見もの・読みもの日記

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湧き出る妄想/夏目漱石の美術世界展(芸大美術館)

2013-06-12 22:45:53 | 行ったもの(美術館・見仏)
東京藝術大学大学美術館 『夏目漱石の美術世界展』(2013年5月14日~7月7日)

 ずいぶん前に友人から「面白い展覧会ですよ」と勧められていたのだが、いまいち見どころがよく分からなくて、ほったらかしていた。

 先週、書店で「夏目漱石の眼」を特集した『芸術新潮』2013年6月号を見つけ、漱石が小説の中に、実に多様な古今東西の絵画作品を取り入れていることを知った。そうか、『草枕』の主人公は画工だったっけ。読んだのは高校生の頃で、文中に若冲や蘆雪の名前が出てくることなど、全然記憶になかった。

 大正元年(1912)には第六回文展の参観記も書いている。漱石の美術批評は、実に率直で、時に辛辣であり、分からないものは素直に分からないと述べてしまう。尾竹竹坡の『天孫降臨』に対し「天孫丈あって大変幅を取っていた。出来得べくんば、浅草の花屋敷か谷中の団子坂へ降臨させたいと思った」という真面目くさった皮肉には、笑いをこらえるのに苦労した。

 古田亮氏のコラム「イメージの連鎖-漱石から宮崎駿へ」も秀逸。漱石の『夢十夜』にブリトン・レヴィエアーの絵画『ガダラの豚の奇跡』(実際に会場で見た)を重ねてみると、イメージの連鎖が、さらに『風の谷のナウシカ』の王蟲の突進につながるというのも分かる気がする。この絵画『ガダラの豚の奇跡』の発見は、尹相仁の著書『世紀末と漱石』(1994年)に拠るというから、比較的新しい。面白いので『芸術新潮』は買っておくことにし、展覧会にも行ってみることにした。

 世紀末イギリス絵画あり、(漱石が子供の頃から親しんだ)江戸絵画あり、また同時代の日本画・西洋画(油彩画)など、ごたまぜな明治の美術空間が彷彿として、楽しかった。『坊っちゃん』の「ターナーの松」に、にやにやし、三四郎と美禰子が頭を寄せ合って「人魚(マーメイド)」「人魚(マーメイド)」とささやき合う、ウォーターハウスの『人魚』も来ていた。

 それにしても、本展の見ものは、漱石の小説世界にしかなかった架空の作品を現前させてしまったことだろう。『虞美人草』で、藤尾の遺骸の枕元に「逆屏風」としてめぐらされた「花は虞美人草」「落款は抱一」の銀屏風(さすがに落款は模倣していなかったが)。作者の荒井経氏は、あえて「未成熟な女性」という藤尾のイメージを投影して、はかなく寂しげな屏風に仕立てている。

 そして『三四郎』の印象的なラストシーンに登場する『森の女』。モデルは里見美禰子。作者の佐藤央育氏は、明治期のカンヴァスに近い麻布を使い、黒田清輝の『湖畔』ふうの明るい外光の下に美禰子を立たせている。私はもう少し暗い画面をイメージしていたなあ。自然と「迷羊(ストレイシープ)」のつぶやきが漏れるようでないと。あと全身像をイメージしていたので、ちょっと違うと思った。でも、この企画の面白さは大いに買う。さすが芸大である。

↓表紙は、どこかで見た猫だと思ったら、矢吹申彦氏。
コメント
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