○MIHOミュージアム 夏季特別展『ファインバーグ・コレクション展-江戸絵画の奇跡-』(2013年7月20日~8月18日)
同展が春に東京で開催されていたときは、暇がなくて見損ねた。関西で、わざわざ見に行こうとは思っていなかったのだが、この日(7月20日、13:30~15:30)小林忠先生の講演会『アメリカ人の好きな日本美術』があると知って、欲が湧いてきた。しかし、佛大・広沢校前を11:02のバスで離れたときは、もう間に合わないに違いないと諦めたのに、乗り継ぎがうまく行って、何と石山駅発12:10のバスに間に合ってしまった。
講演はたいへん面白くて、昼食抜きで駆けつけた甲斐があった。前半は、講師と親交のある4人のアメリカ人(あるいは4組のアメリカ人夫婦)の日本美術コレクターについて、その人となりとコレクションの特色を紹介する。
最年長は、若冲コレクターとして知られるジョー・プライス&エツコ夫妻。日本にあまり好意を持っていなかった少年時代のプライスさんに、日本美術の魅力(自然との深いかかわり、写実的な生き物)を説いたのは、建築家のフランク・ロイド・ライト氏なのだという。へえ~知らなかった。昭和46年、サントリー美術館で解された若冲展、昭和47年の光琳展を企画した講師は、プライスさんから、ほとんどボランティアで大量のコレクションを借り受けたという。
2011年3月11日、東日本大震災の当日、講師はここMIHOミュージアムで『蘆雪展』の開会式を迎えていたという。知らなかった! プライス夫妻は、現在、震災復興支援のために、所蔵コレクションによる『若冲が来てくれました』展を東北地方で巡回中であるが、震災直後、エツコさんが、海(太平洋)に向かって手を合わせながら、毎日泣いていたというエピソードには胸を打たれた。
次に、ウィラード(ビル)・クラーク&エリザベス夫妻。クラークさんは、ユーモアと詩を愛するカウボーイだという。2002~2003年に千葉市美術館で『アメリカから来た日本』という展覧会を開催したそうだが、私は見ていないかなあ。
カート・ギッター&アリス夫妻の『帰ってきた江戸絵画』展(2010年、千葉市美術館)は、まだ記憶に新しい。白隠、仙など、禅僧や文人の素朴な自己表現を愛し、眼科医らしく、目にやさしい明るい作品が多いという。アメリカン・ナイーブ・アートのコレクターでもあるそうだ。
そして、ロバート(ボブ)・ファインバーグ&ベッツィー夫人。ファインバーグさんはハーバード大学で有機化学の博士号を取得されているが、研究者時代に、日本人に研究成果を盗まれたことがあるそうだ。これは、この日の講演の中で最も衝撃的だったエピソード。だが、ニューヨークのメトロポリタン美術館で南蛮屏風展のポスター(2ドル)を購入したのがきっかけで、日本美術の本格的な収集を開始する。
4人のコレクターに共通しているのは、明治以前、日本人が日本人らしく、のびのび振る舞っていた時代の美を愛する点だ。明治以降の、西洋文明の影響が濃厚な芸術は面白くない。江戸時代の美術でも、御用絵師の教条的な造形より、町絵師の自由さを好む。そして、豊かな自然との親密さ。プライスさんの「日本人は、nature(自然)のNを大文字で書く民族」という表現に、なるほどと思った。西洋人が、GodのGを大文字で書くようなものだ。
また、強い感銘を受けたのは、彼らが、日本の(だけではないだろうが)研究者に与え続けている支援の大きさである。貧乏学生や貧乏研究者に対し、貴重な作品を惜しげもなく公開するだけでなく、宿泊・食事・移動など、さまざまな便宜など図ってくれているそうだ。一個人が、こういう懐の深いホスピタリティを示すことができるのは、アメリカ文化の美点だと思う。でも、アメリカの若いコレクターは、中国美術好きが多くて、日本離れしているというから、少し危機感を持たないと。
講演の後半は、スライドを見ながら『ファインバーグ・コレクション展』の見どころについて、解説があった。講師のおすすめのひとつは福田古道人という画家で、いつか展覧会をやりたいと思っているそうだ。ふむふむ、覚えておこう。というか、聞き覚えのある名前ではある。子供の絵のような、素朴な彩色画が好き。
葛飾北斎の肉筆『源頼政の鵺退治図』。写真で見て、ぜひ見たいと思っていた作品だが、「八十八老人」のサインがあることには気づいていなかった。北斎は90歳で亡くなるまで、上達し続けた画家だという。すでに88歳で、腕の筋肉が弱くなり、震える線しか引けなくなっているが、それでも肉体の限界を超えて、北斎の技量は上がっていると講師はいう。すごい画家だ。画題が源氏の老武者・頼政であるところがまたよい。今回、会場に錦絵(版画)はなくて、肉筆浮世絵がたくさん来ていたが、どれも美しくて(絵が&描かれた女性たちが)見とれた。
紀梅亭『蘭亭曲水図』、谷文晁『秋夜名月図』、筆者不詳の『南蛮屏風』(16-17世紀)などは、残念ながら展示替えのため見られなかった。3期に分けて展示替えなんだなあ。東京のほうが、一度に見られる作品が多かったかもしれないと、今更悔やんでも仕方ない。またいつか巡り合えるものと信じよう。
講師いわく、彼らアメリカ人コレクターは、画賛や署名を読んだり、日本人に意見を求めたりしない。ひとつの作品を何時間でも飽きずに眺めた上で、自分の目を信じて、買うと決めたら買う。ううむ、そういうコレクターになりたい。
同展が春に東京で開催されていたときは、暇がなくて見損ねた。関西で、わざわざ見に行こうとは思っていなかったのだが、この日(7月20日、13:30~15:30)小林忠先生の講演会『アメリカ人の好きな日本美術』があると知って、欲が湧いてきた。しかし、佛大・広沢校前を11:02のバスで離れたときは、もう間に合わないに違いないと諦めたのに、乗り継ぎがうまく行って、何と石山駅発12:10のバスに間に合ってしまった。
講演はたいへん面白くて、昼食抜きで駆けつけた甲斐があった。前半は、講師と親交のある4人のアメリカ人(あるいは4組のアメリカ人夫婦)の日本美術コレクターについて、その人となりとコレクションの特色を紹介する。
最年長は、若冲コレクターとして知られるジョー・プライス&エツコ夫妻。日本にあまり好意を持っていなかった少年時代のプライスさんに、日本美術の魅力(自然との深いかかわり、写実的な生き物)を説いたのは、建築家のフランク・ロイド・ライト氏なのだという。へえ~知らなかった。昭和46年、サントリー美術館で解された若冲展、昭和47年の光琳展を企画した講師は、プライスさんから、ほとんどボランティアで大量のコレクションを借り受けたという。
2011年3月11日、東日本大震災の当日、講師はここMIHOミュージアムで『蘆雪展』の開会式を迎えていたという。知らなかった! プライス夫妻は、現在、震災復興支援のために、所蔵コレクションによる『若冲が来てくれました』展を東北地方で巡回中であるが、震災直後、エツコさんが、海(太平洋)に向かって手を合わせながら、毎日泣いていたというエピソードには胸を打たれた。
次に、ウィラード(ビル)・クラーク&エリザベス夫妻。クラークさんは、ユーモアと詩を愛するカウボーイだという。2002~2003年に千葉市美術館で『アメリカから来た日本』という展覧会を開催したそうだが、私は見ていないかなあ。
カート・ギッター&アリス夫妻の『帰ってきた江戸絵画』展(2010年、千葉市美術館)は、まだ記憶に新しい。白隠、仙など、禅僧や文人の素朴な自己表現を愛し、眼科医らしく、目にやさしい明るい作品が多いという。アメリカン・ナイーブ・アートのコレクターでもあるそうだ。
そして、ロバート(ボブ)・ファインバーグ&ベッツィー夫人。ファインバーグさんはハーバード大学で有機化学の博士号を取得されているが、研究者時代に、日本人に研究成果を盗まれたことがあるそうだ。これは、この日の講演の中で最も衝撃的だったエピソード。だが、ニューヨークのメトロポリタン美術館で南蛮屏風展のポスター(2ドル)を購入したのがきっかけで、日本美術の本格的な収集を開始する。
4人のコレクターに共通しているのは、明治以前、日本人が日本人らしく、のびのび振る舞っていた時代の美を愛する点だ。明治以降の、西洋文明の影響が濃厚な芸術は面白くない。江戸時代の美術でも、御用絵師の教条的な造形より、町絵師の自由さを好む。そして、豊かな自然との親密さ。プライスさんの「日本人は、nature(自然)のNを大文字で書く民族」という表現に、なるほどと思った。西洋人が、GodのGを大文字で書くようなものだ。
また、強い感銘を受けたのは、彼らが、日本の(だけではないだろうが)研究者に与え続けている支援の大きさである。貧乏学生や貧乏研究者に対し、貴重な作品を惜しげもなく公開するだけでなく、宿泊・食事・移動など、さまざまな便宜など図ってくれているそうだ。一個人が、こういう懐の深いホスピタリティを示すことができるのは、アメリカ文化の美点だと思う。でも、アメリカの若いコレクターは、中国美術好きが多くて、日本離れしているというから、少し危機感を持たないと。
講演の後半は、スライドを見ながら『ファインバーグ・コレクション展』の見どころについて、解説があった。講師のおすすめのひとつは福田古道人という画家で、いつか展覧会をやりたいと思っているそうだ。ふむふむ、覚えておこう。というか、聞き覚えのある名前ではある。子供の絵のような、素朴な彩色画が好き。
葛飾北斎の肉筆『源頼政の鵺退治図』。写真で見て、ぜひ見たいと思っていた作品だが、「八十八老人」のサインがあることには気づいていなかった。北斎は90歳で亡くなるまで、上達し続けた画家だという。すでに88歳で、腕の筋肉が弱くなり、震える線しか引けなくなっているが、それでも肉体の限界を超えて、北斎の技量は上がっていると講師はいう。すごい画家だ。画題が源氏の老武者・頼政であるところがまたよい。今回、会場に錦絵(版画)はなくて、肉筆浮世絵がたくさん来ていたが、どれも美しくて(絵が&描かれた女性たちが)見とれた。
紀梅亭『蘭亭曲水図』、谷文晁『秋夜名月図』、筆者不詳の『南蛮屏風』(16-17世紀)などは、残念ながら展示替えのため見られなかった。3期に分けて展示替えなんだなあ。東京のほうが、一度に見られる作品が多かったかもしれないと、今更悔やんでも仕方ない。またいつか巡り合えるものと信じよう。
講師いわく、彼らアメリカ人コレクターは、画賛や署名を読んだり、日本人に意見を求めたりしない。ひとつの作品を何時間でも飽きずに眺めた上で、自分の目を信じて、買うと決めたら買う。ううむ、そういうコレクターになりたい。