陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

カート・ヴォネガット「才能のない子供」その3.

2011-05-22 23:12:45 | 翻訳
その3.


「金曜日はチャレンジの日だということを忘れるなよ」ヘルムホルツ先生はCバンドの面々に向かって言った。「練習をしっかりするんだ。君たちがいまいるのは、一方的に割り当てられた席だ。チャレンジの日には君たちが、自分にほんとうにふさわしいのはどの席か、証明するんだ」先生は自信満々に細められたプラマーの目を避けた。プラマーときたら掲示板に貼っておいた座席表を確かめもせず、首席奏者の席にすわっている。挑戦の日は二週間ごとに一度開かれて、その日は楽団員なら誰でも自分より上位の誰かに挑戦できるのだ。ヘルムホルツ先生はその審査員なのである。

 プラマーの手が上がった。鳴らしている。
「どうした、プラマー」ヘルムホルツ先生は言った。先生がチャレンジの日を恐れるようになったのも、プラマーのせいだった。いまではその日はプラマーの日と思えてくる。プラマーがチャレンジする相手はCバンドの誰でもなく、Bバンドのメンバーですらなく、ブラスバンド部の最高峰たるAバンドのメンバーのみに突撃するのだった。あいにくなことに挑戦権は等しくみんなに与えられているためである。Aバンドにとって、時間が無駄になるだけでなく、ヘルムホルツ先生にとってもっと胸が痛むのは、自分の演奏が挑戦相手を上回るものでなかったと聞かされたときの、プラマーのショックを受けたような、信じられないと言わんばかりの表情だった。

「ヘルムホルツ先生」プラマーが言った。「ぼくはその日、Aバンドでの挑戦に加わりたいんです」
「わかった。もし君がそうしたいんならね」プラマーはいつだってそうするつもりなのだから、もしAバンドに挑戦するつもりがないとでも言い出したことなら、そちらの方が驚きだ。

「ぼくはフレイマーに挑戦したいと思ってます」
楽譜の擦れ合うカサカサいう音や、楽器ケースをしめるカチリという音が止んだ。フレイマーとはAバンドの首席クラリネット奏者で、Aバンドの団員でさえ挑戦しようという度胸のある者はいない。ヘルムホルツ先生は咳払いした。
「君のチャレンジ精神には感服するよ、プラマー。だが新学年最初にしては、いささか野心的すぎないか? たぶん、手始めにエド・ディレイニーあたりに挑戦するのがいいんじゃないかな」ディレイニーはBバンド末席のクラリネット奏者だ。

「わかってませんね」プラマーは言った。「ぼくが新しいクラリネットに変えたこと、ご存じないんでしょう」

「はん? おう、そうだったのか。確かに新しいな」

プラマーはあたかもそれがアーサー王の剣で、誰であろうとそれを持った者に魔法の力を授けるのだ、と言わんばかりに、クラリネットのすべすべした筒をなでている。「これならフレイマーに負けちゃいません」とプラマーは言った。「こっちの方がいいかも」

彼の声音には、ヘルムホルツ先生に向けられた警告の響きがこめられていた。差別待遇の日々は終わりましたよ、まっとうな精神を持った人間ならば、これほどの楽器を持った人間を、まさかとめだてするようなことはしませんよね、と言わんばかりの。

「まぁ」ヘルムホルツ先生は言った。「まあ、そうだな。そうかもしれん」

練習が終わると、ヘルムホルツ先生は人でいっぱいの廊下で、ふたたびプラマーと顔をつきあわせる羽目になった。プラマーは、目を丸くしている一年生の団員に、すごみをきかせながら話をしているところだった。

「この前の六月に、あのバンドが1負けたか知ってるか?」そう言っているプラマーは、自分のすぐ後ろにヘルムホルツ先生がいることに、気がついていないらしい。「それはな、バンドが能力主義で編成されなくなったからだ。金曜日には目にもの見せてやるからな」


(この項つづく)