第8講座 分析力を鍛える
(a)日中文明の衝突 どうすれば勝てるのか 中西輝政×春名幹男×宮家邦彦×佐藤優】
<いや私は、日本人には中国人とは反対に、退くべきか、踏みとどまるべきか迷う局面には、踏みとどまることを選んでしまう傾向が強いように思えます。太平洋戦争のガダルカナル戦でも、それで撤退の時期を逸し、甚大な被害を招いてしまった。その二の舞にならないようにしなくては>
(b)対中外交はなぜ失敗するのか 【山内昌之×井上寿一×宮家邦彦×川村雄介×田久保忠衛×佐藤優】
<川村 当時の中国熱はある意味で、現代以上だったのではないでしょうか。今、北京語と広東語を自由に操る日本人ってそんなにいないでしょう。しかし、当時はそうした人材が相当数いて、大陸に渡った日本人ビジネスマンが、中国人の女学生に「あなたは訛りが強いから、私がきちんとしたマンダリン(北京語)を教えてやる」といったことも結構あったそうです。中国服を着ていると、すっかり現地に溶け込んで、中国人に間違えられたり。ただ、言葉はペラペラでも、顔の洗い方でバレたといますね。
宮家 中国人は手の平ではなく、顔の方を動かしますからね。
佐藤 市川雷蔵主演の映画『陸軍中野学校』でもそういうシーンが出てきますよ。おそらく華北に侵入するという設定だと思います>
第9講座 分析力ケーススタディ--ロシア読解篇
(a)ソ連の激動とロシア正教会
<「宗教は人民のアヘンである」ことを党是とする共産党と正教会は常に敵対関係にあったように考えられていますが、これは誤りです。1920年代前半から30年代にかけての戦闘的無神論者同盟が活躍した時代、1950年代後半から60年代前半のフルシチョフ政権の反教会キャンペーンの時代を除いては、共産党と教会の関係は常にイデオロギー的な緊張関係を孕んでいたものの、お互いに利用、被利用の関係で共存してきたというのが実情でした>
(b)ソ連の解体とロシア正教会
<それではソ連において教会は完全に自由な活動を保障されていたのでしょうか。
もちろん保障されていませんでした。(中略)このような状況下でも、少なくとも二千万人が日常的に教会に通っていたといわれています。
ソ連政府の宗教政策が根本的に変化するのは1988年のロシア宣教千年祭を契機としてです。モスクワのダニーロフ修道院は、1920年代に閉鎖され、お化け屋敷のようになっていましたが、千年祭を契機に正教会に返還され、ロシア正教の総主教邸が置かれ、いわば本山となっています。ゴルバチョフ大統領が、ピーメン総主教(当時)と会見し、「キリスト教の道徳に果たす役割に期待する」と述べました。1989年の選挙ではピーメン総主教、ピトリム府主教がソ連人民代議員(国会議員)になり、1990年のロシアの総選挙ではポローシン、ヤクーニン等の神父がロシア人民議員(国会議員)に選出されました>
(c)ユーラシア主義の台頭
<そもそもロシア人という概念自体がユーラシア主義と深く結びついている。日本語で言うロシア人は、ロシア語では「ルスキー」と「ロシヤーニン」という二つの概念に対応する。「ルスキー」が血筋の意味でのロシア人であるのに対し、「ロシヤーニン」は王朝に忠誠を誓う臣民の意味でのロシア人で、歴史的にロシアでは「ロシヤーニン」のほうが重要な意味を持った>
(d)理屈より、本音で生きるロシア人
<私はロシア人の内的ロジックをこう理解している。西ローマ帝国を継承する欧米文化は、ユダヤ・キリスト教の一神教の伝統、ギリシア古典哲学、ローマ法から形成されている。これに対して東ローマ(ビザンツ)帝国を継承するロシアでは、前二者の伝統は共有するが、ローマ法的意識は希薄である。「合意は拘束する」というローマ法の原則よりも、「確かに口ではそう誓ったが、心は誓いにはとらわれていない」というギリシア古典劇の台詞のほうが、ロシア人の世界では普遍的なゲームのルールなのであろう>
(e)死神プーチンの仮面を剥げ
<対外諜報機関員には二つのタイプがある。第一のタイプは社交的で、派手で、誰もこんなに目立つ奴がスパイ活動など行うはずがないと思う。その裏をかくプロたちで、人懐っこい表情には陰険な打算が隠されている。第二のタイプは、存在感があまりない、一見気が弱そうな人たちだが、実際は意志力が強く、陰険だ。もっともインテリジェンス(諜報)の世界でお人好しは生き残っていくことができないので、職業的に陰険さが身に付くのであるが、プーチン氏のように陰険さが後光を発している例は珍しい>
(f)最強の独裁者プーチンの凄腕
<筆者の政治感覚は、標準的な日本人と比較するとすこしずれているような気がする。選挙とは、われわれの代表者を政治の場に送り出すことと頭ではわかっているのだが、どうも皮膚感覚がついていかない。
われわれの日常生活とは次元の異なるところから候補者が降ってくる。「悪い候補者」と「うんと悪い候補者」と「とんでもない候補者」だ。その中から「悪い候補者」に一票を投じ、「うんと悪い候補者」を「とんでもない候補者」を排除するのが選挙であるというのが、筆者の率直な認識だ。これはロシア人の標準的な選挙観だ>
第10講座 佐藤優の実践ライブゼミ
(a)第一部:ロシア情勢と「イスラム国」
<こういった情報をどういう風に使って分析しているか。ここで、時間の使い方が重要になってきます。時間は、二つに分けて考える必要があります。ギリシャ語でいうところの「クロノス」という時間と「カイロス」という時間です。
クロノスは年表。あるいは時系列表などと訳しますけれども、われわれの日常的な感覚での、流れていく時間を指します。
(中略)もう一つ時間を管理する時に重要なのはカイロスという時間。今日は学生の方も来られていると思いますが、将来私と同じ55歳になってもこの文藝春秋の会議室の雰囲気や私の話の断片は覚えている方もいらっしゃると思います。その方にとって、その出来事がある前と後で、時間の質が変わっているのです。こういう質を変えてしまう時間をカイロスといいます>
(b)第二部:来場者の質問に答える
<「20年後、子供一人を大学に出し、その時に両親、妻の親を含め4人の介護、自分と妻の老後の費用を考えると、30代40代50代の時の夫婦の預金はどのくらいあれば人生逃げ切れると思いますか」
50代だったら、1億5千万円だと思います。有料の老人ホームに入るとしてですが。40代で1億4千万、30代でも1億4千万・・・・。要するに、今の市場価格でおっしゃるような人生プランですと1億5千万円というのが目安だと思います。とすると、何かを諦めなければいけない(笑)。健康に留意して、特養に入りやすい地域に引っ越すとか>
あとがき
2015年、佐藤優が職業作家になって、まる10年になる。
デビュー作は、『国家の罠 ~外務省のラスプーチンと呼ばれて~』(新潮社、2005。後に新潮文庫、2007)【注】。
<この10年間、無我夢中で走ってきたが、このあたりで自分の作家生活について中間総括をしたい>
本書は、過去の論考、対談などを再編したムックである。外交官時代から現在に至るまで20年以上にわたる幅広いテーマが含まれる。<これで佐藤優の思考法が浮き彫りになる>
【注】第59回毎日出版文化賞特別賞。
□佐藤優『知の教室 ~教養は最強の武器である~』(文春文庫、2015)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】武器としての教養、闘い方、対話の技術 ~知の教室・抄(2)~」
「【佐藤優】知的技術、情報を拾う・使う、知をビジネスに ~知の教室・抄(1)~」
「【佐藤優】多忙なビジネスマンに明かす心得 ~情報収集術(2)~」
「【佐藤優】多忙なビジネスマンに明かす心得 ~情報収集術(1)~」
「【佐藤優】日本のインテリジェンス機能、必要な貯金額、副業の是非 ~知の教室~」
「【佐藤優】世の中でどう生き抜くかを考えるのが教養 ~知の教室~」
「【佐藤優】『知の教室 ~教養は最強の武器である~』目次」
「【佐藤優】『佐藤優の実践ゼミ』目次」
「『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』」
★『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』目次はこちら
(a)日中文明の衝突 どうすれば勝てるのか 中西輝政×春名幹男×宮家邦彦×佐藤優】
<いや私は、日本人には中国人とは反対に、退くべきか、踏みとどまるべきか迷う局面には、踏みとどまることを選んでしまう傾向が強いように思えます。太平洋戦争のガダルカナル戦でも、それで撤退の時期を逸し、甚大な被害を招いてしまった。その二の舞にならないようにしなくては>
(b)対中外交はなぜ失敗するのか 【山内昌之×井上寿一×宮家邦彦×川村雄介×田久保忠衛×佐藤優】
<川村 当時の中国熱はある意味で、現代以上だったのではないでしょうか。今、北京語と広東語を自由に操る日本人ってそんなにいないでしょう。しかし、当時はそうした人材が相当数いて、大陸に渡った日本人ビジネスマンが、中国人の女学生に「あなたは訛りが強いから、私がきちんとしたマンダリン(北京語)を教えてやる」といったことも結構あったそうです。中国服を着ていると、すっかり現地に溶け込んで、中国人に間違えられたり。ただ、言葉はペラペラでも、顔の洗い方でバレたといますね。
宮家 中国人は手の平ではなく、顔の方を動かしますからね。
佐藤 市川雷蔵主演の映画『陸軍中野学校』でもそういうシーンが出てきますよ。おそらく華北に侵入するという設定だと思います>
第9講座 分析力ケーススタディ--ロシア読解篇
(a)ソ連の激動とロシア正教会
<「宗教は人民のアヘンである」ことを党是とする共産党と正教会は常に敵対関係にあったように考えられていますが、これは誤りです。1920年代前半から30年代にかけての戦闘的無神論者同盟が活躍した時代、1950年代後半から60年代前半のフルシチョフ政権の反教会キャンペーンの時代を除いては、共産党と教会の関係は常にイデオロギー的な緊張関係を孕んでいたものの、お互いに利用、被利用の関係で共存してきたというのが実情でした>
(b)ソ連の解体とロシア正教会
<それではソ連において教会は完全に自由な活動を保障されていたのでしょうか。
もちろん保障されていませんでした。(中略)このような状況下でも、少なくとも二千万人が日常的に教会に通っていたといわれています。
ソ連政府の宗教政策が根本的に変化するのは1988年のロシア宣教千年祭を契機としてです。モスクワのダニーロフ修道院は、1920年代に閉鎖され、お化け屋敷のようになっていましたが、千年祭を契機に正教会に返還され、ロシア正教の総主教邸が置かれ、いわば本山となっています。ゴルバチョフ大統領が、ピーメン総主教(当時)と会見し、「キリスト教の道徳に果たす役割に期待する」と述べました。1989年の選挙ではピーメン総主教、ピトリム府主教がソ連人民代議員(国会議員)になり、1990年のロシアの総選挙ではポローシン、ヤクーニン等の神父がロシア人民議員(国会議員)に選出されました>
(c)ユーラシア主義の台頭
<そもそもロシア人という概念自体がユーラシア主義と深く結びついている。日本語で言うロシア人は、ロシア語では「ルスキー」と「ロシヤーニン」という二つの概念に対応する。「ルスキー」が血筋の意味でのロシア人であるのに対し、「ロシヤーニン」は王朝に忠誠を誓う臣民の意味でのロシア人で、歴史的にロシアでは「ロシヤーニン」のほうが重要な意味を持った>
(d)理屈より、本音で生きるロシア人
<私はロシア人の内的ロジックをこう理解している。西ローマ帝国を継承する欧米文化は、ユダヤ・キリスト教の一神教の伝統、ギリシア古典哲学、ローマ法から形成されている。これに対して東ローマ(ビザンツ)帝国を継承するロシアでは、前二者の伝統は共有するが、ローマ法的意識は希薄である。「合意は拘束する」というローマ法の原則よりも、「確かに口ではそう誓ったが、心は誓いにはとらわれていない」というギリシア古典劇の台詞のほうが、ロシア人の世界では普遍的なゲームのルールなのであろう>
(e)死神プーチンの仮面を剥げ
<対外諜報機関員には二つのタイプがある。第一のタイプは社交的で、派手で、誰もこんなに目立つ奴がスパイ活動など行うはずがないと思う。その裏をかくプロたちで、人懐っこい表情には陰険な打算が隠されている。第二のタイプは、存在感があまりない、一見気が弱そうな人たちだが、実際は意志力が強く、陰険だ。もっともインテリジェンス(諜報)の世界でお人好しは生き残っていくことができないので、職業的に陰険さが身に付くのであるが、プーチン氏のように陰険さが後光を発している例は珍しい>
(f)最強の独裁者プーチンの凄腕
<筆者の政治感覚は、標準的な日本人と比較するとすこしずれているような気がする。選挙とは、われわれの代表者を政治の場に送り出すことと頭ではわかっているのだが、どうも皮膚感覚がついていかない。
われわれの日常生活とは次元の異なるところから候補者が降ってくる。「悪い候補者」と「うんと悪い候補者」と「とんでもない候補者」だ。その中から「悪い候補者」に一票を投じ、「うんと悪い候補者」を「とんでもない候補者」を排除するのが選挙であるというのが、筆者の率直な認識だ。これはロシア人の標準的な選挙観だ>
第10講座 佐藤優の実践ライブゼミ
(a)第一部:ロシア情勢と「イスラム国」
<こういった情報をどういう風に使って分析しているか。ここで、時間の使い方が重要になってきます。時間は、二つに分けて考える必要があります。ギリシャ語でいうところの「クロノス」という時間と「カイロス」という時間です。
クロノスは年表。あるいは時系列表などと訳しますけれども、われわれの日常的な感覚での、流れていく時間を指します。
(中略)もう一つ時間を管理する時に重要なのはカイロスという時間。今日は学生の方も来られていると思いますが、将来私と同じ55歳になってもこの文藝春秋の会議室の雰囲気や私の話の断片は覚えている方もいらっしゃると思います。その方にとって、その出来事がある前と後で、時間の質が変わっているのです。こういう質を変えてしまう時間をカイロスといいます>
(b)第二部:来場者の質問に答える
<「20年後、子供一人を大学に出し、その時に両親、妻の親を含め4人の介護、自分と妻の老後の費用を考えると、30代40代50代の時の夫婦の預金はどのくらいあれば人生逃げ切れると思いますか」
50代だったら、1億5千万円だと思います。有料の老人ホームに入るとしてですが。40代で1億4千万、30代でも1億4千万・・・・。要するに、今の市場価格でおっしゃるような人生プランですと1億5千万円というのが目安だと思います。とすると、何かを諦めなければいけない(笑)。健康に留意して、特養に入りやすい地域に引っ越すとか>
あとがき
2015年、佐藤優が職業作家になって、まる10年になる。
デビュー作は、『国家の罠 ~外務省のラスプーチンと呼ばれて~』(新潮社、2005。後に新潮文庫、2007)【注】。
<この10年間、無我夢中で走ってきたが、このあたりで自分の作家生活について中間総括をしたい>
本書は、過去の論考、対談などを再編したムックである。外交官時代から現在に至るまで20年以上にわたる幅広いテーマが含まれる。<これで佐藤優の思考法が浮き彫りになる>
【注】第59回毎日出版文化賞特別賞。
□佐藤優『知の教室 ~教養は最強の武器である~』(文春文庫、2015)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】武器としての教養、闘い方、対話の技術 ~知の教室・抄(2)~」
「【佐藤優】知的技術、情報を拾う・使う、知をビジネスに ~知の教室・抄(1)~」
「【佐藤優】多忙なビジネスマンに明かす心得 ~情報収集術(2)~」
「【佐藤優】多忙なビジネスマンに明かす心得 ~情報収集術(1)~」
「【佐藤優】日本のインテリジェンス機能、必要な貯金額、副業の是非 ~知の教室~」
「【佐藤優】世の中でどう生き抜くかを考えるのが教養 ~知の教室~」
「【佐藤優】『知の教室 ~教養は最強の武器である~』目次」
「【佐藤優】『佐藤優の実践ゼミ』目次」
「『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』」
★『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』目次はこちら