お寺さんぽ Ver.03

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二派に分裂した朝廷・源平 (保元の乱、平治の乱)4

2008年12月14日 | 歴史
のんびり気軽にさんぽがてら。
本日も、”武士の時代到来”したという、ターニングポイントと言うべき中央での変事「保元の乱」、そちらに続く「平治の乱」についてお送りします。
これらの合戦によって源氏は没落し、平氏政権が確立することとなるのです。

平安時代末期。
京から東へ下った「源義朝(みなもとの・よしとも)」は鎌倉の亀谷に館を構えて勢力を拡大させておりました。
そちらを引き継いだ嫡男「源義平(みなもとの・よしひら)」は上野国の叔父「源義賢」らを討ち取り、”悪源太(あくげんた)”という異名を得たのでした。

一方、天皇家は若くして亡くなった「近衛天皇」の後継者をめぐり、継いだ「後白河天皇(※写真)」、息子に譲れなかった「崇徳院」という2人が兄弟ながら反目しあうこととなってしまうのでした…。


さて、こういった同勢力内での反目は重なるもので、関白・藤原家でも「藤原忠実」の嫡男「藤原忠通」とその弟「藤原頼長」という兄弟にて争っておりました。
「鳥羽院」に愛されて辣腕を振るっていた頼長ですが、「近衛天皇」を呪詛したという疑いをかけられて失脚させられてしまいます。
なお、これは「藤原忠通」と「美福門院」の陰謀であったようです。

…以上のように、天皇家・藤原家のどちらもが内部で争うという、ややこしい情勢の中、保元元年(1156)に「鳥羽院」が崩御(死亡)したのでした。
直後に勃発した「保元の乱」というのは、天皇家・藤原家の政治主導権争いだったのです。


保元元年(1156) [保元の乱]
院政をしいて実権を掌握していた「鳥羽院」が没しました。
すると、朝廷内部にてくすぶっていた「崇徳院」と「後白河天皇」という両派閥に分裂してしまうのです。

まだ「鳥羽院」が存命であった頃。
伏した「鳥羽院」の見舞いに訪れた「崇徳院」ですが、面会を拒否されてしまう事件が起こっています。

自らの死後を予想したのか、「鳥羽院」は武士たちを召集して警護を厳重なものにしていました。
(※なお「源義朝」もこの警備に参加しております)
警戒強まる中での訪問とタイミングが悪かったのかもしれませんが、間の悪いことに、この際に反乱の噂を立てられてしまうのです。

こうして、身の危険を悟った「崇徳院」は地位を失っていた「藤原頼長」と接近
鎮西八郎「源為頼」ほか六人の息子を率いて駆け付けた清和源氏の棟梁「源為義」ほか、「鳥羽院」より勘当されていた「平清盛」の叔父「平忠正(たいらの・ただまさ)」、大和源氏、興福寺の僧…などを味方として計算。
ここで、遂に挙兵するのです。

このあたり、ほぼ挑発にのってしまったとする説と、好機とばかりに自ら挑んだという両方の説がありました
…どちらかというと、”そうした状況へ追い込まれてしまった”みたいですけどね。


さて、反旗を翻した「崇徳院」なんですが…実際に白河殿へ集結できたのは、「藤原頼長」ほか「源為義」、「平忠正」などの小勢だけでした

まず、近畿の主だった武士たちは先の崩御の際の召集によって、ほとんどがそのまま「後白河天皇」方となっていたのです。
また、大和から京へ向かっていた大和源氏「源親治」も事前に阻まれ、捕らえられ、当初より「崇徳院」側の状況は非常に不利なものだったようなのです。

一方、「後白河天皇」の高松殿に終結していたのは、まさに大軍勢でした
ここで「源義朝」は相模「大庭景義(おおにわ・かげよし)」、両総「上総広常(かずさ・ひろつね)」「千葉常胤(ちば・つねたね)」、武蔵七党(※文献によって構成がさまざま)などの東国武士を結集。
畿内の武士を召集した伊勢平氏の棟梁「平清盛」と並び、「後白河天皇」勢の主力部隊となっております。
なお、多くの源氏一族は崇徳方となっていましたが、摂津源氏「源頼政」も「後白河天皇」方に属しておりました。

こうして、源氏・平氏ともに一族をそれぞれ二派に分裂させ、戦うこととなってしまったのです

⇒ つづく。
  次回は「豪弓で知られる”鎮西八郎”こと「源為朝」」(5/10)


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