見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

ジェネラリストのお手本/カラスの教科書(松原始)

2013-06-10 23:53:02 | 読んだもの(書籍)
○松原始『カラスの教科書』 雷鳥社 2013.1

 東京から札幌に引っ越してきて、約2ヶ月。街の風景の微妙な差異を面白く感じている。そのひとつがカラスの存在だ。東京にもカラスはたくさんいて、早朝からゴミを食い散らかす彼らの傍若無人ぶりにうんざりしていた。ところが、札幌のカラスはなんだか可愛い。人間のゴミ出しルールがきちんとしていて、カラスに反社会的行動を許す余地がないせいか、北大構内や大通り公園の雪山を背景に、あるいは涼しい緑陰で、つつましく餌を探しているカラスを見て、あ、彼らも野生の「鳥」だったんだ、と気がついた。

 そんなとき、たまたま書店で見つけた本書。洋書のペーパーバックふうの、軽いが、ぶ厚い装丁である。400ページ近いが、ほとんどのページに、植木ななせさんのコミカルなカラスのイラスト(もちろん白黒です )が入っていて楽しい。ところどころに、著者・松原始先生によるスケッチも混じる。画材は鉛筆かな。丁寧な筆致に深い愛情が感じられる。だって、どの子も美形だもの。

 全編を通じて飄々とした文体が楽しいのだが、立ち読みのときは「カラスのQ&A」でハマった。「Q:あんな黒づくめで暑くないんですか?/A:暑いです。」「Q:カラスが騒ぐんですが、地震でしょうか?/A:毎日騒いでるのでご心配なく。」など(もう少し詳細な解説あり)声を出して笑いそうになってしまった。

 「序」に言う、カラスにとって食べることがいかに大切か、という話が、まず目からウロコだった。人間を含め、内温性の動物(いわゆる恒温動物)は、思い立ったら即フルパワーで行動するため、基礎代謝が高く、燃費が悪いので、食い続けなければならない。哺乳類よりさらに代謝の活発な鳥類は、「明日どころか、次の1時間のために今食べていると言ってもいいくらい」である。一方、外温性であるヘビは実に小食で「1年にリスを2匹、おやつにネズミが2、3匹あれば足りるかなあ」という種類もあるそうだ。しかも、食べたら食べたで、日光浴で体温を上げないと消化もままならないとか。動物の世界って、面白いなあ。

 ちなみにカラスは極端な雑食性で、油っこいものが好き。好きな餌の、かなり上位にくると思われるのがマヨネーズだろうと著者は推測している。和蝋燭や石鹸を餌と認識して持ち去った例も紹介されている。京大の物理学教室の屋上から観察していたときは、カラスが小料理屋のゴミ箱から肉じゃがと生湯葉(!)を漁る姿を目撃している。

 著者のカラス研究の大部分は、ひたすら双眼鏡でカラスを追撃すること。著者の目に映るカラスの姿は、やんちゃで、ガキっぽくて、利口そうに見えて、そこそこ間抜けである。私はかなり萌える。このへんは、人間にとって「賢く見える」事が「賢い」の定義であるという、哲学的な一段を読むと興味深い。そもそも動物の「賢さ」を、人間の基準で測ることには無理があるのだ。

 「カラス」と書いてきたが、日本でふつうに見られるのは、ハシブトガラスとハシボソガラス。都市部に多い、カアカア鳴くのはハシブトガラスである。東京ではハシブトガラスが圧倒的に優勢だが、他の都市では、両種が入り混じって暮らしているそうだ。ふうん、今度、札幌のカラスをよく観察してみよう。それにしても、著者のカラスを追ってどこまでもの研究生活、および鳥類学者の生態(鳥学会では学会会場でスライドの文字が見えないと双眼鏡を取り出す)にも爆笑した。

 さて「結」によれば、著者の勤務先は、東京大学の総合研究博物館である。学問的には広く浅い守備範囲と、子供の頃からの器用さが幸いし、学芸員資格があるわけでもないのに、工具箱を持って走り回り、展示ケースを磨いたり、脚立の上で照明を調整したりしている。著者はそんな自分を、「スペシャリストではないが、一応あれこれできる」という「実になんともカラス的なポジション」によって餌にありついている、と言い表している。

 そういう点では、私もかなり「カラス」の仲間だと思う。スペシャリストに憧れつつ、何の専門技能も身に着けられないまま、社会人生活も終盤に来てしまった。そのことに、内心忸怩たる思いを抱くこともあるのだが、「何でも一応できる」「60点主義でいいから八方美人にしておく」という戦略も、また一つの生活型である。この部分を読んで、ますますカラスに親近感が湧いてきた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする