陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

英会話教室的日常 最終回

2005-04-22 18:43:47 | weblog
第11景:英会話教室的日常

アズマさんがバイトにやってくると、デイ・タイムの授業を終えた講師たちの話す声が聞こえてきた。

"モスバーガーってうまいよなぁ"
"アメリカだったらレストランのハンバーガーには負けるけど、ふつうのハンバーガーチェーンだったらどこよりもうまいだろうね"
"照り焼きチキンは食べたことがある? あれ、すっごくおいしいのよ"
"アメリカに帰ったら、恋しくなるだろうな"

"うまいって言ったらヤキソバだな。日本食の中ではヤキソバが一番好きだ"
"テンプラやサシミなんかより、ヤキソバやヒヤシチューカの方がうまいよな"
"おまけにジャンクフードがどれもおいしい!"
"ポテトチップスの味の種類が少ないのは不満だけど"
"ポテトチップスとトルティーヤチップスはアメリカンフードだからね"
"プリッツって知ってる? あれのバターテイスト、もう愛しちゃってるよ。アメリカへ帰る時は絶対段ボール一箱分買って帰るつもりなんだ"

"なんか腹減ってきたな~"
"こんなことやってるから太るんだよ"
"学生の頃、タバコ吸ってて、がりがりに痩せてたんだ。それから就職して、タバコ止めて、キャンディとかチョコレートとか食べる癖がついた。日本に来て、またタバコ吸うようになってさ、なのにジャンクフードがうまいもんだから、前よりずっと食べるようになった"
"モスバーガーへ行って、何か買ってくるよ"
"オレのも"

代表で買いに行くことになったダニエルが
"アズマ、コーヒー飲みたい? 一緒に買ってきてあげようか"
と誘ってくれる。

ダニエルが戻ってきて、みんなでコーヒーブレイクをしているところに入ってきたアレックス。
"やあ、みんな。今日も死んだ牛なんか食ってるのかい?"

アレックスは厳格なベジタリアンだった……。


本部から上田さんがやってくる。
仕事の話が一区切りついて、アズマさんは
「お子さんはみなさんお元気ですか?」と聞いてみる。

「二番目がいま、熱出してる」と上田さんは憂鬱そう。
「それは心配ですね」
「どうせ風邪やからそっちはええねん」それから深い深い溜息に続いて陰気な声。
「三月の確定申告のときにな、医療控除申請しよ、思て、領収書、全部集めて計算してん。小児科かかっただけで三十万越えとったわ。病院までのマイレージサービスゆうのんがあったら、一家全員ディズニーランドぐらい行ける、て思たな。病院にはなんで『お得意様ご優待制度』てないんやろな。ポイント溜めたら、車がもらえる、とか」

いまを去ること数年前、世紀が変わろうとするころのこと、上田さんは重大な選択を迫られた。
家にはすでに五歳、四歳、二歳と三人の男の子がいた。
そこで奥さんから、どうしても女の子がほしい、と言われたのだ。
上田さんは考えた。家に女の子がいるのもいいかもしれない。数ヶ月後、おなかの赤ちゃんは双子だと判明した。その年の暮、二人の新世紀ベビーが誕生した。男の子だった。
噂では、ローンで買ったマンションも、すでにふすまは外枠しか残っておらず、壁には、ネコ穴ならぬコドモ穴が開けられているらしい……。

「子どもがおる、ゆうたらみんな'お子さんは何人'て、聞くねん。'五人'て答えたら、みんな笑うねん。こっちはなんもおかしいことないっつうの」

上田さん、相変わらずカッコイイなー、とても五人の子持ちには見えないなー、と後ろ姿を見送るアズマさん、だが、上田さんのスーツの肘のあたりには、カラカラになったご飯粒がこびりついていた……。


「アズマっ、来て! なにごとかが起こりました!」

クレアの呼ぶ声に、アズマさんは教室に飛んでいく。
みんなの視線の先をたどっていくと、壁には巨大なゴキブリが!
何かないかな、とあたりを見回すと、生徒さんが持ってきたコンビニの袋が目に留まる。中味を出してもらって、袋を左手に、右手にはクレアからもらったルーズリーフ。靴を脱いで机に上がると、そーっとルーズリーフですくって、ポリ袋のなかに捕獲成功。一同の拍手喝采を浴びる。

戻ってみると、受け付けには入会希望者が。
カウンターの向こうでは、フレッドが
「チョトマテクダサイネ~」
と、にこやかに対応している。フレッドがデートに誘うジョークを言い出す前に、あわててカウンターの向こうに戻るアズマさん。ゴキブリの入った袋をフレッドに
“これ、捨てておいて”と渡す。

書類に必要事項を書きこみながら、教室の説明をしている最中、
教室からダニエルが顔を出し
“アズマ、'you bet!' は日本語でなんて言うの?”と聞いてくる。
「そのとおり!」と怒鳴ってやるが、それでは通じないときもあるなぁ、と一瞬思い、目の前のびっくりしている希望者に
「すいません、どこまで話、しましたっけ」と謝る。

書類に記入しながら
「まりえ、ってどういう字ですか」と名前を聞く。
「ましゅうこの“ま”に、利益の利、それから枝です」
……ましゅうこ、ましゅうこ、ましゅうこってなんだっけ……。
冷や汗をかくアズマさんの隣に
「マシューコ、ホッカイドーデスネー。イッタコトアリマスー。ホッカイドー、らいおんイマスカ?」
とにぎやかにフレッドが戻ってきた。


こうしてアズマさんのバイトの日々は続いていく。

それでは、今回はこのくらいで。またどこかでお会いしましょう、とアズマさん。

(この項おわり)