知念実希人著『黒猫の小夜曲(セレナーデ)』(光文社文庫ち5-3、2018年1月20日光文社発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
黒毛艶やかな猫として、死神クロは地上に降り立った。町に漂う地縛霊(じばくれい)らを救うのだ。記憶喪失の魂、遺した妻に寄り添う夫の魂、殺人犯を追いながら死んだ刑事の魂。クロは地縛霊となった彼らの生前の未練を解消すべく奮闘するが、数々の死の背景に、とある製薬会社が影を落としていることに気づいて――。迷える人間たちを癒し導く、感動のハートフル・ミステリー。
プロローグ
“死神”の僕は、死者の魂を『我が主(あるじ)様』のところまで導く『道案内』だった。しかし突然、上司の命令で、この世に未練を残したままでさまよう地縛した魂の未練を解決してあげて、『道案内』に引き渡すのが仕事となった。まことに不本意ながら、高貴な僕は黒猫の体を借りてダーティーな地上に降りた。
まだ猫の体になり切れないうちにカラスの追いかけられ危ない所を、ソフトボール大の淡く輝く光の塊、地縛霊に助けられた。さっそく未練を解決してあげるという黒猫の僕に、めずらしく流暢に言霊(ことだま)を話すその記憶喪失の魂は、生前のことはまったく覚えていないという。
未練を解決するためには記憶を取り戻させなければならない。僕は、昏睡状態の白木麻矢の体にその魂を入れ、白木家の飼い猫となって、街の魂を救い始める。名前はクロとなった。でも本当はネコの体に宿った高位の霊的存在なのだ。
第一章 桜の季節の遺言
さる家の庭に漂う南郷純太郎の魂を見つけ、クロはその家に住む妻の南郷菊子の記憶に入り込み事情を探る。会社会長の夫、純太郎は車に飛び込んで自殺をしたのだが、その日の夕方の夫からの電話は何か意味深な話ぶりだった。夫は妻を恨んでいたのだろうか?
第二章 ドッペルゲンガーの研究室
クロは、探し出した刑事・千崎の地縛霊に干渉してその記憶に入り込む。千埼は、妻・沙耶香を椿橋から突き落とした容疑者・小泉明良を取調べていたが、本当はシロなのではないかと思っていた。捜査方針に強硬に反対した千埼は刑事を首になり、ガンで死亡する。
ドッペルゲンガーとは、ある人物と同じ姿をした……分身みたいなものが、別の場所で目撃さえる現象。
第3章 呪いのタトゥー
クロより2年前に地上に降りて犬の体を借りて「レオ」になった僕の仲間はホスピスに住み着いて患者たちの未練を解決している。千埼はそのホスピスで亡くなっていて、レオに彼の残した捜査ノートを探し出してもらった。
第4章 魂のペルソナ
心理学者ユングが「人間の外的側面・自分の内面に潜む自分」をペルソナと定義した。マーケティングの分野では、架空のユーザー像・人物モデルという意味で使われる。
エピローグ 略
単行本は2015年7月光文社より刊行。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
クロの嘆き、ボヤキが面白い。猫として主人である人間と、霊的には遥か下の存在である人間との矛盾がおかしみを生む。
高位な霊的存在だと誇り高い僕が、汚れた地上に落とされ、しかも人間の世話になるペットの猫の姿のクロに変わる。最初は馬鹿にしていた人間に、実際に人間の内面に触れることで、みにくい面もあるが、他人を思いやるやさしさもある存在と知ることになる。そして、左遷先の地上からはやく脱出したいと思っていたのが、‥‥。
謎解きは、必ずしも納得できない。記憶の無くした魂の正体にも‥‥。
「この地球上で唯一、自分たちにいつかは「死」が訪れることを知っている生物が、それを知らない生物たちよりも怠惰に生き、死後に『未練』に縛られる。皮肉なことだね。」(p304)
「でも、私(桜井知美)は彼(阿久津一也)を忘れられない‥‥」
「忘れる必要なんてないよ。君はずっとおぼえておくべきなんだ。君を絶望から救い出し、支えてくれた男のことを。そのうえで、前を向いて人生を歩んでいけば、彼は君の胸の中で生き続けることになるんでよ」
僕は自分が口にした気障なセリフで痒みを感じ、後ろ足でがしがしと首筋を掻く。(p294)
香箱座り:猫の前足を体の下にして、箱のようになって座る姿。