横田増生は、03年から04年にかけて約半年間、アマゾンジャパンの物流センターに「潜入」した。
09年から10年にふたたび取材したときには、マーケットプレイスに「潜入」した。物流センターは、実名では「潜入」困難と思われたからである。
(1)最初の出品は赤字
「幕張ノンフィクション堂」という屋号でマーケットプレイスに出品し、はじめ売価1円を付けてみた。顧客から売価プラス送料340円が支払われるので、送料の実費が160円なら悪くても収支トントンと予想したのだ。しかし、あてにしていたヤマト運輸のメール便(80~160円)は厚さ2センチ以内でないと受け付けてくれないのだった。ゆうメール(340円)で送るはめになった。しかも、当初予定していなかったバブルラップ(気泡緩衝材)付き封筒まで出品者が用意しなければならない。
試しに1円の価格がついた本を発注してみたところ、いずれも厚さ2センチ以上だったが、ヤマト運輸のメール便で届いた。どういうカラクリになっているのか、今もって横田には謎である。
(2)アマゾンの手数料
横田が説明をよく読みなおしたところ、アマゾンの手数料には3種類ある。
(ア)売価の15%の手数料
(イ)古本を1冊売る毎に「カテゴリー成約料」として80円
(ウ)1冊ごとに「基本成約料」として100円
※月額4,900円の「プロマーチャント」に登録すれば免除される。
(3)出品者の収支
本を例にとると、出品者の収入は、顧客が負担する本の売価X円プラス送料340円(定額)だ。
他方、出品者の支出は、本の送付に係る事務費(封筒代等と送料の実費)および(1)の(ア)から(ウ)まで、だ。
X円+送料(定額)-封筒代-送料(実費)-(1)の(ア)-(1)の(イ)-(1)の(ウ)
仮に売価を1円、バブルラップ付き封筒を50円、ゆうメール送料を340円とすると、赤字になる。そして、これが横田の最初の売上げだった。
1円+340円-50円-340円-0円-80円-100円=-229円
(4)マーケットプレイスで年収13,000円
マーケットプレイスで一番手間のかかるのは、値段の変更だ。売れるまで値下げ競争が繰り返される。
横田は、1年かけて27冊売った。最低価格は1円、最高価格は7,394円。1冊平均600円。売上げ総額は、16,000円(送料1冊当たり340円込みで25,000円)。このうちアマゾンが抜き取った手数料の合計が7,300円。送料の実費を差し引いて手元に残ったのは13,000円。
万事終わって、横田に残ったのは徒労感だった。値付けや発送作業の手間に加えて、売った本のほとんどが定価で買ったことを考えると、1年間で13,000円という額は果たして収入と呼べるだろうか、と横田は自問する。
(5)マーケットプレイスで年収12,000,000円
吉本康永さん、61歳、前橋市在住は、マーケットプレイスで毎月100万円前後の売り上げがある。彼にインタビューした横田は、次のような試算をした。
毎月1,000冊を売り、月収120万円を得ているならば、120万円の内訳は購入者が支払う送料26万円(顧客が負担する1件当たり340円の送料のうち260円が吉本さんの取り分)と、本の売価94万円に分けることができる。本の売価のうち吉本さんの取り分は85%だから、本の売価の総額は110万円となる。
(ア)売値の15%の手数料・・・・16万円
(イ)カテゴリー成約料・・・・8万円
(ウ)プロマーチャント契約料・・・・4,900円
かくて、吉本さんのおかげで、アマゾンには毎月244,900円が流れこむ。
アマゾンは、仕入れは不要、発送作業も不要、在庫のリスクも負わない。それでいて、年間300万円が転がりこんでくるのだ。濡れ手で粟、というところだ。
(6)新刊本より儲かる古本
アマゾンが新刊本と並べて1円の古本を売るのは、古本のほうが儲かるからだ。
たとえば『ハリー・ポッターと賢者の石』の新刊本を定価で1冊売ると、営業利益率は4%前後だから80円の利益となる。他方、マーケットプレイスで売価1円の本が1冊売れると、180円の手数料が転がりこむ。しかも、この手数料には、コストも作業も在庫も発生しない。まるごと利益だ。
しかも、仮に売価1,000円で売れると、さらに15%の手数料が加わって合計330円が入ってくる。古本が1冊売れると、その利益は新刊本1冊を売るときに比べて4倍以上に跳ね上がる。これほどおいしい商売はない。
(7)出品者に不利なシステム
マーケットプレイスでは、出品者にリーピーターやファンがつかないシステムになっている。
たとえば、「幕張ノンフィクション堂」がどんなに珍しいノンフィクションを集めても、顧客がそれを知ることはできない。顧客が出品者一覧表を見たくとも、辿りつくことができない。常に最低価格で本を出品することを強いられる。
アマゾンは地主、出品者は小作人だ。
2010年8月、マーケットプレイスで顧客が負担する送料が340円から250円に引き下げられた。併せて、カテゴリー成約料が80円から60円に引き下げられた(ただし、売値の15%の手数料と基本成約料は従前どおり)。
アマゾンとしては、マーケットプレイス全体の注文件数が増えるのであれば、全体として手数料が増える。しかし、今でさえ苦しい個々の出品者は、さらなる薄利多売を強いられる。
事情は、マーケットプレイスを利用する大手古書店も同じだ。こうなった理由の一つは、複数のソフト会社がマーケットプレイス用に制作した価格の自動引き下げソフトが普及したからだ。同じ古本を出品している複数の出品者がいる場合、古本の値段は自動的に1円まで下がることになる。このソフトが普及して以来、古本の2割は半年以内に1円に下がる、と言われている。
(8)アマゾン全体の収益
アマゾンジャパンは、マーケットプレイスの収益に係る情報を一切開示していない。
しかし、アマゾンの年次報告書にはマーケットプレイスに関する記述が出てくる。全販売件数のうちにマーケットプレイスの出品者が占める割合は、05年から08年までは28%、09年度には30%に達する。「マーケットプレイスからの売上高は総額(=net amount、筆者【横田】注・つまりほとんど経費の発生しない営業利益に近い金額を指す)として計上されるため、売上高としてみれば(新品の販売と比べて)少額となるが、1件あたりの利益は高い」と09年度の報告書は評価する。
「アマゾンにとってマーケットプレイスとは、新品を売る本業のかたわらの副業という位置づけではなく、利益の源泉となっている実態が浮かび上ってくる」
【参考】横田増生『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』(朝日文庫、2010)
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09年から10年にふたたび取材したときには、マーケットプレイスに「潜入」した。物流センターは、実名では「潜入」困難と思われたからである。
(1)最初の出品は赤字
「幕張ノンフィクション堂」という屋号でマーケットプレイスに出品し、はじめ売価1円を付けてみた。顧客から売価プラス送料340円が支払われるので、送料の実費が160円なら悪くても収支トントンと予想したのだ。しかし、あてにしていたヤマト運輸のメール便(80~160円)は厚さ2センチ以内でないと受け付けてくれないのだった。ゆうメール(340円)で送るはめになった。しかも、当初予定していなかったバブルラップ(気泡緩衝材)付き封筒まで出品者が用意しなければならない。
試しに1円の価格がついた本を発注してみたところ、いずれも厚さ2センチ以上だったが、ヤマト運輸のメール便で届いた。どういうカラクリになっているのか、今もって横田には謎である。
(2)アマゾンの手数料
横田が説明をよく読みなおしたところ、アマゾンの手数料には3種類ある。
(ア)売価の15%の手数料
(イ)古本を1冊売る毎に「カテゴリー成約料」として80円
(ウ)1冊ごとに「基本成約料」として100円
※月額4,900円の「プロマーチャント」に登録すれば免除される。
(3)出品者の収支
本を例にとると、出品者の収入は、顧客が負担する本の売価X円プラス送料340円(定額)だ。
他方、出品者の支出は、本の送付に係る事務費(封筒代等と送料の実費)および(1)の(ア)から(ウ)まで、だ。
X円+送料(定額)-封筒代-送料(実費)-(1)の(ア)-(1)の(イ)-(1)の(ウ)
仮に売価を1円、バブルラップ付き封筒を50円、ゆうメール送料を340円とすると、赤字になる。そして、これが横田の最初の売上げだった。
1円+340円-50円-340円-0円-80円-100円=-229円
(4)マーケットプレイスで年収13,000円
マーケットプレイスで一番手間のかかるのは、値段の変更だ。売れるまで値下げ競争が繰り返される。
横田は、1年かけて27冊売った。最低価格は1円、最高価格は7,394円。1冊平均600円。売上げ総額は、16,000円(送料1冊当たり340円込みで25,000円)。このうちアマゾンが抜き取った手数料の合計が7,300円。送料の実費を差し引いて手元に残ったのは13,000円。
万事終わって、横田に残ったのは徒労感だった。値付けや発送作業の手間に加えて、売った本のほとんどが定価で買ったことを考えると、1年間で13,000円という額は果たして収入と呼べるだろうか、と横田は自問する。
(5)マーケットプレイスで年収12,000,000円
吉本康永さん、61歳、前橋市在住は、マーケットプレイスで毎月100万円前後の売り上げがある。彼にインタビューした横田は、次のような試算をした。
毎月1,000冊を売り、月収120万円を得ているならば、120万円の内訳は購入者が支払う送料26万円(顧客が負担する1件当たり340円の送料のうち260円が吉本さんの取り分)と、本の売価94万円に分けることができる。本の売価のうち吉本さんの取り分は85%だから、本の売価の総額は110万円となる。
(ア)売値の15%の手数料・・・・16万円
(イ)カテゴリー成約料・・・・8万円
(ウ)プロマーチャント契約料・・・・4,900円
かくて、吉本さんのおかげで、アマゾンには毎月244,900円が流れこむ。
アマゾンは、仕入れは不要、発送作業も不要、在庫のリスクも負わない。それでいて、年間300万円が転がりこんでくるのだ。濡れ手で粟、というところだ。
(6)新刊本より儲かる古本
アマゾンが新刊本と並べて1円の古本を売るのは、古本のほうが儲かるからだ。
たとえば『ハリー・ポッターと賢者の石』の新刊本を定価で1冊売ると、営業利益率は4%前後だから80円の利益となる。他方、マーケットプレイスで売価1円の本が1冊売れると、180円の手数料が転がりこむ。しかも、この手数料には、コストも作業も在庫も発生しない。まるごと利益だ。
しかも、仮に売価1,000円で売れると、さらに15%の手数料が加わって合計330円が入ってくる。古本が1冊売れると、その利益は新刊本1冊を売るときに比べて4倍以上に跳ね上がる。これほどおいしい商売はない。
(7)出品者に不利なシステム
マーケットプレイスでは、出品者にリーピーターやファンがつかないシステムになっている。
たとえば、「幕張ノンフィクション堂」がどんなに珍しいノンフィクションを集めても、顧客がそれを知ることはできない。顧客が出品者一覧表を見たくとも、辿りつくことができない。常に最低価格で本を出品することを強いられる。
アマゾンは地主、出品者は小作人だ。
2010年8月、マーケットプレイスで顧客が負担する送料が340円から250円に引き下げられた。併せて、カテゴリー成約料が80円から60円に引き下げられた(ただし、売値の15%の手数料と基本成約料は従前どおり)。
アマゾンとしては、マーケットプレイス全体の注文件数が増えるのであれば、全体として手数料が増える。しかし、今でさえ苦しい個々の出品者は、さらなる薄利多売を強いられる。
事情は、マーケットプレイスを利用する大手古書店も同じだ。こうなった理由の一つは、複数のソフト会社がマーケットプレイス用に制作した価格の自動引き下げソフトが普及したからだ。同じ古本を出品している複数の出品者がいる場合、古本の値段は自動的に1円まで下がることになる。このソフトが普及して以来、古本の2割は半年以内に1円に下がる、と言われている。
(8)アマゾン全体の収益
アマゾンジャパンは、マーケットプレイスの収益に係る情報を一切開示していない。
しかし、アマゾンの年次報告書にはマーケットプレイスに関する記述が出てくる。全販売件数のうちにマーケットプレイスの出品者が占める割合は、05年から08年までは28%、09年度には30%に達する。「マーケットプレイスからの売上高は総額(=net amount、筆者【横田】注・つまりほとんど経費の発生しない営業利益に近い金額を指す)として計上されるため、売上高としてみれば(新品の販売と比べて)少額となるが、1件あたりの利益は高い」と09年度の報告書は評価する。
「アマゾンにとってマーケットプレイスとは、新品を売る本業のかたわらの副業という位置づけではなく、利益の源泉となっている実態が浮かび上ってくる」
【参考】横田増生『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』(朝日文庫、2010)
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