○内田樹、岡田斗司夫FREEex『評価と贈与の経済学』(徳間ポケット) 徳間書房 2013.2
岡田斗司夫(FREEex代表)と内田樹のおじさん対談と書こうとして、著者紹介を見たら、内田樹氏のほうが八歳年長だった。年下から見た八歳差はかなり大きい。岡田斗司夫氏は「まえがき」で、この本は内田樹ファンの岡田斗司夫が」「大はしゃぎでいろんなことを聞く」という内容だと述べている。確かにそんな趣きはある。
逆に年上から見た八歳差は意外と小さいので(→個人的な実感)、内田樹氏の「あとがき」は、この対談が「ポスト・グローバル社会における『新しい共同体』のありかたと、そこにおける財貨・サービス・知識・情報の『新しい交易』のかたちをめぐって展開している」ことを淡々と述べる。この温度差が、ちょっと微笑ましい。
二人の共通点は、社会を評論するだけでなく、「新しい共同体」の実験的な実践にかかわっていることにある。内田氏は「凱風館」という学塾をつくり、岡田斗司夫氏は「FREEex」という会社(ただし、仕事をしたい人が自らお金を払って、仕事をする権利を買う会社)を運営している。それらは「拡大家族」であり、不安定な21世紀を生き延びていくために必要な「共同体」の実験だと説明されている。
結局、一番頼りになるのは「人柄の良さ」だとか、仲間がいなくても一人で快適に生きていけた時代は終わったとか、かいつまんで言えば「情けは人の為ならず」という古いことわざに帰着するような話だ。「家族」に擬せられるほど濃い人間関係は、私は、今のところ御免蒙りたい。でも「故郷に錦を飾る」的な、自力である程度成功した人たちが、獲得した社会資源を退蔵せず、次の世代のために「ルート」をつくってあげるくらいのことは、できる範囲でしていきたいと思う。「甲斐性がある人がたくさんの人を食わせるべきなんです」って、今では見向きもされなくなった道徳だけど、ほんとにそう思う。
効率とか競争とか、聞こえばかりはカッコ良いグローバル人材なんていう方向に行ったら、日本の若者の閉塞感はどんどん進むばかりだ。どうか本書を読んで、人類の古い智慧を見直す人が増えますように。
岡田斗司夫(FREEex代表)と内田樹のおじさん対談と書こうとして、著者紹介を見たら、内田樹氏のほうが八歳年長だった。年下から見た八歳差はかなり大きい。岡田斗司夫氏は「まえがき」で、この本は内田樹ファンの岡田斗司夫が」「大はしゃぎでいろんなことを聞く」という内容だと述べている。確かにそんな趣きはある。
逆に年上から見た八歳差は意外と小さいので(→個人的な実感)、内田樹氏の「あとがき」は、この対談が「ポスト・グローバル社会における『新しい共同体』のありかたと、そこにおける財貨・サービス・知識・情報の『新しい交易』のかたちをめぐって展開している」ことを淡々と述べる。この温度差が、ちょっと微笑ましい。
二人の共通点は、社会を評論するだけでなく、「新しい共同体」の実験的な実践にかかわっていることにある。内田氏は「凱風館」という学塾をつくり、岡田斗司夫氏は「FREEex」という会社(ただし、仕事をしたい人が自らお金を払って、仕事をする権利を買う会社)を運営している。それらは「拡大家族」であり、不安定な21世紀を生き延びていくために必要な「共同体」の実験だと説明されている。
結局、一番頼りになるのは「人柄の良さ」だとか、仲間がいなくても一人で快適に生きていけた時代は終わったとか、かいつまんで言えば「情けは人の為ならず」という古いことわざに帰着するような話だ。「家族」に擬せられるほど濃い人間関係は、私は、今のところ御免蒙りたい。でも「故郷に錦を飾る」的な、自力である程度成功した人たちが、獲得した社会資源を退蔵せず、次の世代のために「ルート」をつくってあげるくらいのことは、できる範囲でしていきたいと思う。「甲斐性がある人がたくさんの人を食わせるべきなんです」って、今では見向きもされなくなった道徳だけど、ほんとにそう思う。
効率とか競争とか、聞こえばかりはカッコ良いグローバル人材なんていう方向に行ったら、日本の若者の閉塞感はどんどん進むばかりだ。どうか本書を読んで、人類の古い智慧を見直す人が増えますように。