語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】金正恩の思考回路、なぜ水爆か ~役立つ教養①~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)2016年1月6日、北朝鮮が「水爆実験に成功した」と発表した。
 こういう時、まず考えないといけないのは「先例があるかどうか」だ。
 「地下水爆実験」なんて、聞いたことがないはずだ。水爆は普通の核爆弾より爆発の規模がはるかに大きい。実際に爆発させれば、山が吹き飛んでしまうような事態になる。だから「地下水爆実験」なんてあり得ない。
 仮に北朝鮮が水爆実験を成功させたと仮定して、「日本に対する直接的な脅威が増した」と本当に言えるか。
 水爆は小型化が難しい兵器だ。米国やロシアは小型化に成功し、ミサイルの弾頭に積めるサイズの水爆を持っているが、非常に高い技術がいる。原爆のような核分裂兵器と、水爆のような核融合兵器には、相当な技術的ギャップがあるが、北朝鮮にそれを埋める力はない。
 北朝鮮には弾道ミサイルや爆撃機など、重い水爆を運ぶ手段もない。
 だから、現時点で本当に北朝鮮が水爆を持っていたと仮定しても、怖がる必要はない。

 (2)むしろ、今国際社会が脅威と考えているのは、北朝鮮が原爆を小型化することだ。
 うがった見方をすれば、北が今回わざわざ「これは水爆実験だ」と発表したのは、「核の小型化の実験をしているわけではない」という対外的メッセージかもしれない。
 メッセージの宛先は明らかに米国だ。
 つまり、このニュースひとつから「われわれは核兵器を小型化して米国を攻撃するつもりはない」という金正恩のメッセージが読み取れる。

 (3)この水爆実験を受け、韓国の与党セヌリ党幹部は、「北に対抗してわれわれも核兵器を持つべきだ」と言った。
 一般論として、「能力のある国が意思を持つと、恐いことになる」というのが、核兵器に係る国際常識だ。
 韓国は、核武装の能力を十分に持っている。北朝鮮の「自称・水爆実験」において警戒すべきは、実は韓国かもしれない。

 (4)このように、世の中で起きていることの裏側を読むために不可欠なのが。インテリジェンス(情報)だ。
 インテリジェンスという言葉は、ラテン語で
   接頭語「インテ」(~の間に)+「レゲーレ」(組み立てる)
でできている。「レゴ」は「レゲーレ」の活用形で、プラスチックの組み立ておもちゃ「レゴ」の名前の由来だ。
 <例1>ある建物の壁を撤去するとき、建築の専門家は全体の強度を計算して、その壁を取っても壁が崩れないかどうか判断できる。同様に、インテリジェンスを備えた人には、物事の裏側にある目に見えない構造が把握できる。

 (5)<例2>2015年12月、警視庁公安部が、陸上自衛隊の元将官ら6人を書類送検した。ロシア大使館の駐在武官(元武官)に情報を漏らした(陸上自衛隊の内部教本を渡した)容疑だ。 
  (a)インテリジェンスの世界で情報をとる際の常套手段は、リタイアした人、第一線を退いた人、政治家なら政争に敗れて野党でくすぶっている首相経験者などにアプローチすることだ。彼らには、もといた組織がどういう論理で動くか、内部で何が起きているかが分かるからだ。同様に、ライバル会社のことを知りたいのであれば、ライバル会社を辞めてしばらく経った人に聞くのがいい。
    この事件も、「ロシア大使館の駐在武官」と「自衛隊の元将官」の間で起こった。彼らは互いに情報をやり取りしていたのだ。インテリジェンスの世界は、ギブ・アンド・テイクだから、自衛隊の教本をロシア人に渡した元将官も、情報を何かしら相手からとっていたはずだ。
  (b)では、なぜ警視庁公安部は彼らを摘発したのか。
    おそらく、摘発された自衛隊の元将官は、自分が得た情報に係る成果物(<例>このロシア人から聞き出した情報のメモ)を自衛隊に提出していなかった。メモを上げていたなら、正当な情報活動なので事件化されることはない。
    つまり、警視庁は、「この自衛隊の元将官らは、ロシアからリクルートを受け、取り込まれつつある」と判断し、摘発に踏み切ったのだ。
  (c)通常こういう事案は内々に処理されるが、今回は表に出た。実は、書類送検された元将官の中には、陸上自衛隊富士学校の学校長、小平学校の元校長、つまり自衛隊内部の情報教育を司る学校の元校長の名前があった。
    日本政府は今、テロ対策のために新しいインテリジェンス機関を作ろうとしている。テロに関する情報は、情報を入手して終わりになるのではなく、最終的にはテロリストを制圧しなければならない。それを担うことができる組織は、自衛隊か警察しかない。
    しかし、この情報漏洩事件によって、自衛隊の情報部門(陸上自衛隊小平学校と富士学校)は政府の情報部門の第一線に立てなくなってしまった。自衛隊が対テロ・インテリジェンス機関の中心となるシナリオはなくなった、ということだ。自衛隊と警察の抗争は、この一件からも読み取れる。

 (6)同じ「情報」という訳が与えられていても、インテリジェンスと「インフォーメーション」は全く違う。
 インフォーメーションは単なる素材としての情報のことだ。
 しかし、インテリジェンスは、「これは役に立つ」「これは信頼性に乏しい」など、何らかの評価を加えた情報のことだ。
 重要な立場の人が必要とする情報(政策やビジネスの方針を左右するような)は、インフォーメーションではなく、インテリジェンスだ。

□佐藤優「「金正恩の思考回路」を読み解く なぜ水爆だったのか ~社会人のための「役立つ教養講座」 第1回~」(「週刊現代」2016年3月12日号)
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