陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

カート・ヴォネガット「才能のない子供」その5.

2011-05-30 22:58:56 | 翻訳

その5.


うつむいたプラマーの頭がどんどん下がり、胸に届きそうになってきたので、ヘルムホルツ先生はあわてて希望の兆しを探した。「たとえばだな、フレイマーには新聞の配達区域を走り回ったり、記録をつけたり、新規顧客を開拓したり、といったことは金輪際、ムリな話だろう。あいつはそんなことができるような人間じゃないし、仮に命がかかっているとしても、そんなことはできない」

「いいところをついてますよ」プラマーは意外なほど明るい表情で言った。「ひとつの面でだけ極端にできるやつって、えらく偏ってるんですよね。もっと多方面に渡って努力する方が、よっぽど価値があると思います。いや、フレーマーは今日、正々堂々と戦ってぼくを負かしたけど、そのことをいつまでもこだわったりしてるわけじゃないんです。そのことで腹を立ててるわけでもない」

「君は実におとなだな」ヘルムホルツ先生は言った。「だが、私が指摘したかったのは、人間というのは誰でも弱点を持っている、ということなんだ。そうして…」

プラマーは手を振ってさえぎった。「そんなこと、ぼくに話すにはおよびませんよ、ヘルムホルツ先生。先生みたいに大きな仕事を抱えていれば、万事うまくいくなんて奇跡でも起きなきゃ無理でしょ」

「ちょっと待て、プラマー……」ヘルムホルツ先生は言った。

「ぼくが頼んでるのは、先生もちょっとはぼくの身になって考えてください、ってことなんです」とプラマーは言った。「ぼくがAバンドのメンバーに挑戦して帰ったばっかり、それも死力を尽くしたあとだっていうのに、先生ときたらCバンドのガキをぼくにぶつけてきたんだから。やつらにただ、チャレンジの日の雰囲気を味合わせてやるだけだってことは、先生とぼくならわかってるんです。それに、ぼくがすっかり力を使い果たしていることもね。だけど先生はそのことを連中に言ったんですか? とんでもない。そんなことはしなかった。ヘルムホルツ先生、だからあいつらはみんな、ぼくより自分の方がうまいなんて思いこんじゃったんです。ぼくが傷ついているのはそこなんですよ、先生。やつら、なんだかたいしたことをやったような気でいる。ぼくをCバンドの末席にしたんだって」

「プラマー」ヘルムホルツ先生は言った。「わたしはこれまでずっと、なんとかして君にわかってもらおうとしてきたんだ。できるだけ穏やかな言い方でね。だが、どうやらそのためには率直に話をするしかなさそうだな」

「ムダな批判だろうがなんだろうが、お好きなように」プラマーは立ち上がりながらそう言った。

「ムダな?」

「ムダな」プラマーはきっぱりとそう言って、ドアの方へ向かった。「こんなことを言ったりしちゃ、Aバンドに入るチャンスを自分からドブに捨てるようなもんだ、ってこともわかてるんです。先生。でもね、率直に言って、今日、ぼくが被ったようなことが、六月のブラスバンド競技会で負けた原因なんですよ」




(この項つづく)