語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『憂国のスパイ -イスラエル諜報機関モサド-』

2016年04月21日 | ノンフィクション
 著者ゴードン・トーマスは、1933年中東生まれ、英国育ち。スエズ動乱から天安門事件まで海外特派員として活躍した後、ノンフィクション作家に専念する。本書を公刊するまでに37の著書があり、『さすらいの航海』は映画化されてアカデミー賞5部門にノミネートされた。

 本書は、イスラエルの諜報機関、モサドことハ・モサド・レ・テウム(「調整の機関」を意味する)に関するレポートである。1951年の創設からダイアナ妃の事故死まで、主な作戦あるいは事件がしばしば新事実をもとに綴られる。
 規模は小さいが、大国の諜報組織を凌駕するほどの力を発揮してきたモサドに新たな照明があてられた。

 取材の範囲は広い。
 「主な取材協力者」だけでも、2人のモサド元長官をはじめとする21名。このほか、本文にたびたび名があげられている元機関員たち、モサドと敵対したPLOの戦闘員やバチカンの協力者などとのインタビューの録音テープは、合わせて80時間に及ぶよし。

 古くは、アイヒマンの逮捕やエンテベ空港人質救出作戦などの世界を感嘆させた作戦、ちかくは惨めな失敗に終わった作戦、たとえば近く1997年、ハマスのリーダーであるハーリド・メルシャン暗殺未遂事件が記される。
 これらは今ではわりとひろく知られた事どもだが、本書で初めて明らかにされた事実もある。

 たとえば、第14章(メイドが運んだ爆弾)。1986年、ヨルダン生まれのパレスチナ人ネザル・ヒンダウィは、妊娠中の愛人に爆弾をもたせてエルアル航空に乗り込ませようとした。ロンドン空港に限らないが、イスラエルへ向かう者の検査は厳しい。爆弾は発見され、首謀者は逮捕され、関与を疑われたシリア大使館は閉鎖された。
 イスラエルの厳重な保安体制の賛歌として引かれる例である。
 ところが、本書によれば、これには裏があり、モサドがシリアの影響力を弱めるべく画策した陰謀なのであった。

 かにかくに、かって闇の中に埋もれていた歴史的事実が、市民の目にふれるようになった。歴代のモサド長官の実名がすべて、初めて本書で公開された点からしても、時勢の変化を感じとることができる。
 それは、本書公刊当時のパレスチナにおける和平への動きを反映していたのかもしれない。

 本書をもとに、その後5年間にテレビで6本の2時間ドラマが制作されることになっていた。また、12本のドキュメンタリーも制作されることに。
 実現したのであれば、隠蔽されていた国家活動が市民によって検証されることになったはずだ。

□ゴードン・トーマス(東江一紀訳)『憂国のスパイ -イスラエル諜報機関モサド-』(光文社、1999)



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