防衛省の沖縄防衛局長が「(女を)犯す前に犯すなんて言わない」という比喩を使って沖縄問題に関する環境測定評価についてのコメントをしたため、即刻「罷免」という憂き目にあってしまった。
けっして許される発言ではないのだが、非公開を前提の酒席での話だったと聞いてちょっと気の毒に思ってしまった。
自分にも身に覚えがあるが、日頃は小心者のくせに酒の席では気が緩んで大きくなり、ついつい大言壮語をしたり、あからさまに本音を漏らしたりして、酔いが醒めた後になって「あんなことを言わねばよかった」と反省することが多々あったのでその辺の事情はちょっぴり分かる。
先般の「鉢呂」前経産大臣の失言問題も非公開、オフレコ前提の席での出来事だったが結局は「罷免」という結果に終わったことといい、最近ちょっと「言葉狩り」が度を過ぎているように思う。
もちろん、その地位にあるものとして職務執行上許されることではないのだが、せいぜい「厳重注意」ぐらいが関の山で、何も「罷免」までいかなくてもいいのではなかろうか。
与野党の力関係が伯仲し政権基盤が脆弱なので、国会運営が持たないというのが一番の理由だろうが、あたら起用した折角の人材を活用できないのも大きなマイナスである。
メディアがこういう「言葉狩り」を繰り返していると、万事に用心深さが先に立って、すべて「美辞麗句」が支配する「きれいごとの世界」に終わってしまい、「物事の本質」が隠されてしまう恐れがあることの方がまずいような気がする。
1時間半のテレビ番組で「たかじんの何でも言って委員会」というのがあって、評論家と称する無責任な連中の「言いたい放題」を売り物にしている番組だが、本音の世界をストレートに述べる良さにはなかなかの爽快感があって毎週録画して観ている。
人気番組だそうだが、おそらく視聴者は「言いたい放題」の中から、自分なりに取捨選択して納得できることだけを取り込める「快感」がその理由のひとつだと思う。
あふれる情報の洪水の中で価値があるものと価値がないもの、優れたものと下劣なものをしっかり見極めることを「メディア・リテラシー」というそうだ。
政治家や官僚たちがうっかり漏らす本音にこそ、物事の本質が見え隠れしていると思うので、先ず大目に見てやる寛容さとともに、そういう内容を公開することこそ国民の「メディア・リテラシー」を鍛える絶好の機会のようにも思うが。
ところで、最後に、自分のブログも情報の洪水のうちの端くれで泡沫に過ぎないのだが、時々「オーバーラン」しますので、どうか読者の皆様には「メディア・リテラシー」を発揮されますように~。