お寺さんぽ Ver.03

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稲荷神社 前編(全国各地)

2006年03月14日 | お寺
のんびり気軽にさんぽがてら。
本日は「おいなりさま」で親しみ深い稲荷神社です。

お寺、ではないですね。ええ。
例によってひでるさんはさほど知識ない世界ですが、
調べたものをなるたけ分かりやすく提供したいと思い
ます。
…まちがっていたらごめんなさいね。
あらかじめ。

規模の大小はありますが、全国各地でよく見かけま
すよね、この稲荷神社。
なんと、全国には三万を越える数があるそうです。
当然ながら神社では最大規模だそうです!
すごいですね!

これは古代最大の氏族であった「秦氏」によって奉祭
されたことが切っ掛けであるようです。
蘇我氏、物部氏、藤原氏…とかの類いで秦氏という
一族がおったそうです。蘇我とか物部って名前を聞け
ばピン!とくると思います。
それもそのはずで、政治に大いに関わった両氏と違い、
秦氏は商業で栄えたのです。
要するに、あまり歴史教科書では習わない、ということ。

この秦氏が京都の東寺建造の際に木材を提供した関係
から稲荷神は東寺の守護神となり、この東寺にて真言
密教の荼枳尼天(だきにてん)とくっつけられ、真言宗と
共に全国へ布教されました。
…で、時は流れて明治時代の神仏分離の際に、大抵は
稲荷神社となり、一部が荼枳尼天を本尊とする寺になった
とか。

その秦さんと稲荷神社について。
秦氏の祖先に、ある裕福な男がおりまして、彼はそれを驕っ
ており、ある時モチを的にして矢を射りました。
すると、なんとモチは白い鳥となり、飛び去ってしまいました。
その鳥が降り立ったあたりに稲が生えてきます。
男は稲が生えた場所を「稲荷神社」として祭ったのでした。
めでたしめでたし。

しかし…なんでこの人モチなんぞをを矢で射ったんでしょう?
なーんてくだらん疑問はとりあえずおいといて。
矢は統治の象徴、モチは神様へのお供え物ですから、まあ
そのまま神様でいいでしょう。
その男は裕福なあまり、神すらあざ笑うほどに奢っていた、
という解釈でいいと思います。

秦さんの祖先はそれで反省し、祭ったことでその後も栄えた
ようです。
ですが、鳥になって飛び立つまで同じ話で、その後に何もし
なかった例もあったりします。

どうですか?だいたい想像つきますよね?
皆様ご想像のとおり、こちらは滅んでしまったというんですよー。
なんか手塚治虫の「火の鳥」みたいでしょ。
怖い、怖いですねー。
裁かれちゃったんですねー。(淀川長治風に)

↑この後「サヨナラ×3」を書こうと思ったんですが、それだと
終わっちゃうので残念ながらやめました。

            <後編へつづく>


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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (向日葵)
2006-03-14 11:14:48
おはようございます。

中国には神社がないですから、神社とお寺はどこが違いますか?その雰囲気ですか。そして、質問があります。中国のお寺(香積寺のようなもの)のお殿には仏像の周りに東南西北の四大天王が立っています。日本の場合はいかがでしょうか。もしあれば、その四大天王の名前は日本語でどうのように読みますか。おねんがい!
返信する
それ、いただきます (ひでる)
2006-03-14 23:01:30
そうですね、私もはっきり・しっかり伝える自信がないので、↑コレを次のネタにしますね。



ちなみに四天王像はこちらもありますよー。

奈良東大寺の四天王像が有名です。

東:持国天(じこくてん)

西:広目天(こうもくてん)

南:増長天(ぞうちょうてん)

北:多聞天(たもんてん)※あるいは毘沙門天(びしゃもんてん)



これはまた別の機会にネタにします。

返信する
Unknown (向日葵)
2006-03-15 12:18:59
ご返事、ありがとうございます。勉強になっておりました。
返信する