順序が逆になりましたが連作短編『ワインズバーグ・オハイオ』の序章にあたる『グロテスクな人々についての本』をお届けします。
やり始めたらおもしろくなったので、中断して時折ほかの読み物をはさみながら、この連作を全部訳してみようかな、と思ってるんです。
よろしかったら、おつきあいください。
原文はhttp://bartleby.school.aol.com/156/1.htmlで読むことができます。
作家は白い口ひげの老人で、ベッドに入るときは多少難儀した。作家が住む家の窓は高く、朝、目覚めたときに木立を見ることができたらどんなにいいだろう、と思う。窓の高さまでベッドを上げるために大工が呼ばれた。
それが大騒ぎになった。南北戦争に従軍したことがある大工が作家の部屋にやってくると、まずどっかりと座り込んで、ベッドを高くするためのひな壇を作ることについて、話し始めた。作家が葉巻を差し出すと、大工はそれを吹かす。
ベッドを持ち上げる話をしていたのもつかの間、ふたりの話は移っていった。元兵士の大工は、戦争の話を始めた。実際は、作家のほうがそちらに水を向けたのだが。大工は、捕虜になってアンダーソンヴィルの収容所に入っており、弟を失っていた。弟の死因は餓死で、その話をするたびに大工は泣くのだった。作家同様、白くなった口ひげを生やしていた大工は、唇を引き結んで泣くたびに、口ひげも上下に震える。葉巻をくわえたまま、むせび泣く老人の姿は、どこか滑稽なところがあった。ベッドを高くするという作家の当初の思いつきは忘れ去られ、のちに大工が勝手に仕事をしてしまったために、六十歳を越える作家は、椅子を使って自分で身体を持ち上げて、夜やすむ羽目になったのだった。
作家はベッドのなかで寝返りをうって横向きになると、そのままじっとする。もう何年も、心臓については気がかりだった。大変な煙草飲みであったし、不整脈もあった。いつか、思いもよらないときに死ぬのではないか、という思いは、以前から胸の内にあったし、ベッドに入るといつもそのことを考える。別に心配だったわけではない。その考えが及ぼす影響というのは、実際には極めて特殊なものであり、とてもひとことで説明できるようなものではなかったのだ。こうして床について死ぬことを考えていると、ほかのどんなときよりも、生きている実感が湧いてくるのだった。身じろぎもせず横たわっているその肉体は、老い、もはやたいした役には立たない。にもかかわらず、その内には極めてみずみずしいなにものかがあった。子を孕む女のように。ちがうことといえば、彼の内にあるのは、赤子ではなく、若さなのだった。いや、若さというのでもない、それは、女、若く、騎士のように、鎖帷子を身にまとった女性なのである。そう、愚かなことだ。高いベッドに横になって、心臓の音に耳を澄ましている老いた作家の内にあるものをことばにしようとすることなど。理解しようとするのなら、この作家が、あるいは彼の内の若い女性が考えていることのほうだ。
(この項つづく)
やり始めたらおもしろくなったので、中断して時折ほかの読み物をはさみながら、この連作を全部訳してみようかな、と思ってるんです。
よろしかったら、おつきあいください。
原文はhttp://bartleby.school.aol.com/156/1.htmlで読むことができます。
『グロテスクな人々についての本』
シャーウッド・アンダーソン
シャーウッド・アンダーソン
作家は白い口ひげの老人で、ベッドに入るときは多少難儀した。作家が住む家の窓は高く、朝、目覚めたときに木立を見ることができたらどんなにいいだろう、と思う。窓の高さまでベッドを上げるために大工が呼ばれた。
それが大騒ぎになった。南北戦争に従軍したことがある大工が作家の部屋にやってくると、まずどっかりと座り込んで、ベッドを高くするためのひな壇を作ることについて、話し始めた。作家が葉巻を差し出すと、大工はそれを吹かす。
ベッドを持ち上げる話をしていたのもつかの間、ふたりの話は移っていった。元兵士の大工は、戦争の話を始めた。実際は、作家のほうがそちらに水を向けたのだが。大工は、捕虜になってアンダーソンヴィルの収容所に入っており、弟を失っていた。弟の死因は餓死で、その話をするたびに大工は泣くのだった。作家同様、白くなった口ひげを生やしていた大工は、唇を引き結んで泣くたびに、口ひげも上下に震える。葉巻をくわえたまま、むせび泣く老人の姿は、どこか滑稽なところがあった。ベッドを高くするという作家の当初の思いつきは忘れ去られ、のちに大工が勝手に仕事をしてしまったために、六十歳を越える作家は、椅子を使って自分で身体を持ち上げて、夜やすむ羽目になったのだった。
作家はベッドのなかで寝返りをうって横向きになると、そのままじっとする。もう何年も、心臓については気がかりだった。大変な煙草飲みであったし、不整脈もあった。いつか、思いもよらないときに死ぬのではないか、という思いは、以前から胸の内にあったし、ベッドに入るといつもそのことを考える。別に心配だったわけではない。その考えが及ぼす影響というのは、実際には極めて特殊なものであり、とてもひとことで説明できるようなものではなかったのだ。こうして床について死ぬことを考えていると、ほかのどんなときよりも、生きている実感が湧いてくるのだった。身じろぎもせず横たわっているその肉体は、老い、もはやたいした役には立たない。にもかかわらず、その内には極めてみずみずしいなにものかがあった。子を孕む女のように。ちがうことといえば、彼の内にあるのは、赤子ではなく、若さなのだった。いや、若さというのでもない、それは、女、若く、騎士のように、鎖帷子を身にまとった女性なのである。そう、愚かなことだ。高いベッドに横になって、心臓の音に耳を澄ましている老いた作家の内にあるものをことばにしようとすることなど。理解しようとするのなら、この作家が、あるいは彼の内の若い女性が考えていることのほうだ。
(この項つづく)