見もの・読みもの日記

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記憶の夕暮れ/ちいさな城下町(安西水丸)

2014-08-05 21:43:04 | 読んだもの(書籍)
○安西水丸『ちいさな城下町』 文藝春秋 2014.6

 安西さんは、2014年3月19日に亡くなられた。訃報に接したとき、71歳という年齢に少し驚いた。考えてみれば、私が学生だった80年代から活躍されていた方だから、そのくらいのお年になっていて何もおかしくない。しかし、いつも若々しくみずみずしい作品の印象があって、ご本人の年齢を考えたことがなかった。それと、最近の仕事として、城下町を訪ね歩くエッセイを雑誌に連載していた、みたいな紹介が気になった。おしゃれで軽やかで、都市型モダンの行き着く先みたいな安西さんの画風と「城下町」という古風なキーワードが、うまく結びつかなかったのだ。

 なので、本書を見つけたときは、すぐ買ってしまった。本書には安西さんおすすめの20の城下町が紹介されている。このチョイスが渋い。冒頭に「ぼくの好みは十万石以下あたりにある。そのくらいの城下町が、一番それらしい雰囲気を今も残している」という。私が行ったことがあるのは、村上市(新潟。ただしずいぶん前)、岸和田市(大阪)、中津市(大分)、新宮市(和歌山)、西尾市(愛知)、木更津市(千葉)くらいか。しかし、岸和田市や木更津市は「城下町」と思って訪ねたわけではない。だいたい、城下町を訪ねて(しかも十万石以下で)ここは「○万石」という認識をはっきり持っているというのが、私から見ると、かなりアヤシイ。いや、尊敬する。

 本書が1つの城下町に費やしているのは、安西さんの挿し絵を入れて、だいたい11~12ページ。特徴的なことは、多くの章で、安西さんとその城下町を結びつけた人物の遠い記憶が語られていること。たとえば、高校生の頃に通ったボクシングジムの先輩と、のちに福岡で再会して、一緒に仕事をすることになる。その先輩に「お前の好きそうな町があるから」と連れていかれたのが秋月(朝倉市)だったり。中学の友人「かっちゃん」とつまらないことで大喧嘩し、再び以前の仲に戻ったあと、別れ際にかっちゃんが「ろうばいを見に行こう」と言い出す。そのろうばい(蝋梅)で有名な安中に行ってみる話。ニューヨークのリバーサイドパークで、いつも将棋の相手をしてくれた若い中国人女性のレイを思い出しながら、将棋の駒の産地・天童に行く話など。ネタバレはこれくらいにしておくけれど、どれも短編小説みたいに鮮やかな書き出しだ。

 あとに述べるように、本書は土地の歴史も非常に懇切丁寧に扱っているけれど、それと交錯する著者の個人史が、なんとも味わい深い。長生きしただけで書ける文章ではないけれど、少なくとも、ゆっくり長く生きて、さまざまな出会いの記憶を大切にし、人生の夕暮れを迎えなければ書けない文章だな、と感じた。

 目的地に着くと、観光案内所で地図を手に入れ、タクシーで名所をまわる。風景が気に入れば公園のベンチでぼんやり過ごし、温泉に泊まっていくこともある。こういう「ゆるい」日程の旅、理想だなあ。実際は編集者が同行しているのかもしれないが、文中にその気配はなくて、老年のひとり旅っぽい。

 さて、本書のもうひとつの読みどころは、城下町の歴史的背景の記述が、かなり詳しいことだ。これも冒頭の一編(村上市)で、城下町ファンは、その町の歴史に興味をもつ人と、そんなことはどうでもよく、何か美味しいものや、武家屋敷の風情があればそれでいいという人に分かれるが、「ぼくは歴史派の方なので、ちょっと村上市の歴史に触れてみたいと思う」と軽く宣言している。

 そうか、安西さんは歴史派なのか、と思って読み進むと「ちょっと」どころではない。平安の頃、中御門家の荘園があったことの関係から「本荘」という地名が起こり、「本庄」氏に改名し、本庄房長が村上山に築城したのが始まりで、越後において春日山城下につぐ軍事都市として発展する。云々。執筆のために慌てて調べたというふうではなく、全て頭に入っている書きぶりなので、非常に分かりやすい。自分はここを誤解していた(村上の初代藩主は信濃の勇将・村上義清だと思っていた)ということも包み隠さず書いている。

 好きな歴史上の人物にゆかりの地では、かなり饒舌になる。しかし「脇役好み」、しかも二番目、三番目でなく四番目あたりが気になるという好みなので、私などは、知らない人物ばかり。丹羽長秀とか脇坂安治とか朽木元綱とか。まあ調べてみると戦国時代好きには常識的な名前かもしれないが、私はこの時代、弱いのである。幕末では、水野忠央、林忠崇とか。本書が、関心を持った読者のために、関連書や小説を挙げてくれているのはとてもありがたい。

 歴史上の人物を評して上手いなあと思ったのは、なんといっても真田氏について「コンプレックスと誇りのカオスから生まれた欲望やしぶとさこそ真田家の本来の血のようにおもえてならない」という箇所。安西さん、テレビ好きらしく、中津市の章では、2014年の大河ドラマの主人公は黒田官兵衛と聞いて、少し驚いている。ドラマをご覧になる機会はあっただろうか。そして、2016年に予定されている真田一族のドラマも見せてあげたかったな、と思った。

 あ、岩瀬文庫のある西尾市(愛知)に、源氏の宝剣「髭切」が収められたことに由来する 御剣八幡宮というのがあることを初めて知った。機会があったら訪ねてみたい。
コメント
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