LOT側面窓セル装着車への復帰を果たした旧サハ101-264はサハ101-230(カノ13F:旧製品)に改番され竣工した。
サハ101-230が塗装変更車から旧製品車両へと置き換えられカノ13Fの6,7,8号車はメーカー塗装車での統一を果たしている。
皮肉にもサハ101-230は屋根板を除きサハ101-264(旧ラシ104F-2:旧製品→旧サハ101-264)時代の仕様へ戻す工程となった。
車体更新が最優先項目だったラシ104F(Mc136:再生産品)の後を受けた入場であり二度手間は致し方ないと思う。




サハ101-230+サハ101-17 (カノ13F:旧製品+再生産品)。

車体振替により旧サハ101-230が抱えていたモハ100-140,サハ100-17に対する格落ち感は払拭され編成見附も向上した。
サハ100-17は元モハ100-208(旧ツヌ122F:M215→モハ100-204:ツヌ106F)用旧製品LOT側面窓セルへの交換を終えていた。
よって旧製品LOT側面窓セル装着車で揃ったモハ100-140+サハ101-230+サハ100-17のLOT差異は余り感じられないと思う。
なお編成から離脱した旧サハ101-230(元カノ13F:塗装変更車)は101系800番代LOT妻面窓セルを残したまま保留車へ廻っている。


モハ100-140+サハ101-230 (カノ13F:旧製品+旧製品)。

カノ13F(塗装変更車+旧製品+再生産品)の構成は塗装変更車:3両,旧製品車両:6両,再生産品車両:1両へと改められた。
中野方はサハ100-17(8号車)+モハ101-68(9号車)がメーカー塗装車と塗装変更車との明確な境界点に変わっている。
編成全体での塗装変更車はクモハ101-59,クモハ100-34+モハ101-68と千葉方,中野方に分かれる結果となった。
モハ101-45以下8両(カノ13F)がメーカー塗装車で纏まり塗装変更車1両を挟んでいた入場前に比べ体裁は良くなったと思う。

JR101系習志野電車区101F [Mc201] 4+6編成 (サハ101-262 車体振替:再生産品車両廃止) ※弁天橋区仕様+旧製品

2017-02-15 21:08:21 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
一段落。

旧製品車両が残存していたKATO製JR101系ラシ104F-1(T105:再生産品+旧製品)はラシ104F-1(再生産品)に格上げされた。
サハ101-105(ラシ104F-1:旧製品)用更新種車はサハ101-262(ラシ101F:Mc201)としサハ101-105(再生産品)へ改番している。
当初サハ101-262(ラシ101F:旧製品←旧サハ101-105:元ラシ104F-1)も同時竣工させる予定だったが途中で先送りとなった。


JR101系ラシ101F (1988/2)。
[ラシ101F]:Mc201-M'255-T264-T'c59+Tc82-M238-M'231-T262-M263-M'c192。
※弁天橋区仕様+旧製品。
◆サハ101-262 車体振替,再生産品車両廃止。

そのためサハ101-262(再生産品)を欠いたラシ101F(弁天橋区仕様+旧製品+再生産品)は10両編成が組めなくなってしまった。
但しサハ101-105(旧ラシ104F-1)とサハ101-262(→サハ101-105)は屋根板,側面窓セル交換まで並行して作業を進めていた。
従ってサハ101-262用種車となる旧サハ101-105(←旧サハ101-105:元ラシ104F-1)も既に組み立てを終えている。
しかも[サハ101-105]標記を継続使用する節約式改番でありラシ101F(弁天橋区仕様+旧製品)の再出場は遠くないと思われた。


入工中のサハ101-105,サハ101-262 (元ラシ104F-1,元ラシ101F)。
※再生産品,旧製品。

さっそく旧サハ101-105(元ラシ104F-1)の改番へと取り掛かったが[サハ101-262]と4組の[2]標記インレタを要する。
寄りによって[2]標記インレタはモハ101-230+モハ100-224(ラシ104F:再生産品)にて大量消費した直後だった。
転写失敗が相次いだ結果モハ100-224(←モハ100-158:ツヌ118F)では73系用高経年台紙に手を伸ばしている。
ラシ104F(Mc136)とは異なり編成単位の改番ではないためサハ101-262も73系用古インレタで賄う方針とした。
新たに転写する[サハ101-262]は[サハ101-]+[2]+[62]の組み合わせとし[2]標記インレタ不足を組標記で補っている。


[サハ101-[2][62]]:2-4位側。

なお元モハ101-146(元カノ20F:Mc53)の形式変更車である旧サハ101-105も節約式改番が採用され[モハ101-146]を存置した。
よって今入場は再改番となるが[サハ101-105]を活かしたためモハ101-146時代に転写した車両番号標記インレタが生き残った。
若干[サハ101-105]にはずれが見られたものの[サハ]標記インレタ温存と作業簡略化に重点を置き剥離は見送っている。
だがLOTの異なる73系用古インレタを使用したせいか[サハ101-262]は[サハ101-262]よりもフォントが細くなってしまった。
止むを得ず[サハ101-262]の転写後に[サハ101-262]だけをバーニッシャーで押し潰し[サハ101-262]に近付けた。




サハ101-262(ラシ101F:サハ101-105 サハ101形200番代編入,101系2ndLOT側面窓セル,旧製品LOT屋根板・床板交換施工)。
※旧製品:車体振替。

ところが初回転写がしっかり行えていなかったらしく[サハ101-262]はフォント太さに加え標記位置まで変わってしまった。
その結果1-3位側,2-4位側とも[サハ101-262]標記は[サハ101-262]が一直線上に並ばない見窄らしい配置となっている。
まさか押圧式転写が裏目に出るとは思わず愕然としたがサハ101-262でこれ以上[2]標記インレタを費やす選択は厳しかった。
古インレタ,新インレタとも保留車10両編成化用に温存する必要があり現状のまま改番作業を打ち切った。




モハ100-231+サハ101-262 (ラシ101F:旧製品LOT側面窓セル装着車+101系2ndLOT側面窓セル装着車]。
※旧製品。

今ひとつ冴えない車両番号標記を抱えながらもどうにかサハ101-262(ラシ101F:旧製品)の竣工まで漕ぎ着けた。
黄色5号車両では珍しい101系0番代2ndLOT側面窓セル装着車だがモハ100-231(ラシ101F:旧製品)との差は感じられなく映る。
むしろ旧製品車両への振替効果が大きくラシ101F(弁天橋区仕様+旧製品)はラシ106F(Mc191:旧製品)に近い編成見附となった。
なお崩れた[サハ101-262]標記は今後の宿題とするが保留車10両編成化で失敗を重ねなければ修正出来ると思う。


ラシ101Fサイドビュー(クモハ101-201:弁天橋区仕様側面窓セル装着車)。
※弁天橋区仕様。


ラシ104Fサイドビュー(クモハ101-136:旧製品LOT側面窓セル装着車)。
※再生産品。


ラシ106Fサイドビュー(クモハ101-191:旧製品LOT側面窓セル装着車)。
※旧製品。

弁天橋区仕様(Mc170),旧製品車両,塗装変更車を寄せ集めて組成したラシ101Fは2016年6月に塗装変更車廃止が実施された。
この際モハ101-262(ラシ107F:再生産品)との車両振替にてサハ101-262(塗装変更車)を旧サハ101-262へ置き換えている。
旧ラシ101Fでは旧サハ101-262だけが再生産品車両となっていたが今回旧サハ101-105用更新種車に引き当てられた。
そして押し出された旧サハ101-105がサハ101-262に改番されラシ101F,ラシ104F-1の編成見附統一へと結び付いた。
1両のみLOTが揃っていなった旧ラシ101F,旧ラシ104F-1とも課題は無事解決し今後の車両異動対象には挙がらないと思われる。