試運転 ~TRIAL RUN~

初心者の拘りと見切りが激しい自己責任による鉄道模型軽加工記録

サハ101-98[ツヌ116F-2] (旧サハ101-88[元ツヌ113F] 改番:波動用車両,ツヌ116F-2[T98] 組成変更) ※旧製品

2018-04-04 21:21:21 | 国鉄/JR101系
波及。

KATO製国鉄101系サハ101-104(元ツヌ116F-2:T104)はサハ101-88(ツヌ113F:Tc74)用車体更新種車となった。
代わりに旧サハ101-88(元ツヌ113F:旧製品)へ波動用車両の役目を引き継がせる。
但しサハ101-104(ツヌ116F-2)への改番は取り止め新たな車両番号を設定する。


国鉄101系ツヌ116F (1979/X)。
[ツヌ116F-2]:Mc154-M'168-T'c60+Tc49-M217-M'210-T104-T250-M213-M'c162。
※旧製品:イメージ編成(1979/4)。

サハ101-104(再生産品)はツヌ116F(T'c91:3+4-3編成)を3+7編成に組み替え離合自由度を高める名目で竣工させた。
ツヌ116F(Mc154→ツヌ116F-1)は1両だけ組成されるクハ100-91(第二次冷房改造車)が際立つ編成だった。
しかも付随車代用運転台付車両で7号車に配される特徴を有していた。
その後KATO製101系津田沼区仕様が増備されるに連れクハ100-91がツヌ116Fの稼働率低下に繋がる。
短期間の在籍だった第二次冷房改造車に加え1両単独の組成が離合に相応しい編成を減らしてしまった。
少々個性が強過ぎ裏目に出たと言える。


クハ100-91(ツヌ116F-1:第二次冷房改造車)。
※旧製品。

そこでツヌ116Fの出場名目となったクハ100-91を随時脱車する方向へ梶を切った。
クハ100-91と入れ替えるサハ101-104(←元サハ100-99:元ツヌ113F)を竣工させ標準的な3+7編成を組成可能にしている。
基本編成はツヌ116F-1から変更しない上にツヌ116F-2はイメージ編成に留まった。
どうやら車両番号の選定は1980年代まで津田沼区に在籍したサハ101形を基準にした模様である。
更に二桁車両番号を避け三桁車両番号への縛りまで設けている。
1979年3月当時サハ101-104はツヌ105F(Mc173)の構成車両だった。
同じくイメージ編成であるモハ101-231+クモハ100-170(ツヌ122F:Mc155)の影響を受けたかサハ101-104に落ち着いたらしい。
◆ツヌ105F:Mc173-M'218-T'c35+Tc80-M199-M'193-T'244-T104-M231-M'c170(1979/3)。


サハ101-104(旧ツヌ116F-2)。
※再生産品。

ツヌ116F-1は全車旧製品車両で構成されるある意味貴重な編成である。
現時点では旧製品保持編成とする予定でクモハ101-154,クモハ100-162を車体更新対象から外した。
消滅したサハ101-104の代替車は偶然にも旧サハ101-88となった。
サハ101-104はAssy組立車(ツヌ118F)で結果的に再生産品車両と同等となった。
既に旧サハ101-88はサハ101-104との部品交換で全てが旧製品仕様に戻されている。
サハ101-88への車体更新はツヌ116F-2でのLOT統一まで通じる展開となった。


入工中の旧サハ101-88(元ツヌ113F)。
※旧製品。

旧サハ101-88はサハ101-88(ツヌ113F)と同時に組立済だった。
よって工程は改番だけとなる。
しかし新車両番号が定められずなかなか作業に入れなかった。
編成表や車歴表を確認しようやくサハ101-98に決まった。
1962年4月に落成したサハ101-98は池袋区に新製配置された。
しかし山手線からの101系撤退により約3年後の1965年5月には津田沼区へ転属となる。
その後は1981年12月の廃車まで津田沼区を離れずに活躍した。
1979年3月現在の編成表ではツヌ121F(Mc179)に組み込まれている。
奇遇にもKATO製国鉄101系ツヌ118F(Mc155)を構成するモハ101-91+クモハ100-108が含まれた。
ツヌ118Fは1978年3月がプロトタイプでこちらも僅か1年間で大幅な異動が行われたらしい。
◆ツヌ121F:Mc179-M'228-T281-T98-M187-M'180-T'c60+Tc56-M91-M'c108(1979/3)。


[サハ101-88]。

車両番号選定には節約式改番も絡んでいる。
前途の通り旧ツヌ116F-2はイメージ編成だったため車両番号に拘る必要性が無かった。
[サハ101-88]若しくは[サハ101-88]の流用を考え編成表と車歴表を照らし合わせた。
既存車との兼ね合いもありサハ101-98への改番が決定した。
早速作業を開始し[サハ101-88]を除去する。
旧サハ101-88はツヌ113Fの出場直前に[サハ101-88]の間が気になり再転写を行っていた。
修正前より見栄えは良くなったものの標記間隔は広目だった。
そのため[サハ101-88]への変更は無難に終えられている。


[サハ101-[9]8]:2-4位側。

[サハ101-88]の間へ転写するインレタは当然の如く使い古し品で組標記の余りを活用した。
従前の標記配置が悪く[サハ101-98]は転写位置を調整している。
だが[サハ101-98]は[サハ100-99]時代から引き継いでおり改番後も微妙な配列となった。
波動用車両に加えグリーンマックス製インレタの[サハ]標記が少ないため継続使用に至った。
サハ101-104竣工後の稼働率を考えるとこの程度の標記でも十分だと思われる。




サハ101-98(ツヌ116F-2:旧サハ101-88 改番)。
※旧製品。

ツヌ113F,ツヌ115F(Mc144)での新旧LOT混結ユニット廃止に端を発した車両異動はサハ101-98(ツヌ116F-2)の竣工に繋がった。
ツヌ116F-2のLOT統一はツヌ113Fで新旧LOT配分見直しを行っていなければ実現しなかった。
ここはツヌ113Fが再生産品LOT部品を基準にした効果とも言える。
その結果3+7編成のツヌ116F-2はツヌ118F(旧製品)を改番,組成変更した編成見附へと変わっている。




サハ101-98+サハ101-250 (ツヌ116F-2:旧製品+旧製品)。

サハ101-98はツヌ116F(Mc154)を形成するがツヌ103F(Tc48:3-4+3編成)にも充当可能である。
ツヌ103Fのクハ101-48,クハ100-47(←クハ101-74,クハ100-43:元ツヌ124F:Tc74)は弁天橋区仕様(Mc170)での車体更新を行った。
旧製品車両との外観差が少なく新旧LOT配分は2:8でサハ101-98の組み込み(ツヌ103F/a)も支障は無い。
旧サハ101-88の旧製品仕様復帰はツヌ103F/aの外観統一にも貢献している。


国鉄101系ツヌ116F (1979/X)。
[ツヌ116F-2]:Mc154-M'168-T'c60+Tc49-M217-M'210-T98-T250-M213-M'c162。
※旧製品:イメージ編成(1979/4)。

サハ101-98(ツヌ116F-2)の竣工でツヌ116F-2(T98)が出場した。
波動用車両であり大きな影響は無かった。
但し変則組成編成の自由度向上には欠かせない。
実質旧製品車両であり今後のKATO製101系増備には左右されない。
ツヌ116F-2にはサハ101-250が組込済でサハ101形200番代への番代区分変更も不要である。
よってサハ101-98からの再改番は限り無く0に近いと思う。
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