hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

向田邦子『父の詫び状』を読む

2021年01月17日 | 読書2

 

向田邦子著『父の詫び状』(1978年11月25日第一刷、2000年7月10日47刷 文藝春秋発行)を読んだ。

この初版本は現在絶版で、2005年文春文庫新装版が刊行されている。

 

私の既読本の『向田邦子ふたたび』『KAWADE夢ムック 文藝別冊 向田邦子』と同じエッセイがいくつもある。といっても本書が元本なのだが。まあ、死後も人気が長く続いているということなのだろう。
この作品は「銀座百点」に隔月で書いたものをまとめたもので、あとがきに、「文章という形でまとまったものを書いたのは初めての経験である。」と書いてある。

 

以下、既読本に関する我がブログとダブりもあるが、本書の引用(3字下げ)、省略紹介文と合わせて、⦅  ⦆で向田さんに引き出された私自身の想い出を記す。

 

父は身綺麗で几帳面な人であったが、靴の脱ぎ方だげは別人のように荒っぽかった。くつぬぎの石の上に、おっぽり出すように脱ぎ散らかした。
 客の多いうちだからと、家族の靴の脱ぎ方揃え方には、ひどくうるさいくせに自分はなによ、と父の居ない時に文句をいったところ、母がそのわけを教えてくれた。
 父は……父親の顔を知らず、……いつも親戚や知人の家の間借りだった。
 履物は揃えて、なるべく隅に脱ぐように母親に言われ言われして大きくなったので、早く出世して一軒の家に住み、玄関の真中に威張って靴を脱ぎたいものだと思っていたと、結婚した直後に母に言ったというのである。(父の詫び状)

⦅私も幼いころから結婚して家を出るまで親戚の家を借りて住んでいた。大様な親戚で特に嫌なことはなかったが、それでも肩身は狭く、物欲、所有欲は強くないのに、家だけは早く持ちたいと思っていた。一時、3軒もの家を持ったのは、そんなことに遠因があったのだろうか。まあ、そのおかげで何度も大損をこいたのだが。』

 

暗い不幸な生い立ち、ひがみっぽい性格。人の長所を見る前に欠点が目につく父にとって、時々、間の抜けた失敗をしでかして、自分を十二分に怒らせてくれる母は、何よりの緩和剤になっていたのではないだろうか。
「お母さんに当たれば、その分会社の人が叱られなくてすむからね」
と母はいっていた。(隣の神様)

⦅年取って生まれた一人っ子の私は両親から可愛がられて育った。父からぶたれたのは一回だけだった。

 

祖母の通夜の晩、社長がお見えになったという声を聞いた父は、玄関へ飛んでいった。お辞儀というより平伏だった。それにしても初めてみる暴君の父の姿だった。
高等小学校卒業の学力で給仕から財閥系の大きな会社に入って、誰の引き立てもなしに会社始まって以来といわれる昇進をした理由を見たように思った。
私達に見せないところで、父はこの姿で戦ってきたのだ。父だけ夜のおかずが一品多いことも、八つ当たりの感じで飛んできた拳固をも許そうと思った。私は今でもこの夜の父の姿を想うと、胸の中でうずくものがある。(お辞儀)

⦅私は見栄っ張りで、父の職業をいやだ、いやだと思っていた。思い出すたびに申し訳なかったと今更ながら思うのである。⦆

 

ハンドバッグを飲み屋のトイレに落として、皆に釣り上げてもらった話が書いてある。トイレと言っても汲み取り式の時代だ。(わが拾遺集)

⦅私はトイレに落としたのではなく、落ちたことがある。住んでいた家の大きく深い汲み取り式トイレで、あっと思った時は、するりと便座からトイレの中に落ちていた。3,4歳の時だろうか、変な声を聞いて駆け付けた母親がトイレの中に立っている私を発見し、手を伸ばして救いだしたと聞いた。少ししか溜まっていなかったのが幸いしたのだ。3,4日、足を洗っても洗っても臭かったと笑われた。⦆

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:お勧め)(最大は五つ星)

敬愛し、“好い女”だなと思う向田さんの作品には「五つ星」以外はつけられない。
エッセイの名手の向田さんも初めてのエッセイということで技術的には難点もあるが、内容が秀悦だ。家族のそれぞれのキャラが向田さんの筆で立ちあがっていて、楽しめる。さすが名脚本家。ご自身のドジぶりもわざとらしさも、嫌味もなく、素直に笑える。

 

私の中では、文章の達人の須賀敦子と並ぶ名エッセイストだ。

 

向田邦子の略歴と既読本リスト

 

目次

父の詫び状/ 、身体髪膚/ 、隣りの神様/ 、記念写真/ 、お辞儀/ 、子供たちの夜/ 、ストライキ/ 、細長い海/ 、ごはん/ 、お軽寛平/ 、あだ桜/ 、車中の皆様/ 、ねずみ花火/ 、チーコとグランデ/ 、海苔巻の端っこ/ 、学生アイス/ 、魚の目は泪/ 、隣りの匂い/ 、兎と亀/ 、お八つの時間/ 、わが拾遺集/ 、昔カレー/ 、鼻筋紳士録/ 、薩摩揚/ 、卵とわたし

 

コメント
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