語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】中村稔「誕生」

2015年09月15日 | 詩歌
 1

 つくろいようもなく破れた空の裂目から
 冬が押しよせ
 磔になった裸の木が
 枝々をばたつかせて慓える

 眼をつぶると
 空にいっぱいの夕焼がしたたり落ちる

 空は漏斗の形をしていて
 その吹きぬけの底に
 砂まじりの風が
 ぶつかってはひきちぎるのだ

 おれは
 漏斗の形をしたおれの心を背負って
 ボロ屑をあさるように
 そんな空のきれはしをさがしまわる

 --ああ そんな季節だ
 おまえが生れたのは!

 2

 爽やかな十月の風のなかに
 人造湖をかぎる突堤
 天をかぎるビルの稜線
 そして おれの生涯をかぎるおまえ。

 3

 屋上から抬頭する雲
 内庭に沈む一日の喧騒
 しずかにひろがるおれの領土
 おまえとその母親のための 夜。

 4

 炎天の下
 樹々の群立つ葉のように首を真直に立て
 枝々のように僕たちは腕をくむ

 わが子は曙のような笑みをうかべ
 肢をばたつかせ身をよじらせ
 前へ進もうとしては後ずさりし
 芋虫のような逼い方を覚えたばかり……

 夕ぐれ 熱気のこもる凪のなかの
 樹々に暮れのこる梢のように
 音もなく僕たちは時をおくり
 喘ぐような叫びをあげたりもする

 ああ わが子が曙のような笑みをうかべ
 大地に立って歩きはじめるのも
 もう間近だ。

□中村稔「誕生」(『鵜原抄』、思潮社、1966:高村光太郎賞)
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 【参考】
【詩歌】中村稔「城」
【詩歌】中村稔「埴輪」
【メンタル・スケッチ】群衆
【メンタル・スケッチ】挽歌
【本】この1年に出会った本
【中村稔ノート】凧 ~戦禍の記憶~
【中村稔ノート】ある潟の日没 ~震災と戦災~
【読書余滴】追悼、森澄雄の生涯と仕事
書評:『本読みの達人が選んだ「この3冊」』
書評:『加藤周一自選集8 1987-1993』


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