その4.
だれもが黙りこんでしまった横で、プラットだけはテーブルの人々、まず私、それから三人の女をひとりずつ、ゆっくりと目を注いでいった。君たちはこの賭の立会人なのだから、そのことを心しておくように、とでも言いたげな表情を浮かべて。
「あなた」スコフィールド夫人が口を開いた。「ね、あなた、こんな意味のないこと、おやめになって、みんなでお食事にしましょうよ。冷めてしまうわ」
「これは意味のないことではありませんよ」プラットは冷静に言った。「ささやかな賭をしようというのです」
メイドが背後で野菜の皿を持ったまま、前に進み出るべきか、まだ待っていたほうがいいか迷っているのに気がついた。
「さて、いいかな」プラットが言った。「ぼくが君に賭けてもらいたいものを言おう」
「よしきた」マイクはいささか軽はずみな調子で言った。「それが何だろうが、ぼくは一向にかまわない。受けて立とうじゃないか」
プラットはうなずくと、ふたたび唇の両端をニッと上にあげてから、ひどくもったいぶった調子でマイクから目を離さないまま言った。「君にはお嬢さんを賭けてもらいたいな、ぼくが勝ったら結婚できるように」
ルイーズ・スコフィールドは飛び上がった。「何ですって? こんな話、聞いたことないわ! ねえったら、パパ、ほんと、とんでもない話よ」
「大丈夫ですよ」母親が言った。「プラットさんは冗談を言ってらっしゃるのよ」
「冗談を言っているつもりはありませんが」リチャード・プラットは言った。
「そんな馬鹿な」マイクもいまではまた平常ではいられなくなったようだった。
「君はぼくが望むものなら何でも賭けると言ったじゃないか」
「金のことかと思ったんだ」
「君はそうは言わなかったよ」
「だがそういう意味で言ったんだ」
「生憎だが、君はそういう意味では言ってなかったよ。ま、何にせよ君が自分の前言を翻したとしても、ぼくは何も言うつもりはないがね」
「自分の言ったことを引っ込めるつもりなんて毛頭ないさ。何にせよ、これは賭にはならんじゃないか。君は釣り合うものを持っていないんだから。君が負けたところで、代わりにぼくにくれるようなお嬢さんなんてどこにもいない。それに、もし仮にいたとしても、ぼくは君のお嬢さんと結婚するつもりはない」
「それを聞いて安心したわ」マイクの細君が言った。
「ぼくは君の望むものを何でも賭けよう」プラットはそう言い放った。「たとえば家とかね。ぼくの家なんかじゃどうだろう?」
「どっちの家が良さそうかな?」マイクはあらためて冗談めかした。
「田舎の方だ」
「もうひとつの方もつけてくれないか?」
「よろしい、君が望むなら。ぼくの両方の家を賭けよう」
そう言われてマイクは黙ってしまった。一歩前に踏み出し、籐かごに入ったボトルをそっとテーブルに置いた。ソルトシェーカーを脇へ寄せて、ペッパー・ミルの位置を変え、自分のナイフを手にとって、しばらく考え込んだ様子でその刃をためつすがめつしていたが、またそれを置いた。娘も黙ったまま父親を見ていた。
「ねえ、パパ!」娘は泣き声になった。「変なことはやめて。ほんと、すっごくバカみたいよ。こんなことで賭けられるなんて願い下げよ」
「その通りよ」母親も声を合わせた。「すぐにおやめになって、マイク、席に着いてお食事をいただきましょう」
マイクは細君には取り合わず、娘に向かって笑いかけた。穏やかな、父親らしい、包み込むような笑顔だった。だが、その目に不意に勝利の光が小さくきらめいた。「あのな」と娘に笑いかけながら話しかけた。「いいかね、ルイーズ、もうちょっと考えた方がいい」
「やめて、パパ。わたし聞きたくない。こんなバカみたいな話、聞いたことないわ!」
「いや、バカみたいなんかじゃないよ。言っておかなきゃならんことがあるんだよ」
「いや。聞きたくない」
「ルイーズ! 頼むよ! こういうことなんだ、リチャードはな、ほら、大きな賭がしたいんだ。賭がしたいのはリチャードで、父さんじゃない。リチャードが負けたら、結構な額の資産を寄越すことになる。おっと、ちょっと待っておくれ、もう少し話を続けさせておくれ。問題はここなんだ。おそらくやつは勝てない」
「だけど勝つつもりのご様子よ」
「まあ聞いておくれ、私だって自分が何を言っているか知らないわけじゃない。プロだってクラレットを試飲するときは――それがラフィットやラトゥールのような有名どころじゃない限りは、葡萄園の名前を当てようと思ったら、やり方はひとつしかない。もちろんボルドー産だ、ぐらいのことは言える。サン・テミリオンだろうがポムロールやグラーブ、メドックだろうが同じことだ。だがそれぞれの地方には、いくつもの集落があるし、いくつもの郡もある。しかもそれぞれの郡には無数の小さな葡萄園があるんだ。だから味と香りだけでそれぞれのちがいを聞き分けるなんてことは不可能なんだよ。このワインは数ある小さな葡萄園に取り囲まれた小さな葡萄園のものだ。いくら彼だって手に入れられるものではない。だから絶対に当てられない。無理なんだよ」
(この項つづく)
だれもが黙りこんでしまった横で、プラットだけはテーブルの人々、まず私、それから三人の女をひとりずつ、ゆっくりと目を注いでいった。君たちはこの賭の立会人なのだから、そのことを心しておくように、とでも言いたげな表情を浮かべて。
「あなた」スコフィールド夫人が口を開いた。「ね、あなた、こんな意味のないこと、おやめになって、みんなでお食事にしましょうよ。冷めてしまうわ」
「これは意味のないことではありませんよ」プラットは冷静に言った。「ささやかな賭をしようというのです」
メイドが背後で野菜の皿を持ったまま、前に進み出るべきか、まだ待っていたほうがいいか迷っているのに気がついた。
「さて、いいかな」プラットが言った。「ぼくが君に賭けてもらいたいものを言おう」
「よしきた」マイクはいささか軽はずみな調子で言った。「それが何だろうが、ぼくは一向にかまわない。受けて立とうじゃないか」
プラットはうなずくと、ふたたび唇の両端をニッと上にあげてから、ひどくもったいぶった調子でマイクから目を離さないまま言った。「君にはお嬢さんを賭けてもらいたいな、ぼくが勝ったら結婚できるように」
ルイーズ・スコフィールドは飛び上がった。「何ですって? こんな話、聞いたことないわ! ねえったら、パパ、ほんと、とんでもない話よ」
「大丈夫ですよ」母親が言った。「プラットさんは冗談を言ってらっしゃるのよ」
「冗談を言っているつもりはありませんが」リチャード・プラットは言った。
「そんな馬鹿な」マイクもいまではまた平常ではいられなくなったようだった。
「君はぼくが望むものなら何でも賭けると言ったじゃないか」
「金のことかと思ったんだ」
「君はそうは言わなかったよ」
「だがそういう意味で言ったんだ」
「生憎だが、君はそういう意味では言ってなかったよ。ま、何にせよ君が自分の前言を翻したとしても、ぼくは何も言うつもりはないがね」
「自分の言ったことを引っ込めるつもりなんて毛頭ないさ。何にせよ、これは賭にはならんじゃないか。君は釣り合うものを持っていないんだから。君が負けたところで、代わりにぼくにくれるようなお嬢さんなんてどこにもいない。それに、もし仮にいたとしても、ぼくは君のお嬢さんと結婚するつもりはない」
「それを聞いて安心したわ」マイクの細君が言った。
「ぼくは君の望むものを何でも賭けよう」プラットはそう言い放った。「たとえば家とかね。ぼくの家なんかじゃどうだろう?」
「どっちの家が良さそうかな?」マイクはあらためて冗談めかした。
「田舎の方だ」
「もうひとつの方もつけてくれないか?」
「よろしい、君が望むなら。ぼくの両方の家を賭けよう」
そう言われてマイクは黙ってしまった。一歩前に踏み出し、籐かごに入ったボトルをそっとテーブルに置いた。ソルトシェーカーを脇へ寄せて、ペッパー・ミルの位置を変え、自分のナイフを手にとって、しばらく考え込んだ様子でその刃をためつすがめつしていたが、またそれを置いた。娘も黙ったまま父親を見ていた。
「ねえ、パパ!」娘は泣き声になった。「変なことはやめて。ほんと、すっごくバカみたいよ。こんなことで賭けられるなんて願い下げよ」
「その通りよ」母親も声を合わせた。「すぐにおやめになって、マイク、席に着いてお食事をいただきましょう」
マイクは細君には取り合わず、娘に向かって笑いかけた。穏やかな、父親らしい、包み込むような笑顔だった。だが、その目に不意に勝利の光が小さくきらめいた。「あのな」と娘に笑いかけながら話しかけた。「いいかね、ルイーズ、もうちょっと考えた方がいい」
「やめて、パパ。わたし聞きたくない。こんなバカみたいな話、聞いたことないわ!」
「いや、バカみたいなんかじゃないよ。言っておかなきゃならんことがあるんだよ」
「いや。聞きたくない」
「ルイーズ! 頼むよ! こういうことなんだ、リチャードはな、ほら、大きな賭がしたいんだ。賭がしたいのはリチャードで、父さんじゃない。リチャードが負けたら、結構な額の資産を寄越すことになる。おっと、ちょっと待っておくれ、もう少し話を続けさせておくれ。問題はここなんだ。おそらくやつは勝てない」
「だけど勝つつもりのご様子よ」
「まあ聞いておくれ、私だって自分が何を言っているか知らないわけじゃない。プロだってクラレットを試飲するときは――それがラフィットやラトゥールのような有名どころじゃない限りは、葡萄園の名前を当てようと思ったら、やり方はひとつしかない。もちろんボルドー産だ、ぐらいのことは言える。サン・テミリオンだろうがポムロールやグラーブ、メドックだろうが同じことだ。だがそれぞれの地方には、いくつもの集落があるし、いくつもの郡もある。しかもそれぞれの郡には無数の小さな葡萄園があるんだ。だから味と香りだけでそれぞれのちがいを聞き分けるなんてことは不可能なんだよ。このワインは数ある小さな葡萄園に取り囲まれた小さな葡萄園のものだ。いくら彼だって手に入れられるものではない。だから絶対に当てられない。無理なんだよ」
(この項つづく)