語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【片山善博】TPPから見える日本政治の悪弊 ~説明責任の欠如~

2016年01月14日 | ●片山善博
 (1)2015年10月5日(現地時間)、アトランタ(米国)で開催されたTPP閣僚会合において、TPP協定が大筋合意された。その概要は公開されたが、細部について判然しないことが多い。
 それはさておき、今日までの交渉経過や大筋合意後の国内政治の動きを見ていると、合意内容とは異なる観点で気がかりな点、違和感を抱かざるを得ない点がいくつかある。
 それは実はTPPという個別政策課題を越えて、日本の国と地方の政治一般に共通する悪弊だ。

 (2)安倍総理は、翌10月6日に記者会見を開き、TPP大筋合意を受けての所感を表明した。
 その所感に係る違和感の第一は、総理がこれから踏まなければならない最も重要な手続きについてあまり頓着していないように見受けられた点だ。
 大筋合意は、あくまで協定素案のようなもの。いずれ関係国の間で正式の協定=条約として成立させる必要がある。
 条約を締結するのは政府の権限だが、政府が条約を締結するに当たり国会の承認が必要だ(憲法73条3号)。政府間で合意が整っても、国会で承認されなければ何の効力も持ち得ない。
 してみれば、10月6日の時点で総理が最も気にかけなければならないのは、折角まとめた合意内容を国会によって承認してもらうことであるはずだ。
 ところが、不思議なことに記者会見における総理の冒頭発言では、「批准」も「国会」も一言も出てこなかった。

 (3)(2)の記者とのやりとりの中で、TPP交渉の経緯や情報開示を求める声に応えて臨時国会を開くべきとの意見があるがと質されたことに対し、開くとも開かないとも答えず、「いずれ国会で審議」と述べるにとどまっている。
 政府が秘密裏に交渉を進めてきたTPPの合意内容について、国会の場で積極的に説明責任を果たし、その上で批准してもらいたいとの姿勢は殆ど見られなかった。

 (4)その国会では、かねてTPPをめぐり様々な議論が交わされてきた。国会がTPP協定案を審議するに当たっては、こうした一連の経緯を踏まえてその内容が吟味されなければならない。
 <例>衆議院及び参議院の各農林水産委員会決議「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉参加に関する件」(2013年4月)【注】と、大筋合意との整合性が(少なくとも両院の農林水産委員会においては)問われるはずだ。 
 むろん、多くの国との輻輳した交渉だったから、決議と少しでも違ったらまかりなら、というものではあるまい。決議内容をほぼ踏まえたものになっていると理解してもらえるかどうか。ある程度決議と違っていたとして、その経緯や理由を説得的に説明することができるか。こうした点が国会審議を通じて試されねばならない。
 安倍総理は、(2)の記者会見で、「関税撤廃の例外をしっかり確保することができました」「食の安全・安心にかかる基準もしっかりと守られます」などと誇らしげに語ったが、そんな抽象的な説明や美辞麗句は屁の突っ張りにもならない。
 具体的懸念事項について野党議員はもとよりそえぞれの分野の専門家の疑問や懸念に答え、国民の不安を解消できるか。さらに、与党の議員にも大きな責任がある。衆参の農林水産委員会の決議に賛成した以上、与党だから政府が決めたことに異を唱えないというのでは無責任だ。自分たち自身の説明責任が問われるものと心得ておくべきだ。

  【注】「米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること」、残留農薬・食品添加物の基準、遺伝子組換え食品の表示義務、遺伝子組換え種子の規制、輸入原材料の原産地表示、BSEに係る牛肉の輸入措置等において、食の安全・安心及び食料の安定生産を損なわないこと」、「濫訴防止策等を含まない、国の主権を損なうようなISD条項には合意しないこと」などが含まれている。

 (5)協定案の批准までにこんな作業が控えていて、その作業がまだ始まってもいない段階で、政府は既にTPPが効力を発することを前提に、関連する法律の改正作業に入っている。TPPへの対応策としての農業関係経費を今年度の補正予算や来年度の当初予算に計上する準備を急いでもいる。
 驚くべし。補正予算はTPPの批准はおろか、その実施的な審議に先んじて成立させる方針だという。影響がどんなものか、認識が共有されないまま、予算だけが先行しそうだ。
 <例>補正予算に土地改良事業などTPP関連農業予算3,800億円超が組まれるというが、TPPと土地改良事業との間にどんな関係があるのか。土地改良事業はTPPがもたらすどんな問題を解消するというのか。

 (6)大切な手順を踏まずして、何とも気が早すぎる。
 かつてウルグアイ・ラウンド合意の際、その対応策として土地改良事業に巨費を投じたが、それはわが国農業の競争力強化には決してつながらなかった。その二の舞を避けるためにも、まずはTPPの内容とその影響をよく分析し、それを共有することから始めるべきである。
 国会議員にはもっと矜持を持ってほしい。TPPをこれから国会で審議するというのに、その国会があまりに軽視され、馬鹿にされているとは思わないのか。

 (7)自治体にも考え直してほしい。
 政府がTPP参加交渉に加わるとした頃、多くの自治体議会は農業をはじめとして地域にさまざまな影響を及ぼす懸念があるので参加には慎重を期すべき旨の決議をした。大筋合意後は、その内容が詳らかでないいことから、地域に与える影響を明らかにせよ、と国に迫る内容の決議もあった。
 ところが、現在自治体の多くは、TPP関連予算を政府に要望し、その確保に奔走している。大筋合意から今日までまだ日は浅いが、自治体はTPPが地域に及ぼす影響や懸念を既に把握しているだろうか。 
 <例>公共調達における地元優先政策を蔑ろにしかねないISD条項だ。善悪は別として、公共事業発注における地元土木建設業者育成政策や各種の地産地消政策を、自治体はこれからも続けることができるのか。大筋合意には、「出訴期間を違反発生を知った時から3年6ヵ月以内に制限する」とあるが、それが果たしてどれほどの効果を持つか。

 (8)こういった問題を一つ一つ丁寧に詰めていくことがいま求められているのに、世の中はそんなことより予算やお金に追い立てられている。
 国や地域の将来にとって大切なことはそっちのけで、目先の弥縫策で乗り切ろうとする政府が一方にあり、その目先の策を追い求める自治体がもう一方にある。
 こんな政治でいいのか。
 いいはずはない。

□片山善博(慶應義塾大学教授)「TPPから見える日本政治の悪弊 ~日本を診る第75回~」(「世界」2016年2月号)
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 【参考】
【片山善博】TPPから見える日本政治の悪弊 ~説明責任の欠如~
【片山善博】政権与党内の議論のまやかし ~消費税軽減税率論議~
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