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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】「独断専行」のすすめ/中間管理職心得 ~役立つ教養④~

2018年05月18日 | ●佐藤優
 (1)「作戦要務令」は、旧日本陸軍が1938年に作ったマニュアルだ。「作戦要務令」には、日本人が作る「組織」の本質が記されている。これを「アレゴリー」【注】、つまり現在の企業組織の「寓話」として読めば、ビジネスにも役立つ。軍隊と企業は、本質的にとても似通っている。
 旧日本軍の評価において、「陸軍は海軍に比べて劣っていた」という考え方が支配的だ。しかし、この考え方は陸軍を過小評価している。
 当時、陸軍は「これからの戦争は総力戦になる。だから、気合いや精神力で勝つことはできない」と冷静に分析していた。日露戦争で、日本兵は無防備にロシア軍の機関銃の前に突撃していった。これと同じことをしていては絶対に勝てない。兵器がハイテク化しているのだから、組織運営も合理化しなければならない。そう考えて、「作戦要務令」をまとめたのだ。

 (2)「作戦要務令」は、中隊長や小隊長などの「中間管理職」に向けたものだ。
 <指揮の基礎をなすものは実に指揮官の決心なり。故に指揮官の決心は堅確にして常に強固なる意志をもってこれを遂行せざるべからず。決心動揺すれば指揮自ずから錯乱し部下したがいて遅疑す>
 リーダーシップの基礎は指揮官、つまり上司の決断力にある。だから、いったん決断したら動揺してはいけない。上司が動揺すれば、部下は「この人に従っていて大丈夫だろうか」と疑念を抱き、組織は混乱してしまう。そう戒めているのだ。

 (3)「作戦要務令」には、こんな記述もある。
 <一度定めたる決心はみだりにこれを変更すべからず。然れども状況の変化に対応するの途を誤ることなきを要す>
 決心は変えてはならないが、状況が変わった場合は、柔軟に対応せよというわけだ。朝令暮改は避けるべきだが、時には退却する勇気も必要だ、ということだ。

 (4)意外かもしれないが、「作戦要務令」には退却についてきちんと章が割かれている。
 旧日本陸軍は、しばしば退却のタイミングを逃して、ガダルカナル島の戦いのように壮絶な玉砕戦に突っ込んでいった。「退却にかかるコストを考えると、たとえ泥沼の状況でも戦い続けたほうが楽だ」という状態に陥り、引くに引けなくなってしまった。劣勢になると、旧日本軍は「作戦要務令」の定めとは逆の行動をとったのだ。

 (5)戦時中の軍隊組織も、戦後の企業組織も、本質は変わっていない。戦時中の軍隊組織と本質が変わっていない戦後の企業組織にとって最も役立つ「作戦要務令」の定めは、次の部分だ。
 <指揮官は決心に基づき、適時適切なる命令を発す。(中略)而して受令者の自ら処断しうる事項はみだりにこれを拘束すべからず。また命令は受令者に到達するまでの状況の変化に適応するものなりや否やを考察すること必要なり>
 要するに、「状況の変化に対応して何か行動するときには、現場が勝手に決めて構わない」と言っている。つまり、「独断専行を認める」「その時その時の現場の判断で、うまくやれ」ということだ。
 日本お組織においては、上司は具体的にああしろ、こうしろ、とは言わない。「うまくやれ」、それだけ。メーカーの現場の技術者が上から言われる「工夫しろ」というのも同じ意味だ。

 (6)この「独断専行」は、結果がよければ上司から「よし、指示どおりにうまくやったな」「臨機応変によくやった」と評価されるが、失敗すれば、「何をやっているんだ。うまくやれ、と言っただろう」「自分勝手なことをするな」と減点され、叱られる。
 日本では、軍隊も企業も、この論理で動いている。
 「作戦要務令」には、こうも書かれている。
 <およそ兵戦の事たる独断を要するものすこぶる多し。而して独断はその精神においては決して服従と相反するものにあらず。常に上官の意図を明察し大局を判断して状況の変化に応じ自らその目的を達し得べき最良の方法を選びもって機宜を制せざるべからず>
 「上司の命令の範囲内で行う独断は、よい独断である」、そして「常に上司が何を考えているか忖度して、その範囲内でうまくやれ」と言っているのだ。
 部下からしたら、たまったもんではない。

 (7)こうした戦略にのっとった結果、日本は太平洋戦争で大敗を喫した。
 しかし、戦後の日本企業は、これと同じやり方で、少なくとも一度は大成功を収めた。
 「独断専行」を日本人の欠点とみると、それとも長所とみるか、意見が分かれる。しかし、一つ確かなのは、日本の組織の中では、「いかにうまく独断専行するか」が出世競争において一番ものを言う、ということだ。
 良し悪しは別として、「独断専行」は日本の文化であり、それは現在でも、あらゆる組織の中に埋め込まれている。一般企業であろうと、官庁や役場、大学などの公的機関であろうと、日本人が作る組織である限り、このルールから大きく外れることはない。
 裏を返せば、この「独断専行」をうまくこなす技術さえ身につければ、競争の中で有利な位置に立てる。
 しかし、普段私たちは「独断専行」という論理が自分のいる組織を支配している、ということを意識していない。だから、この技術は絶対に同僚からも上司からも教えてもらえない。

 【注】「【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~

□佐藤優「旧日本陸軍に学ぶ「独断専行」のすすめ 中間管理職心得 ~社会人のための「役立つ教養講座」 第4回~」(「週刊現代」2016年3月26日・4月2日号)
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 【参考】
【佐藤優】アレゴリーなど、インテリジェンスの技術 ~役立つ教養③~
【佐藤優】20世紀はドイツの時代、フランスにないもの ~役立つ教養②~ 
【佐藤優】金正恩の思考回路、なぜ水爆か ~役立つ教養①~


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