陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

英会話教室的日常 その6.

2005-04-15 22:48:39 | weblog
第七景 パチンコ体験記

バートの帰国する日が迫ってきた。
教室にやってきたバートにアズマさんが
“How are you?” (調子、どう?)
と声をかけると、
“I'm sad.” (悲しいよ)と返ってくる。

“そんなに日本が気に入ったの?”
“もちろん。人生最高の二年間だった”

そのバートが、ある日アズマさんに頼みがあると言い出した。
教室からすこし北に上がったところに、パチンコ屋がある。仕事のたびに、そこの前を通ってきたのだが、ただの一度も店のなかに入ったことがない。

“そんなに気になるのなら、一度行ってごらんよ”
“宗教上の理由で、ギャンブルはやらないんだ。だけど、どうしても中のようすが見てみたい。パチンコって日本にしかないものだから”
“じゃ、だれかと一緒に行ったら?”
“アズマ、一緒に行ってくれない?”
“へ? わたしと? パチンコ屋?”

実はアズマさん、パチンコ屋というところに足を踏み入れたことがない。一度たりとも、やってみたい、とさえ思ったことがない。それでも帰国を目前にしたバートの頼みとあらば、仕方があるまい。

昼休み、一緒に出かけることにした。
“すぐ帰るからね。よく見ておいてよ”

“おお、天井が鏡になっている! アズマ、見て! あれは何? わー、この回転してるのは何?”
“わたしに聞かないで”

とにかく席に座るアズマさん。
隣のおじさんが五百円玉を入れたのに続いて、アズマさんも五百円玉を入れたのはいいけれど、出てきた玉をぼろぼろとこぼしてしまった。おじさん、すぐに気がついて
「ねえちゃん、初めてか」
アズマさんの手を取って、回転ハンドルを握らせると
「ええか、ここらへんまで回すねんで」と上から手を押さえる。
アズマさんは内心、おっちゃん手ェどかしてんか、と思っているのだが、せっかく教えてもらっているのだから、その間だけは辛抱する。
「あー、ええ感じで回ってるなぁ」
と言っていたおじさんが、突然
「おいっ、おいっ」と立ち上がった。
電飾が突然ぴかぴかし始め、わけのわからない電子音がやかましく鳴りだした。
「やったやんか、すごいな、ねえちゃん、あんた才能あるデ。ほれ、アメリカのにいちゃんも。ぼけっとしとらんと、はよドル箱(?)持ってこんかい」

へ、何? どうしたの? どういうこと??
玉がざくざくと出てくる。
これは当たった、っていうことなの?
目を白黒させているアズマさんの手を握ったままのおじさんは、空いたもう一方の手で、バートが持ってきた箱に玉を入れたり、平らにならしたりして忙しい。

ひと区切りついたらしく、ざくざく出てきた口がしまったのを見届けてから、アズマさんは立ち上がった。
「教えてくださってありがとうございました」
「ねえちゃん、もう帰んのか?」
すかさずおじさんはアズマさんの席に移ってきた。
「おいっ、アメリカのにいちゃん、これをあそこのカウンターに持っていったれや」

バートがカウンターに玉が一杯詰まった重たい箱を持っていく。
“おもしろかった、アズマ”と満足そう。
カウンターにいるおばさんに、玉をここへ入れてください、と言われて、おとなしくいうとおりにすると、輪ゴムで留めたボールペンの束と、アーモンドチョコレートを一箱くれた。

ボールペン?
バートとアズマさんは顔を見合わせる。

やがてアズマさんはピンときた。
これは、古代人の貝がらだ!

やはり同じようにボールペンの束を手にした男性のあとをついていく。
“アズマ、どこへいくの?”
“わからない”
何百回となくその前を通っていたのに、決して気がつかなかったビルとビルの隙間の道を奥へ進む。なんだか胸がドキドキする。つきあたりには、映画のチケット売場のように、手元だけ開いた窓ガラス。
前の男性に続いて、アズマさんもボールペンの束を出す。
なんと千円札が九枚も返ってきた。
一瞬、アズマさんは自分の時給を考える。

“はい”
と半分差し出すアズマさんに、
“受け取れないよ”と断るバート。
臨時収入とすれば、ありがたいお金だけれど、アズマさんも受け取れないような気がする。
“ボクはチョコレートだけ、もらうよ。あとはアズマ、一緒に行ってくれたお礼だよ”

後日、アズマさんは清水焼の店を何軒か回って、そのお金で抹茶椀を買った。
カナダに送っても大丈夫なように厳重に梱包してもらいながら、やっぱりギャンブルで儲けたものを使うのは、戒律に反するかなぁ、と考えるアズマさんだった。

(この項つづく)