その2.
上級曹長は握手してから、すすめられた暖炉の脇の席に腰を下ろし、主人がウィスキーとタンブラーを取り出して小さな銅のやかんを火にかけるのを満ち足りた顔つきで眺めていた。
三度目に杯を重ねたころになると、曹長の目は輝き、やがて口を開き出すと、ささやかな家族の面々は、遠方からやってきた客人を、興味津々といったようすで見守るのだった。曹長は広い肩をぴしっと張って椅子に坐ったまま、めずらしい風景や勇猛果敢な戦い、戦争や天災や異国の人々の話をして聞かせた。
「あれから二十一年だな」ホワイト氏はそう言って、妻と息子にうなずいてみせた。「曹長が出征してきたときは大問屋の細っこい若い衆だったんだかな。それがいまの姿の立派なこと」
「そんなふうに苦労をなさったようにはお見受けできませんねえ」とホワイト夫人は礼儀正しくそう言った。
「わしも実際にインドに行ってみたいもんだ」老人は言った。「ほんのちょっと見て回れりゃ充分なんだが」
「いやいや、ここに優るところはないでしょう」上級曹長は首を横にふりながらそう言った。空のグラスを置いてから、静かに溜息をつくと、もう一度首をふる。
「古い寺や托鉢僧、あと大道芸人なんぞが見たいんだ」老人は言った。「モリス曹長、そういえば以前、あんたはわしに猿の手がどうしたという話をしかけたことがありましたな」
「あれは何でもありません」曹長はあわてたようにそう言った。「何にせよ、お耳に入れるようなことではありません」
「猿の手、ですって?」ホワイト夫人は興味を引かれたようだった。
「まあ、一般には魔術と呼ばれるようなものでしょう」曹長はぶっきらぼうに言った。
聞き手三人は身を乗り出した。客がうっかり空のグラスを口へ運び、気がついてそれを戻した。老人はそのグラスを満たしてやる。
「一見したところ」曹長はポケットをまさぐりながらそう言った。「ごくありきたりの小さな前脚なんです、干からびてミイラになった」
ポケットから何か取り出すと、前へ押しやった。ホワイト夫人は顔をしかめて後ずさりしたが、息子の方は手にとってものめずらしげに眺めまわしている。。
「それで、これのどこにふつうじゃないところがあるんだね」ホワイト氏はそう言うと、息子から受け取り、とくと調べてからテーブルに戻した。
「高齢の行者によるまじないがかけてあるのです」曹長は説明した。「たいそう霊験あらたかな人物でしてな。人の一生というのは宿命によって定められている、それを妨げでもしようものなら、不幸な目に遭うぞ、とやってみせたかったらしい。そこでこれに三人別々の人間が、それぞれに三つの願いをかけられるように、まじないをかけたのです」
曹長の態度がひどく厳粛なものだったので、聞いている側も考えもなく笑うようなことをして申し訳なく思った。
「だったらどうしてあなたご自身で三つの願い事を手に入れないんです?」ハーバート・ホワイトがぬかりなく聞いてみた。
(この項つづく)
上級曹長は握手してから、すすめられた暖炉の脇の席に腰を下ろし、主人がウィスキーとタンブラーを取り出して小さな銅のやかんを火にかけるのを満ち足りた顔つきで眺めていた。
三度目に杯を重ねたころになると、曹長の目は輝き、やがて口を開き出すと、ささやかな家族の面々は、遠方からやってきた客人を、興味津々といったようすで見守るのだった。曹長は広い肩をぴしっと張って椅子に坐ったまま、めずらしい風景や勇猛果敢な戦い、戦争や天災や異国の人々の話をして聞かせた。
「あれから二十一年だな」ホワイト氏はそう言って、妻と息子にうなずいてみせた。「曹長が出征してきたときは大問屋の細っこい若い衆だったんだかな。それがいまの姿の立派なこと」
「そんなふうに苦労をなさったようにはお見受けできませんねえ」とホワイト夫人は礼儀正しくそう言った。
「わしも実際にインドに行ってみたいもんだ」老人は言った。「ほんのちょっと見て回れりゃ充分なんだが」
「いやいや、ここに優るところはないでしょう」上級曹長は首を横にふりながらそう言った。空のグラスを置いてから、静かに溜息をつくと、もう一度首をふる。
「古い寺や托鉢僧、あと大道芸人なんぞが見たいんだ」老人は言った。「モリス曹長、そういえば以前、あんたはわしに猿の手がどうしたという話をしかけたことがありましたな」
「あれは何でもありません」曹長はあわてたようにそう言った。「何にせよ、お耳に入れるようなことではありません」
「猿の手、ですって?」ホワイト夫人は興味を引かれたようだった。
「まあ、一般には魔術と呼ばれるようなものでしょう」曹長はぶっきらぼうに言った。
聞き手三人は身を乗り出した。客がうっかり空のグラスを口へ運び、気がついてそれを戻した。老人はそのグラスを満たしてやる。
「一見したところ」曹長はポケットをまさぐりながらそう言った。「ごくありきたりの小さな前脚なんです、干からびてミイラになった」
ポケットから何か取り出すと、前へ押しやった。ホワイト夫人は顔をしかめて後ずさりしたが、息子の方は手にとってものめずらしげに眺めまわしている。。
「それで、これのどこにふつうじゃないところがあるんだね」ホワイト氏はそう言うと、息子から受け取り、とくと調べてからテーブルに戻した。
「高齢の行者によるまじないがかけてあるのです」曹長は説明した。「たいそう霊験あらたかな人物でしてな。人の一生というのは宿命によって定められている、それを妨げでもしようものなら、不幸な目に遭うぞ、とやってみせたかったらしい。そこでこれに三人別々の人間が、それぞれに三つの願いをかけられるように、まじないをかけたのです」
曹長の態度がひどく厳粛なものだったので、聞いている側も考えもなく笑うようなことをして申し訳なく思った。
「だったらどうしてあなたご自身で三つの願い事を手に入れないんです?」ハーバート・ホワイトがぬかりなく聞いてみた。
(この項つづく)