陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ 『開いた窓』 最終回

2005-04-28 19:27:31 | 翻訳
フラムトンは、微かに身を震わせると、お気の毒なことです、事情は察していますよ、という表情を浮かべて、姪のほうを向いた。ところが娘は開いた窓の向こうを、恐怖を浮かべた目を見開いて、呆然と見つめている。フラムトンは背筋の凍るような、なんとも名状しがたい怖ろしさを感じ、椅子にすわったまま振り返ってそちらに目をやった。

徐々に暮れていく薄闇のなかを、三つの影が、芝生を横切って窓のほうに近づいてきた。みな、小脇に銃を抱え、なかのひとりは白い雨合羽を肩にかけている。そのあとについてくるのは、疲れたようすのスパニエル犬だ。一行はしめやかに近づいてくる。突然、夕闇をついて、若々しいだみ声が歌うのが聞こえてきた。
♪ほら、バーティ、おまえはなんで跳ねるんだ?

フラムトンはステッキと帽子をひっつかんだ。玄関の扉にも、小石が敷き詰められた小道や表門にも目もくれず、一目散に逃げ出したのだ。やってきた自転車は危うくぶつかりそうになって、何とか避けようと生け垣に突っ込んだ。

「いま帰ったよ」白い雨合羽をかけた男が、窓から入ってきてそう言った。「すっかり泥まみれになってしまったが、だいたい乾いたようだ。ここに入ろうとしたときに飛び出していったのは、誰なんだい?」

「なんだかおかしなかたでしたわ、ナトルさんとかおっしゃるの」サプルトン夫人は説明した。「ご自分の病気のことしかお話しにならないの。あなたが帰ってらしたっていうのに、挨拶もしない、失礼します、とも言わないまま飛び出していくなんて。なんだか幽霊にでも遭ったみたい」

「たぶんそのスパニエルのせいよ」と、そしらぬ顔で姪は言った。「犬がおっかないんですって。せんにガンジス河の河岸にあるどこかの墓地で、野犬の群れに襲われたらしいわ。そのとき、掘ったばっかりのお墓のなかで、一晩、過ごさなきゃならなかったんですって。頭のすぐ上で、犬が唸ったり、歯を剥いたり、泡を吹いたりしてたんだそうよ。だれだってそんな目に遭ったら、犬には神経を尖らせると思うわ」

とっさに物語を思いつくのが、この娘の特技だった。

The End