語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】社会人のための「役立つ教養講座」一覧

2018年05月18日 | ●佐藤優
【佐藤優】Q&A(実践的な教養の身につけ方) ~役立つ教養⑪~
【佐藤優】本物のエリートはどこに?/社会人が哲学を学ぶ意義 ~役立つ教養⑩~
【佐藤優】人生に結論はない、教養がビジネスチャンスに ~役立つ教養⑨~
【佐藤優】算数のできない人に仕事を任せるな ~役立つ教養⑧~
【佐藤優】屁理屈を見抜き、かつ、屁理屈を使いこなす ~役立つ教養⑦~
【佐藤優】「夢」を知ることは自分を知ることだ ~役立つ教養⑥~
【佐藤優】欧米のエリートと「イスラム国」の共通点 ~役立つ教養⑤~
【佐藤優】「独断専行」のすすめ/中間管理職心得 ~役立つ教養④~
【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~
【佐藤優】20世紀はドイツの時代、フランスにないもの ~役立つ教養②~ 
【佐藤優】金正恩の思考回路、なぜ水爆か ~役立つ教養①~
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【佐藤優】Q&A(実践的な教養の身につけ方) ~役立つ教養⑪~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 第1回から第10回まで、ニュースの読み解きに始まり、宗教、論理力・数学力、哲学など、社会人が身につけるべきさまざまな教養について話した。最終回は、読者の質問に対する答えの形で、実践的な教養の身につけ方をおさらいする。

 *

Q:ニュースを読む・見るときのポイントは?
A:日本語の報道を読むだけでも大丈夫。英語のメディアは、無理をすることはない。英語が母語でない人が英文を読むのはものすごく疲れるからだ。最初の30分は大丈夫でも、そこからガクンと能率が落ちる。長続きしない。それに、日本語で情報収集・分析するだけでも、かなりのことが分かる。
 では、どの情報をチェックすればいいか。
 ①ウォール・ストリート・ジャーナル日本版。日本の新聞とはまったく違う記事が載っているし、CNNの最新記事も数時間で日本語に訳される。日頃からこれに目を通しておくと、国際ニュース、特に日本のマスコミの弱点である中東のニュースなどは、かなり早く手に入る。
 ②海外大手メディアにも報道されないような深い情報は、イラン国営放送「Pars Today」や、ロシア国営「スプトーニク」のウェブサイトをチェックするとよい。これらはいわゆる「国策女ディ」だから、編集方針が国家の利害を反映していて、とても興味深い。「ハメネイ最高指導者の言葉」とか「今日のコーラン」とかいったコーナーにまじって、重要なニュースが載っている。

 *

Q:数学がとても苦手なのだが、どうやって復習すればいいですか?
A:もし「あまりにも苦手で、数学検定を受けるのも怖い」という場合は、抵抗があるかもしれないが、公文式がおすすめだ。実は公文式では、大人向けの講座も充実している。どれだけ問題を解いても月謝は変わらない。何より公文式は、「ほめて伸ばす」というシステムをとっているので、無理なく続けられる。数学は積み重ねだ。理解の穴を見つけ出し、埋めるためにも、面倒がらずに基本からやり直すことが大切だ。
 教室に通える余裕のある人は、週2回を目安にすれば、半年もかからず中学の数学までは完璧にできる。その後は、高校1年生の過程が3ヵ月くらい、高校2年と3年が合わせて1年ぐらいだろう。とりあえず中学まで終わったところで数検3級を受けてみると、身についたかどうか分かる。全体で1年半くらいかければ、数学は怖くなくなるはずだ。

 *

Q:英語の場合は?
A:まずは、今の英語力を測るためにも、英検2級を受けてみる。これはだいたい高校2年生と同じくらいのレベルだ。歯が立たないようなら3級に戻るとよい。英検の関連教材はすごくよくできているから、それを使って勉強するのがおすすめだ。英検準1級に合格できれば、TOEFL換算でだいたいスコア100になる。これは外務省が入省時に「即戦力になる」と判断する基準と同じだ。
 現在の新人キャリア外交官のうち、何割がこの基準をクリアしているか? 実は、わずかに3割だそうだ。佐藤優が外務省に入った頃は、専門職を含め、TOEFL100は全員が持っていたのだが。
 ちなみに、昔の外務省の入省試験は、「和文外国語訳」と「外国語和訳」しかなかった。これは明治時代からずっと変わっていなくて、採点者さえしっかりしていれば、語学の能力が最もよく分かる方法だ。しかし、現在では、この試験は専門職にしか課されない。現代日本外交の停滞は、外務省職員の英語力低下とも関係している。

 *

Q:論理的に話す力は、どうすれば鍛えられますか?
A:文章を朗読するとよい。最近は朗読のための教材も出ているから、きちんと論理的に整合性がとれている文章を、気持を込めて朗読するのが効果的だ。超えに出して読んで見ると、文章の崩れもよく分かるから。
 朗読すると、ディベート力、議論の力もつく。短めの戯曲など、セリフのやり取りがある文章を、声に出して読んで見るのがよい。

 *

Q:「日本の組織では『独断専行』が評価される」という話が第4回であった。しかし、「独断専行」と「自分勝手」の違いが分かりません。
A:実は、両者に違いはない。ある人の勝手な行動が、組織に利益をもたらした場合は「臨機応変によくやった」と評価されるが、失敗したら「自分勝手だ」と非難される。それが日本の企業文化・組織文化だ。
 では、どうやって自らの行動の成否を確かめればいいのか。自分で「失敗したかもしれない」という認識があるなら、手の打ちようがある。しかし、問題は、本人が「うまくいっている」と思っていても、上司から見ると全然うまくいっていないケースがしばしばあることだ。
 だから、まずは自分がしていることにミスがないかどうか、点検する習慣をつける。もしミスが見つかったら、上司や同僚に責任をうまく分散するようにする。自分の力ではどうしようもない場合は、マイナスを最小限に抑えるために、なるべく早く上司に報告する。組織の中で生き残っている人は、大抵そういったスキルに長けているものだ。
 組織文化というものは、一朝一夕には変わらない。大事なのは、どんな「独断専行」が評価されるのか、逆にどんな「独断専行」がNGなのか、普段からよく観察しておくこと。また、「これはまずい」と思った場合は身を引き、「いける」と思ったら乗っかるといった「ズルさ」も時には必要だ。

□佐藤優「 ~社会人のための「役立つ教養講座」 第11回(最終回)~」(「週刊現代」2016年6月4日号)
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 【参考】
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【佐藤優】本物のエリートはどこに?/社会人が哲学を学ぶ意義 ~役立つ教養⑩~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)エトムント・フッサールは、哲学だけでなく芸術や文学など、20世紀のさまざまな文化に大きな影響を与えた。
 フッサールの著書も非常に難解だ。専門家の間にさえ、「あんな難しいものを呼んでも仕方ない」という意見もある。ただ、もし哲学者を誰かひとり勉強するなら、フッサールがよい。なぜなら、彼の研は現代思想の取り組んでいる問題をほとんどカバーしているからだ。

 (2)1859年にオーストリアで生まれたフッサールの実家は、ユダヤ系の商家だった。だから晩年のフッサールはナチスの迫害に遭い、大学教授名簿を除名されたり、大学構内立ち入り禁止を宣告されたりした。
 フッサール哲学をひとことで言い表すと、「世の中、理屈じゃないんだ」ということだ。
 カントは、世界をさまざまなカテゴリーに分けて考えた。ヘーゲルは弁証法や「絶対精神」といった概念で人の精神を説明した。いずれも煎じ詰めれば「理屈」だ。古今東西のあらゆる学問は結局、言葉の使い方が違うだけだ。壮大な世界観や、人びとを鼓舞するような革命思想といったものも、所詮は言葉遊びの幻想にすぎない。だから、フッサールはそれまでの論理学を厳しく批判した。
 さらに、フッサールはこうも言う。人間が何かを考える方法は、突き詰めると二つしかない。
   ①独断論。「とりあえず、私はこう思う」という地点からスタートするやり方。
   ②懐疑論。「誰の言うことも信じない。私の意見さえ本当かどうか疑わしい」という立場。
 しかし、②を採用すると、何が正しいのか判断する基準がなくなり、迷路にはまりこんでしまう。だから、フッサールは①を採用した。

 (3)独断論を採用すると、ひとつ問題が出てくる。自分の考えていることが正しかったとしても、それを他人とどうやって共有すればいいのか。「自分ひとりだけが分かる言葉」というものはあり得ない。現実に、私たちは他人と言葉を使ってコミュニケーションしている。
 そこでフッサールは「共主観性」という概念を考えた。つまり、「『正しい』と皆が思っていることは、皆が『正しい』と認めているから正しいにすぎないのだ」という考え方だ。
 <例>日本では、いくら靴がきれいでも他人の家に土足で上がることはできない。でも、欧米ではそれが当たり前だ。あるいは、「今、素っ裸になって外を走り回ってください」と言われてもできないが、なぜできないのか、理由を説明するのは意外と難しい。世間で「正しい」とされていることも、少し見方を変えると、どうして正しいのか分からなくなってしまうわけだ。
 つまり、私たちが他人と分かり合うことができるのは、相手と共同主観性を分かち合っているからだ。
 逆に言うと、自分ひとりだけが持っている純粋な「主観」というものは存在しない。すべての「主観」は、日本人なら日本人、欧米人なら欧米人といった、ある集団の中での「共同主観」なのだ。
 もっと言えば、われわれが使っている「私」という主語も、本当は私たちと言うべきだ。
 実際、何か考えるとき、「完全に自分だけのオリジナルな意見」というものはない。多かれ少なかれ、現代社会の常識や、メディアを通して得た知識に影響されているし、サラリーマンならサラリーマンの常識の中で考えているわけだ。
 人は共同主観性から逃れることはできない。そして、この共同主観性という視点を身につけることこそ、社会人が哲学を学ぶ最大の意義だ。

 (4)フッサールの考え方は、ヘーゲルの思想とも、根っこのところでつながっている。政治家にも科学者にも、それぞれの共同主観性がある。そして、世の中にいくつも存在する共同主観性を、なるべく客観的に見るということ。なぜそれが重要であるかというと、自分の人生の選択、特にキャリアをどう考えるか、ということに幅を与えてくれるからだ。
 <例1>幼いときから「お受験」をして、進学校に通い、東大に進む。こういう人生をめざしている人びとも一定数いる。しかし、それは「お受験組」の共同主観性であって、真のエリートはそんな人生なんてはなから目指していない。「お受験組」の人びとは「自分はエリートだ」と思っているかもしれないが、本物のエリート街道を進むことは難しいということに、いつか気づくだろう。そのとき、彼らは頭を抱えることになる。
 <例2>35歳のフリーター、先の展望は見えない、という人がいるかもしれない。でも、状況を冷静に分析することはできる。とりあえず、宅配便の仕分けのアルバイトをやれば時給1,000円はもらえる。しかし早晩、体力的にキツクなるだろう。では、できる範囲で将来につながることは何か。今から語学を勉強しても、お金も時間もかかるし、モノになるかどうか分からない。それなら、町の不動産屋さんに頭を下げて就職するのはどうか。不動産鑑定士の資格をとれば、外国語はあまり必要ないし、年収1,000万円超えの人だって少なくない。45歳までに不動産屋として成功してやろう。こういう考え方もできる。

 (5)東大を出てヘッジファンドや官公庁に入った人と、医学部を出て勤務医になった人と、45歳で街の不動産屋さんで働いている人と、誰がいちばん偉いのかなんて分からないし、収入だって誰が高いか分からない。
 人生には無数の選択肢がある。社会人としてしたたかに生きていくために、哲学を学んで損はしない。

□佐藤優「本物のエリートはどこにいる?/社会人が哲学を学ぶ意義 ~社会人のための「役立つ教養講座」 第10回~」(「週刊現代」2016年5月28日号)
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 【参考】
【佐藤優】人生に結論はない、教養がビジネスチャンスに ~役立つ教養⑨~
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【佐藤優】人生に結論はない、教養がビジネスチャンスに ~役立つ教養⑨~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルは、「哲学史上最も難解」と評される『精神現象学』を書いた人だが、同時に「あらゆる思想の源泉はヘーゲルにある」と言っても過言ではない偉大な思想家として世界中で尊敬されている。
 彼は、1770年8月27日、シュトゥットガルト(南ドイツ)で、主税局書記官の長男として生まれた。8歳の頃には、小学校の担任からシェイクスピアの作品集を贈られるほど、すぐれた言語能力をすでに身につけていた。
 神学校で学び、成人した彼は、ベルン(スイス)で家庭教師の職に就いた。彼は成績は抜群に良かったけれど、大学に行って勉強を続ける金が実家にはなかったからだ。貴族の家の子どもの家庭教師になって、その給料で研究するのが、当時の貧乏な学者志望者の、普通の生活であった。
 37歳で『精神現象学』を書き上げたあと、地方新聞の編集者もやっている。これも当時は金持ちやインテリのやる仕事ではなかった。ヘーゲルは、たたき上げの男であった。
 彼はあまり女性にモテなくて、41歳まで独身だった。彼は子どもの頃に天然痘にかかって、顔がボロボロになってしまって、ものすごく不細工だった。

 (2)一方、ヘーゲルより半世紀ほど前に生まれた哲学者イマヌエル・カントは、超モテ男だった。カントのパトロンは全員女性だ。貴族の女性のサロンで面白い話をして回って、可愛がられたわけだ。
 実は、いまも名前が残っているような哲学者には、ほぼ例外なく、貴族の女性のパトロンがいた。その女性が「こんなことを知りたいわ」と言うと、論文を一生懸命書いてプレゼントする。そうすると、「アタシにはこんな頭のいい男がいるのよ」と自慢の種になったのだろう。哲学の世界はそうでもしないとやっていけない。カントもデカルトもライプニッツも独身だった。
 でもやはり、そういう学者たちの哲学は、話は面白いけれど現実から乖離している。結局は、「独身男の哲学」なのだ。
 その点、ヘーゲルみたいにきちんと家庭を持った哲学者は珍しいし、現代人にも親しみやすい。

 (3)ヘーゲルは『精神現象学』に何を書いたか。
 簡単にいえば「人生にゴールはない」ということだ。
 いろんな悩みや課題が出てくる。目標を達成したと思っても、実はそこは本当のゴールじゃなくて、また新しい問題が現れる。最終的な結論にはなかなかたどり着けない。そういう本だ。
 <例>小学校の頃から一生懸命勉強して、中高一貫校に行き、東大に合格して、キャリア官僚になった。そこが人生のゴール・・・・ではなくて、最初の10年は下積みだ。係長をやって、筆頭課長補佐をやって、15年くらいで課長になる。しかし、その上に進むとなると、今度は省内政治との兼ね合いが出てくる。明らかに自分より優秀とは思えない人が政治任用で偉くなっていく。50代初めで同期が次官になったら、その期は全員天下りで、民間企業や外郭団体に出されてしまう。給料はそこそこ貰えるが、本気で仕事ができる期間は一生の中で10年もない。人生なんて、だいたいそんなものではないか。
 『精神現象学』を読むと、こういう「人生って、そんなものなんだ」ということがよく分かる。30代でこの本を書いたヘーゲルは、世間のことを相当ドライに見ていた。

 (4)もう一つ、ヘーゲルが発見したのが、教養の大切さだ。
 「知識を増やすことと、人格を高めること、すなわち教養を身につけるのが人間の特徴だ」
 近代社会においては、「知は力なり」だ。教養を持っている人ほど、富を得るチャンスや、権力に食い込んでいくチャンスが増える。目の前のことをあるがままに受け入れているだけでは、「教養がない」と」言われても仕方ない。
 <例>黒田東彦・日銀総裁が、2016年2月にマイナス金利を導入した。新聞には「マイナス金利導入によって、国内の資金貸し出しが増える」と書いてある。ここで「そうか」と読み流すのではなく、少し考えてみるのだ。
 ヒラリー・クリントン・米国大統領候補は、マイナス金利政策について「日本は為替ダンピングをしている」と非難した。マイナス金利を導入すれば、長期国債の利率が下がるから、日本国債から資金が逃げていく。そうすると円安になって、米国製品が世界で売りにくくなる、ということだ。
 つまり、マイナス金利は外交にも大きな影響を与える。日米だけでなく、日韓の経済関係も悪化する。だから、慰安婦問題も、それ自体は軟着陸しそうに見えるが、こうした経済状況を考えると、難しいかもしれない。
 こういうことがわかれば、ビジネスチャンスも掴める。いつまでもこの状態が続くわけではないので、今のうちに少し米国債を買っておこうか、という判断もできる。外務省関係者ならば、日米関係・日韓関係がこれから大変になるから、何か政策を考えないといけない、となる。
 教養というものは、身につけた分だけ自分を助けてくれる。

□佐藤優「ヘーゲルに学ぶ「人生に結論はない」/エリートは幸せなのか ~社会人のための「役立つ教養講座」 第9回~」(「週刊現代」2016年5月21日号)
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【佐藤優】算数のできない人に仕事を任せるな ~役立つ教養⑧~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)論理、理屈について、承前。 
 英語力強化ばかりが叫ばれる昨今だが、グローバル化が進むと、実は英語力より論理力が重要になる。国や文化が違う人にも、自分の考えを筋道立てて説明する力が問われるからだ。
 しかし、近年、日本人の論理力、中でも数学力はこれまでになく低迷している。
 <例>分数や足し算ができない大学生は、今や珍しくなくなった。20年ほど前から、「2分の1足す3分の1」の答えを「5分の2(正解:6分の5)」と答える大学生の割合が全体の約17%に達している【芳沢光雄・数学者】。
 こんなことになった大きな原因は、
  (a)入試科目から数学をなくすと、受験者が増えて偏差値が5ポイントも上がる。だから、私立大学の文系学部の多くは数学の入試を止めた。その結果、数学がまったくできない学生が経済学部に入り、そのまま大学院にも進学するという「異常事態」が常態になってしまった。かくして、分数の足し算さえできない若者が毎年大量に生み出されるようになった。
  (b)センター試験のようなマークシート式のテストが増えた。マークシート式には様々の欠点がある。①5つの選択肢がある場合、出題者はなんとなく「端っこの1番と5番には正解をおきたくない」と思ってしまうので、結果として3番に正解が偏ってしまう。これは統計的にも有意差が出るそうだ。②記述力を測ることができない。濃度や速さの計算といった、文章題・応用問題が理解できない学生が増えている。

 (2)憂慮すべきは、大学生はまだしも、小学校レベルの算数ができない社会人が大量生産されていることだ。さらに、驚くべきことに、ここ数年、ゆとり教育と相まって、教師の中にもそうした人がたくさん現れている。 
 教師自身が理解できていないことを、子どもに教えらるはずはない。算数がわからない教師が、算数ができない日本人を再生産している。深刻な問題だ。
 今、団塊世代のゆとり教育の見直しによって、教員採用者数が急増している。全国の小・中・高の公立学校の採用者数は、10年間で次のように増えた。
   2001年 約14,700人
   2011年 約26,000人
 このため、特に採用枠が地方に比べて大幅に増えた東京などの大都市圏では、
   「3つの角度が全部異なる二等辺三角形がある」
と誤ったことを生徒の前で平然と言ってのける教師も現れている。ゆとり教育をやめて教師を増やした結果、ゆとり教育を受けた学力の不十分な若者が教師になっている、という皮肉な現実があるのだ。

 (3)(2)のような話は教育現場に限ったことではない。企業の新人教育でも「数学力の弱い新人をどうするか」という問題が出ている。
 部下に数学がからっきしできない新人が入ってきたら、まずは数学検定3級(中学卒業レベル)に合格できるレベルを目標にして指導するとよい。半年くらいの学習でクリアできる。
 もしクリアできないようであれば、その人に大事な仕事を任せるのは危ない。
 数学力をつけると、職場やチームの力は目に見えて強くなる。だから、「英語より先に数学」なのだ。そうでないと、いくら英語ができても説得力が身につかない。説得力を身につけるには、数学のような論理力を鍛えることが欠かせない。

 (4)数学力と並んで「文章力」も、もう一つの重要な論理の力だ。
 <例>「起承転結」では困る。
 起承転結は、「書き出し→その続き→別のテーマ→もとのテーマ」という漢詩の構成法で、それを使って論文を書けば、何が幹線なのかよくわからないものができあがる。
 起承転結は、論文やビジネス文書では絶対に使ってはいけない。論理が破綻した文章になるからだ。
 ただ、上司に提出する文書などでは起承転結を盛り込んだほうが、相手が納得しやすい、という現実もある。この感覚は、海外の人には理解してもらえない。起承転結が通用するのは日本人だけだ。

□佐藤優「算数のできない人に仕事を任せるな/「ゆとり教師」の実態 ~社会人のための「役立つ教養講座」 第8回~」(「週刊現代」2016年5月7日・14日合併号)
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【佐藤優】「夢」を知ることは自分を知ることだ ~役立つ教養⑥~
【佐藤優】欧米のエリートと「イスラム国」の共通点 ~役立つ教養⑤~
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【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~
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【佐藤優】屁理屈を見抜き、かつ、屁理屈を使いこなす ~役立つ教養⑦~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)社会人には「論理力」が不可欠だ。文章の正しい読解、部下の作った書類のミスのチェック、大事なプレゼンなど、論理的思考がものをいう局面は山ほどある。
 野矢茂樹(東京大学大学院教授/哲学)『論理トレーニング101題』(産業図書、2001)は、東大の教養課程などでも教科書として使われ、楽しみながら論理学を学べる名著だ。本書から例題を引きつつ、論理力の鍛え方を、以下、解説する。

 (2)まず心がけたいのは、文章を書くときにはなるべく「なぜなら」「しかし」「また」といった接続詞を使うことだ。
 プロが書いた文章いも、接続詞の使い方が誤っているものが少なくない。
 <例1>大野晋(言語学の大家)の<近畿地方を中心に西日本では、女性や子供が一人称としてウチを使う。ウチは内であり、家(うち)であり、自分(うち)である(中略)相手をウチの人だと思うと急に親しくなり、特の便宜をはかり、相手をソト者と思うとはっきり別扱いします。それは古い体制の名残なのです。つまり、日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています(これが敬語の基礎の一つです)。だから、近しい扱いでは、しばしば親密さから、時によると相手を粗略に扱うことになります>。
  この文章の結論は、接続詞「だから」の後の「日本語社会では時に、親密な相手を粗略に扱う」だ。現実にはそうかもしれないが、論理学で扱うのはそういう常識論ではなく、「この文章の中に矛盾があるかないか」だ。
 全体を要約すると、「日本人は相手が自分に近いかどうか常に鋭い感覚で区別している。だから、親しい人を粗略に扱う」。
 これは、少し不自然だ。無関係な2つの命題が、「だから」で結ばれているので、あたかも論理的な文章のように見えているわけだ。

 (3)<例1>は、文章の中に込められた論理だけでなく、文化などの「前提」が関わってくるので難しくなる。
 <例2>「テングタケは毒キノコだ。だから、食べられない」
 暗黙の前提「毒キノコは食べられない」が本当かどうか、わからない。事実、テングタケはきちんと毒抜きすれば食べられるそうだ。

 <例3>「吠える犬は弱虫だ。うちのポチはよく吠える。だから、うちのポチは弱虫だ」
 これは意外と難問だ。「『吠える犬=弱虫』という図式は必ずしも成り立たないから、ポチは弱虫じゃない」という指摘も間違いではないが、もっと大きな論理の穴がある。それは「ポチは犬である」と、どこにも書いてないことだ。もしかしたら、ポチは虎かもしれない。

 日常生活でこういうことばかり言っていると、「屁理屈を言うな」と嫌われてしまうが、あくまで論理力を鍛えるうえでは、こういう常識や前提を疑う力が必要だ。

 (4)以下、応用。
 <例4>「日本の自動販売機は、商品を美味しく見せるための、メタクリレート樹脂でできた透明のカバーで、ショーウインドウのように覆われています。ところが、この美しい樹脂が自動販売機にそのまま使われているのは日本だけで、外国では使えません。なぜなら、メタクリレート樹脂はきれいですが、ハンマーで打ち壊せば簡単に砕けるからです」
 実は、これは排外主義的な言説だ。「外国ならばどこでも、自動販売機は壊されて中身が盗まれる」、そして「日本では、そういうことはない」というのが暗黙の前提になっている。
 でも、本当にそうか。

 <例5>「私は今年73歳になるオジンだが、脳梗塞、動脈硬化、白血病、前立腺癌、それに死を予告された末期の膀胱癌を抱えている。したがって本や新聞はいっさい読まない。テレビっ子である」
 「したがって」とあるので、勢いで押し切られそうになるが、大きな論理の飛躍がある。考えるべきは、この人がどんな暗黙の前提を抱いているかだ。おそらく、こんな感じだ。
 「余命いくばくもない私にとって、重要なのは今この瞬間だけだ。だから本や新聞のように形に残り、蓄積されていく情報は拒み、テレビのようにその瞬間に完全に消費できる情報に触れるべきだ」
 論理学といえば難しく聞こえるが、日常の言葉で「翻訳」すれば、なかなか面白い。

 (5)論理学には「トートロジー(同語反復)」という理屈がある。
 <例6>天気予報士が「明日の天気は、晴れか、晴れ以外のいずれかです」と言えば100%当たる。
 明日の天気のことは何も分からない。そういう類いの言説のことだ。

 トートロジーは、欧米では「公共の場では使ってはいけない論理」であるとされている。社会人がトートロジーを口にすると、「お前、いったい何を言っているんだ?」ということになるわけだ。
 しかし、かつて小泉純一郎・首相(当時)は、イラクに自衛隊を派遣するに当たり、平然とトートロジーを使った。

 <例7>野党「自衛隊が派遣される『非戦闘地域』の定義を説明しろ」
 小泉「自衛隊が派遣されている地域が非戦闘地域だ」
 野党「ならば、自衛隊はどこに派遣されるのか」
 小泉「それは、非戦闘地域だ」

 小泉元首相の強さは、このトートロジーを使いこなす点にあった。同じことを繰り返すだけで、絶対に論理が崩れない。しかも、意味のある説明は一切しなくて済む。
 問題は、トートロジーが国会でも平気で使われる日本の風土だ。欧米なら一発退場のはずが、そうならない。日本人の興味深い側面だ。

□佐藤優「目からウロコの「屁理屈入門」/この文章、どこがヘン? ~社会人のための「役立つ教養講座」 第7回~」(「週刊現代」2016年4月30日号)
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【佐藤優】「独断専行」のすすめ/中間管理職心得 ~役立つ教養④~
【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~
【佐藤優】20世紀はドイツの時代、フランスにないもの ~役立つ教養②~ 
【佐藤優】金正恩の思考回路、なぜ水爆か ~役立つ教養①~
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【佐藤優】「夢」を知ることは自分を知ることだ ~役立つ教養⑥~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)「夢」と「無意識」は重要だ。
 キリスト教の中でもカトリックは、「プレモダン」(前近代的)な思想を基本的に維持している。
 近代以前の世界観とは、「地球は球体ではなく平らである」「天には本当に神様がいる」といった類いのものだ。
 今の世の中では、かえってプレモダンな世界観が強い影響力を持つようになっている。「近代文明は、もはや限界に近づいているのではないか」と感じる人が増えているからだ。
 <例>環境問題、原発、核兵器。
 カトリックは、こうした近代の「産物」そのものを認めない。神が作った秩序に反しているのだから。
 カトリックでは、「神の作った秩序は最初から完璧なのだから、『進歩』などあり得ない」と考える。人間の命も、あくまで神の意思によって誕生するのであって、セックスはその「きっかけ」にすぎないと考える。したがって、彼らは人工妊娠中絶を絶対に認めない。

 (2)ちなみに、キリスト教ではイエス・キリストが死んだあと、復活したと信じられている。
 実は、古代世界において復活は珍しいことではなかった。
 なぜ古代人が復活を信じていたかというと、彼らにとって「夢に誰かが出てくる」ということは、その人が本当に現れることと同じだったからだ。
 日本でも、『源氏物語』で六条御息所が光源氏の夢に出てくるシーンがある。光源氏は、「自分が浮気ばっかりしているから、きっと六条の怨霊が怒って出てきたのだ」と考えた。
 イエスの復活についても、「イエスが夢に出てきた」ということが、すなわちイエスの復活である、と信じられていた。

 (3)現代人は、「夢のリアリティ」を失っている。夢をもっと大切にすれば、生活は豊かになるし、様々なリスクも相当防げる。
 <例>いい上司だと思って普段は一緒に仕事をしているが、夢の中でその上司が言い寄ってくるとか、自分を攻撃してくる、といった夢を見た時は注意したほうがよい。なぜなら、「もしかしたら、そういう可能性があるのではないか」と無意識のうちに察知しているわけだから。

 (4)夢や無意識について真面目に学びたい人は、ジークムント・フロイト『夢判断』や、カール・ユング『心理学と錬金術』を読むとよい。
 かつて錬金術は多くの人に信じられていた。非金属が、みんなの目の前で金属に変わってしまう。科学的にあり得ないことが、どうして起きたのか。
 『心理学と錬金術』によれば、錬金術師は必ず自分専用の研究所を持っていた。その研究所の職員の無意識を支配し、周囲の全員が「錬金術師の言うことはすべて真実で、この人は神の手を持っている」と、理屈ではなく、心から思うようになった時、錬金術は完成する。つまりユングは、「錬金術は、実は科学ではなく心理学なのだ」という。
 ユングの理論を適用すると、例えば小保方晴子さんのような人も21世紀に現れたきわめて優秀な「錬金術師」と見ることができる。

 (5)夢をテーマにした面白い本をもう一つ。バルカン半島の小国アルバニアの作家、イスマイル・カダレの小説『夢宮殿』だ。
 『夢宮殿』は、オスマン帝国を思わせるイスラム教国家を舞台とする。その国では、「全知全能の神は、人間に対して、これから何が起きるか、夢を通じて知らせてくれる」と信じられている。
 ところが、神は誰にどんな夢を見せるかについては無頓着だ。だから、国は「夢宮殿」という特別な役所を作って、全国民がどんな夢を見ているかについて毎日情報を集め、危険な内容の夢が見つかったらスルタンに報告するのだ。
 その夢宮殿には国のエリート中のエリートが就職するのだが、自分から「働きたい」と言っても絶対に雇ってもらえない。ある日、突然、夢宮殿のほうから誘ってくる。
 夢宮殿で働くことになった主人公が、出勤して「あの、収集課にはどうやって行けばいいんですか」と訊いても、「自分で見つけなさい」と言われて、誰も教えてくれない。
 そんな不思議な雰囲気の小説だが、最後に大どんでん返しも用意されていて、夢の重要性をとても面白く教えてくれる寓話だ。

 (6)枕元にノートと2Bくらいの濃いめの鉛筆を用意して、朝起きた時に、断片的でもよいから、夢の内容を書き留めておくとよい。「夢ノート」を作って、時々読み返すと、自分が潜在的に考えていることや埋もれていたアイデアを、かなり把握することができる。
 そうやって日ごろから訓練しておくと、だんだんと楽しみながら夢を見ることができるようになる。
 ノートと鉛筆さえあれば、夢を通じて、自分が普段抑圧している無意識をよく理解できる。

□佐藤優「仕事にも使える「夢」の有効活用法/上司が夢に出てきたら ~社会人のための「役立つ教養講座」 第6回~」(「週刊現代」2016年4月23日号)
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 【参考】
【佐藤優】欧米のエリートと「イスラム国」の共通点 ~役立つ教養⑤~
【佐藤優】「独断専行」のすすめ/中間管理職心得 ~役立つ教養④~
【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~
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【佐藤優】金正恩の思考回路、なぜ水爆か ~役立つ教養①~
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【佐藤優】欧米のエリートと「イスラム国」の共通点 ~役立つ教養⑤~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)外資系企業で働く人や外国人とのやりとりが多いビジネスマンには、キリスト教、中でもプロテスタントの教えを理解することがたいへん重要だ。
 なぜなら、プロテスタントの考え方(プロテスタンティズム)こそ、国家や企業をはじめ、現在のグローバル社会の基本システムを作っているからだ。欧米のビジネスエリートの多くは、このプロテスタンティズムの論理に沿って生きている。

 (2)プロテスタンティズムとは何か。最大の特徴は、
   「神に救われる人は、生まれる前からすでに選ばれていて、名前が天国のノートに書いてある」
   「一方で、滅びに至る人も、生まれる前に選ばれている」
   「われわれは、それをあらかじめ知ることはできない」
 人生の中でさまざまな試練に遭っても、「自分は選ばれた存在なのだ」と信じて耐えるしかない。そうすれば、どんな試練も乗り切ることができる。
 あの人たちは、そういうふうに刷り込まれている。プロテスタント教徒は、死の間際、どんなに重い病で苦しんでも、「いい人生だった」と思いながら死んでいくのだ。
 だから、プロテスタントの思想は、逆境に非常に強い。どんな理不尽に襲われようと、「これは神が与えた試練だ」と考えるし、また、「最後には私は救われる」と信じているから、決して諦めようとしない。
 何かする時にも、自分の意思ではなく「神の意思だからやる」。教会に行くにしても、「神によって教会に来させられている」。
 こういう考え方が、欧米のビジネスエリート、特に金融や実業の世界で成功した人びとのには共通している。

 (3)プロテスタント教徒の思想を裏返すと、「イスラム国(IS)」の考え方と似てくる。「自分たちは選ばれた存在で、絶対に正しく、勝利が約束されている」という理屈だ。
 中核派や革マル派も同じで、「われわれは絶対に正しい。いずれ革命は成就する」と信じている。
 こうした目的論的で強力なエネルギーは、欧米のビジネスエリートが体得しているプロテスタンティズムとほとんど同じだ。
 善し悪しは別として、世界にはこういった「思考の型」がある。
 
 (4)プロテスタンティズムの論理は、実際のビジネスシーンにおいても役立つ。
 <例>頑張っているのになかなか結果が出ない部下を励ますとき、「もっと頑張れ」と言うと、かえってプレッシャーを与えるかもしれない。「おまえはダメなやつだ」なんて言うと、部下は潰れてしまうかも。こういうときは、
   「このまま辛抱していれば、結果は必ずついてくる」
   「きっと大丈夫だ。君は選ばれた人間だ。適性があるんだから」
とか言って励ますのだ。 

 (5)プロテスタンティズムに代表される「一神教」の考え方を受け入れるのは、なかなか難しい、と考えている日本人は多いはずだ。自分は無宗教だ、と考えている日本人も。
 日本人は、子どもが生まれると神社にお宮参りをして、結婚式はキリスト教式で挙げ、葬式は仏教式、というようなことを平気でやる。こうした思想をシンクレティズム(宗教混合)というが。このシンクレティズムの土壌があると、外国の文物を楽に受け入れることができる。
 日本にはもともと八百万(やおよろず)の神様がいるのだから、そこにキリスト教の神様がひとり加わったところで、どうということはない。
 そういうわけで、外来のものであっても、日本人はごく自然に包摂してしまう。
 一方で、われわれは「超越的な存在がいる」とか「絶対的に正しいものがある」という考え方にはなじみがない。ISやキリスト教原理主義者の思考回路はもちろん、外国人の行動原理が日本人にいまひとつ分かりにくい理由のひとつは、この「超越」という概念を理解するのが難しいからだ。

 (6)もうひとつ、一神教、特にキリスト教・ユダヤ教の考え方を知る上で重要なのは、
   「罪」
の概念があるということだ。
 日本の神道では、罪や穢れは浄めることができる。
 しかし、キリスト教やユダヤ教では、一度犯した罪を消すことはできない。しかも、人間は生まれたときにすでに罪を背負っていると考える。「原罪」だ。
 キリスト教には、理屈や論理を超えて、万民に等しく罪を負わせる、という側面がある。
 こうした理不尽は、神道にはない。禊ぎや祓いをすれば、再びきれいになれる、と考える。だから、日本人は新年を迎えるたびに新しく生まれ変わったような気分になれる。昔の日本では、年を越すと借金がチャラになったので、借金取りは大晦日に必死に取り立てに回った。
 新年のお祝いは、もちろん世界中にあるが、「新年を迎えると、全てが新しくなる」という観念はない。ましてや、罪や借金が消えることもない。

 (7)ただし、同じ一神教でも、キリスト教とイスラム教の考える罪には大きな違いがある。
  (a)キリスト教・・・・「原罪」の概念がある。「自分は絶対に正しい」と考える一方で、「そうは言っても、やっぱり間違っているかもしれない」という葛藤がどこかにある。本当に自分が神に選ばれているかどうか、知ることができないから。
  (b)イスラム教・・・・「原罪」の概念がない。「自分は絶対に正しい。だからお前は絶対に間違っている」という理屈になる。同じ「絶対に正しいものがある」という思想を持つ宗教でも、「自分が間違っている可能性もある」ということが原理的に埋め込まれているか否かが、キリスト教とイスラム教の最大の違いだ。

□佐藤優「欧米のエリートとイスラム国の共通点 「ただ一つの神」を信じる ~社会人のための「役立つ教養講座」 第5回~」(「週刊現代」2016年3月26日・4月2日号)
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【佐藤優】「独断専行」のすすめ/中間管理職心得 ~役立つ教養④~
【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~
【佐藤優】20世紀はドイツの時代、フランスにないもの ~役立つ教養②~ 
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【佐藤優】「独断専行」のすすめ/中間管理職心得 ~役立つ教養④~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)「作戦要務令」は、旧日本陸軍が1938年に作ったマニュアルだ。「作戦要務令」には、日本人が作る「組織」の本質が記されている。これを「アレゴリー」【注】、つまり現在の企業組織の「寓話」として読めば、ビジネスにも役立つ。軍隊と企業は、本質的にとても似通っている。
 旧日本軍の評価において、「陸軍は海軍に比べて劣っていた」という考え方が支配的だ。しかし、この考え方は陸軍を過小評価している。
 当時、陸軍は「これからの戦争は総力戦になる。だから、気合いや精神力で勝つことはできない」と冷静に分析していた。日露戦争で、日本兵は無防備にロシア軍の機関銃の前に突撃していった。これと同じことをしていては絶対に勝てない。兵器がハイテク化しているのだから、組織運営も合理化しなければならない。そう考えて、「作戦要務令」をまとめたのだ。

 (2)「作戦要務令」は、中隊長や小隊長などの「中間管理職」に向けたものだ。
 <指揮の基礎をなすものは実に指揮官の決心なり。故に指揮官の決心は堅確にして常に強固なる意志をもってこれを遂行せざるべからず。決心動揺すれば指揮自ずから錯乱し部下したがいて遅疑す>
 リーダーシップの基礎は指揮官、つまり上司の決断力にある。だから、いったん決断したら動揺してはいけない。上司が動揺すれば、部下は「この人に従っていて大丈夫だろうか」と疑念を抱き、組織は混乱してしまう。そう戒めているのだ。

 (3)「作戦要務令」には、こんな記述もある。
 <一度定めたる決心はみだりにこれを変更すべからず。然れども状況の変化に対応するの途を誤ることなきを要す>
 決心は変えてはならないが、状況が変わった場合は、柔軟に対応せよというわけだ。朝令暮改は避けるべきだが、時には退却する勇気も必要だ、ということだ。

 (4)意外かもしれないが、「作戦要務令」には退却についてきちんと章が割かれている。
 旧日本陸軍は、しばしば退却のタイミングを逃して、ガダルカナル島の戦いのように壮絶な玉砕戦に突っ込んでいった。「退却にかかるコストを考えると、たとえ泥沼の状況でも戦い続けたほうが楽だ」という状態に陥り、引くに引けなくなってしまった。劣勢になると、旧日本軍は「作戦要務令」の定めとは逆の行動をとったのだ。

 (5)戦時中の軍隊組織も、戦後の企業組織も、本質は変わっていない。戦時中の軍隊組織と本質が変わっていない戦後の企業組織にとって最も役立つ「作戦要務令」の定めは、次の部分だ。
 <指揮官は決心に基づき、適時適切なる命令を発す。(中略)而して受令者の自ら処断しうる事項はみだりにこれを拘束すべからず。また命令は受令者に到達するまでの状況の変化に適応するものなりや否やを考察すること必要なり>
 要するに、「状況の変化に対応して何か行動するときには、現場が勝手に決めて構わない」と言っている。つまり、「独断専行を認める」「その時その時の現場の判断で、うまくやれ」ということだ。
 日本お組織においては、上司は具体的にああしろ、こうしろ、とは言わない。「うまくやれ」、それだけ。メーカーの現場の技術者が上から言われる「工夫しろ」というのも同じ意味だ。

 (6)この「独断専行」は、結果がよければ上司から「よし、指示どおりにうまくやったな」「臨機応変によくやった」と評価されるが、失敗すれば、「何をやっているんだ。うまくやれ、と言っただろう」「自分勝手なことをするな」と減点され、叱られる。
 日本では、軍隊も企業も、この論理で動いている。
 「作戦要務令」には、こうも書かれている。
 <およそ兵戦の事たる独断を要するものすこぶる多し。而して独断はその精神においては決して服従と相反するものにあらず。常に上官の意図を明察し大局を判断して状況の変化に応じ自らその目的を達し得べき最良の方法を選びもって機宜を制せざるべからず>
 「上司の命令の範囲内で行う独断は、よい独断である」、そして「常に上司が何を考えているか忖度して、その範囲内でうまくやれ」と言っているのだ。
 部下からしたら、たまったもんではない。

 (7)こうした戦略にのっとった結果、日本は太平洋戦争で大敗を喫した。
 しかし、戦後の日本企業は、これと同じやり方で、少なくとも一度は大成功を収めた。
 「独断専行」を日本人の欠点とみると、それとも長所とみるか、意見が分かれる。しかし、一つ確かなのは、日本の組織の中では、「いかにうまく独断専行するか」が出世競争において一番ものを言う、ということだ。
 良し悪しは別として、「独断専行」は日本の文化であり、それは現在でも、あらゆる組織の中に埋め込まれている。一般企業であろうと、官庁や役場、大学などの公的機関であろうと、日本人が作る組織である限り、このルールから大きく外れることはない。
 裏を返せば、この「独断専行」をうまくこなす技術さえ身につければ、競争の中で有利な位置に立てる。
 しかし、普段私たちは「独断専行」という論理が自分のいる組織を支配している、ということを意識していない。だから、この技術は絶対に同僚からも上司からも教えてもらえない。

 【注】「【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~

□佐藤優「旧日本陸軍に学ぶ「独断専行」のすすめ 中間管理職心得 ~社会人のための「役立つ教養講座」 第4回~」(「週刊現代」2016年3月26日・4月2日号)
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【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)海外のエリートが必ず会得している「教養」がある。それは、
   「アナロジー(類比)」
   「メタファー(暗喩)」
   「アレゴリー(寓話)」
というものだ。これらの考え方は、国際情勢を読み解く上で非常に重要だ。国際社会では、しばしば重要な情報が、暗喩や寓話でそれとなく発信されることがあるからだ。

 (2)具体例。
 <北朝鮮の宇宙飛行士が太陽に着陸>
 こんな見出しの記事がネット上で話題になった。2014年11月のことだ。内容は、「北朝鮮の17歳の宇宙飛行士が太陽への着陸に成功し、無事地球に戻ってきた」という荒唐無稽なものだ。
 このニュースを紹介したのは、ウェブサイト「ロシアの声」(現・「スプトーニク」)。これは、ロシア国営のニュースサイトで、バックにロシア対外情報局(旧KGB)がつく。
 だから、無意味な情報を発信するはずがない。
 どういう意味があったのか。2016年1月6日に北朝鮮が実施したと発表した「水爆実験」【注1】を解釈する際に意味を持った。
 水爆は原爆の数百倍以上の破壊力があるので、本当に実験したら分かるはずだし、北朝鮮は水爆が搭載できるミサイルも爆撃機も持っていない。こうした事実を踏まえて、<北朝鮮の宇宙飛行士が太陽に着陸>をどう読み解くか。
 「太陽」は、水爆開発に必要な核融合技術のアレゴリーだったのではないか。太陽が燃えているのは水素の核融合によってだ。「太陽に到達した」というのは、おそらく「核融合実験に着手した」、あるいは「成功した」の言い換えなのだろう。
 ロシアは、こうして北朝鮮の水爆開発について示唆したわけだ。

 (3)なぜ北朝鮮が、自らこのことを発信しなかったのか。
 制裁を恐れたせいだろう。2014年11月時点では、まだイランの核開発をめぐる国際合意もなかった。そうした中で、北朝鮮が「水爆製造に着手した」と声明を出せば、北朝鮮がますます孤立したのは確かだ。
 国際社会では、核に関しては性悪説に立つのが基本だ。
  (a)どんな技術力が低い国であろうと、その国の指導者が「核兵器を開発している」と明言すれば、必ず国際原子力機関(IAEA)の査察受け入れを要求される。<例>北朝鮮、イラン
  (b)核兵器を製造する能力を持つ国が、いくら「核兵器を作るつもりはない」と言っても、決して信用しない。<例>日本

 (4)北朝鮮は、米国本土にも届く長距離弾道ミサイルの開発を進めている。現在、グアムとハワイの中間あたりまで射程に収めている。いずれは米国の西海岸まで到達するだろう。
 しかも、3月9日は、北朝鮮は「弾道ミサイルに搭載可能な核弾頭の小型化に成功した」とも発表した。
 もし北朝鮮が米国本土まで届く核ミサイルの開発に成功すれば、米国はヒラリー政権であろうが、トランプ政権であろうが、北朝鮮の核施設を躊躇なく空爆するはずだ。
 もし米国が北朝鮮を攻撃するとなれば、その爆撃機は三沢基地(青森県)から飛び立つだろう。
 すると、三沢を始めとする日本の米軍基地はテロの標的になるかもしれない。
 だから、日本にとって北朝鮮の動勢をウォッチすることはとても重要なのだ。
 ただし、どこまでやったら米国を本気で怒らせてしまうか、北朝鮮もよく分かっているはずだ。

 (5)余談ながら、核に関しては日本人も国際社会の強い監視下に置かれている。
 2011年3月11日、東日本大震災と福島第一原発事故が起きたとき、すぐIAEAの調査団が福島に駆けつけた。調査団は事故を調査するとともに、日本がプルトニウムを悪用していないかについて徹底的に調べた。

 (6)北朝鮮の「水爆実験」の報を受けて、真に日本が警戒すべきは韓国の動向だ【注2】。
 韓国の与党幹部が「われわれも核を持つべきだ」と発言して注目された直後、韓国の有力紙「朝鮮日報」は「核開発論は韓国の国益を損なう可能性がある」と大々的に報じた。それほど韓国国内に不穏な空気があるということだ。
 北朝鮮の砲撃で韓国人4人が死亡した延坪(ヨンピョン)島砲撃事件(2010年)のときでさえ、核武装論まで出てこなかった。
 韓国は、朴槿恵・大統領の父親、朴正煕(パク・チョンヒ)の時代、ひそかに核開発に取り組んでいたが、米国の圧力で止めた。
 韓国には、日本の六ヶ所村のようなプルトニウム抽出施設はない。だから、韓国は、「われわれもプルトニウム抽出できる施設が欲しい」と米国に水面下で何度もかけあっている。
 しかし、こういう背景があるので、米国は絶対認めようとしない。
 
 【注1】「【佐藤優】金正恩の思考回路、なぜ水爆か ~役立つ教養①~
 【注2】前掲記事

□佐藤優「北朝鮮の核に関するある奇妙な報道 ~社会人のための「役立つ教養講座」 第3回~」(「週刊現代」2016年3月26日・4月2日号)
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【佐藤優】20世紀はドイツの時代、フランスにないもの ~役立つ教養②~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)今、日本では大学教育改革が話題になっている。文部科学省は、「人文系を軽視しているわけではない」と言いながら、ごく一部の超エリート校だけを文理両方を教える総合大学とし、あとは大学の名前は残すが、事実上の専門学校として再編しようとしている。
 しかし、本当に人文系の知識は役に立たず、経済学や工学などの「実学」だけが重要なのか。
 ここでは、国際社会の中で教養が果たす役割について考えてみよう。

 (2)近現代史の第一人者、エリック・ボブズボーム(英国の歴史家)は、「20世紀はドイツの時代だ」と述べている。
 ドイツは、19世紀末から後発の工業国として急速に国力を増してきた。20世紀に入り、この新興国をどうやって取り込むかという問題に直面した世界は、二度の世界大戦を経て、どうにか軟着陸するに至った。これが20世紀最大の事件であり、歴史の主役はドイツだった、ということだ。
 いまミュンヘンのレストランでビールとシュニッツェル(カツレツ)を注文するとする。おそらく、店の経営者はドイツ人で、清掃係はかなりの確率でチェコ人かハンガリー人だ。カツに使われている豚肉はハンガリーから輸入されていて、ハンガリーのその養豚場で働いているのはウクライナ人が中心だ。豚の餌もウクライナから来ているはずだ。
 つまり、ドイツは二度の世界大戦に敗れたにもかかわらず、ヨーロッパの中でドイツ人を頂点とするシステムを作りあげた。EUの統合通貨ユーロも、ドイツの通貨マルクを拡大させたものと見ることができる。

 (3)では、ドイツはなぜ勝者になれたのか。見過ごせないのが、大学教育だ。ドイツの大学教育は、欧州におけるライバル、フランスの教育とは対照的だった。
 フランスでは、19世紀初頭、ナポレオンによって学校改革が行われ、大学は徹底した実学重視になった。神学や文学なんて教えるのはやめて、工学・経済学・軍事学などの実学にせよ、と。今も、フランスの国立大学のほとんどには神学部がない。
 一方、ドイツでは今でも、神学部がないと大学を名乗れない。ドイツがなぜ神学を重視するかというと、「目に見える世界だけでなく、目に見えない世界を学んでこそ、知はバランスを保てる」という考えがあるからだ。

 (4)(3)のような考え方をドイツに定着させたのが、神学者フリードリヒ・シュライエルマッハー(1768年11月21日~1834年2月12日)だ。
 彼の考え方は、「知は体系知でなければ意味がない」というものだ。断片的知識を山ほど持っていても意味はない。それらの知識がどう関係しているのか。そうした「体系知」を体得しないと、知は完成しない、という考え方だ。
 ベルリン大学神学部長だったシュライエルマッハーは、専門科目を教える教授にも教養科目を受け持たせた。そうやってさまざまな学問の交流をはかり、生きた「体系知」を生み出してこそ、初めて大学の存在意義があると彼は考えたのだ。

 (5)これが19世紀ドイツの大学教育を貫く方針になったのだが、21世紀の今も、これと同じような考え方にもとづいて教育を実践する国がある。米国だ。
 <例>ハーバード大学の学部では、教養重視の授業が行われていて、専門的なことは基本的に大学院で学ぶ。昔のドイツの大学と同じようなシステムだ。ちなみに、ハーバード大学の授業料は年間7万ドル。邦貨にしておよそ800万円。当然、ここで学べるのは富裕層の子どもたちだけだ。

 (6)フランスのような実学志向ではなく、教養を中心とした「体系知」を重んじたドイツは、20世紀の主役となった。21世紀の今も、欧州では「ドイツの世紀」が続いている。
 この実例から分かることは、すぐ役に立つ「実学」は、短期的に、あるいは狭い範囲でしか役に立たず、一見すると役に立たなそうに見せる「教養」こそ、案外役に立つことがある、ということだ。
 私たちは、普段、無意識のうちに合理主義や近代的なものの見方にもとづいて行動している。国と国の関係においても、国際法や国家の主権があることが自明の前提になっている。
 しかし、世界にはこの前提が通用しない地域も珍しくない。<例>中東で起きているイスラム教シーア派とスンニ派の紛争の背景には、近代以前の世界観が横たわっている。

 (7)2016年1月、サウジアラビアとイランが国交を断絶した。きっかけとなったのは、2015年、メッカ(サウジアラビア)近郊で起きた巡礼者の将棋倒し事故だ。日本ではあまり報じられていないが、この事故で2,000人以上が亡くなり、うち400人以上がイラン人だった。激怒したハメネイ・イラン最高指導者は、「サウジに責任をとらせる」と言っている。
 ところが、イランとサウジが国同士のレベルで国交断絶しても、サウジはイランからの巡礼者を受け入れ続けている。ということは、今後、メッカでイランとサウジの巡礼者がいつ大規模な衝突を起こしてもおかしくはない、ということだ。
 しかし、「聖地巡礼」となると、その瞬間に、イスラム教徒の中では近代(国家という枠組み)とは全く異なるスイッチが入ってしまうのだ。

 (8)近代合理主義だけでは捉えきれない、この世界の成り立ちと、どう向き合っていけばよいか。
 少なくとも、安倍晋三・首相がちやほやする「実学」だけでは、とうてい太刀打ちできない。「実学」には限界があるのだ。

□佐藤優「ドイツにあってフランスにないもの 20世紀はドイツの時代 ~社会人のための「役立つ教養講座」 第2回~」(「週刊現代」2016年3月19日号)
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【佐藤優】金正恩の思考回路、なぜ水爆か ~役立つ教養①~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)2016年1月6日、北朝鮮が「水爆実験に成功した」と発表した。
 こういう時、まず考えないといけないのは「先例があるかどうか」だ。
 「地下水爆実験」なんて、聞いたことがないはずだ。水爆は普通の核爆弾より爆発の規模がはるかに大きい。実際に爆発させれば、山が吹き飛んでしまうような事態になる。だから「地下水爆実験」なんてあり得ない。
 仮に北朝鮮が水爆実験を成功させたと仮定して、「日本に対する直接的な脅威が増した」と本当に言えるか。
 水爆は小型化が難しい兵器だ。米国やロシアは小型化に成功し、ミサイルの弾頭に積めるサイズの水爆を持っているが、非常に高い技術がいる。原爆のような核分裂兵器と、水爆のような核融合兵器には、相当な技術的ギャップがあるが、北朝鮮にそれを埋める力はない。
 北朝鮮には弾道ミサイルや爆撃機など、重い水爆を運ぶ手段もない。
 だから、現時点で本当に北朝鮮が水爆を持っていたと仮定しても、怖がる必要はない。

 (2)むしろ、今国際社会が脅威と考えているのは、北朝鮮が原爆を小型化することだ。
 うがった見方をすれば、北が今回わざわざ「これは水爆実験だ」と発表したのは、「核の小型化の実験をしているわけではない」という対外的メッセージかもしれない。
 メッセージの宛先は明らかに米国だ。
 つまり、このニュースひとつから「われわれは核兵器を小型化して米国を攻撃するつもりはない」という金正恩のメッセージが読み取れる。

 (3)この水爆実験を受け、韓国の与党セヌリ党幹部は、「北に対抗してわれわれも核兵器を持つべきだ」と言った。
 一般論として、「能力のある国が意思を持つと、恐いことになる」というのが、核兵器に係る国際常識だ。
 韓国は、核武装の能力を十分に持っている。北朝鮮の「自称・水爆実験」において警戒すべきは、実は韓国かもしれない。

 (4)このように、世の中で起きていることの裏側を読むために不可欠なのが。インテリジェンス(情報)だ。
 インテリジェンスという言葉は、ラテン語で
   接頭語「インテ」(~の間に)+「レゲーレ」(組み立てる)
でできている。「レゴ」は「レゲーレ」の活用形で、プラスチックの組み立ておもちゃ「レゴ」の名前の由来だ。
 <例1>ある建物の壁を撤去するとき、建築の専門家は全体の強度を計算して、その壁を取っても壁が崩れないかどうか判断できる。同様に、インテリジェンスを備えた人には、物事の裏側にある目に見えない構造が把握できる。

 (5)<例2>2015年12月、警視庁公安部が、陸上自衛隊の元将官ら6人を書類送検した。ロシア大使館の駐在武官(元武官)に情報を漏らした(陸上自衛隊の内部教本を渡した)容疑だ。 
  (a)インテリジェンスの世界で情報をとる際の常套手段は、リタイアした人、第一線を退いた人、政治家なら政争に敗れて野党でくすぶっている首相経験者などにアプローチすることだ。彼らには、もといた組織がどういう論理で動くか、内部で何が起きているかが分かるからだ。同様に、ライバル会社のことを知りたいのであれば、ライバル会社を辞めてしばらく経った人に聞くのがいい。
    この事件も、「ロシア大使館の駐在武官」と「自衛隊の元将官」の間で起こった。彼らは互いに情報をやり取りしていたのだ。インテリジェンスの世界は、ギブ・アンド・テイクだから、自衛隊の教本をロシア人に渡した元将官も、情報を何かしら相手からとっていたはずだ。
  (b)では、なぜ警視庁公安部は彼らを摘発したのか。
    おそらく、摘発された自衛隊の元将官は、自分が得た情報に係る成果物(<例>このロシア人から聞き出した情報のメモ)を自衛隊に提出していなかった。メモを上げていたなら、正当な情報活動なので事件化されることはない。
    つまり、警視庁は、「この自衛隊の元将官らは、ロシアからリクルートを受け、取り込まれつつある」と判断し、摘発に踏み切ったのだ。
  (c)通常こういう事案は内々に処理されるが、今回は表に出た。実は、書類送検された元将官の中には、陸上自衛隊富士学校の学校長、小平学校の元校長、つまり自衛隊内部の情報教育を司る学校の元校長の名前があった。
    日本政府は今、テロ対策のために新しいインテリジェンス機関を作ろうとしている。テロに関する情報は、情報を入手して終わりになるのではなく、最終的にはテロリストを制圧しなければならない。それを担うことができる組織は、自衛隊か警察しかない。
    しかし、この情報漏洩事件によって、自衛隊の情報部門(陸上自衛隊小平学校と富士学校)は政府の情報部門の第一線に立てなくなってしまった。自衛隊が対テロ・インテリジェンス機関の中心となるシナリオはなくなった、ということだ。自衛隊と警察の抗争は、この一件からも読み取れる。

 (6)同じ「情報」という訳が与えられていても、インテリジェンスと「インフォーメーション」は全く違う。
 インフォーメーションは単なる素材としての情報のことだ。
 しかし、インテリジェンスは、「これは役に立つ」「これは信頼性に乏しい」など、何らかの評価を加えた情報のことだ。
 重要な立場の人が必要とする情報(政策やビジネスの方針を左右するような)は、インフォーメーションではなく、インテリジェンスだ。

□佐藤優「「金正恩の思考回路」を読み解く なぜ水爆だったのか ~社会人のための「役立つ教養講座」 第1回~」(「週刊現代」2016年3月12日号)
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