陛下の心臓外科手術が18日(土)に行われ、無事終了し、術後の経過も順調とのことでまったく慶賀の至り。
手術翌日の日曜日の午前中に運動ジムに行くと、いつも挨拶程度で済む80歳前後の”おじいちゃん”がわざわざ話しかけてきて「陛下の手術がうまくいってよかったなあ」と我がことのように喜んでいたので、改めて国民的な関心事であることが伺えたが今回の治療について「オヤッ」と思うことが2点ほどあった。
以下、勝手に思っているだけなので間違っていたら悪しからず。
1 「心臓バイパス手術」を選択した理由について
以前のブログにも記載したように自分も心臓疾患の既往歴がある。昨年1月に心臓カテーテル手術により3本の冠動脈のうちの1本に狭窄した箇所がありステント(網目状の管)を2本直列に埋め込んでいるので、今回の手術方法についてはたいへん興味を持った。
通常、心臓の冠動脈の一部が狭窄したときに取られる方法は「薬物治療」「ステント治療」「バイパス手術」の3つがあるが、薬物治療程度で治癒すれば世話はないが、まずは後者の二つが代表的的な治療方法とされている。
そして「ステント治療」なら1泊2日の入院で手術自体も比較的簡単に済むのに、陛下の場合はどうして入院から退院まで2週間もかかり、さらに若干の危険を伴う複雑な「バイパス手術」にされたのだろうかというのが疑問の一つ。
陛下の心臓手術ともなると日本で最高峰の知識と技量をもつ医師団が英知を集めて検討したはずなので、今回不採用になった「ステント治療」には何か公に出来ない欠陥があるのだろうかと、我が身に照らし合わせてちょっぴり不安と心配にかられた次第。
そこで、ネットで「ステント治療」と「バイパス治療」の比較を調べてみると、我が国の心臓外科学会においても果たしてどちらがいいのか論争が続いているのが分かった。
いずれを選択するのがいいのか、患者の容態次第というところもあって、どうやら簡単に結論が出せない問題のようで、18日(土)午後6時頃からの医師団の記者会見において報道各社から「なぜステント治療よりもバイパス手術を選んだのか」という質問が出るものと期待していたが不発だったので、医師団の見解がとうとう分からずじまいだったが、18日のネットの記事でようやく判明した。
結局、宮内庁によると今回の手術の対象となった冠動脈の狭窄した部分に「ステント」を挿入したとしても、将来、別の箇所の狭窄が心配されたので(根本的な治療として)「バイパス手術」を選択したとのことで、陛下のご年齢(78歳)からして全体的に血管の傷み具合がかなり進行していたことを伺わせる内容だと思った。
ところで、”たまたま”だが、つい最近読んだ中に「両刃(もろは)のメス」という本がある。
著者は大鐘稔彦(おおがね なるひこ)氏で、京大医学部を卒業後、外科医として約6000例に及ぶ手術経験の中から忘れがたいエピソードを赤裸々に綴ったエッセイだが、若気の至りで手術がうまくいかず患者を死に至らしめた事例もこだわりなく挙げてあるのが実に正直(?)で特筆すべきところ。
そして、本書の107頁(章題「我が憧憬の赤ひげ」)に次のような箇所がある。
「医者は生涯に人を10人殺す」
何とも物騒な言い草だが、多少の自嘲と自戒をこめて、医者の仲間うちではいわば”公然の秘密”として囁かれる。
もう厭だ、もうメスを捨てようと、しくじるたびに抑うつ状態に陥ったその都度、蘇ってくる一つのイメージと言葉がある。
「赤ひげ」こと、江戸は小石川養生所の医師・新井去定と、彼が町へ往診に出かけた時に行く手を阻んで恐喝に及んだ無頼漢どもに放った台詞(せりふ)である。
「人殺しなら、俺の方がしてるぜ」
というわけで、どんな名医だって未熟な時代があったはずで、そういうときに実験台になった患者は運が悪いとしか言いようがないが、自分に限ってはそういう運命を免れたいと思うのが人情というものだろう。
したがって、都会とは違って地方に住んでいる自分の場合、もし「心臓バイパス治療」が必要と言われても、経験の少ない医師が執刀するとなったら大いに”ためらった”であろうことは想像に難くない。つまるところ自分の心臓疾患の選択肢は「ステント治療」しか残されていなかったと今にして思うのである。
2 執刀した医師団の構成
「オヤッ」と思ったことの2番目は、過去、昭和天皇のご病気の際には、いつも東大医学部の医師団が治療にあたってきた経緯があるが、今回の陛下の手術には順天堂大学の医師団が加わったのが目を引いた。
「皇室お抱え」のイメージが浸透している東大医学部が陛下の心臓手術に他の大学の医師団と組むなんて前代未聞の話で、これは「完璧な心臓バイパス手術は私どもでは自信がありません」と最初から白旗を掲げたようなもので、「研究と臨床は別物だとしても、あの誇り高い天下の東大医学部が私大に応援を頼むなんてよくもまあ~」というのが率直な印象。
しかし「陛下の命の万全な保障」と「大学のプライド」を天秤にかけるとしたら、まったく比較にならないので今回の連合チームを組む発想にしても言いだしっぺは東大側にあったのは間違いなかろう。
順天堂大学の医師団の中心となった天野医師(56歳)はネットによると、受験浪人3年を経て日大医学部に入学した”雑草派”だそうだが、4000例以上という豊富な手術例に裏打ちされて「オフポンプ」(心臓を動かしたままの手術)の第一人者とされている。
結局、通常のバイパス手術程度なら東大のお医者さんだってお手の物だろうが、患者の心臓に負担をかけないので術後の経過が非常に良いとされる「オフポンプ」手術となると、天野医師の「神の手」の応援を必要としたというのが真相なんだろう。
今回の異例の起用は、どこの大学を出ていようと卒業後の研鑽こそが大切という好例で(自分にそういうことを言う資格はまったくないが!)、我が国の医学界に大きな刺激を与えたことは間違いあるまい。