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「無自覚」という罪 -長谷川岳参院議員の釈明会見から考える問題‐

2024-04-09 21:33:53 | アラカルト

3月下旬だったと思うのだが、搭乗していた飛行機内でキャビンアテンダント等に対して、暴言を吐いたとされる長谷川岳参院議員が、釈明の記者会見をしている。
毎日新聞:パワハラ疑惑の長谷川岳参院議員「表現方法に無自覚」 辞職は否定

この釈明記者会見は3日ほど前に行われたものなのだが、長谷川岳参院議員の暴言はキャビンアテンダントだけではなく、選挙区である北海道の道幹部に対しても行っていた、ということが明らかになったためだった。

釈明会見の内容よりも、気になったのが会見ないで話した「(パワハラは)無自覚であった」という言葉だ。
マーケティング等に携わっている方なら、肌感覚的にわかると思うのだが「意識は言葉となり、言葉が行動となる」と言われている。
「無自覚」ということは、表層意識ではなく、深層意識の中で「自分と他者との関係」をどう見ていたのか?ということを、示していると考えてもよいのでは?という、気がしたのだ。

「意識と言葉、言葉と行動」という関係だけではなく、この長谷川議員という人は「自分と他者との関係を上下関係で見て、接している」ということでもある。
人との関係を上下関係で見た時、自分よりも社会的地位の高い相手に対しては「へりくだり」、そうではない相手に対しては自分を尊大に見せ、より良い待遇を求める傾向にある、ということでもある。
このような態度を示す人は、この長谷川議員に限らず案外多い。
例えば、病院の受付や飲食店、カスタマーセンター等で「自分のいうことは正しい。自分の言う通りにしろ!」と、自分の主張を繰り返す人等ダだ。
いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」を行う人達だ。

往々にして、ハラスメントをする人達は「なぜ、自分の行為がハラスメントに当たるのかわからない」ということを言う傾向がある。
それは「無自覚」だからだ。
とはいえ、いきなりこのような行動を起こす「無自覚」が生まれるわけではない。
「氏より育ち」という言葉があるように、いくら出生の位が高くても、育ちが残念であれば、それは自然に行動として現れる。
まして、40代も過ぎれば「育ちよりも生き方」の影響の方が大きい(と、感じている)。
他にも「役が人をつくる」ということも言われている。
ここでいう「役」というのは、社会的責任という意味だ。
企業であれば、役職が上になればなるだけ、その責任は大きくなり、その影響は企業全体に及ぼすようになる。
だからこそ、意識的に謙虚に物事を考え、行動しなくてはいけなくなるのだ。

残念なコトにその「役」に似合うだけの謙虚さを持ち行動できる人、というのは案外少ない(と感じている)。
逆に多いのは「役」の地位だけに固執し、自分を尊大に見せ、周囲に厚遇を要求する人だ。
社会的な役のステップを上がるにつれ、自分の都合の良い事ばかりが潜在意識になり、フッとしたときに言葉や行動として現れる。
だからこそ「無自覚」なのだ。

解決策というものは、簡単にはないと思う。
一つのトレーニングとしてできるとすれば「常に自分を意識する」ということかもしれない。



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