”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

しんさんのよもやま話

2012年04月24日 21時07分45秒 | Weblog

4月24日(火)晴

暖かな一日でした。九州では30℃を超えたところもあったようです。先月寒い、寒いと言っていたのがウソのようです。我々人間も贅沢になったもので寒いと言ってみたり、暑いと言ってみたりで丁度良い日など数えるほどしかないのが最近のような気がします。きっと我々自身の適応範囲が狭くなっているだけのような気がします。居住環境の進歩が我々自身の適応範囲を狭めていること自体に早く気付き、これ以上快適にしないようにしないと、何世代か後の子孫は地球の変化に適応できない絶滅種になってしまうかもしれません。

ところで京都における二つの車の暴走事故には困ったものです。自分一人が犠牲になるのなら自業自得で済ませることができますが、関係ない人を巻き込んでしまうことにはやり場のない憤りを感じます。法律の解釈と言うのは、事の重大さには関係なく杓子定規に判断するもののようです。18歳の無免許の少年が、それまで何回も無免許運転していたから、運転技能があると判断して過失致死罪になるのだそうです。本来免許のない人は運転技能があると判定されていないわけですから、運転することができないと言うのが普通の解釈になると思うのですが変な話です。運転技能がないと判定されれば、過失ではなく危険運転致死罪となって刑が3倍も重くなります。判例では無免許運転でも運転技能があれば過失致死罪となって最大でも7年以下の懲役刑です。これが危険運転致死罪となると最大20年以下の懲役刑になるのだそうです。今回のケースは重大な事故ですが、過失致死罪になるそうです。制限速度オーバーでブレーキ痕もないケースは危険運転だと自分は思うのですが法律は過失なのだそうです。

毎年のように通学中の子供の列に突っ込んで子供たちを巻き込む事故が多発しています。これでは何のための集団登校なのかよくわかりません。通学時間帯は通行止めにするとか、もう少し対策はないものなのでしょうか?それにこのような重大な事故を起こした以上厳罰に処すべきだと自分は思いますがどうなのでしょうか?またとても過失で済まされるような状況ではないような気がしますがみなさんはどうなのでしょうか?
自分も車を運転するので、改めて気を付けたいと思いました。人類は何万年もの進化の過程で自分達の能力以上の力を得ることにより、生物の頂点に立ったわけですけど、自分達の作った能力以上の力を過信し、制御できなくなってくると、そのつけは結局人類に降りかかってくるのかもしれません。車、銃、核ミサイル、原子力、・・・・我々が創り出した物が一番我々自身を脅かすものになってきました。これからの100年は人類と言う生物をどちらの方向に向けて行くのか分岐点に差し掛かっているような気がしてなりません。

今日はここまでです。それではまた。

コメント
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