4月16日(日)付の「読売新聞」の書評欄に次のような一節があった。
「今、人間から最も失われつつある行動は<待つ>だと聞いたことがある。閲覧したいページにアクセスできない十秒間を、電車が来ない五分間を待てない自分を私は知っている。
初動の売り上げが芳しくない本はすぐに書店から消え、ノルマを達成できない社員はすぐにクビになる。待てない私たちは、短期的に結果を出すことを求められ、長期的な目線で何かに向き合う機会を手放しつつある。」
どうやらこれに輪をかけるように歳を取ればとるほど短気になる傾向があるようだ。
その一方、気長に待つことに関しては「待てば海路の日和(ひより)あり」という諺があり、「いらだたずに待っていれば早晩幸運が到来する。」(広辞苑)という意味だが、こういうノンビリした言葉が時代の風潮に合わず段々と縁遠い言葉になりつつあることを実感する。
そこで、我が家のオーディオの話に移ろう。辛抱強く待っていたら幸運が到来したという話である。
いつもの我田引水なので「またか」とウンザリする向きもあろうが、ま、付き合ってみてくださいな~(笑)。
まず、話の順番として気長に保管していた「材料」が二つあってそれが大いに功を奏したのでそれから解説してみよう。
☆ トライアッドのプッシュプル用トランス
今でもそうだが大好きな真空管に「71A」というのがある。80年ほど前に製造され、ラジオ用の真空管(アメリカ)として大活躍した球だが、徒らに帯域を欲張らず、とても素直な音質で大掛かりなトランスなども必要ないのでとても鳴らしやすい真空管だ。
気難しいスピーカーに出会って困ったときは「71Aアンプの出番ですよ~」が仲間うちの合言葉になるほどだが、そういうこともあって3年ほど前にオークションで手頃な「71Aプッシュプルアンプ」を見つけて落札した。
さっそく音出しをしてみたが、澄んだ音色は相変わらずだったが惜しいことにパワー不足でその点がちょっと物足りなかった。71Aに責任がないことは分かっているので、これはてっきり出力トランスに原因があると睨んで「トライアッドのプッシュプル用トランス」を手に入れた。
トライアッドといえば、知る人ぞ知るトランスの名門なのでずっと大切に保管して交換の機会を伺っていたが、なかなかチャンスに恵まれなくて仕方なく倉庫に眠っていた。
次に二点目の材料はこれ。
☆ チャンネルデヴァイダーの試作品
6年ほど前のことだが、当時何とかタンノイのウェストミンスターをうまく鳴らしてみたいと思い評判の悪いオリジナルのネットワークを排して、チャンネルデヴァイダー(クロス1000ヘルツ)を知人に作製してもらったのだが、惜しいことにノイズがあって、即戦力というわけにはいかずそのうち他のユニットを使ったりでとうとう出番が無くなってしまった。ま、そのうち何かの役に立つかもしれないとずっと倉庫に保管してきた。
そして、この長いこと干されてきた両者がいよいよ運命的な合体をするときがやってきた。この立役者はこの3月に我が家にお見えになった熟練のアンプビルダー「Kさん」(大分市)だった。
10日ほど前にKさん宅へ「この二つですが折角ですから何とかなりませんかね?」と持ち込んだところ、「どうしてもこのトランスを生かしたいということであれば交換するよりも新たにアンプを作り直した方がいいでしょう。このチャンデバの試作品ならシャーシも電源トランスもそのまま使えますので何とか組み込めそうですよ。トランスの容量からすると初段管は6SL7に、出力管は6SN7に、整流管は5Y3GTがいいでしょう。」
流石にアンプづくりの熟達者だけあって話がとんとん拍子に進み、提示された球もすべて手持ちの球ばかりなので「是非お願いします。」と即決。
そして胸をワクワクさせて待つことおよそ1週間。信じられないスピードの元に「出来上がりましたよ~」とのご連絡に喜び勇んで取りに行った。こういう時のスピード感は大歓迎(笑)。
お値段の方だが、部品がほとんど自前だったこともあって、ほんの手間賃だけにしてもらったのはとても有難かった(笑)。
アンプの概要を記しておくと、手前の2本が初段管の「6SL7」(シルヴァニア:1940年製の軍用でマグネシウムゲッター仕様)、真ん中が整流管「5Y3GT」(アメリカ:レイセオン)、奥が「6SN7」(アメリカ:ボールドウィン)、出力トランスは上述したトライアッド(アメリカ)のプッシュプル用で青色のケースに収容。
肝心の音だが、GT管とは思えないほど想像以上に奥行き感というか深みがある音が出てきてビックリ。しかもとても力感があってクリヤーだ。
真空管もトランスもすべてアメリカ系なのでジャズにはもってこいの印象で、もしかして我が家の71A系アンプを凌いでいる可能性があると背筋がヒヤリ。
加えてスイッチ・オンの状態でスピーカーに耳をくっつけてもウンともスンともいわないほどの無音状態でSN比が抜群。
我が家のメインアンプの一角となる資格を十分持ち合わせており、これは畢竟Kさんの長年にわたるアンプづくりのノウハウとトライアッドのトランスが大きく寄与しているのは間違いない。
そういったわけで、今回ばかりはまさに「待てば海路の日和あり」だったという次第(笑)。