佐藤功の釣ったろ釣られたろ日誌

釣り・釣りの思い出・釣り界のこと・ボヤキ.etc

私の釣り日記⑥

2020-07-04 19:53:58 | 釣り

松尾のウスバハゲ(1993・1月)

大阪府釣り連盟の仲間である、京阪磯釣りクラブが例年、新年の初釣りに、足摺岬の松尾につりに

いくとの事で、一人同行させてもらうことにした。

京阪のメンバーは僕より1日遅い工程なので、自分の車で行くことにしたが、一人では寂しいだろうと

京阪の底物師である、山本健次氏が同乗してくれた。

車はその時はベンツSで左ハンドルのために、皆さん慣れないからと嫌がるので一人で運転していくのだが

山本氏が同乗してくれたので退屈せずに行けた、片道400キロの行程

京阪のメンバーは大半が上物釣りなのですが、、山本氏と僕だけが底物師であるために、今回は

新米の上物師が2人いることになる。そのために皆さんが気を使ってくれる、それは、磯割の時に、先に

1級磯にあげてくれたことです、ただ残念なことに新米の2人が一緒にあげてもらったのはいいが、

潮がまだ上げ潮の時ですぐに足元まで満ちてきて、釣りにならなくなったので、見回りの船で磯替わりをした。

次にあげてもらった所は,地磯で足場もよくて、しかも、イケスになるタイドプールもついている?

しばらく2人で、澄きった海へ、マキエを続けたが、透明度のすこぶる良い紺碧の海に沈んでいくオキアミ、

1匹の魚もエサトリも見えなかった、海に沖合から白い魚体が見えだした、それが1匹、また1匹と次から次へ

撒き餌に釣られてやってくる大きな魚体、山本氏があれはウスバハゲと違うかと言ってきた、よく見るとそうだ

ウスバだと私、ドンドン撒き餌を続けると、沖合から、次から次へとオキアミめがけて群がった来たなんとすごい数

「山本さん、これは釣っている場合やないぜ、掬おうかと」声を掛けた、エサ取るのが上手いウスバを下手な上物師が

竿を、振ってるより、掬いにかかろと始めた、40センチからある大きなウスバハゲ、一人がタマ構えて、他の一人が

撒き餌をする、そしてよって来るウスバを次から次へと掬った、もう童心に帰ってのしぐさであった。

1度ならず2度までも新米の釣り師に気を使って、釣れてるかと気を使ってきてくれる船頭さん、「磯変わるか」と

船頭さんに、2人して「いいやここでよろしいわ」との繰り返しをしているうちに、船頭さんに感ずかれて、

「もうようけ掬たやろから、ボチボチグレ釣りせんかと」といわれて、それではやめますわと、後ろのタイドプールに

掘りこんでいた、ウスバをクーラーに放り込んで磯変わりしたが、結局2人ともグレは坊主でした。

渡船場に帰って釣果?を数えてみると、なんと50匹以上はあったので全員にわけた。

2日間の釣であったが、私はグレはあまり釣れなかったが、皆さんとワイワイ、ガヤガヤと食事もし楽しい初釣りでした。

大阪までの帰途は一人旅みんなと晩御飯を食べて夜8時にお先にと声をかけて我が家へと・・・

翌日午前4時着でした、約8時間、途中何度も休憩をとっての帰宅でした。

そして近所の皆さんに配ったが大変喜んでもらった、良い鍋料理ができたと・・・

 

 

 

 

 

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