「文藝春秋」今月号は、6つの観点から中国に切り込む。江上剛がそれぞれの分野の専門家にインタビューする。括弧内はインタビュイーだ。
ここでは、【Ⅵ】環境汚染「日本の技術でも解決しない」(井村秀文・横浜市立大学特任教授)をとりあげる。
(1)中国の環境問題が依然として解決しない原因は、
(a)大規模な国土と、特殊な地理状況がある。<例>水・・・・長江や黄河などの大規模河川が国土を横断しているんどえ、上流域で汚染されると、下流域が広く被害を受けてしまう。上流で水を取ると、下流には水が来なくなる。大きな流域全体でコントロールしなければならない。
(b)酸性雨などの大気汚染も同様。日本列島は平野部が少なく、大都市の面積も限られているので地域単位で解決することが可能だ。しかし、中国では広大な平原に、人口が密集する大都市が多数存在している。発生源も被害を受ける地域も広範囲に及ぶ。
(c)政府のみならず一般国民に衛生意識が低い。後述。
(2)(1)-(b)の要因に、中国経済の構造的要因がある。
現在の急速な経済成長を引っ張っているのは製造業だ。それは大量のエネルギーを消費するが、中国ではいまだに石炭燃料がエネルギー全体の7割以上を占める。石炭の年間消費量は40億トンに近い。
脱硫装置の付いてない発電所で石炭を燃やすと、硫黄酸化物など大気汚染の原因物質が大量に撒き散らされる。二酸化炭素排出量では、すでに米国を追い抜き、世界全体の4分の1を占めている。
何を措いても成長を優先させる方針を続けるかぎり、中国は膨大な資源を喰らい、汚染を撒き散らす厄介な存在であり続ける。
中国政府や党中央の環境対策は、2011年に国務院が発表した第12次5カ年計画でも、「環境保護の取り組み強化」「生態系の保護・修復の促進」などがシルされている。国の環境政策を扱う環境部は、日本の省レベルの組織となり、300人ほどの職員が在籍している。しかし、現状では上からは掛け声だけ。地域の現場まで浸透していない。
(3)中国では党や政府の指示が絶対・・・・であるかのように見えるが、環境問題に関してはそうではない。
行政システムに不備があるからだ。中国の環境政策は他分野同様、トップダウンだから、国から地方の省政府や市政府に指示が出る。
北京五輪(2008年)を前に、トップダウンによって北京の大気汚染はかなり改善されたように見えた。が、北京市長は市内にあった鉄鋼工場を天津近くに移転させただけだ(根本的解決ではない)。
中国の環境対策は、突然、企業に「閉鎖」や「移転」を命じるような強行手段で、一時的に効果をあげる。が、法律の運用は役人の裁量で行われがちだ(「法治より人治」)。企業と地方政府のコネが幅をきかせがちだ。住民からの訴があっても、地方政府はしっかり対応しないことが多い。工場の監視モニタリングなど科学的に問題を調査して対策を取ろう、とする意識も能力も低い。
<例>最近、上海で環境規制が強化されると、企業はこぞって隣の蘇州市や無錫市へ移転した。現在、これらの市で取り締まりが厳しくなてきたので、今度はさらに西の安徴省へ移り始めている。・・・・広大な国土で、モグラ叩き状態。
(4)政府は汚染に係る性格な情報やデータを開示しない。当然、企業に対する適切な指導もできない。
PM2.5が大きく報じられた発端は、米国大使館が独自の測定結果を発表したことによる。それがインターネットで広まって大騒動になった。仕方なく北京もデータを公表したが、大きな食い違いがあった。
中国企業の多くは、まだ環境意識が低く、当局がうるさいから最低限の対処をする、といった程度の危機感しか持ち合わせていない。グローバルに展開する大企業も、多くは政府の管理下にある国営企業なので、環境対策をして社会的貢献を果たすというモチベーションが働かない。市場による淘汰も起きにくい。根柢には、自分が儲かれば周りの迷惑など気にしない、という考え方がある。
日本の公害問題では、地元住民の運動が解決に不可欠だった。<例>水俣病、四日市喘息・・・・地元大学の医師が住民の症状から、「これはおかしい」と調査に乗り出し、深刻な実態を行政に突きつけて政府を動かした。
中国では、地元の病院yは医師が調査に取り組むことは、まず考えられない。仮に医師が地元政府に訴えても口封じされる。SARSや鳥インフルが全国各地に飛び火した背景だ。
中国の心あるマスコミや専門家が調査しようとしても、真相究明は難しい。外国人ジャーナリストが現地を訪れると、公安警察が妨害する。
工場排水による水質汚染の結果、癌患者が大量に発生する「癌症村」、水俣病暮らすの公害問題は、間違いなく起きている。経済発展の恩恵にあずかることができず、汚染問題に苦しむ地方の農民の不満が、暴動を生んでいる。開発のための土地収用をめぐる農民と地方当局/警官隊との衝突は、年に10万件以上起きている(推定)。その多くに環境問題がからんでいる。
(5)政府のみならず一般国民に衛生意識が低いことも、環境問題が解決しない原因だ。
日本では、昭和初期から各地に保健所が作られ、予防注射や伝染病の予防システムを作り上げてきた。公害対策も公衆衛生が出発点だった。しかし、中国では公衆衛生がなかなか浸透しない。中国のトイレが汚いことは日本でも有名だ。
こうした衛生観念、そして公共心の欠如が環境問題の根柢にある。
(7)1990年代には、天安門事件(1989年)で欧米諸国から激しい非難を受けた直後だったので、日本の提言に耳を傾ける姿勢が今よりあった。竹下登・首相の時、日本が100億円以上の資金を投じて、北京の日中友好環境保全センターを創設するなど、環境対策で日本が援助したことがあった。今では、その経緯を知っている市民は僅かだろうが、北京市最大の下水処理場や、西安の水道の一部も日本の援助で作られた。
しかし、中国のために貢献したい、という日本側の気持ちがどこまで通じたか、疑問だ。
(8)中国は、地球環境問題について、「先進国のこれまでの活動が原因だ。途上国である我々には発展の権利がある」と言い続けている。GDP世界第2位となった大国の自覚はない。
環境問題の改善に立ちはだかっているのは、中国の政治体制だ。言論の自由や人権の尊重などが遵守される民主主義が実現されないかぎり、真の環境対策が実施される日は来ない。
□江上剛ほか「中国 知られざる異形の帝国」(「文藝春秋」2013年6月号)
【参考】
「【中国】恐るべき階級社会 ~農村戸籍と都市戸籍~」
「【中国】5大リスク ~不衛生・格差・バブル崩壊・少子高齢化・軍の暴走~」
「【食】中国産鶏肉の危険(2) ~有機塩素・残留ホルモン~」
「【食】日本マクドナルドが輸入する中国産鶏肉の危険 ~抗生物質~」
「【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?」
「【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~」
「【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~」
「【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド・その後」
「【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド」
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ここでは、【Ⅵ】環境汚染「日本の技術でも解決しない」(井村秀文・横浜市立大学特任教授)をとりあげる。
(1)中国の環境問題が依然として解決しない原因は、
(a)大規模な国土と、特殊な地理状況がある。<例>水・・・・長江や黄河などの大規模河川が国土を横断しているんどえ、上流域で汚染されると、下流域が広く被害を受けてしまう。上流で水を取ると、下流には水が来なくなる。大きな流域全体でコントロールしなければならない。
(b)酸性雨などの大気汚染も同様。日本列島は平野部が少なく、大都市の面積も限られているので地域単位で解決することが可能だ。しかし、中国では広大な平原に、人口が密集する大都市が多数存在している。発生源も被害を受ける地域も広範囲に及ぶ。
(c)政府のみならず一般国民に衛生意識が低い。後述。
(2)(1)-(b)の要因に、中国経済の構造的要因がある。
現在の急速な経済成長を引っ張っているのは製造業だ。それは大量のエネルギーを消費するが、中国ではいまだに石炭燃料がエネルギー全体の7割以上を占める。石炭の年間消費量は40億トンに近い。
脱硫装置の付いてない発電所で石炭を燃やすと、硫黄酸化物など大気汚染の原因物質が大量に撒き散らされる。二酸化炭素排出量では、すでに米国を追い抜き、世界全体の4分の1を占めている。
何を措いても成長を優先させる方針を続けるかぎり、中国は膨大な資源を喰らい、汚染を撒き散らす厄介な存在であり続ける。
中国政府や党中央の環境対策は、2011年に国務院が発表した第12次5カ年計画でも、「環境保護の取り組み強化」「生態系の保護・修復の促進」などがシルされている。国の環境政策を扱う環境部は、日本の省レベルの組織となり、300人ほどの職員が在籍している。しかし、現状では上からは掛け声だけ。地域の現場まで浸透していない。
(3)中国では党や政府の指示が絶対・・・・であるかのように見えるが、環境問題に関してはそうではない。
行政システムに不備があるからだ。中国の環境政策は他分野同様、トップダウンだから、国から地方の省政府や市政府に指示が出る。
北京五輪(2008年)を前に、トップダウンによって北京の大気汚染はかなり改善されたように見えた。が、北京市長は市内にあった鉄鋼工場を天津近くに移転させただけだ(根本的解決ではない)。
中国の環境対策は、突然、企業に「閉鎖」や「移転」を命じるような強行手段で、一時的に効果をあげる。が、法律の運用は役人の裁量で行われがちだ(「法治より人治」)。企業と地方政府のコネが幅をきかせがちだ。住民からの訴があっても、地方政府はしっかり対応しないことが多い。工場の監視モニタリングなど科学的に問題を調査して対策を取ろう、とする意識も能力も低い。
<例>最近、上海で環境規制が強化されると、企業はこぞって隣の蘇州市や無錫市へ移転した。現在、これらの市で取り締まりが厳しくなてきたので、今度はさらに西の安徴省へ移り始めている。・・・・広大な国土で、モグラ叩き状態。
(4)政府は汚染に係る性格な情報やデータを開示しない。当然、企業に対する適切な指導もできない。
PM2.5が大きく報じられた発端は、米国大使館が独自の測定結果を発表したことによる。それがインターネットで広まって大騒動になった。仕方なく北京もデータを公表したが、大きな食い違いがあった。
中国企業の多くは、まだ環境意識が低く、当局がうるさいから最低限の対処をする、といった程度の危機感しか持ち合わせていない。グローバルに展開する大企業も、多くは政府の管理下にある国営企業なので、環境対策をして社会的貢献を果たすというモチベーションが働かない。市場による淘汰も起きにくい。根柢には、自分が儲かれば周りの迷惑など気にしない、という考え方がある。
日本の公害問題では、地元住民の運動が解決に不可欠だった。<例>水俣病、四日市喘息・・・・地元大学の医師が住民の症状から、「これはおかしい」と調査に乗り出し、深刻な実態を行政に突きつけて政府を動かした。
中国では、地元の病院yは医師が調査に取り組むことは、まず考えられない。仮に医師が地元政府に訴えても口封じされる。SARSや鳥インフルが全国各地に飛び火した背景だ。
中国の心あるマスコミや専門家が調査しようとしても、真相究明は難しい。外国人ジャーナリストが現地を訪れると、公安警察が妨害する。
工場排水による水質汚染の結果、癌患者が大量に発生する「癌症村」、水俣病暮らすの公害問題は、間違いなく起きている。経済発展の恩恵にあずかることができず、汚染問題に苦しむ地方の農民の不満が、暴動を生んでいる。開発のための土地収用をめぐる農民と地方当局/警官隊との衝突は、年に10万件以上起きている(推定)。その多くに環境問題がからんでいる。
(5)政府のみならず一般国民に衛生意識が低いことも、環境問題が解決しない原因だ。
日本では、昭和初期から各地に保健所が作られ、予防注射や伝染病の予防システムを作り上げてきた。公害対策も公衆衛生が出発点だった。しかし、中国では公衆衛生がなかなか浸透しない。中国のトイレが汚いことは日本でも有名だ。
こうした衛生観念、そして公共心の欠如が環境問題の根柢にある。
(7)1990年代には、天安門事件(1989年)で欧米諸国から激しい非難を受けた直後だったので、日本の提言に耳を傾ける姿勢が今よりあった。竹下登・首相の時、日本が100億円以上の資金を投じて、北京の日中友好環境保全センターを創設するなど、環境対策で日本が援助したことがあった。今では、その経緯を知っている市民は僅かだろうが、北京市最大の下水処理場や、西安の水道の一部も日本の援助で作られた。
しかし、中国のために貢献したい、という日本側の気持ちがどこまで通じたか、疑問だ。
(8)中国は、地球環境問題について、「先進国のこれまでの活動が原因だ。途上国である我々には発展の権利がある」と言い続けている。GDP世界第2位となった大国の自覚はない。
環境問題の改善に立ちはだかっているのは、中国の政治体制だ。言論の自由や人権の尊重などが遵守される民主主義が実現されないかぎり、真の環境対策が実施される日は来ない。
□江上剛ほか「中国 知られざる異形の帝国」(「文藝春秋」2013年6月号)
【参考】
「【中国】恐るべき階級社会 ~農村戸籍と都市戸籍~」
「【中国】5大リスク ~不衛生・格差・バブル崩壊・少子高齢化・軍の暴走~」
「【食】中国産鶏肉の危険(2) ~有機塩素・残留ホルモン~」
「【食】日本マクドナルドが輸入する中国産鶏肉の危険 ~抗生物質~」
「【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?」
「【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~」
「【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~」
「【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド・その後」
「【食】中国産薬漬け・病気鶏肉を輸入する日本マクドナルド」
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あとマクドナルドもヤバいです(^。^;)