陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ 『開いた窓』 その1.

2005-04-26 21:36:37 | 翻訳
今日からサキの短編をいくつか訳してみたいと思います。
まず『開いた窓』から。
原文はhttp://mbhs.bergtraum.k12.ny.us/cybereng/shorts/openwin.htmlで読めます。


***

「まもなく伯母も降りてまいりますわ、ナトル様」ひどく落ち着いた雰囲気の15歳の少女が言った。
「それまでどうかわたくしで我慢してくださいませね」

フラムトン・ナトルは、やがて来るであろう伯母さんに失礼にならないように、さしあたって、この姪のご機嫌を損ねないよう、せいぜい何か適当なことを言うことにしようと考えていた。内心では、見も知らぬ他人をつぎつぎに、形ばかり訪問することで、神経衰弱が回復する助けにどれだけなるのだろうか、と、これまでにも増して疑問に思っていたのだが。

「どうなるかわかりきってるわ」
フラムトンが、この辺鄙なところにある別荘に移る準備をしていたころ、姉は言ったものだ。
「そこに引っ込んでしまって、人間とは一切話さなくなるのよ。そうやってふさいでしまって、神経の方もどんどん参ってしまうわよ。そこの知り合いという知り合いみんなに、紹介状を書いてあげることにするわ。すごくいい人だって何人もいたのを覚えてるから」

これから自分がその紹介状を渡そうとするサプルトン夫人が、すごくいい人の部類に属しているのだろうか、とフラムトンは考えていた。

「このあたりには、知り合いの方がおおぜいいらっしゃいますの」
黙ったままでお互いをうかがうのはもうたくさん、と判断したらしい姪がたずねてきた。

「ひとりもいません。四年ほど前、姉がここの牧師館に滞在していたことがあったんです。それで、このあたりにいらっしゃる方々に、紹介状を書いてくれたんです」

いらないことをしてくれた、というのがありありと感じられるような調子で、最後のことばは口にされた。

「あら、だったら伯母のこと、あまりよくご存じじゃないのね」
落ち着いた物腰の娘が、たたみかけるように聞いてきた。

「お名前とご住所しか」
サプルトン夫人が結婚しているのか、それとも未亡人なのかもわからなかった。なんとなく、この部屋からは男性の存在を感じさせるものがあるようには思ったが。

「ちょうど三年前、大変な悲劇が伯母を襲ったんです。お姉さまがここを引き払われたあと」

「大変な悲劇ですって?」こんな平和な田舎に、大変な悲劇とは、なんだか場違いのような気がした。

(この項つづく)