語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【心理】忘却するという幸せ ~『そして、星の輝く夜がくる』~

2016年01月13日 | 心理
 40過ぎの小野寺徹平は、神戸市の小学校教諭。かつて阪神・淡路大震災では妻子を喪った。一時は自殺も考えたが、教え子たちから生きるエネルギーをもらい、教員生活を続けてきた。だが、職場で上司と揉め、退職という2字が念頭にチラつきはじめた。そんなとき、東日本大震災後の東北3県に神戸市教育委員会が34人の教員を派遣するという話を聞いた。小野寺はこれに応募し、「遠間市立小学校」に赴任した。
 というのが連作短編集『そして、星の輝く夜がくる』の設定である。
 以下、短編「忘れないで」から引用する。小野寺が神戸に帰省したとき、先輩の元小学校長、森永に出会う場面だ。

<その時、「署名をお願いします!」という声が聞こえてきた。
「東北を忘れないでというキャンペーンをしているらしいね。なんだか身につまされるねえ」
(中略)
「署名したら、何か変わるんでしょうか」
「変わらへんやろなあ。そもそも忘れないでというのは、無茶なお願いだよ」
 思わず小野寺はまじまじと森永を見てしまった。先ほどまでの笑顔が消えていた。
「人間は皆、忘れていくもんだ。だから生きていけるとも言える。特に辛い体験は忘れた方が良い。失ったものをいつまでもくよくよ悩むべきではない。形あるものは必ず滅びる。生き物はね、生まれた時から死を運命づけられているんだよ。それが、早いか遅いか、突然やってくるか緩やかに訪れるかだけの違いだ」
 至極当たり前の話だ。だが、長年子どもたちの成長に尽力しただけではなく、阪神・淡路大震災以後は復興に奔走した人物の言葉だけに重い。
「おかしなもんで、忘れないでというと忘れてしまいたくなるのが人情やねんな。人は本当に大切なことは決して忘れない。けどな、過去に縛られたらあかん。大切なのは今日であり、未来やろ」
 だが、悲劇の渦中にいる人にそう告げるのは酷である。
「じゃあ、ああいうのは反対ですか」
「そうは思わんよ。あれで救われる人もいてはるんや。一生懸命自分たちを覚えていて欲しいって訴えることで、がんばれるからね。だから、私は彼女たちを応援したい。けど、それでも人は忘れていくんや」>

□真山仁『そして、星の輝く夜がくる』(講談社、2014)
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