いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

お茶っ引き、東郷さん。

2006年07月21日 21時28分37秒 | 日本事情

お茶っ引き、東郷さん。


指名、とったよ!



「その上、松岡、白鳥までもだ。」
ひろひとさんが、言ったといわれる、一言。

■やぼな解説;

外交官でくびをくくられ、つりさげられてリンチ殺害されたのは、廣田弘毅ひとりに他ならない。彼は外交官というより首相の責任を問われた。文官で首をくくられつるされて殺害されたのは廣田だけである。昭和殉難者として靖国に祭られている、いわゆるA級戦犯外交官は、廣田だけでなく、松岡、白鳥、そして東郷の3柱である。かれらは獄中死した。だから、昭和殉難者。

▼さて、今回のひろひとさん発言で、松岡・白鳥が指名され、その解説に現世のマスコミは「松岡、白鳥は、日独伊三国同盟の責任者」という解説。事実は間違っていない。さて、日独伊三国同盟の責任者という認識を与える松岡・白鳥という指名の意味は何か。もし、外交官で獄中死した者ならば、松岡・白鳥・東郷だろう。なぜだ?なぜ、東郷がはずされる?

●東郷は、開戦時と終戦時の外相である。重光は戦中。敗戦国で、戦争をはじめて、戦争をおわらせた外相というのも世界史で珍しいのではないか?開戦の詔書を出し、終戦の詔書を出した皇帝はひろひとさんであり、終戦をした首相は、226事件で生き残った、鈴木貫太郎であることはいうまでもない。

▼ぼけ;白鳥事件2つ。
札幌、白鳥事件
②仙台・白石白鳥事件戊辰の役(1868)では、官軍の兵士が白鳥を射殺したため、船岡領の柴田家家臣団が大いに憤り、官軍への発砲となった、いわゆる「白鳥事件」が起こりました。


天皇の軍隊1868年

そうしているうちに、官軍の兵士たちは、あろうことか白鳥を鉄砲でうち、稲抗(くい)でなぐり殺し始めたのです。"神様の使いである白鳥様になんてことをするだ。今にきっとバチがあたるにちがいねえ"と人々の誰もが思いましたが、どうすることもできません。やめてくださいという嘆願にも耳をかしてもらえませんでした。白鳥たちも白いからだを悲しみにふるわせて、毎日おびえているように見えました。


実は、白鳥のばち。