[ 海洋博物館に行った。
受付に猫がいた。
台上にねそべっている。黒っぽいシマ猫で、巻貝を置いたような形でうずくまり、まぶたを持ちあげて私どもを見たが、すぐ閉じた。
この光景は、猫がつねに船乗りとともにあったことを象徴している。
十七世紀のオランダの大航海時代には、この国の猫も地球のあちこちに行っていた。猫がいなければ航海がなりたたないといっていいほど、当時の船にはネズミが多かった。
ヤマネコはべつとして、イエネコがヨーロッパにやってきたのは八世紀だそうである。自信のない想像だが、アラビア人による地中海貿易と関係があるのではないか。アラビアは猫を飼うことの先進国なのである。
日本に猫(ヤマネコでなく)がきたのは、伝説では仏教伝来のときとされている。仏教伝来は、通説では五五二年である。日本の船に経巻を積むとき、ネズミに食いあらされないように、という配慮からだったといわれる。
とすれば、猫は遠洋航海につきものだったといっていい。
ついでながら、猫を飼う習慣の起源ははるか前のエジプトにあるようで、中国にもたらされたのも、遠い古代ではない。古くは貓と書いた。古代は、田にはびこるネズミをとらせるために“貓”を飼ったらしい。 ]
(司馬遼太郎 『街道をゆく三十五・オランダ紀行』 より)
受付に猫がいた。
台上にねそべっている。黒っぽいシマ猫で、巻貝を置いたような形でうずくまり、まぶたを持ちあげて私どもを見たが、すぐ閉じた。
この光景は、猫がつねに船乗りとともにあったことを象徴している。
十七世紀のオランダの大航海時代には、この国の猫も地球のあちこちに行っていた。猫がいなければ航海がなりたたないといっていいほど、当時の船にはネズミが多かった。
ヤマネコはべつとして、イエネコがヨーロッパにやってきたのは八世紀だそうである。自信のない想像だが、アラビア人による地中海貿易と関係があるのではないか。アラビアは猫を飼うことの先進国なのである。
日本に猫(ヤマネコでなく)がきたのは、伝説では仏教伝来のときとされている。仏教伝来は、通説では五五二年である。日本の船に経巻を積むとき、ネズミに食いあらされないように、という配慮からだったといわれる。
とすれば、猫は遠洋航海につきものだったといっていい。
ついでながら、猫を飼う習慣の起源ははるか前のエジプトにあるようで、中国にもたらされたのも、遠い古代ではない。古くは貓と書いた。古代は、田にはびこるネズミをとらせるために“貓”を飼ったらしい。 ]
(司馬遼太郎 『街道をゆく三十五・オランダ紀行』 より)