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芦田愛菜さんの祝辞から考える「日本語」と読書

2019-11-10 08:25:49 | 徒然

昨日、「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」が、夕刻から夜にかけてあった。
その中で、芦田愛菜さんの祝辞の素晴らしさが、話題になっている。
オリコン:芦田愛菜、天皇陛下へ祝辞 約2分半゛秀逸な言葉選び”堂々たる姿で御即位をお祝い

芦田さんが、まだ中学生であるということを忘れるほど、立派な祝辞だった。
何より、記事にもあるように「言葉の選び方」だけではなく、祝辞を述べる姿も素晴らしいものだった。
その中で特に気を引いたのは、「御心」の読み方だ。
芦田さんは「みこころ」と、読まれていた。
記事に書かれている原稿では「御心」と書かれている。
話しのプロと呼ばれるアナウンサーさんでも、最近のお若い方などは「おこころ」と読んでしまうのでは?と、思われる部分だった。

「正しい日本語」という気はないが、「おこころ」と「みこころ」とでは、同じ漢字であっても読みが違うことで、その言葉の持つ意味も違ってくる。
「みこころ」は、「他人の心を敬う」という時に使われる。
「おこころ」は「相手を敬って、その気持ち・考え・思いやりなどを言う言葉」とされる。
いずれも「敬う」という点では一緒だが、「みこころ」には「心を敬う」のに対して、「おこころ」は「相手を敬う」という微妙なニュアンスの違いがある。
芦田さんは「みこころ」と言う言葉を使うことで、「天皇陛下の心(あるいはお考え)を敬う(そして共感し、心を共にしたい)」という表現をしたのだ。

このような微妙なニュアンスの違いを、使い分けるということはとても難しい。
しかも最近では、日本人の1/3は「日本語が十分理解できない」という、調査まで発表されている。
文春オンライン:言ってはいけない!「日本人の3分の1は日本語が読めない」

基本、「日本語を使う人=日本人」ということになると思う。
その「日本語」を読めない日本人が3分の1もいる、というのは、衝撃的なことだ。
あくまでも個人の感覚として「日本語の理解が違う人が増えている」と、感じることが多くなってきている。

拙ブログで紹介させていただくことが多い、大阪ガス・エネルギー文化研究所の池永さんはコラムの中で「コンテクト(文脈・背景)が読めない人が増えている」と指摘をしている。
と同時に、TwitterをはじめとするSNSの普及で「長文を書くこと。読むことが無くなった」と、重ねて指摘をしている。
COMEMO:インド人はなぜカレーを食べなくなったのか?

コラムそのものは、日本語力の問題を指摘しているわけではないが、「文脈や背景が読めない」ということや「長文を読むこと・書くことが無い」ことの一因は、読書量の問題のような気がしている。
というのも、私自身中高校生の頃、相当量の本を読んできたからだ。
小説だけではなく、岩波新書のような本も併せて貪欲なほど読んだことで、語彙力や思考力、文字ではなく文脈となる「行間を読み込む」ということを自然に学んだ気がするからだ。

そして、昨夜の芦田さんの祝辞を述べられる姿を見て、改めて読書の大切さを感じたのだった。

 

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