語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】まえがき ~『人生の役に立つ聖書の名言』~

2018年08月10日 | ●佐藤優
 <「聖書」は、永遠の古典だ。どの時代においても、私たちは聖書のテキストを通じて、特別の知恵を得ることができる。
 私は同志社大学神学部と大学院神学研究科の出身なので、六年間、聖書をいつも参照しながら勉強した。しかし正直に言うと、当時の私は聖書の言葉が持つ力をよくわかっていなかった。聖書の言葉よりも哲学や倫理学の用語を多用する組織神学に魅力を感じていた。
 大学院神学研究科を卒業すると牧師か研究職、教育職に就くのが通例だが、私は外交官になった。外交官になり、科学的無神論を国是とする当時のソ連に赴任した。ソ連で聖書は禁書ではなかったが、入手することは至難の業だった。しかし、神は存在しないという建前になっている共産主義社会の中で、聖書の言葉がロシア人の魂をとらえている現実を私は目の当たりにした。聖書の入手が容易ではないにもかかわらず、ソ連時代のロシア人は聖書に出てくるイエスのたとえ話や聖句をよく覚え、生きていく糧にしていた。
 ソ連崩壊後、ロシアは資本主義国に生まれ変わった。共産主義イデオロギーの押しつけと統制経済はなくなったが、当初は弱肉強食の新自由主義的経済政策による混乱、その後はプーチン大統領による権威主義的支配の下で、ロシア人はいつか真に自由な世界がやってくることを、急ぎつつ、待っている。こういう終末論的生き方を支えているのも聖書の言葉だ。
 私自身も、ソ連やロシアの動乱に巻き込まれて、命の危険を感じたことが何度かある。また、日本に戻ってきてからは北方領土交渉に本格的に関与することになり、その結果、鈴木宗男事件の渦に巻き込まれ、東京地方検察庁特捜部に逮捕され、512日間、東京拘置所の独房に閉じ込められるという経験もした。そのときの私を支えてくれたのも聖書の言葉だ。
 キリスト教徒でない日本人にとっても、誰もが避けられない挫折や逆境、仕事や人間関係の悩み、人生の岐路に立つとき、聖書の言葉にふれることを勧めたい。キリスト教は、言葉をたいせつにする宗教だ。なぜなら、神がロゴス(言葉)となって、私たちに救済のための真実を教えてくれるからだ。聖書の言葉を学ぶことで、目には見えないが確実に存在する、たいせつなものを捉えることができるようになる。
 この特別の力を持つ世界に読者を誘いたい。>

 【注】聖書からの引用は、『口語訳聖書』による。

□佐藤優『人生の役に立つ聖書の名言』(講談社、2017)の「まえがき」を引用



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