(1)「世界」の連載「片山善博の日本を診る」は、ふだんは3ページだが、このたびの「特別編」は7ページだ。来たる都知事選(7月31日に実施予定)に向けて、片山教授からすれば「これだけは言っておかねばならぬ」、「世界」誌からすれば「これだけは言っておいてもらわねばならぬ」ということで、このページ数になったのだろう。
(2)舛添知事(当時、以下同じ。)の発言やその振る舞い方には気になることが幾つかあった。その一つは、東京都知事として過剰とも思える気負いと気取り、勘違いに基づくある種の傲慢さだ。
舛添知事は、報道によれば2年半の在任中に海外出張に9回出向いた。そんな暇があったのか。知事としてやるべき仕事をやってなかったのではないか。
こう言えば、舛添知事は「都市外交」の重要性を説き、東京都の特殊性を強調して反論するに違いない。他の都道府県と同列に論じるべきではないと考えているはずだ。
しかし、人口規模などの差異はあっても、自治体としての基本的な役割に違いがあるわけではない。地方自治法第1条の2第1項に定めるとおり、「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担う」のが自治体の本務であり、この点では東京都も地方の県も同じだ。こうした自治体の代表である知事は、「住民の福祉の増進」を第一義に考え、日々の業務に精進しなければならない。
にもかかわらず、それを二の次にして「都市外交」にのめり込むかのように海外出張を繰り返すなどということは本来許されない。
併せて、同じく地方自治法では、外交のように国家の存立にかかわる事務は国がその役割を担うことも明記されている(第1条の2第2項)。舛添知事のいわゆる「都市外交」には、そこに「国を補完して」とか「国に代わって」という気負いや気取りが感じられてならない。
この種の気負いや気取りは、石原慎太郎・元知事に先例がある。その一例は、東京都による尖閣諸島購入計画だ。この計画とそれに続く国有化が中国の態度を硬化させ、東シナ海の緊張を高めることになったのは確かだ。
沖縄県の離党を東京都が購入するなどということは、「都民の福祉の増進を図ること」を基本として運営されるべき都政と無縁であることは明らかだ。
にもかかわらず、石原知事(当時)は「国がやらないから都がやる」と言わんばかりに、都政に関係のないこの問題に手を突っ込み、日中間の外交問題として炎上させてしまった。その収拾は火付け役の東京都にできるよしもなく、いきおい国の外交部門や防衛部門が担うことになる。その労苦はいかばかりか。自治体が気負いや気取りによって容易に外交に乗り出すべきではないという好例(悪例)だ。
都知事が他の知事とは違った別格の存在であるとの印象を醸し出したのは石原知事の時代からだ。都知事たる者、天下国家を論じていればいい。都政の些事に煩わされることなく、週に2、3日も出勤すればいい。そんな雰囲気を自ら作り出し、実行し、それがまかり通っていた。
それは、前任の青島幸男・知事やその前の鈴木俊一・知事の時代には見られなかった都庁の異様な光景だ。その別格意識が形を変えて舛添知事にも繋がっていた可能性は高い。
この際、東京都といえども普通の自治体の一つに過ぎないのだと、自己イメージを修正すべきだ。
(3)国の外交に障りのない国際交流なら奔放にやってよいかというと、そうではない。舛添知事の海外出張費は9回で2億4千万円にも及ぶという。
たしかに東京都の財政は豊かだ。ただ、その東京都の中では、かなり厳しい行政改革や財政改革が進行している。行政改革や財政改革は、一般論としては否定しないが、それが歪な内容であれば、話は別だ。
<例>都立高校の学校図書館に配属されている正規の司書を順次廃止している。正規の司書が定年などの事由で退職したら、後任は採用しない。学校図書館の管理は、指定管理制度を使って民間企業に委託するのだ。行政改革の一環だ。新たに受託企業の従業員として学校図書館に配置される司書は、短期の雇用であって、しかも処遇はよくない。ワーキングプアと呼ばれてもおかしくない立場だ。学校図書館の司書というとても重要な職が不安定な短期雇用で、しかも処遇にも恵まれていないのでは生徒たちの知的自立を支援する役柄としてふさわしくない。であればこそ、東京都はかつてすべての都立高校に正規の学校図書館司書を配置していたはずだ。それが、今や正規の司書を配置している高校は都立高校のうちの3分の1に満たない。今後も「計画的に」減らされ、そのうち全員いなくなるという。
東京都は、財政難を理由にしてこんな歪な計画を進めている。理由がよくわからない。
(a)東京都の財政は貧乏県である鳥取県などと比べものにならないほど豊かだ。その鳥取県がすべての県立高校に正規の司書を配置しているのに、豊かな東京都にそれができないはずはない。
(b)高校現場には歪な緊縮財政を強いているのに、知事の金の使い方があまりにも荒っぽい。現場には理不尽な行革を押しつけていながら、トップは海外で豪遊している。公平さとバランスを欠くこんなありさまが、都民から支持されるはずがない。
(4)もっとも、東京都は他の46都道府県とまったく同じ自治体かというと、それなりの差異はある。首都自治体には、それなりの気遣いが求められるし、首都ならではの気苦労がある。
<例1>首都としての東京都だ。<例>総理大臣を始めとする要人が多数いて、その身辺を警護するのは警視庁の仕事だ。
<例2>各国の大使館や公使館が置かれている。外国の賓客も大勢やってくる。そうした環境の中で都庁に知事を表敬したり、面会を求めたりする外国の高官も少なくない。それにできるだけ応じるのは首都を与る都知事の役目だ。
ただ、似たようなことで言えば、米軍基地を多く抱える沖縄県には、首都自治体とは違った気遣いが必要だし、その苦労は並大抵のことではない。尖閣諸島のある石垣市もそうだし、竹島を県域に含む島根県の苦労も絶えることがない。他の多くの自治体も、それぞれに苦労しているのだ。
一つだけ、東京都と他の道府県とでは、地方自治制度上、明確に違うことがある。それは府県制度ではなく、都制度の適用を受けていることだ。都制度とは、府県と大都市を一体化した仕組みのことだ。昭和18年、東京府と東京市(現在の東京23区の区域にあった市)を強引に一体化して生まれた。この戦時体制のもとでできあがった都制度は戦後に引き継がれた。その後23の特別区にそれぞれ区議会を置き、区長を公選で選ぶ仕組みが導入されて今日の都制度になった。
この23の特別区は特別地方公共団体に位置づけられ、一般の市町村(普通地方公共団体)とは異なる制度のもとに置かれている。特別区が担う事務の範囲は市町村の事務の範囲よりかなり狭い。市町村は、上下水道、消防、地下鉄、固定資産税、都市計画税を担うが、これらを特別区は担わず、東京都が担う。
そういう意味では、東京都は他の都道府県とは別格だが、かといって都知事が海外に出向く機会を増やす口実や言い訳にはならない。むしろ、都知事は都の区域内での仕事に、他の知事に倍して専念せざるをえない仕組みのもとにおかれていると自覚すべきだ。
しかも、東京都の区域には舛添知事の発言で物議を醸した奥多摩地域のほか、伊豆七島や小笠原までを含んでいる。それらの問題に真剣に向かい合うならば、都知事は海外にたびたび出かけるのではなく、むしろそれらの地域をこそおとずれるべきではないか。
(5)来たる選挙で都知事に就く人は、その巨大で複雑な組織及び職員集団を率いるのだから、相当の覚悟と力量を伴わねばなるまい。
加えて、このたびは4年ごとに実施される通常の選挙ではない。前任の知事がその任期の途中で辞めざるをえなくなたことに伴う唐突で時ならぬ選挙だ。おそらく、この選挙に準備をしてきた人などいないだろう。にわかに降ってきた選挙に慌ただしく臨まざるをえないのだが、果たして十分な準備が整うかどうか。
選挙の準備といえば、体制を組み、資金を集めるということももちろんあるが、一番肝心なことは政策づくりだ。山ほどある課題を概ね把握し、それに対して自分なりの見識と抱負を用意しておく必要がある。
政策や公約は人任せ、あるいはどこかの大都市自治体のホームページに載っている課題をコピペすることでも当面の選挙は乗り切れよう。ただ、それで大量得票を重ねて当選しても、後が順調に続くとは限らない。具体的に何をやっていいかよくわからないから、自分の好きなことだけやっていようか。こんなことでは都民の信頼をつなぎとめることはできないし、なにより自分自身にも張り合いがなかろう。
舛添知事もその前任の猪瀬直樹知事も準備不足のまま唐突な知事選挙に臨んだことが、それぞれ任期途中で辞めざるを得なくなった一因だ。元をただせば石原知事の任期途中の辞任に端を発しているのだが、こんな唐突な選挙ばかりを繰り返さぬようなんらかの手立てを講ずる必要がある。
(a)今度の選挙にはもう間に合わないが、米国の大統領選挙と同様に、知事と副知事をセットで選び、知事が欠けた場合は副知事が持ち上がって知事となり、残りの任期を務めるという制度改正。これだと4年ごとの定期的な選挙の仕組みは守られる。あるいは前任者の残任期間だけを務める知事を選ぶ補欠選挙方式でもいい。
(b)都議会改革。都民・納税者の代表として、知事をはじめとする執行部のチェックをしなければならない都議会は、これまでその任を十分に果たしてきたか。知事の高額海外出張を、週刊誌と世論に押されてやっと批判するに至ったが、それがなければ都議会が自律的に改善することはなかったのではないか。その証拠に、知事と似たりよったりのリオ豪華旅行を計画していたではないか。都議会議員はあらためて自分たちのミッションを認識すべきだ。
(c)議会に予算の決定権や決算の承認権が備わっているのは、税のムダ遣いを防ぐためだ。自分たちがムダ遣いをしないのは当然として、予算やその執行に含まれるムダを摘出する。その結果生じた財政の余裕は納税者に還元する。すなわち減税を志向する態度を本来持っていなければならない。税率引き下げは議会の本分だ。そこで力を発揮する議員が、有権者から高く評価される。それが議会の本来のあり方だ。
□片山善博(慶應義塾大学教授)「二度も続いた東京都知事の失脚-その教訓を都政の改革に生かす ~日本を診る第81回特別編~」(「世界」2016年8月号)
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【参考】
「【片山善博】参議院選、鳥取島根ほかの「今回の合区は憲法違反」」
「【片山善博】教育、図書館、議会の力 ~カーネギー自伝~」
「【片山善博】らの鼎談 違法性がなくても知事の適性がない ~舛添は日本の恥(2)~」
「【片山善博】&増田寛也&上脇博之 舛添知事は日本の恥だ ~辞任勧告~」
「【片山善博】舛添都知事問題は自治システム改善の教材」
「【社会】防災体制の点検、真剣に ~平素の備えが大切~」
「【片山善博】口利き政治の弊害と政治家本来の役割」
「【片山善博】選挙権年齢引下げと主権者教育のあり方」
「【片山善博】TPPから見える日本政治の悪弊 ~説明責任の欠如~」
「【片山善博】政権与党内の議論のまやかし ~消費税軽減税率論議~」
「【経済】今導入すると格差が拡大する ~外形課税=赤字法人課税~」
「【片山善博】【沖縄】辺野古審査請求から見えてくる国のモラルハザード」
「【片山善博】川内原発再稼働への知事の「同意」を診る」
「【片山善博】違憲と不信で立ち枯れ ~安保法案~」
「【片山善博】【五輪】新国立競技場をめぐるドタバタ ~舛添知事にも落とし穴~」
「【片山善博】「ベトナム反中国暴動」報道への違和感」
「【片山善博】文部科学省の愚と憲法違反 ~竹富町教科書問題~」
「【片山善博】都知事選に見る政党の無責任 ~候補者の「品質管理」~」
「【片山善博】JR北海道の安全管理と道州制特区」
「【政治】地方議会における口利き政治の弊害 ~民主主義の空洞化(3)~」
「【政治】住民の声を聞こうとしない地方議会 ~民主主義の空洞化(2)~」
「【政治】福島県民を愚弄する国会 ~民主主義の空洞化(1)~」
「【社会】教育委員は何をなすべきか ~民意を汲みとる~」
「【社会】教育委員会は壊すより立て直す方が賢明」
「【社会】「教員駆け込み退職」と地方自治の不具合」
「【政治】何事も学ばず、何事も忘れない自民党 ~公共事業~」
(2)舛添知事(当時、以下同じ。)の発言やその振る舞い方には気になることが幾つかあった。その一つは、東京都知事として過剰とも思える気負いと気取り、勘違いに基づくある種の傲慢さだ。
舛添知事は、報道によれば2年半の在任中に海外出張に9回出向いた。そんな暇があったのか。知事としてやるべき仕事をやってなかったのではないか。
こう言えば、舛添知事は「都市外交」の重要性を説き、東京都の特殊性を強調して反論するに違いない。他の都道府県と同列に論じるべきではないと考えているはずだ。
しかし、人口規模などの差異はあっても、自治体としての基本的な役割に違いがあるわけではない。地方自治法第1条の2第1項に定めるとおり、「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担う」のが自治体の本務であり、この点では東京都も地方の県も同じだ。こうした自治体の代表である知事は、「住民の福祉の増進」を第一義に考え、日々の業務に精進しなければならない。
にもかかわらず、それを二の次にして「都市外交」にのめり込むかのように海外出張を繰り返すなどということは本来許されない。
併せて、同じく地方自治法では、外交のように国家の存立にかかわる事務は国がその役割を担うことも明記されている(第1条の2第2項)。舛添知事のいわゆる「都市外交」には、そこに「国を補完して」とか「国に代わって」という気負いや気取りが感じられてならない。
この種の気負いや気取りは、石原慎太郎・元知事に先例がある。その一例は、東京都による尖閣諸島購入計画だ。この計画とそれに続く国有化が中国の態度を硬化させ、東シナ海の緊張を高めることになったのは確かだ。
沖縄県の離党を東京都が購入するなどということは、「都民の福祉の増進を図ること」を基本として運営されるべき都政と無縁であることは明らかだ。
にもかかわらず、石原知事(当時)は「国がやらないから都がやる」と言わんばかりに、都政に関係のないこの問題に手を突っ込み、日中間の外交問題として炎上させてしまった。その収拾は火付け役の東京都にできるよしもなく、いきおい国の外交部門や防衛部門が担うことになる。その労苦はいかばかりか。自治体が気負いや気取りによって容易に外交に乗り出すべきではないという好例(悪例)だ。
都知事が他の知事とは違った別格の存在であるとの印象を醸し出したのは石原知事の時代からだ。都知事たる者、天下国家を論じていればいい。都政の些事に煩わされることなく、週に2、3日も出勤すればいい。そんな雰囲気を自ら作り出し、実行し、それがまかり通っていた。
それは、前任の青島幸男・知事やその前の鈴木俊一・知事の時代には見られなかった都庁の異様な光景だ。その別格意識が形を変えて舛添知事にも繋がっていた可能性は高い。
この際、東京都といえども普通の自治体の一つに過ぎないのだと、自己イメージを修正すべきだ。
(3)国の外交に障りのない国際交流なら奔放にやってよいかというと、そうではない。舛添知事の海外出張費は9回で2億4千万円にも及ぶという。
たしかに東京都の財政は豊かだ。ただ、その東京都の中では、かなり厳しい行政改革や財政改革が進行している。行政改革や財政改革は、一般論としては否定しないが、それが歪な内容であれば、話は別だ。
<例>都立高校の学校図書館に配属されている正規の司書を順次廃止している。正規の司書が定年などの事由で退職したら、後任は採用しない。学校図書館の管理は、指定管理制度を使って民間企業に委託するのだ。行政改革の一環だ。新たに受託企業の従業員として学校図書館に配置される司書は、短期の雇用であって、しかも処遇はよくない。ワーキングプアと呼ばれてもおかしくない立場だ。学校図書館の司書というとても重要な職が不安定な短期雇用で、しかも処遇にも恵まれていないのでは生徒たちの知的自立を支援する役柄としてふさわしくない。であればこそ、東京都はかつてすべての都立高校に正規の学校図書館司書を配置していたはずだ。それが、今や正規の司書を配置している高校は都立高校のうちの3分の1に満たない。今後も「計画的に」減らされ、そのうち全員いなくなるという。
東京都は、財政難を理由にしてこんな歪な計画を進めている。理由がよくわからない。
(a)東京都の財政は貧乏県である鳥取県などと比べものにならないほど豊かだ。その鳥取県がすべての県立高校に正規の司書を配置しているのに、豊かな東京都にそれができないはずはない。
(b)高校現場には歪な緊縮財政を強いているのに、知事の金の使い方があまりにも荒っぽい。現場には理不尽な行革を押しつけていながら、トップは海外で豪遊している。公平さとバランスを欠くこんなありさまが、都民から支持されるはずがない。
(4)もっとも、東京都は他の46都道府県とまったく同じ自治体かというと、それなりの差異はある。首都自治体には、それなりの気遣いが求められるし、首都ならではの気苦労がある。
<例1>首都としての東京都だ。<例>総理大臣を始めとする要人が多数いて、その身辺を警護するのは警視庁の仕事だ。
<例2>各国の大使館や公使館が置かれている。外国の賓客も大勢やってくる。そうした環境の中で都庁に知事を表敬したり、面会を求めたりする外国の高官も少なくない。それにできるだけ応じるのは首都を与る都知事の役目だ。
ただ、似たようなことで言えば、米軍基地を多く抱える沖縄県には、首都自治体とは違った気遣いが必要だし、その苦労は並大抵のことではない。尖閣諸島のある石垣市もそうだし、竹島を県域に含む島根県の苦労も絶えることがない。他の多くの自治体も、それぞれに苦労しているのだ。
一つだけ、東京都と他の道府県とでは、地方自治制度上、明確に違うことがある。それは府県制度ではなく、都制度の適用を受けていることだ。都制度とは、府県と大都市を一体化した仕組みのことだ。昭和18年、東京府と東京市(現在の東京23区の区域にあった市)を強引に一体化して生まれた。この戦時体制のもとでできあがった都制度は戦後に引き継がれた。その後23の特別区にそれぞれ区議会を置き、区長を公選で選ぶ仕組みが導入されて今日の都制度になった。
この23の特別区は特別地方公共団体に位置づけられ、一般の市町村(普通地方公共団体)とは異なる制度のもとに置かれている。特別区が担う事務の範囲は市町村の事務の範囲よりかなり狭い。市町村は、上下水道、消防、地下鉄、固定資産税、都市計画税を担うが、これらを特別区は担わず、東京都が担う。
そういう意味では、東京都は他の都道府県とは別格だが、かといって都知事が海外に出向く機会を増やす口実や言い訳にはならない。むしろ、都知事は都の区域内での仕事に、他の知事に倍して専念せざるをえない仕組みのもとにおかれていると自覚すべきだ。
しかも、東京都の区域には舛添知事の発言で物議を醸した奥多摩地域のほか、伊豆七島や小笠原までを含んでいる。それらの問題に真剣に向かい合うならば、都知事は海外にたびたび出かけるのではなく、むしろそれらの地域をこそおとずれるべきではないか。
(5)来たる選挙で都知事に就く人は、その巨大で複雑な組織及び職員集団を率いるのだから、相当の覚悟と力量を伴わねばなるまい。
加えて、このたびは4年ごとに実施される通常の選挙ではない。前任の知事がその任期の途中で辞めざるをえなくなたことに伴う唐突で時ならぬ選挙だ。おそらく、この選挙に準備をしてきた人などいないだろう。にわかに降ってきた選挙に慌ただしく臨まざるをえないのだが、果たして十分な準備が整うかどうか。
選挙の準備といえば、体制を組み、資金を集めるということももちろんあるが、一番肝心なことは政策づくりだ。山ほどある課題を概ね把握し、それに対して自分なりの見識と抱負を用意しておく必要がある。
政策や公約は人任せ、あるいはどこかの大都市自治体のホームページに載っている課題をコピペすることでも当面の選挙は乗り切れよう。ただ、それで大量得票を重ねて当選しても、後が順調に続くとは限らない。具体的に何をやっていいかよくわからないから、自分の好きなことだけやっていようか。こんなことでは都民の信頼をつなぎとめることはできないし、なにより自分自身にも張り合いがなかろう。
舛添知事もその前任の猪瀬直樹知事も準備不足のまま唐突な知事選挙に臨んだことが、それぞれ任期途中で辞めざるを得なくなった一因だ。元をただせば石原知事の任期途中の辞任に端を発しているのだが、こんな唐突な選挙ばかりを繰り返さぬようなんらかの手立てを講ずる必要がある。
(a)今度の選挙にはもう間に合わないが、米国の大統領選挙と同様に、知事と副知事をセットで選び、知事が欠けた場合は副知事が持ち上がって知事となり、残りの任期を務めるという制度改正。これだと4年ごとの定期的な選挙の仕組みは守られる。あるいは前任者の残任期間だけを務める知事を選ぶ補欠選挙方式でもいい。
(b)都議会改革。都民・納税者の代表として、知事をはじめとする執行部のチェックをしなければならない都議会は、これまでその任を十分に果たしてきたか。知事の高額海外出張を、週刊誌と世論に押されてやっと批判するに至ったが、それがなければ都議会が自律的に改善することはなかったのではないか。その証拠に、知事と似たりよったりのリオ豪華旅行を計画していたではないか。都議会議員はあらためて自分たちのミッションを認識すべきだ。
(c)議会に予算の決定権や決算の承認権が備わっているのは、税のムダ遣いを防ぐためだ。自分たちがムダ遣いをしないのは当然として、予算やその執行に含まれるムダを摘出する。その結果生じた財政の余裕は納税者に還元する。すなわち減税を志向する態度を本来持っていなければならない。税率引き下げは議会の本分だ。そこで力を発揮する議員が、有権者から高く評価される。それが議会の本来のあり方だ。
□片山善博(慶應義塾大学教授)「二度も続いた東京都知事の失脚-その教訓を都政の改革に生かす ~日本を診る第81回特別編~」(「世界」2016年8月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【片山善博】参議院選、鳥取島根ほかの「今回の合区は憲法違反」」
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「【政治】地方議会における口利き政治の弊害 ~民主主義の空洞化(3)~」
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「【社会】「教員駆け込み退職」と地方自治の不具合」
「【政治】何事も学ばず、何事も忘れない自民党 ~公共事業~」